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2018年10月23日(火) 通読(本日=エズ6-10,シラ47,イテ2 明日=詩134-136,四マカ9,イテ3)

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節表示・修正口語訳(日本語R)+真理子のおまけ 解題
〔57年モルモン経〕アルマ書 第3章
第三章
アムリサイ人のしるしとレーマン人の受けたのろい。ニーファイ人再び勝利を得る。

この戦いでニーファイ人の戦死者は非常に多くてその数が数えられなかったが、武器によって殺されなかった者は死者を葬ってから故国に帰りみな各々の家と妻子のもとに戻った。
戻って見ると女子供であって剣で殺された者が少からずあり、またその家畜も多く殺され、その穀類の畑も多く軍隊のためにふみ荒されていた。
さておよそサイドン川の岸で殺されたレーマン人とアムリサイ人との死がいはみな川の水に投げすてられたから、その骨は今や海の深いところに沈んでいる。その骨はまことにおびただしかった。
アムリサイ人は、レーマン人にならってその額に赤いしるしを塗っていたから、ニーファイ人と見分けることは容易であった。それでも、かれらはまだレーマン人のように頭の毛をそってはいなかった。
レーマン人は頭の毛をそり、腰に毛皮をまとい、よろいを着け弓、矢、投石、投石器などを持っているだけでほとんどはだかであった。
レーマン人の皮膚は先祖につけられたしるしのように黒かった。このしるしはレーマン人の先祖が、正しくて聖い人であった兄弟のニーファイ、ヤコブ、ヨセフ、サームの四人に叛いて罪悪を犯し、
またこの四人を殺そうとしたので受けたのろいである。主なる神はまことにレーマンとレミュエルとイシマエルの息子娘たちにしるしをつけたもうた。
主がこのようになしたもうたのは、こののろいを受けた者たちの子孫をその兄弟らの子孫と見わけるためであって、また主なる神の民がのろわれた民と結婚して偽りの言伝えを信ずることによって滅亡を招かないよう、これを保護しようと思いたもうたからである。
およそ自分の種をレーマン人の種と交えた者はみなレーマン人の受けたと同じのろいを自分の子孫に及ぼした。
従ってレーマン人のいざなうままになびいた者は皆同じくレーマン人と呼ばれてしるしをつけられた。
またレーマン人の言伝えを信ぜず、エルサレムの地から持ってきた歴史と、先祖の確かな言伝えとを信じ神の命令を信じてこれを守る者たちは、皆その時から後ニーファイ人またはニーファイの民と呼ばれた。
この民はすなわち自分の記録とレーマン人の記録とを書きついで伝えた者であって、その記録は真実である。
さて再び戻ってアムリサイ人のことを書くと、かれらもまたしるしをつけられたが、これは本当はかれらが自分で額に塗った赤いしるしである。
こうして神の御言葉は成就した。次は神がニーファイに仰せになった言葉である「見よ、われはすでにレーマン人をのろえり、故にかれらにしるしをつけんとす。もしもかれらがわが憐みを受くるためにその罪悪を悔い改めてわれに立ち帰らずば、今より後いつまでもこのしるしによりて、かれらとその子孫とを汝と汝の子孫より区別すべし。
われは、こののろいを受けたる汝の兄弟たちとその種を交うる者たちにも、みな同じしるしをつけてのろうべし。
われは、また汝と汝の子孫と戦う者たちにもしるしをつけんとす。
汝と縁を絶ちて離るる者たちはもはや汝の子孫とは呼ばるるべからず。われは今より永遠に汝と汝の子孫と呼ばるるすべての人とを必ず祝福せん」と。これはすなわち主がニーファイとその子孫とに立てたもうた誓約である。
今アムリサイ人はその額にしるしを塗りながら、自分から神の言葉を成就しているのを知らなかった。しかしながら、かれらは公然と神にそむいた。従って神ののろいは当然かれらに下らなくてはならなかった。
私はあなたたちが、アムリサイ人自らがこののろいを招いたことと、のろわれる者は皆このように自分からその罰を招くこととを知ってほしい。
さてレーマン人とアムリサイ人がゼラヘムラの地でニーファイ人と戦いをしてからあまり日が経たない中に、レーマン人のほかの軍勢は前に進んできた軍勢がアムリサイ人と連合した場所でニーファイの民を襲撃した。
そこでニーファイ人はこのレーマン人の軍を国の外に追いはらうために兵を出した。
この時アルマは負傷していたから、このたびの戦いには自分から出て行くことはせず、
ただ多数の兵をつかわして戦わせたが、これらの兵は進んで行って多くのレーマン人を殺しその残兵を国境からそとへ追いはらった。
そして再び帰ってきたが、その後久しく敵に悩まされることがなかったから、その国の平和はようやく回復をした。
この戦争と不和とはみな判事治世の五年目に始まって同じ年に終った。
そしてこの一年間に何千何万と言う民が殺されたが、これらの人々はその行いの善悪に従って各々報いを受けるためと、自分が選んで善い霊に従ったと悪い霊に従ったとに応じて、あるいは永遠の幸福を得たりあるいは永遠の不幸を得たりするために永遠の来世に赴いた。
そもそも人はみな自分が選んで従う者から報いを受ける。これは予言の「みたま」の言葉にかない従ってまた真理にもかなうところではないか。このようにして判事治世の五年目は終った。

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