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第十九章 真鍮版からの聖文、つづき。イザヤ書第九章と比較せよ。 さりながら、この闇は始め主がゼブルンの地とナフタリの地とを苦しめたまい、またその後に紅海の道に沿うた地ヨルダンの向うの地もろもろの国民の住むガリラヤを、これよりも烈しく悩ましたもうた時の苦悩の闇とはちがっている。
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暗黒を歩いた民は大きな光を見、その光は死のかげの地に住む人々を照らした。
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主は国民をふやしてその喜びを増したもうたから、国民は刈り入れ時に喜ぶように分捕物をわける時に楽しむように御前に喜び楽しむ。
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それは汝がかれの艱難のくびきとその肩の棒とかれをしいたげる者の鞭とを折ってしまわれたからである。
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もののふの戦いはみなさわがしい響と血にまみれた衣によって行われるが、これは燃える薪と焼打によって行われる。
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ひとりのみどりごがわれらに生れた。ひとりの男の子がわれらに与えられた。かれはまつりごとを委ねられ、その名は霊妙、指導者、大能の神、永遠の父、平和の君ととなえられる。
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ダビデの位と国との平和と支配の権力は、いよいよ増してかぎりがない、これは今から後とこしえに正義と裁判とをもって、とこしえに位と国とを整えて固く保つためである。万軍の主の熱心によってこれが成る。
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主はその言葉をヤコブに送りたもうたが、それがイスラエルに伝わってきた。
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すべてエフライムとサマリヤの住民はみな知るようになるが、かれらはおごり勇んで言う。
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れんがが崩れ落ちたが切石で建てる。いちじくの木が切られたが杉の木でこれに代えると。
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それであるから、主はレジンの敵をこぞってイスラエルを攻めさせ、その敵を集めて一致させたもう。
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すなわちイスラエルの前にはスリヤ人があり、後にはペリシテ人がある。前後の敵はその口を開けてイスラエルをのみこもうとする。それでも主の怒りはまだ解けないでなおその手をのばしたもう。
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それはこの民が自分を打つ者に立ち帰らず、また万軍の主を求めないからである。
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それであるから主は一日の中にイスラエルの首と尾と枝と藺草とを切り取ってしまいたもう。
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その首とは故老であり、その尾とは偽りを教える予言者である。
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この民を導く者は民を誤らせるから、その導きを受ける者は亡びる。
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従って主はイスラエルの若者たちを喜びたまわない。またそのみなし児とやもめとを憐みたまわない。その民はみな偽善者であって悪事を行い、各々の口でみな愚かなことを言うからである。それでも主の怒りはまだ解けないで、なおその手をのばしたもう。
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悪は火のように燃えるもので、いばらとおどろとを焼きつくし森の木のしげる所に燃え上るから、これらは煙の柱となって立ち上る。
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万軍の主の憤りによって国中はみな暗くなり、民は燃えくさとなってだれ一人その兄弟の命を救う者もない。
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人は右の方に物をつかんでもなお飢え、左の方に物を食ってもなお飽かず、人おのおのみなその腕の肉を食う。
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マナセはエフライムをエフライムはマナセを食い、この二つは連合してユダを攻める。それでも主の怒りはまだ解けないでなおその手をのばしたもう。
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