ばべるばいぶる(多言語聖書閲読) | HELP フォント・背景色変更 |
| |
2024年4月27日(土) 通読(本日=ルカ7-8,1イミ22,クル-44回 明日=ガラ1-3,3イミ22,アル9) |
●章表示 | ●検索 | |||
前章ナシ | ||||
章モードしおり 現在の章をしおりに追加(最大20) クリア 並べ替え |
節表示・修正 | 口語訳(日本語R)+真理子のおまけ 解題 〔真理子訳(工事中)〕イミタチオ第1巻 霊の生活に益ある勧め 第1章 |
---|
第一章。キリストにならい、この世のむなしいものすべてを軽んずるようにすること 主は言われる「わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがない」(ヨハ8:12)と。これはキリストのみことばであり、われわれがもし真にそのみ光に照らされて、心のすべてのくらやみから救われようと望むならば、そのご生涯とそのごふるまいとにならわねばならないということを、これによって教えられるのである。 だから、イエス・キリストのご生涯について深く黙想をこらすこと、これをわれわれの最大の義務とすべきである。 |
|
キリストのみ教えはあらゆる聖徒たちの教えよりも優れている。だから誰でもそのみこころをもつ者は、その中に「隠されているマナ」(黙2:17)を見出すはずである。 だが往々にして、多くの人々は何度も福音を耳にしているのに、ほとんどこれに気を止めようとも感じない。キリストのみこころをもたないからである。 だから、誰でもキリストのみことばをよく味わって会得しようと思うならば、必ず自分のすべての生涯をキリストの生涯に合致させるよう努力しなければならない。 |
|
あなたは神秘の三位一体の原理を論じることができるかもしれない。けれども、もしあなたが謙遜の徳を欠いていて、そのために三位一体のみこころにもとるようなことがあるならば、いったいあなたにどんな益があるだろうか。 まことに、ことばはいかに高尚であろうとも、それが義人や聖徒になるわけではない。高い徳をもつ生涯のみが神に愛せられるようになるのである。 だからわたしは、むやみに罪の定義を知るよりも、その罪への悔恨の情をいっそう感得したいと望むのである。 人がもし、聖書の全部と、またあらゆる聖哲のことばとをすべて暗記したからとて、神の慈愛と恵みがないいならば、いったいどんな益があるだろうか。 「空の空」、神を愛し、神にお仕えすること以外は、ただもう「いっさいは空である」(コヘ1:2) この世の事を軽んじて、ひたすら天のみ国に向かうべきである、そしてこれこそが最高の知恵である。 |
|
最後には滅んでしまうような宝を求めてこれに望みを託するのは、空である。 世の名誉に憧れて、高い地位にのぼろうとするのもまた空である。 肉体の欲望におぼれ、かえって来世に重い罰を招かねばならないことを求めるは、空である。 むやみに長寿を願って、よい生涯についてほとんど思いをいたさないのは、空である。 現世の生命にばかり心を奪われて、来世の事に準備しないのは、空である。 泡のように消えてしまう瞬間の事にこだわって、永遠の喜びのある所に急ごうとしないのは、空である。 |
|
「目は見ることに飽きることがなく、耳は聞くことに満足することがない」(コヘ1:8)とのことわざを、しばしば思い出せ。 目に見える事への愛着からあなたの心を引き離し、そして見えない所の事に心を移しなさい。およそ情欲に従うものは、良心をけがし、神の恵みを失うからである。 |