真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[585]ヨブ記33-34章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/04/07(木) 10:41:33
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=33&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=34&mode=0
 例によって口語訳聖書じゃなくリビングバイブルです。本来は修道会IDでログインをしないと出てこないんですが、直接URLのパラメータで指定すると一般でもアクセスできます。そのかわり前章、次章というボタンが誤動作すると思いますので、それぞれの章について直接上のリンクをクリックしてください。

 不毛な議論を締めくくるべく、真打登場と思われたエリフですが、こうやってしゃべり始めてみると、なんか今までの議論とほとんど変わりないですよね。神様は絶対に正しいんだからヨブのように「おれは絶対に正しい」と言い張るのは間違いだというわけですからね。「どこが悪かったのかわかりません。改めますので教えてください」と言いなさいってわけです。

 本当はこのことはヨブ記の最後に書こうかと思ってたんですが、地震のあと、一部ネットでは神義論がやかましいんで、神義論に対する私の考えを書いておこうかしら。
 神義論っていうのは、もし神様が善なる愛の神であり、この世のすべてのことは神の計画だというなら、どうして悪があるのか。どうして、何も悪いことをしていない人が、神様を信じている人が、こんなむごたらしい目に合わなくちゃいけないのか、本当に神様っているのか? もしくは神様は善なる愛の神なのか? という論議です。
 たしかにそういうふうに理性で考えたら、神様っていないか、気まぐれなお方か、全知全能ではないかでしょうね。
 私やだんなの家族が信じ、私は(たぶんだんなも)イヤでやめてしまった創価学会は、最近はどう考えてるのか知りませんけど、信仰は現証だなんていいますから、正しい信仰をすればいいことがあるし、逆に不幸に見舞われたのならその信仰は間違いだという考えをします。だから、信仰をしたおかげでこんなに幸せになりましたという「体験発表」を重視するんですよね。キリスト教でいえば「あかし」です。
 でも、信仰を持ったのに不幸に見舞われることは、よくあることなんじゃないかしら。「うちの宗教は、そんじょそこらの低級なご利益宗教じゃない」っていうなら、そのことを認めなきゃね。
 長くなってきたので続きは来週のヨブ記のところで書きますが、とりあえず予告をしておくと、信仰っていうのは「信ずればいいことがある」んじゃなくて、「悪いことが起こったときに頼れるもの」なんじゃないかと思います。罪のない人が不幸になる現実を認めた上で、たとえそういうことがあっても信仰があればへこたれないっていうのが、信仰の効用じゃないかしら。じゃ続きはまたこんどね。

[584]詩編48-50編、1マカ13章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/04/06(水) 12:27:10
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●詩編48-50編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=48&mode=0
 詩編の詩の冒頭にはたいてい表題(私は和歌みたいに「詞書(ことばがき)」って呼んでますけど)がついてます。41編まではみんな「ダビデの歌」。一応ダビデ王が作ったことになってます。
 ところが42編から49編までは「コラの子の歌」、50編は「アサフの歌」というわけで、ダビデの歌じゃないですね。51編からはまたしばらくダビデの歌になるんですけど。
 コラはレビ族、つまり祭司に従事した一族ですが、民数記でモーセに反逆をくわだて、地にのみこまれて死ぬというすごい死に方をします(民6:10)が、その子孫は罰せられず、後には神殿の門番に従事する一族となります。
 アサフもレビ族で、ダビデの時代に音楽隊に任命されます(代上15:17)。

 48-50編の中では50編が交読文にとられていますが、私は無常観をただよわせた49編が好きです。この世で栄えている人もみんな死ぬ。お墓にお金を持って行けない。いい人も悪い人もみんな死ぬんだけど、最後には神様は私を陰府(死者たちが最後の審判まで一時的にいる場所)から救ってくださる、という希望をうたっています。

●1マカ13章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=13&mode=0
 前章でトルポンはヨナタンを殺しちゃったのかと思ったら、まだ生きていたみたいですね。ヨナタンの兄弟のシモンに、「助けてやるから金とヨナタンの息子を人質によこせ」と言ってきます。こんどもまたこちらをだましているのだと知りながら、仕方なくその要求に応じます。案の定トルポンは約束を守らず、ヨナタンを殺してしまいます。トルポンは、それまでいただいていたアンテオコス王を殺して自分が王位についてしまいます。
 一方、ユダヤの側はシモンが代表となり、ヨナタンの墓を作ります。そしてトルポンと対立しているデメトリオ王側、およびエルサレム要塞の者たちと和議を結び、平和が訪れます。