真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[567]エレミヤ書12-16章、1マカ7章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/03/25(金) 14:04:36
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●エレミヤ書12-16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jer&chapter=12&mode=0
 「イスラエルの民が悪いことばかりやるので主が滅ぼすぞ」……エレミヤ書は全編こんな感じなんですが、ここも例外ではありません。
 そしてエレミヤは神様の言葉を伝えて警鐘を鳴らすのですが、誰にも信じてもらえず、みんなから呪われます。だからエレ15:10みたいに、「ああ、わたしはわざわいだ。母よ、なぜ私を産んだのか」と嘆いています。
 どうして人々がエレミヤの警告を聞かないのか。それは偽預言者がニセ情報を流し、危機が迫っているのに安全だ安全だというので、それに安心しちゃってるからというわけです。(エレ14:14-15)。

 いま、福島原発周辺20-30キロ地域への自主避難とか言ってますけど、本当は80キロだと警鐘を鳴らしているのが、あの上杉隆さんですね。
http://diamond.jp/articles/-/11596
 私の好きなTOKYO-MXの『5時に夢中!』とか、TBSラジオの『小島慶子 キラ☆キラ』に出演して熱弁をふるってますね。上杉隆さんはご経歴がご経歴なだけに(Wikipediaにまとまってますんでご参照を)話半分程度に聞いてますけど、ひょっとして上杉さんがエレミヤなのかしら?
 まあ、私ら夫婦みたいにじじいばばあは、もうあと何年も生きられないですから、いくら水や野菜が放射性物質に汚染されていても平気で食しますし、何があろうとこの日本の横浜に住み続けますけどね。

●1マカ7章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=7&mode=0
 セレウコス朝のほうはまた王の交代がございまして、ここからの王様はデメトリオス。
 王はイスラエルの民を滅ぼそうとします。イスラエルのほうからもアルキモスなど裏切り者がいろいろあらわれて、彼らを使ってイスラエル側とウソの和睦をしようとします。ユダはだまされることはなかったのですが、一部だまされちゃった人がいて、うかうかとそういう提案に乗っちゃって、結局殺されちゃったりします。このように裏切り者を使っての戦いにユダは苦労しますが、結局勝利します。アダルの月の十三日を勝利の記念日と定めます。
 ところで、そのアダルの月の十三日って、エステル記・ギリシア語で読んだ、あのプリムの祭のことですよね。エステル記って全部ウソッパチの話ですから、プリムの祭の本当の起源はこっちなのかもしれませんね。

[566]ヨブ記29-30章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/03/24(木) 10:52:08
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=29&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=30&mode=0
 要約しちゃうと、「昔は幸せだった(29章)。今は不幸だ(30章)」だけで終わっちゃいます。ヨブ記はどこもこんな感じで、いまさらのことじゃありませんけど、今回のところはその幸せなさまと不幸なさまがこれでもかこれでもかと言葉を重ねて表現されているところが見どころです。
 神様は全知全能で、この世のあらゆることは神様の計画のもとにあり、神様にとって想定外の事態というのはなく、しかも神様は人類を愛してくださる善なる存在……なんてことを言えば言うほど、じゃなんでこの世に不幸があるのかってことになっちゃいます。
 今回の震災に関しても某mixiの某コミュニティーなんかじゃそういう議論をしてるようですね。
 そういう「なぜこの世に悪があるのか」というのは神義論といって、昔からずっと問い続けられ、いまだに答えが出てない問題です。
 その答えのひとつがまさにこのヨブ記なんですけど、ヨブ記を最後まで読んでも明快な形で答えられていませんので、あんまり期待しないでください。
 答えの出ない問題に私が答えられるはずもないんですけど、善であり全能である神様がいるのになぜ悪があるか、という方向で考えるんじゃなく、悪はあるけど必ず神様はいて助けてくれるはずだ、と希望をもって生きる方向でとらえるのがいいんじゃないかしら。
 そして、人間って残酷なもので、自分より不幸な人を見ると、自分はまだましだと安心してしまうところがありますよね。ヨブさんの不幸はそのようにとらえるといいんじゃないかしら。いいことをいているのに徹底して神様からいじめられちゃったヨブさんのエピソードが私たちへの慰めになるのは、そういうことなんでしょう。