[真理子日曜学校 - 聖書の言語入門(フレーム表示) ]
【韓国語文語コース】
語基という妄言を斬る!
- 語形変化に関する2つのとらえかた
日本語の立場を離れて韓国語を眺める事は非常に難かしい。だが、それが、語基という蒼ざめた思想(僕にはそれは日本の韓国語教育界に於ける最大の妄想と思はれるが)から逃れる唯一の本当に有効なやり方の様に思へる。
なんていう小林秀雄のパロディといい、「語基という妄言を斬る!」という過激なタイトルといい、冗談ですよ冗談。真理子は別に語基を嫌ってはいないんですけど、日本人の韓国語の学者先生方、特に語基式説明を宣伝する先生方は大嫌いですんで、あえて批判させていただきますわ。おほほ。
韓国語の用言(動詞と形容詞)の語形変化を説明するのに、最近の日本の参考書や辞書では語基という用語を用いて説明しています。とりあえずこのページでは、日本人学者たちのこの考え方を「語基式」、そうでない考え方を「伝統式」と呼ぶことにします。
- 用言の変化のおさらい
伝統式と語基式の説明の違いを見る前に、用言の変化をおさらいしておきます。次の表を見てください。動詞 | 語尾 | 実際の形 | 伝統式分析 | 語基式分析 |
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●語基式では紫部分を「第I語基」という |
가다(行く) | 고 | 가고 | 가고 | 가고 |
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잡다(つかむ) | 잡고 | 잡고 | 잡고 |
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●語基式では紫部分を「第II語基」という |
가다(行く) | 며 | 가며 | 가며 | 가며 |
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잡다(つかむ) | 잡으며 | 잡으며 | 잡으며 |
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알다(知る) | 알며 | 알며 | 알며 |
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돕다(助ける) | 도우며 | 도(으→)우며 | 도우며 |
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●語基式では紫部分を「第III語基」という |
잡다(つかむ) | 서 | 잡아서 | 잡아서 | 잡아서 |
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먹다(食べる) | 먹어서 | 먹어서 | 먹어서 |
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하다(する) | 하여서(해서) | 하여서 | 하여(해)서 |
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오다(来る) | 와서 | 오아서 | 와서 |
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서다(立つ) | 서서 | 서(어)서 | 서서 |
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돕다(助ける) | 도와서 | (돕→도우→)도오아서 | 도와서 |
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고르다(選ぶ) | 골라서 | (고르→)골ㄹ아서 | 골라서 |
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この表は、さまざまな用言(動詞・形容詞。表中には形容詞の例はありません)に、~고、~며、~서という、すべて「~して」という意味を持つ(が、ニュアンスや用法の違いを極めるのはなかなか大変な)助詞を接続させてみたところです。
~고は簡単。どんな用言でも다を取った部分(語幹)に接続させるだけです。
~며は、子音で終わる語幹には連結器の으が入ります。ただしㄹで終わる語幹は「母音で終わる」とみなします。基本的にはこれでいいのですが、ㄷ変・ㅂ変・ㅅ変では語形が変化します。
~서は、語幹末の母音の種類によって、아または어という母音を連結器として挿入します。하다だけは例外で여が連結器になります。慣れないと連結器の選び方で一苦労。それでも子音で終わる語幹ならまだ分かりやすいのですが、母音で終わる語幹の場合は、その母音と連結器の아/어がくっついてさまざまに変化するのでまたまた一苦労。さらにたいていの変則用言では何かしら語形が変化することが多く、苦労が絶えません。
- 伝統式の説明
以上は真理子流の説明ですが、伝統式も(「連結器」などという下品な言い方はしないにせよ)ほぼ同じです。つまり語幹を固定して、連結器の으/아/어を語尾側にくっつけて分析するんです。上の表の「伝統式」を見てください。赤字で書かれた語幹はほとんど変化していないでしょう。青字で書かれた語尾のほうに連結器がついています。
- 語基式の説明
一方、上の表の「語基式」では、紫字で書かれた部分を語基と呼び、残りの緑字で書かれた部分を語尾とします。切る場所が違うのがおわかりでしょうか。つまり伝統式でいう語幹に語尾の連結器部分をくっつけたものを語基と呼び、伝統式の語尾から連結器部分を取り去ったものを語尾とするわけです。こうすると、ていろいろ変化させたものと思えばよいでしょう。
要は、連結器をどっちにつけるか、つまり区切る位置の違いに過ぎないわけですが、語基式は実は日本語の文法の発想に基づいています。たとえば日本語で「ない」をつけるとき、「書く→書かない」「捨てる→捨てない」「する→しない」のように、「ない」のほうは変化せず、その前の動詞がいろいろ変化しています。「書く→書か」「捨てる→捨て」「する→し」のように、動詞によってその変化の仕方が異なるので、最初は動詞の活用を覚えねばならないという苦労がありますが、それさえ覚えてしまえば非常にシンプルといえます。
- どちらがよいか
このように、伝統式と語基式は、同じ現象を別のしかたで説明しているに過ぎず、どちらでもいいとしかいいようがありません。ただし韓国人の説明はまず例外なく伝統式です。というより、語基式は日本の韓国語業界だけで流行している極めてローカルな説明に過ぎません。それは、語基式がまさに「日本語的に韓国語をとらえる」説明のしかただからです。
日本語の用言の語形変化は、語基式でなければ説明がつきません。「書かない」「捨てない」「しない」を「書・かない」「捨・てない」「・しない」と区切って、「ない」のほうを「かない」「てない」「しない」などと変化させては大混乱、収拾が付きません。そもそも「しない」は区切りようがありませんね。
しかし韓国語の語形変化は、日本語に比べてはるかに単純なので、どっちでも説明できてしまうのです。
文法というのは結局は「現象を後から説明する」方法でしかないのですから、伝統式がいいか語基式がいいかは好みの問題でしかありません。
- 伝統式を語基式に読み替えるには
真理子は語基式を否定はしませんが、真理子としては、- 真理子自身は最初に伝統式で勉強したこと
- 韓国人学者が語基式を全く認めないのはやっぱり母語話者にとって抵抗のある考え方なんだろうなってこと
- 語基式の先生の一部に語基式の宣伝臭が強すぎる人がいて、やたらゴキゴキと語基を振りかざすのに反発してしまう
という3点で、当聖書の言語入門では伝統式で説明したいと思います。
それでも語基式になじんでいる最近の日本の若者のために、一応、伝統式を語基式に読み替える表を作っておきましょう。
伝統式 | 語基式 |
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×× | 第I語基+×× |
(으)×× | 第II語基+×× |
(아/어)×× | 第III語基+×× |
という具合に読み替えてください。
実際真理子も、過去形は連用形+ㅆなんて言っちゃうときがありますが、これって言い方が違うだけで、実は語基式の説明そのものですからね。この点だけは語基式が便利だって思います。
- 語基の用語は無味乾燥すぎます
それにしても語基式を考えた先生は、第I語基だの第II語基だの第III語基だのと、どうしてこうも無味乾燥な名前をつけたのでしょうか。日本語の「未然形」「連用形」みたいに、気の利いた名前をつければよかったのに。真理子が語基式に反発する理由の一つが、この、韓国語に対する愛がちっとも感じられないこのネーミングにあります。真理子ならこの3つの語基を、順に、「語幹(形)」「接続形」「連用形」とするか、それぞれに接続する代表的な助詞(上記の表で用いたものです)から命名して「고形」「며形」「서形」とでもいたしましたものを。
- 日本の先生、宣伝臭がクサすぎます
語基式説明は本国の先生方からシカトされてるということもあって、やたらゴキゴキ言う日本人の先生がたの物言いはとても鼻につきます。なにしろ入門書の中で語基式の利点をくどくどと書いたりしてる人までいますからね。入門者にとっては語基式こそがすべてなんだから、そんな宣伝書かなくていいのに。
たとえば日本の先生方は「語基式のほうが変則用言の変化を単純に説明できる」と言ってますが、真理子に言わせればそれはウソっぱち。それは結局、変則用言の特殊な変化を用言の語形変化に押し付けているだけで、どっちでも事情は変わらないと思います。
たしかに上記の表、伝統式では「○○→××」のようにぐちゃぐちゃしており、そういうことのない語基式はとてもシンプルに見えます。しかしよく見てください。用言から語基を抽出するやり方がまちまちじゃないですか。まさかこれ、丸暗記しろっていうわけじゃないでしょうね? まあ日本の中学生高校生は、「書かない・書きます・書く……」とか「書かず・書きたり・書く……」みたいに用言の変化を丸暗記します(最近の子はしないのかな?)から、そういうノリで丸暗記させるんでしょうか? でもこれって結局、伝統式で難しい変則用言の으や아/어の処理を語基に押し付けてるだけで、問題を隠蔽しているに過ぎないんじゃありませんの?
- 語基式説明も破綻してます
そもそも語基式を用いても、韓国語の用言の語形変化をすべてスンナリと説明できるわけではありません。
語基式説明はㄹ変則で破綻します。接続助詞の고も動詞現在連体形の는もどちらも第I語基つまり語幹そのものにつくはずですが、ㄹ変則の場合は알다(知る)を例にとると、前者は알고、後者は아는です。そこで語基式の先生は、ㄹ変則の第I語基を알と아の両方掲げておいて「ㄴの前では아のほう」なんてやってます。なんのことはない、これは伝統式の「スポン(ㅅㅂ오ㄴ)と落ちる」式説明そのものではありませんか。
また、ㅂ니다/습니다を、語尾を固定して語基を変化させて説明するなら、「語幹そのもの/語幹+스」という形を第IV語基とでも命名して「第IV語基+ㅂ니다」ってことになるんでしょうが、語基式の先生もそこまではやらないようですね(だってこんな形、他には出てきませんもの)。結局これはやっぱり伝統式に「母音語幹にはㅂ니다、子音語幹には습니다」なんて言ってます。
- 伝統式のほうが、韓国語の生理にかなっている
だいたい名詞につく助詞だって「母音+는/子音+은」という具合に、接続する語の形によって語形が変化するものは多いじゃないですか。でも語基式先生も、さすがに名詞は変化するはずないんで語基も何もないので、語基式は持ち出せないですよね。
語基式では語尾の形が一つになってスッキリしますけど、上で見たように、語末の形によって語尾が変化するっていうのが、実は韓国語の特質なんじゃないかしら。だから真理子としてはやっぱり伝統式のように、固定した語幹+語尾が変化するって説明するほうが韓国語の生理にかなってると思うんですけどね。
ドイツ語の接続法は、昔は接続法現在、接続法過去って言ってたんですけど、日本のドイツ語教育界の巨匠・関口存男が接続法第I式、接続法第II式という呼び方を提唱して、いまではドイツ人も、Konjunktiv I、Konjunktiv IIって言ってます。が、語基という考え方は、本国の先生方をうならせるほどのものではないみたいですね。