[真理子日曜学校 - 聖書の言語入門(フレーム表示) ]
【古典ギリシア語コース】

アクセント


  1. アクセントについて
     ギリシア語ではアクセントがとても大事です。中国語の声調なみに大事とすらいえるかもしれません。現代ギリシア語ではアクセント記号は必須です。「入門書にはアクセント記号はあるけど現実の新聞雑誌や書籍ではアクセント記号はつかない」というロシア語とはわけが違います。
     古典ギリシア語でもそう。もともとの写本などではアクセント記号はなかった(それどころか全部大文字でスペースさえなかったりする)かもしれませんが、現在、活字で印刷されているものは、母音の長音記号はありませんが、アクセント記号は必ずついてます。もちろんネストレ・アーラントも七十人訳も例外ではありません。
     現代ギリシア語ではアクセントは1種類しかありませんが、古典ギリシア語では3種類あり、しかも後述のように、どの位置にどういうアクセントが来るかという法則があるため、語形変化に伴ってアクセントの種類が変わったりします。


  2. アクセントの種類
     古典ギリシア語のアクセントは高低アクセントだったそうですが、現代ギリシア語では強弱アクセントに変化してしまったため、現代式発音では強弱アクセントで発音してます。古典式では高低アクセントで発音することになっています。もっとも日本語は高低アクセントなので、日本人が発音すると強弱アクセントのつもりでも高低アクセントになってしまいがちで、かえって好都合かもしれません。
     古典ギリシア語のアクセントは次の3種類です。アクセント用語は、日本の聖書業界では「鋭アクセント」「曲アクセント」「重アクセント」が普通です。英語などでは、フランス語にちょうどこの3つがあるので、フランス語の用語を借りて、それぞれaccent aigu(アクサン・テギュ)、accent circonflexe(アクサン・スィルコンフレックス)、accent grave(アクサン・グラーヴ)が一般的かもしれません。
    1. 鋭アクセント……{h*βίβλος,(ビ)ブろス*}ののように「/」記号で書かれるもの。
    2. 曲アクセント……{h*Χριστοῦ,はリス(トゥ)*}ののように「~」記号で書かれるものです。もっとも活字の字体によっては、「-」(横線)だったり「^」(山形ないしアーチ形)だったりします。
    3. 重アクセント……τὸνのように「\」記号で書かれるものです。
    実際の朗読では、古典式でも現代式でも、その部分を高く(強く)発音するだけで、3種類の区別をしていません。
     ただし重アクセントは、後述のように「もともとここにアクセントがあったけど次の語に続くときにはアクセントがなくなるよ」という意味です。そこで、古典式でも現代式でも、1音節の単語のときはアクセントをつけずに読みます。2音節以上の語では普通にアクセントをつけて読んでいます。


  3. アクセントの法則
     古典ギリシア語のアクセントには次のような法則があります。語形変化の際は、この法則に矛盾しない形でアクセント記号が変化したり、位置がズレたりします。この場合は「位置の居座り」が優先です。つまり、アクセントの種類さえ変えればそこに居座れるのならアクセントの種類が変わり、いかなるアクセントも居座れなくなれば位置がズレるというわけです。
     この法則を知らないと、「どうしてこの形のときだけアクセントが違うのだろう?」と悩むことになりますので、以下の規則をしっかり覚えておきましょう。
     なお、以下の規則を読む前に、2つの約束事を覚えてください。
    1. 音節の位置の呼び方……後述のようにアクセントは語末から3音節以内にあるのですが、最終音節、2番目、3番目を伝統的にはそれぞれultima、paenultima、antepaenultimaと(なぜかラテン語で)呼びます。しかしわずらわしいのでここではL1、L2、L3と書きます。また、説明の都合上、4番目をL4と書きます。
    2. 音節の長短……長母音(ᾱ η ῑ ω ῡ)または二重母音(αι ει οι υι ᾳ ῃ ῳ αυ ευ ου ηυ)を含む音節を長音節と呼びます。また、次に2つ以上の子音が続く音節も長音節です。それ以外は短音節です。
       なお、アクセント規則においては、L1がαιοιで終わる音節は、短音節扱いをします。
    さて、アクセントの法則です。
    1. 語末から3音節以内……アクセントは必ず語末から3音節以内にあります。ですから長い語尾がつくと位置がズレます。
       (例)γένεσις (Mat:1:18)→ βίβλος γενέσεως (Mat:1:1)
       この例では、L3にアクセントを持つγέ-νε-σις(誕生)という語が属格になると、γε-νέ-σε-ωςとなり、アクセントのあったγεはL4になってしまうので、L3であるνεに移動してしまった例です。
    2. 重アクセント……L1に鋭アクセントがある語は、次に別の語が来るとその鋭アクセントが重アクセントに変わります。これが唯一の重アクセントの出番です。
       (例)υἱοῦ Ἀβραάμ. → Ἀβραὰμ ἐγενησεν τὸν Ἰσαάκ, (Mat:1:1-2)
       この例では、前文末のἈβραάμが次文では文頭に来ており、次に別の語が続くのでに変化している例です。
       実は重アクセントとは無アクセントのことであり、「もともとここにアクセントがあるんだけど、次の語に続けて読むとアクセントが消えちゃうんだよ」という記号だと思われます。ですが聖書の朗読では、古典式でも現代式でも、一音節の語以外ではちゃんとアクセントをつけて読んでます。
    3. 鋭アクセントの存在条件……鋭アクセントはL1、L2、L3のどこにでも出現しますが、L3に来るときには、L1が短音節でなければなりません。
       (例)γένεσις (Mat:1:18)→ τῇ γενέσει (Luk:1:14)
       この例では、γένεσις(誕生)という語が与格になると、L1が長音節になってしまうので、鋭アクセントがL3に居座ることができず(曲アクセントはL3には存在できないし、そもそもγεは短音節ですから曲アクセントは無理)、L2に移動してしまった例です。
    4. 曲アクセントの存在条件1……そもそも曲アクセントは、長音節にしか存在できません。
    5. 曲アクセントの存在条件2……曲アクセントはL3にはありえず、L1かL2にしか存在できません。
    6. 曲アクセントの存在条件3……L2に来るときには、L1が短音節でなければなりません。
       (例) δοῦλος (Mat:18:26) → τοῦ δούλου (Mat:18:27)
       この例では、L2に曲アクセントを持つδοῦλος (家来)という語が属格になると、L1が長音節になってしまうので、鋭アクセントになってしまったものです。