[真理子日曜学校 - 聖書の言語入門(フレーム表示) ]
【バチェラーのアイヌ語コース】
代名詞
- 人称に関する諸家の違い
アイヌ語の文法用語は現在でも統一がとれていません。特に人称の言い方は諸研究者の間で大きな違いがあります。これを知らないと他の参考書を読んだときに大混乱のもとになるので、まずはしっかり注意を喚起しておきます。
アイヌ語の人称には次のような大きな特徴があります。- 1人称複数形に、相手を含まないもの(除外形)と、相手を含むもの(包括形)とがある
- 3人称とは別に、不定の誰かを表す人称がある
- 2人称に敬称がある
- 引用文の中では1人称の表現が変化する
さて、この4つの特徴の一つ一つは、他の言語にも見られるものです(たとえばタガログ語にも1人称複数に二種類あるそうですし、2人称の敬語体なんて珍しくありません)。
しかし、ここで問題なのは、上記1~4の特徴をもった表現が、アイヌ語ではなんと同じ形だということなのです。
上記のうち4を基準にするとわかりやすいでしょう。アイヌ語では引用文の中で1人称の表現が変化します。これを仮に4人称と呼ぶことにします。もちろん1人称単数は引用文中では4人称単数に、1人称複数(除外形)は4人称複数に変化します。
そして1人称複数(除外形)が変化してできる4人称複数が、なんと1人称複数(包括形)とまったく同じなのです。
また、「不定の誰か」を表す表現は、単数か複数かにかかわりなく(不定だから単数か複数かもわからないのかもしれませんけど)この4人称複数の表現とまったく同形です。
そして2人称敬称が、やはりこの4人称複数の表現とまったく同形なのです。
そこで、上記1-4の用法をまとめて「4人称」と呼べば、同形のものを一つにまとめて説明することができ、語形変化表もシンプルになり、とても便利です。このような説明のしかたをしているのが、『CDエクスプレス・アイヌ語』の中川裕先生です。また田村すず子先生は、「不定人称」という言い方をしていますが、実質的に同じです。
しかし、いくら語形変化表がシンプルになるとはいえ、ずいぶん違った用法を一つにまとめてしまうのには抵抗があります。そこで1-4をそれぞれの意味内容に即して「1人称複数(包括形)」「2人称敬称」「不特定の誰か(不定称)」「引用形」などとするほうが、語の意味をとるうえでは誤解を招く危険性が少ないといえます。知里真志保先生や太田満先生はこのやり方をしています。
- すみませんが浮気をします
「文法解説のしかた」で書いたように、このコースでは旭川アイヌ語教室の太田満先生の用語と説明のしかたに準拠しているのですが、すみません。この点だけは浮気をして、中川先生の「4人称」を使わせていただきます。アイヌ語に限らずどんな言語でも、語形変化表をできる限りシンプルにするというのが真理子の美意識なんですもの。ドイツ語だって、2人称敬称のSieを「3人称複数」扱いしちゃってるほどですから。
- 人称代名詞
次のようになっています。 | 単数 | 複数 |
---|
|
1人称 | kani | coka |
---|
2人称 | kani | coka |
---|
- 人称接辞
アイヌ語では人称接辞というものがあり、名詞の場合は所有者、自動詞の場合は主語、他動詞の場合は主語と目的語の人称を表す語がくっつきます。人称代名詞はほとんど用いることのないアイヌ語ですが、人称接辞は絶対に省略することができません。ちょうどヨーロッパの言語で動詞の人称変化を省略できないようなものです。
- 指示連体詞
指示詞の基本は、次に来る名詞を修飾する指示連体詞の形です。tan(この)、taan(その)、toan(あの)。
これらは実際にあるものを指示する機能しかありません。たとえば日本語では「あのこと」のようにお互いが了解している抽象的なことについて「あの」といえますが、アイヌ語ではneという別の言葉を用います。
バチェラーはtan、taan、toanともすべてtanとし、三者の区別をしていません。またneはneiと書いています。
- 指示代名詞
上記の指示連体詞にpe(こと、もの、奴)をつけると指示代名詞になります。つまりtampe(これ)、taampe(それ)、toampe(あれ)です。
バチェラーはすべてtambeと書いています。
- 疑問詞
nen(誰)、nep(何)です。品詞としては名詞になります。そもそもこれらはne(いずれの)+n(人)、ne(いずれの)+p(物。peの母音接続形)という成り立ちの語です。
またこれらに副助詞he(~かい?)がついてhがとれたnene(誰だい?)、nepe(何だい?)という言い方もあります。