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2019年11月18日(月) 通読(本日=申29-31,ラオ1,モロ2 明日=エス1-5,シラ51,モロ3)

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節表示・修正口語訳(日本語R)+真理子のおまけ 解題
〔57年モルモン経〕モーサヤ書 第18章
第十八章
モルモンの泉。アルマがヒーラムそのほかの者たちにバプテスマを施すこと。キリストの教会。ノア王が、アルマとかれに従う者たちを亡ぼそうとして軍隊をつかわす。

さて、ノア王の僕の手から逃れたアルマは自分の罪と悪い行いとを悔い改め、ひそかに民の間を経めぐってアビナダイの言った言葉を教え始めたが、
それはこれから起ることと、死者の復活と、キリストの能力と苦しみと死と復活と昇天とによって起る人間の贖いに関することなどであった。
アルマは自分の言葉を聞こうとする者にみな教えを与えた。教えることが王の知るところとならぬよう秘密に教えを施したが、アルマの言葉を信ずる者が多かった。
そしてアルマの教えを信ずる者はみなモルモンと言う所へ行った。これはノア王が名をつけた所で国境にあり時節によっては野の獣が一ぱいにいた。
さて、モルモンには清らかな泉があり、アルマはここへ逃げて隠れていた。これはこの泉のかたわらに小さい木の茂った森があり、アルマは昼の間この中に身を忍ばせて王の捜索からのがれていたからである。
アルマを信ずる人はみなアルマの言葉を聞こうとしてそこへやってきた。
しばらくたって、アルマの言葉を聞こうとして多くの人々、すなわちアルマの言葉を信じた人がみなモルモンに集まってきたが、アルマはこれらの人々に教えを施し、悔い改めと贖いと主を信ずる信仰とを宣べ伝えた。
そこでアルマは言った「ごらん、ここにモルモンの泉がある(ここの泉をこのように言う)。あなたたちは神の羊の群に入って神の民と言われること、互いに苦難を軽くするために喜んで助け合うこと、
悲しむ者を思いやって共に悲しむこと、慰めが要る者を慰めること、また神に贖われ第一の復活にあずかる者の数に入って永遠の生命を得るよう、いついかなる時でも、どのような所に居ても、どんなことについても、死に至るまでも神の証し人になりたいと心から思っている。
従って、あなたたちがもしも真心からこれを望んでいるならば、あなたたちは主からますます豊かにその「みたま」を賜るよう、主に仕えてその命令を守ると言う誓約を主に立てた証拠として、主の御名によってバプテスマを受けるのに何のさしつかえがあろうか」と。
集まった民はこの言葉を聞いて非常に喜び、その手を叩いて「これはわれわれが真心から願うことである」と言った。
このときアルマは先に立ってきた者の中のヒーラムと言う一人の男をつれて行って水の中に立ち、高らかな声で祈って言った「主よ、汝のしもべが聖き心を以てこの働きを為し得るよう「みたま」を与えたまえ」と。
こう言って祈ると主の「みたま」がアルマの上に降った。そこでアルマは「ヒーラムよ、われは全能の神より権能を受けたるにより、汝がすでに肉体の死ぬまで全能の神に仕えたてまつると誓約をしたる証拠として汝にバプテスマを施す。ねがわくは、主の「みたま」が汝の上に降り、また全能の神が創世の前より備えたもうたキリストの身代りの贖いによりて汝に永遠の生命をたまわらんことを」と言った。
この言葉が終ってからアルマとヒーラムとの二人は水の中に沈められ、再び起きて水の中から出ると、もう「みたま」に満たされて喜びながら陸に上った。
アルマはまた別の一人をつれてまた水の中に下り前の者と同じくこれにもバプテスマを施した。しかし、このたびは自身は水の中に沈まなかった。
このようにしてアルマはモルモンに集まったすべての者にバプテスマを施したが、その数はすべてで二百四人であった。まことにこれらの人々はみなモルモンの泉でバプテスマを受け、十分に神の恵みを受けた。
これから後、これらの人々を一つにして神の教会ともキリストの教会とも言ったが、だれでも神の威力と権能とによってバプテスマを受けた者はこのキリストの教会に加えられた。
さてアルマは神から権能を授かったので祭司を選び按手礼によって任命したが、くわしく言うと五十人ごとに一人の祭司を置き、この祭司に按手礼を授けて各々その司どる五十人に教えを説き神の王国にかかわることを教えるよう任命をした。
またアルマは、自分が教えたことと、聖い予言者らが言ったことのほかは何ごとも教えてはならないとこの祭司たちに命じた。
すなわち、悔い改めねばならないことと、その民を贖いたもうた主を信じなくてはならないことのほかは何ごとも教えてはならないと命じた。
また互いに争うことなく、心をひとつにして望み、同一の信仰を保ち、同一のバプテスマを受け、相愛し相一致してその心を結ばなくてはならないと祭司たちに命じた。
アルマはこのように祭司らに教えを説けと命じ、すべての者は右の教えを守って神の子となった。
さてアルマはまたかれらに安息日を守って聖日とすること、毎日自分らの神である主に感謝をすること、
またアルマがすでに按手礼によって祭司に任じた者たちは、みな暮しを立てるために自分で働かなくてはならないことを命じ、
また毎週聖徒たちのために道を教えその神である主を礼拝するために集まる一日を特に定め、またほかの日にもできるだけしばしば集まることも定めた。
そして祭司らは暮しを立てるために聖徒らの扶持を仰ぐはずのものではなくて、その働きの報いには神の恵みを受けるはずであると定められた。これは祭司らが「みたま」を得て強くなり、これによって神を知る知識を得るためであって、また神からたまわる威力と権能とによって教えさせるためであった。
アルマはまた、教会の聖徒らがみな各々その持物の多少に応じてその幾分を施すように命じた。たとえば、豊かに持つ人は豊かに施し、少しばかり持つ人は少しばかり施して何も持たない人に与えると言ったようなことである。
しかし、このように人に施す財産の幾分は、神の御前に善いことを行いたいと言う心で自分の自由意志から施さなくてはならない。そして、困っている祭司たち、貧しい人々、はだかでいる人などに施さなくてはならなかった。
アルマはすでに神の命を受けていたので、このようにかれらに命じたのであった。それでかれらは神の御前に正しく行い、それぞれの欠乏と要用とに応じて肉体についても霊についても互いに助け合った。
これはみなモルモンと言う所のモルモンの泉に近い森にあったことである。モルモンと言う所と、モルモンの泉と、モルモンの森とはそこへきて自分らの贖い主を知るようになった人々の目にはいかにも美しい所である。またこれらの人々は、とこしえにその贖い主を讃美して歌うからいかにも幸福である。
これらのことは、ノア王に知れないように国境で行われた。
しかしごらん。ノア王は民の間にこのことがあるのを知り、しもべたちをつかわして民の動きを見張らせた。それであるから、ある日聖徒らが主の道を聞こうとして集まったときこれが王に知られた。
ここに於てノア王はアルマがわが民を煽動して謀叛をさせようとしていると言って、アルマとかれに従う人々を亡ぼすために軍隊をつかわした。
しかし、アルマと主の聖徒たちは王の軍隊がくると聞いて、その妻子をつれ天幕を持って荒野の中へ立ち去った。
その数はおよそ四百五十人であった。

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