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2020年7月5日(日) 通読(本日=一テサ4-5,3イミ31,アル54 明日=レビ25-27,ソ詩18,アル55)

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節表示・修正口語訳(日本語R)+真理子のおまけ 解題
〔57年モルモン経〕ニーファイ第二書 第28章
第二十八章
ニーファイの予言、つづき。末日の諸教会とその状態。悪魔の王国がゆり動くこと。人を誤る人間の教え。

さてごらん、私の兄弟たちよ。私は「みたま」の戒めに従ってあなたたちに話をした。従って私の話したことは将来必ず起ることが解っている。
さて、あの書物から引用して書くことは世の中の人に大きな利益があるが、イスラエルの家の残りの者である私たちの子孫にはとくにそうである。
その時には主のために立てたのではない諸々の教会があって、ある教会は別の教会に向って「われを見よ、われは主の教会である」と言い、別の教会はまた「われこそ主の教会である」と言い、すべて主のために立てたのではない教会を起した者たちはこのように言って、
互いに相争い、その祭司たちは互いに競い争って自分の学問で教えを伝え、正しい言葉を言わせる聖霊をしりぞける。
かれらはまたイスラエルの聖者である神の能力をしりぞけ、民に向って言う「われらに耳を傾け、われらの教えることに聞き従え、今日神は無い。主なる贖い主はすでにその御業を成就してその権能を人に譲り伝えたもうた。
それであるから、われらの教えることに聞き従え。すなわち、もしも主の御手によって起る奇跡があると言う者があっても、これを信ずるな。今日主はもはや奇跡を行いたもう神ではない。主はすでにその御業を成就したもうたからである」と。
またまことに「われらは明日死ぬかも知れないから、飲んだり食ったりして楽しめ、そうすればわれらは幸福で満足である」と言う者が多くあり、
「飲み食いをして楽しめ、しかし同時に神をおそれよ。神は小さな罪を犯すことは許したもう。それであるから少々うそを言い、人の言葉につけ込んで欺き、隣人をおとし入れる穴を掘れ。これは少しも悪い事ではない。われらは明日死ぬかも知れないから、すべてこのようなことをしても差支えない。たとえ、われらに罪があると認められても、神はわずかにわれわれを鞭うちたもうだけであって、われらは結局神の王国に救われる」と言う者も多くある。
このようにしてうそで愚かな空しい教えを宣べ伝える者の数は実に多い。この連中は心に誇り高ぶって、その計ごとを主に隠そうと深く企て、その行いを暗黒の中に置くようにする。
その時に、聖徒たちの血は地の中から叫んでかれらを主に訴える。
実にかれらは皆正しい道から迷い出て腐った者となっている。
かれらの教会は、高慢と偽りの教師と偽りの教義のために腐敗して誇り高ぶり、傲慢がいよいよ甚だしくなっている。
かれらはその見事な礼拝堂を建てるために貧しい人々から奪い取り、またその美しい衣を得るために貧しい人々から奪い取り、誇り高ぶるために柔和な者と心の謙遜な者とを苦しめ、
その首筋を固くし、その頭を高くあげ、キリストに従う少数の謙遜な弟子のほかは、皆自分の高慢と罪悪と憎むべき行いと淫行などのために堕落してしまっている。それにも関らず、誤った導きを受け、人の戒めに教えられるから弟子たちもこのような誤ちをたびたびする。
心に誇っている知恵者、学識のある人、富者、偽りの教えを説く者、みだらな行いをして主の正しい道を曲げる者は禍である。禍である。ああまことに禍である、と主なる全能の神が仰せになった。これらは皆ことごとく地獄に落し入れられるからである。
正しい人をしりぞけてこれをないがしろにし、善をののしって善は何の役にも立たないと言う者は禍である。主なる神が速かに世の人を裁きたもう日がくる。その日にはかれらの罪悪がその極に達しているから、かれらは亡びるのである。
しかしごらん、もしも世の人がその罪悪と憎むべき行いを悔い改めるならばかれらは亡びないと万軍の主が仰せになった。
しかしながらごらん。全世界の浮れ女である憎むべき大教会は、地に倒れてまことにひどく覆える。
悪魔の王国は必ずゆり動き、またこの王国に属する者たちも必ず動かされて悔い改めなければならない。そうでなければ、かれらは悪魔の永遠の鎖に固くしばられ怒らされて亡びてしまう。
ごらん、その時に悪魔はある人々の心に入って荒々しい行いをさせ、またこの人たちに善い事を怒らせる。
またほかの人々をなだめ、この人たちをすかして肉欲をほしいままにさせるから、その人々は「シオンの中では万事よろしい。シオンは栄えて実に何事もみなよろしい」と言う。このように悪魔はこの人々をだまし、心を配って地獄へつれて行くのである。
悪魔はまたほかの或る人々にへつらってこの人々を迷わせ、地獄はないものであると言い、また悪魔はないものであるから私は悪魔ではないと言い、このように耳にささやいて一度かかったら決して逃れられない恐ろしい鎖でとうとう縛ってしまう。
実にこのような人たちは死と地獄の手に落ちるのであって、死と地獄と悪魔との三つに捕えられたあらゆる人々は、後に神の御前に立って各々その身で為した行いに従って裁判を受け、神の御前からかれらのために用意してある燃える硫黄の湖に入らなくてはならない。その湖は永遠に加えられる苦痛である。
それであるからシオンでのんきに暮す者は禍である。
何事もみなよろしいと言う者は禍である。
実に人の戒めに聞き従い、神の権能と聖霊の賜とをしりぞける者は禍である。
実に「われらはすでに受けたから、もはや必要でない」と言う者は禍である。
要するに、身を震わせて神の真理のために怒る者はみな禍である。ごらん、岩の上に立つ者は喜んで神の真理を受けるが、砂の土台の上に立つ者は倒れはせぬかと恐れるからである。
「われらはすでに神の言葉を受け、もうこれで十分であるからこの上神の言葉は必要でない」と言う者は禍である。
ごらん、主なる神は仰せになる「われは言葉に言葉を加え、戒めに戒めを加えて、これを世の人に伝え、ここにも少しく教え、かしこにも少しく教えん。故にわが戒めを守りわが勧めに耳を傾くる者は知恵を得るによりて幸福なり。われは受くる者に一そう多く与うれども、われら十分なりと言う者よりはその持てるものさえも取り上ぐべし」と。
人にたよりまたは人間をそのすがる腕にする者はのろわれる。聖霊の力で与えられる戒めをよそにして人の戒めに聞き従う者もまたのろわれる。
万軍の主なる神は仰せになる「異邦人は禍なり、われは日日かれらに手を伸ぶるに、かれらはわれをしりぞくればなり。されど、もしかれらが悔い改めてわれに来らば憐まん。われは終日手を伸ぶればなり」と。

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