真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[841]箴言22章、シラ書30章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/18(木) 04:07:05
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●箴言22章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=pro&chapter=22&mode=0
口語訳聖書では冒頭が「令名は大いなる富にまさり」とありますが、令名というのは名誉とか名声とかいうことです。口語訳聖書というと丸谷才一の批判によって悪文のきわみという印象がありますが、実は直前までは文語体だったものをほぼ機械的に口語に直したものだという裏話があります。明治に旧新約が文語で訳されたあと、大正になって新約だけが改訳されました。実は旧約の改訳も進行し、ほとんど終わっていたところに、戦後になってもう文語でもあるまいというので急遽口語に直したのが「口語訳聖書」だというのです。ですから最近では、むしろ文語の香りをそこはかとなく漂わせた格調高い文だと、評価が変化しています。最近というのは新共同訳が出てからですね。そのくらい新共同訳の文体がひどいということなんでしょうか。
でも丸谷才一など多くの作家たちの批判は、一部は口語訳聖書の文体の欠点そのものを突いてはいるものの、多くは単に慣れの問題という気がします。文語訳聖書に慣れた人にはそりゃ違和感あるでしょう。私は口語訳聖書で育ったので、新共同訳に違和感あります。こんどは2016年をめどに「標準訳」という、もっと典礼にふさわしい格調高い文章で訳したものを出すらしいですけど、たぶんこれも悪評ふんぷんよ。
話を戻すと、箴言のところは口語訳聖書の中でも特に文語のニオイがぷんぷんしているところです。新共同訳や新改訳と比べてみるとよくわかります。
●シラ書30章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=30&mode=0
ここは教育論と健康論。父を恨んで育ち、今は子がいない私には教育は語れないんですけど、24節の「うらやみと怒りは寿命を縮める。うれいは老化を早める」は、心しておこうと思います。なお、次の25節の食べ物の話は、次の章に続きます。シラ書の章の区切りは適切さを欠いてるところがありますね。
[840]詩編105-107編
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/17(水) 05:08:12
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=105&mode=0
3つとも「主に感謝せよ」という言葉で始まる歌。
105編と106編はイスラエルの歴史をふまえた歌です。何も知らないとポカーンという感じですが、月曜日に読み進めてきた律法の内容を思い起こしながら読むとよくわかってきます。
105編は創世記、出エジプト記に出てきたさまざまな故事をふまえていますが、うずらの話は先週の民数記に出てきたところです。あれ、うずらが飛んできたのはいいけれど、それを食べ切らないうちに疫病がおそったんでしたよね。そういう話がちっとも出て来ませんね。
そう思いながら106編を読むと、こちらは民のおかした悪行に対して神様が罰を与える話。105編が神様の恵みの話ばかりでしたから、両者は一対になっています。