真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

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[220]創世記40-43章
投稿者=真理子
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掲示日=2012/02/20(月) 09:23:17
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=gen&chapter=40&mode=0
 昨年度の記事は[0:510]
 前回([199])からヨセフ物語が始まっています。前回と今回の分のあらすじをまとめると……
 ヨセフは夢占いの才能があるのですが、その結果(自分が兄たちを支配する)を得意げに兄たちにしゃべるというデリカシーのなさもあり、兄たちに殺されかかります。なんだかんだあって、ヨセフは殺されることなく、なんだかんだあって、ミデアンびとの隊商に売られてエジプトに行ってしまいます。この二つの「なんだかんだ」については後述します。
 エジプトでヨセフは侍従長のポテパル(ポティファル)に売られますが、この家でヨセフは才覚をあらわし、財産から何から管理をまかせられるほどになります。ところが奥方からの誘惑を拒み、逆に奥方に「こいつがエッチなことをしようとした」とウソをつかれて牢獄に入ります。
 ここからが今日の話。牢獄でヨセフは王の給仕役と料理役の夢判断をします。それから二年後、王がヘンな夢を見ますが誰もその謎を解けません。このとき給仕役がヨセフのことを王に紹介し、ヨセフは王の夢を、大ききんの前兆と解釈。そしてヨセフはエジプトの宰相になり、ききん対策として食糧の備蓄と管理を仰せつかります。
 ついでにヨセフはオンの祭司ポテペラ(ポティ・フェラ)の娘アセナテを妻にむかえ、マナセとエフライムを生みます。イスラエル十二部族はヤコブ(イスラエル)の十二人の子の名から来てますが、祭司職のレビ族は除かれます。そのかわりヨセフ族となるべきものを二分割、具体的にはヨセフの二人の子、マナセ、エフライムが部族名となっています。ということはマナセ族とエフライム族は、御先祖の段階ですでにエジプト人と混血だったということになります。まあ他の部族も純粋なイスラエルの民なんて一つもないでしょうけどね。
 さて、食糧の備蓄をしていたエジプトはききんがきても平気でしたが、周辺諸国は大変。各地の人が食糧を買いにエジプトに来ます。ヤコブ一家も例外ではありません。エジプトに食糧を買いに来てヨセフと再会。ヨセフはすぐに兄たちだとわかりますが兄たちは気づきません。そこでヨセフはすぐに名乗ることなく、ここからしばらく、ねちねちと兄たちをいじめにかかります。


 さて、前回はタマルの話をしたのでできませんでしたが、上記「なんだかんだあって」のところは話がヘンなのです。
 1.イシマエル人に売るはずが、ミデアン人が出てくる(創37:28)。いったいどっちなの?
 2.ヨセフが商人に売られたことを、提案者のユダおよび兄弟たちはみんな知っている(創37:26)はずなのに、ルベン(レウベン)は知らず、穴の中にいないといって嘆く(創37:29-30)。ルベンだけ不在で知らなかったと解釈しても、ルベンが嘆いたときに「兄さん、実はね…」と言えばいいじゃない!

 新共同訳ではこのあたりのつじつまあわせをしています。具体的には 創37:28を「ところが、その間にミディアン人の商人たちが通りかかって、ヨセフを穴から引き上げ、銀二十枚でイシュマエル人に売ったので、彼らはヨセフをエジプトに連れて行ってしまった。」のように訳して、
 2.「その間に」つまりルベンはおろかユダその他もいない間にこのことが行われてしまった。
 1.穴からひきあげたのはミデアン人。そしてミデアン人がイシマエル人に売った。
のように解決をはかっています。まあ、そうとればいいんでしょうね。たぶんここは、物語のさまざまな伝承をまとめる過程で混乱があり、それがそのまま残っちゃったのでしょう。

[219]2ニフ22章
投稿者=真理子
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掲示日=2012/02/19(日) 03:23:55
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ne&chapter=22&mode=0
 異教コース、日曜日から木曜日まではモルモン経を、金曜日と土曜日はクルアーンを読んでいます。日曜日にはいままでのおさらいとしてあらすじをまとめていますけど、このところニーファイ第二書はイザヤ書の引用ばっかりで話が先にすすみません。25章、つまり今週水曜日になってはじめて新たな展開になります。よって、いままでのあらすじは水曜日に書くことにします。
 そんなわけで今日もイザヤ書そのまんま。今日は12章ですね。
 非常に短いんですが、一つ気になるところ。
 2ニフ22:2、イザヤ書でいえばイザ12:2ですけど、エホバという名が出てきますね。今のモルモン教会は新しい95年版を使っていますが、そちらでもそうです。
 じゃモルモン経でエホバという語はがんがん出てくるかというと、こことあとはモロ10:34にしか出てきません。イザヤ書をばんばん引用しているニーファイ第二書も、ここだけエホバで、あとは主と訳してます。
 ではここだけなぜエホバと訳しているかというと、原文(イザヤ書のです)が、ヤハ・ヤハウェとなっているからです。ヤハというのはヤハウェの短縮形ですから、同じ名前がだぶっているわけです。聖書の翻訳ではヤハウェというところを「主」と変えるしきたりがありますが、それだとここは「主なる主」になってしまってよろしくない。「主なる神」(新共同訳や口語訳はそうします)と訳すのも、ヤハウェを神と訳してるようでヘン。そんなわけでニーファイ第二書のほうでは、「主なるエホバ」のようにしているのです。これはKJVがそうなんですね。ヤハウェをLORD(全部大文字)と訳すKJVも、ここはLOAD JEHOVAHとしています。