[真理子日曜学校]
 

改性

 

 
  1. 改性
     私は改名・改性の両方の申し立てを家庭裁判所に行い、まず改名が通りました。改名の話は「改名」を見てください。こんどは改性の話です。
     「改名」では“改性するまでは「植田真理子・男性」という奇妙な状態になった”と記しましたが、実は世の中には、そういう奇妙な状態の人がずいぶん多いと思われます。というのは、改性の条件は改名よりもはるかに厳しく、これを満たせない人がいっぱいいるからです。まずはその話をしましょう。

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  3. 性同一性障害特例法
     「性同一性障害特例法」という法律があります。正式名称は「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」です。長いので以下「特例法」とします。平成15(2003)年7月16日に成立。施行は翌年の同日より。
     この法律によって、一定の条件を満たした者は、性別の変更が可能になります。しかし逆にいえば、以下に書く条件を満たさなければ、たとえどんなに外見や社会的生活が反対性のものになっていても、戸籍を変えられないということでもあります。
     まず大前提として、「性同一性障害者であること」が大きな条件です。ですから性分化疾患など他の要因ではダメということです。
     そして特例法第3条には、次の5つの条件が記されています。
    1. 二十歳以上であること。
    2. 現に婚姻をしていないこと。
    3. 現に未成年の子がいないこと。
    4. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
    5. その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
    この条件にはいろいろ問題があるのですが、2.の「現に婚姻をしていないこと」が一番大きな問題であると私は思います。つまり結婚をしている人は性を変えられないのです。変えてしまったら同性婚になってしまうからです。離婚すれば性を変えられますが、その人とは永久に復縁できません。なんともひどい条件です。
     4.と5.は、MtFの場合、男性器が生殖腺に相当するので、男性器を切除すれば自然に4.と5.を満たしますから、なんで2つに分かれているのか気づきにくいところです。しかしFtMの場合は大きな意味を持つのです。というのはFtMの場合、乳腺切除(これは生殖機能とは無関係なので性別適合手術のうちに入りません)と男性ホルモン投与だけでかなり男性的外観を獲得することが可能、つまり5の条件は満たしてしまうからです。とすると4の条件は、「性別を変えた以上はもう子を作るな。作ったら男が子を産んだことになりおかしいだろう?」という邪悪な意図が見えてくるわけです。
     性同一性障害者の中には「性別適合手術を性別変更の要件にしているのはおかしい。手術を受けなくても性別が変更できたら良い」と考え、実際にそういう運動を起こしている人もいますし、外国では手術なしで性別を変更できる国もあるようです。MtFからすると「オチンチンついてるのに女にしろって虫が良くねぇ?」と思ってしまうのですが、実はFtMの場合は切実な問題と言えるのです。

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  5. 改性の実際
     改名同様、裁判所のサイトに各種手続きの仕方と提出書類がありますが、最初は家庭裁判所に出向いて、提出書類の説明を受けたほうがいいです。
     必要なものは、「収入印紙800円を貼った申立書」「郵便切手(横浜家裁の場合は500円切手3枚、80円切手10枚、10円切手5枚でした)」「申立人の出生時から現在までのすべての戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本(全部事項証明書)」「住民票」「診断書」です。申し立ては郵送でOKです。診断書は「改名」で書いたように裁判所提出用の詳細な書式があります。
     名の変更許可は「申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)」「名の変更の理由を証する資料」が必要。戸籍謄本は最新のだけでよかったのですが、性別変更のほうは「生まれてからすべての戸籍」。これのがとてもやっかいです。
     ご両親を亡くされた方は、相続のために、なくなられた方の生まれてからの戸籍を全部取り寄せた経験がおありでしょう。あれ大変だったでしょう。それとも司法書士にまかせきりで終わりかしら。私の場合はヒマだったので全部やりましたよ。母のときが8通、父のときが6通ありました。戸籍謄本や除籍謄本を取り寄せて、達筆で書かれた手書きの戸籍を解読して「あ、まだ前があった」って感じでね。今私がこれをやったら、1.生まれた北海道某市のやつ、2.現住所の横浜市青葉区のやつ、3.父が死んだあと分籍して私が戸籍筆頭者になったやつ、とこれだけでも3通ですよ。まあ2と3は横浜市青葉区役所で全部そろいますけど、死んだ母や父の場合は本籍地もころころ変わっていたのでいろんな市役所に請求して大変でした。これだけで2ヶ月くらいかかりましたもの。
     診断書の件は「改名」を見てください。

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  7. 審判が通ったら
     審判が通ったら、名前変更と同じように審判書が郵送されます(右写真)。名前変更のときは普通郵便だったのに、性別変更は「特別送達」なんてものものしい手紙で来たので、送料が80円+420円(書留料)+540円(特別送達料)で1040円ぶんも切手が貼ってありました。これで切手がやたら多かったのね。
     で、名前変更の場合は自分で役所に申請しなきゃいけなかったのですが、こんどは裁判所が勝手に連絡してくれますので特に何もやる必要がありません。だから切手が多かったのです。
     しかし実はこれが曲者で、裁判所の連絡ってけっこうちんたらするんですよね。下に書くように半月ほどかかります。こっちは一刻も早く女になった戸籍を取得して、次のプロセス、つまり性別のかかわる身分証明書の作成をしたいのですから。ネットを見ると、「戸籍の性別が変わったよ」と親切に連絡してくれる自治体もあるらしいですが、少なくとも横浜市は忙しいらしく、そんなことしてくれません。もちろん裁判所も連絡してくれません。
     そこで私は、もうそろそろ大丈夫だろうというころを見計らって、毎日戸籍謄本をとって確認しました。2回ほど空振り(つまり直ってない)を経験した後、ある日に行政サービスセンター(つまり駅前なんかにある市役所の派出所ですね)に行ったら「すみません植田さん、ただいま編成中って画面が出てくるんですが戸籍上何かなさったんですか?」と言われたので、ははん、今ちょうど作ってるんだなとうれしくなって事情を説明、職員が市役所に問い合わせてくれて、しばらく待ったら戸籍も住民票も「長女」「女」になってました。
     ちなみに裁判所の審判が2013/8/21、裁判所から我が家に送付したのが8/26。ところが戸籍の記載によれば裁判確定日が8/27、記録嘱託日つまり裁判所から市役所に通知が行ったのが9/4らしい。ずいぶんちんたらしているものです。でも市役所は一日で新しい戸籍を作ってくれて、9/5の夕方には新しくなったというわけです。

    新しい戸籍

    新しい住民票

     戸籍の続柄は嫡出子の場合「長男」「二男」「三男」…というふうになっていますが、このうち長、二、三…という部分は変更なしで性別だけ変わります。兄弟姉妹がいる場合に調整などは一切ありません。だから私は「長男」→「長女」となったわけですが、私に姉がいたとしても長女ですし、逆に弟は二男→長男という繰り上げをするわけではありません。
     もしあなたが戸籍筆頭者でない場合は、強制的に分籍されて、あなたを筆頭者とする新たな戸籍が作られ、そこに性別変更の事実が記録されます。

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  9. パスポート
     性別を変更した場合、パスポートは切替申請になります。要するに新規取得と同じ要領で取り直しというわけです。旅券番号も変わります。有効なビザが旧旅券に押されていた場合にそれが有効かどうかは、国によって異なりますが、まずダメだと思ったほうがいいです。私の場合は残りが8年もあったのですが、海外に行ったときにさまざまなトラブルに直面することを考えれば、ここはケチらずに取り直しです。
     名前だけの変更の場合は「訂正申請」という簡単な方式の変更をすることも可能です。手数料900円のみ、数時間(都道府県によって違う)で受け取れるのですが、変更事項は追記欄にスタンプで記されるのみであり、顔写真も所持人自署(サイン)欄も変えられずICチップの情報も変更されず、名前変更の理由はどこにも記されないために、出入国時にいろいろ質問されたり、不利な扱いをされたりすることがあります。名前を変更したのにサインは旧名でしなければならないのではたまりません。
     このため外務省では平成26(2014)年以降、「記載事項変更旅券」という新たな制度の旅券を作るようです。いったん旅券を返納してもらい、顔写真やサインを含めて完全に新しいパスポートを作るというものです(旅券法の一部改正についてのお知らせ(「記載事項の訂正」の廃止@外務省)。それじゃまるきり新しいパスポートを取るのと同じじゃないかと思うのですが、有効期限は旧パスポートのものが引き継がれる点が違うようです。たぶん手数料は安くなるのでしょう。
     しかし、この制度はまだスタートしていませんし、海外旅行時のトラブルを防ぐ意味で、できるだけ新しいパスポートをとったほうがいいと思われます。
     なお、目前に海外旅行が迫っているときは、パスポートの変更やクレジットカードの名前変更をせず、旧名で旅行をしてしまったほうがラクです。

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  11. 運転免許証
     運転免許証には性別の記載がありませんし、ICチップ内にも記載されていませんが(運転免許試験場の端末で確認ずみ)、免許の申請書には性別欄があり、その情報は公安委員会が持っています。
     通常の運転をしているだけなら性別の記載がないので特に性別変更をしなくてもいいのですが、免許証の更新や新たな免許の取得のときに何も言わずに申請書に今までと反対の性を書いたりすると、文句を言われるかもしれません。更新や新たな取得のときには、戸籍など、性別変更をしたことがわかるような書類を持って行って、運転免許試験場の「記載事項変更」窓口で届け出ておきましょう。無料でできます。もっともやったからといって免許証の外見には一切変更がありません。

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  13. 健康保険
     健康保険証には性別の記載があります。これを変更する受付場所は、あなたがどの健康保険に加入しているかによります。
     国保や後期高齢者ならば市役所。もっとも自治体によっては、戸籍の性別を変えると住民票ばかりか国保に入っている場合はそちらも勝手に変えてくれるところもあるようです。
     それ以外の保険は各組合。保険証に記載されています。しかしこういう健康保険は事業主を通して入るものですから、記載事項の変更も被保険者つまりあなたが申請するものではなく事業主を通して申請します。名前変更も性別変更もまずは勤務先に届けましょう。
     もっともこれらの健康保険は、退職後2年間は任意継続ができます。その期間はあなたが直接組合に連絡することになります。
     私の場合、電話で確認したら、申請書と健康保険証だけを郵送すれば、特に戸籍や住民票の添付は必要ないというので、それを信用して郵送したら、やっぱり戸籍が必要だというのでひと悶着ありました。こんなケースはなかなかないのでしょうが、困ったものです。これに限らず健康保険は組合の事務所を直接訪問したほうが解決が早いようです。それだと保険証はすぐに交付してくれますから。

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  15. 年金
     サラリーマンなら年金手帳なんて手元にないし、無職・自営業でもそうそうあの手帳を見せびらかすものではありませんが、年金手帳にはしっかり性別が記されています。
     しかも、年金を管理する日本年金機構には、あまり個人で申請するチャンスがありません。データの変更も通常は健康保険組合や市役所から間接的にやるので、個人としてはやることはないのですが、性別を変えた人は次の話に注意しておく必要があります。
     実は年金の支給開始には男女差があります。現在は厚生年金の支給開始を60歳から65歳に引き上げる措置が進行中なのですが、昭和16年4月2日〜昭和41年4月1日に生まれた人(平成15(2013)年現在では47〜72歳)の人は男女差があり、女性になると年金の支給開始年齢が下がるのです。具体的には〜 年金はいつからもらえる? 受給開始年齢 その2 〜@厚生年金・国民年金Web(その1はこのページからたどること)のとおりです。
     たぶんこういう制度を決めた人たちは、性別を変える人が現われるなんて想定もしていなかったのでしょうが、ともかくこういう問題があるので、日本年金機構は性別を変えた人の基礎年金番号を性別を変えたことが一目瞭然となるような番号に変えようとしたことがあります。2013年5月にこのことが発覚し、差別を助長するという批判を受けたので、現在ではこういうことはありません。
     いずれにせよ、特にMtFにとっては有利な制度ですからしっかり覚えておいてチェックすべきですし、そもそも日本年金機構(昔の社会保険庁です)は、名前を変えただけでいとも簡単に過去の年金支払い記録を見失ってしまう、ダメな役所だということを忘れてはいけません。今では過去の年金記録を定期的に報告してくれるので、名前や性別を変えた人はしっかりチェックすることです。
     で、名前や性別を変えたときは、厚生年金に加入しているなら事業主を通して申告、国民年金の場合は市役所の年金担当窓口を通して申告することになります。

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  17. 戸籍等から性別を撤廃してほしい
     しかし考えてみたら、なんで戸籍に性別の記載があるんでしょうか? これさえなかったら、同性婚だってできるなど、性的少数者の戸籍問題はすぐに解決してしまうんです。

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