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2024年4月26日(金) 通読(本日=エレ47-52,バル3,クル-43回 明日=ルカ7-8,1イミ22,クル-44回)

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節表示・修正口語訳(日本語R)+真理子のおまけ 解題
〔57年モルモン経〕モーサヤ書 第25章
第二十五章
ミュレクの子孫、ゼラヘムラの民。ゼニフの記録とアルマの記事を民に読んで聞かせる。アルマ、全国にキリストの教会を立てることを認可せられる。

さて、モーサヤ王は全国の民を集めた。
ここにニーファイの子孫は、ミュレクといっしょに荒野へやってきた人々の子孫であるゼラヘムラの民ほど数多くはなかった。
そしてニーファイの民とゼラヘムラの民とを合わせてもその数は少くてレーマン人の半分にも足らなかった。
そしてニーファイの民の全体とゼラヘムラの民の全体は二箇所に集まっていた。
さてモーサヤ王は全国の民に向い、ゼニフの書いた記録の中で、ゼニフの民がゼラヘムラの地を立ち去ってからまた帰ってくるまでのことを自分も読みまた人にも読ませ、
またアルマとその兄弟たちの記事、ならびにかれらがゼラヘムラの地を立ち去ってからまた帰ってくるまでに受けた艱難の記事を読んだ。
さてモーサヤ王がこれらの記録を読み終ったときに、ゼラヘムラを立ち去らなかったモーサヤ王の民は非常に驚きまた不思議に思った。
かれらが奴隷の境涯から救われた人々をながめると、これらの人々はみな非常に大きな喜びに満されていたので、何と思ってよいか解らなかったからである。
しかし、かれらはレーマン人に殺された同胞のことを思っては嘆き悲しんでさめざめと涙を流し、
神がアルマとその兄弟たちをレーマン人の手から救って奴隷の境涯を免れさせたもうた早速の恵みと大きな能力とを思っては声をあげて神に感謝し、
またその兄弟であるレーマン人の罪深い汚れた様を思っては、かれらの身も霊もどうなるかと胸を痛めて悲しんだ。
レーマン人の娘たちを妻としたアミュロンとその兄弟たちの子らもここに居たが、自分らの父の行為をこころよく思わず、父と同じ名前で呼ばれたくないと思って甘んじてニーファイと言う名前を受けた。それはニーファイの子孫と呼ばれニーファイ人と共に数えられるためであった。
今やゼラヘムラの民はみなニーファイ人の中に数えられた。それはニーファイの子孫のほかにこの国の王の位をつぐ者はなかったからである。
さてモーサヤ王はその民に語り終り読み終って、アルマもまた話をしてもらいたいと言った。
それでアルマは民があちこちに大勢集まっている時にこの群衆からあの群衆へと歩いて行って、悔い改めて主を信じなくてはならぬことを宣べ伝え、
また奴隷の境涯から救われたリムハイとその兄弟たちには、かれらを救いたもうたのが主であることを忘れてはならないと勧めた。
アルマがその民に多くのことを教え終り語り終ると、リムハイ王もそのすべての民もいっしょにバプテスマを受けたいと願った。
そこでアルマは水の中に入り、これらの人々にバプテスマを施したが、ちょうどモルモンの泉で兄弟たちに施したと同じ方法でこれらの人々にバプテスマを施した。そして、アルマがバプテスマを施した人々はみな神の教会に属したが、これは全くアルマの言葉を信じたからである。
モーサヤ王はゼラヘムラの全国に教会を立て、各地方の支部教会を司どるために人を選んで按手礼を施し、これを祭司と教師とに任ずる権能をアルマに許した。
このようにしたのは民の数が非常に多くて一人の教師ではすべての人を司どることができず、また一箇所の集会では神の道をすべての人に聞せることができなかったからである。
それであるから民は支部教会と言う別々の会に集まり、どの教会にも何人かの祭司と教師とがあって、どの祭司もみなアルマが親しく教えた道をそのまま伝えた。
このように多くの支部教会があったけれども、それらはみな唯一の教会であってすなわち神の教会であった。一切の支部教会では悔い改めと神を信ずることのほかには何事も教えなかった。
さて、ゼラヘムラの地には七つの支部教会があってキリストの御名、すなわた神の御名を受けたいと思う者はことごとく神の教会へ入った。
そして教会へ入った者は神の聖徒と言ったが、主がその「みたま」を賜うたから恩恵を受けてその地で繁栄をした。

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