真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
真理子修道会の修道女/修道士の方のみ書き込むことができます。

掲示板運営方針(必読)




検索語 :
検索語[] ヒット数983

[866]ヨハネ19-21章、シラ書38章
投稿者=真理子
メールを送る
掲示日=2011/09/03(土) 06:04:01
ここから閲覧
●ヨハネ19-21章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=joh&chapter=19&mode=0
 ヨハネ伝は今日でおしまいです。
 何度も言いますが、ヨハネではイエスの死は過越の日の前日です。19章では14、31、42節でしつこくそう書いています。ですから最後の晩餐の食事も、ヨハネはパンとかぶどう酒とか何を食べたかが書かれていませんでした(12章)が、もしパンがあったとすればイーストが入っていてもよくなります。東方教会ではこれを根拠に、聖餐でのパンにイースト入りのものを使います。
 さて、ヨハネはイエス様の行状をネタに自分の言いたいことを勝手に言うという印象がありましたが、イエス様が復活してからの話はヨハネが一番長いです。マルコなんかもともとは墓石がころがっててイエス様の遺体が行方不明になっていたということしか書かれておらず、その後の話は加筆でした。マタイとルカもあんまりリアリティの感じられない話がちょこっと載ってるだけ。ところがヨハネは2章ぶん使っていろいろ書いており、しかも、今までの話にない詳しさとリアリティがあったりします。ヨハネにとっては、復活してからのイエス様を描くのが重大な関心事だったのでしょう。
 中でも有名なのはトマスがイエス様の手のクギのあとやわき腹の傷をみないと信じないといって、それを確認した話。
 21章ではペテロに対してイエス様が「私を愛するか」という質問を3度もなさっています。しかも原文で読むとその動詞が違う。
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=nalxx&book=joh&chapter=21&mode=0&direction=0
1番目と2番目がアガパオー、3番目がフィレオーです。よく、キリスト教の愛はアガペーだっていうアガペーに由来する動詞を使ってたのに、3番目だけは友愛を意味する動詞になっちゃってるんで、いろいろヘンな解釈をする人もいるようです。が、ヨハネにとってはたぶんどちらも違いはなく、単に、3回同じ動詞を使うと単調だからということなんじゃないでしょうかね。こういう繰り返しのとき、まるきり同じ語を使うのが好きな民族もあれば(インドはそうみたい)、少しずつ違う語を使うのが好きな民族もある。現代の英語話者は同じ語を使うのを嫌うので、シソーラスなんかを使って少しずつ違う語を使います。そういう発想なんじゃないかしら。
 一番最後、イエス様のなさったことを全部書きとめたら世界もそれをおさめきれないという話。生きてる間だけの話だったらそんなのウソでしょうが、復活して今もいろんなところで人知れずいろんなことをなさっているのだとすれば、そうかもしれません。ひょっとしたらそういう意味で書いてるんじゃないかしら。文法的には「なさった」にあたる????????はアオリスト(過去)ですから無理がありますけど。

●シラ書38章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=38&mode=0
 最初のほうはお医者さんの話。医者にもちゃんとかかれよって。
 当たり前だと思うかもしれませんけど、信仰に熱心だと医者にかからずに信仰で治そうとする人がいます。昔は、病気が罪の結果だから病気が治ることが罪が赦されたって発想ありますからね。福音書にもそんな話がうじゃうじゃ出てきて私はなんだかなって思うんですけどね。
 信仰してたって病気にはなるんだから医者にかかればいいんです。
 でもその逆に、現代の医療はあまりに宗教的な要素を無視してますけど、なだいなださん『神、この人間的なもの』とか、一連の宗教に関する著作を見てると、実は宗教と医療って深い所でつながってるんで、それを無視しちゃいけないんですけどね。
 だから多くの宗教が病院もやってる。もちろんその病院に入ったからって信仰を強要されることはありませんけど、やっぱり宗教と医療は切っても切れない関係のはずなんですね。
 ただ、日本ではそれがそうじゃない。たとえば創価学会なんかあれだけの大きな教団で、政党まで持ってるのに、病院を一つももってない。そこらへんまだまだ「病気にかかるのは信仰が足りないから」という悪い意味で信仰と医療を混同してるような気がします。いったん、信仰は信仰、医療は医療と切り離した上で、やっぱり切り離せないっていうんならいいんですけどね。

[865]アモス書5-9章
投稿者=真理子
メールを送る
掲示日=2011/09/02(金) 08:47:32
ここから閲覧
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=amo&chapter=5&mode=0
 アモス書後半は最後の審判の預言です。まるでヨハネ黙示録そっくりの終末の光景が展開していきます。
 ところで、ヨハネ黙示録といえば苦ヨモギ。これがロシア語でチェルノブイリだというので、原発事故が起こったときにみんな終末を思い浮かべたっていうんですけど……
 実は、アモス書の今日の部分、アモ5:7アモ6:12にも出て来ます。
 ヘブライ語ではみんな???????(ラアナ)。黙示録はもちろんBHSの対象外ですけど、各種ヘブライ語訳ではやっぱりこう訳されてるみたいです。
 これがロシア語のいわゆるシノド聖書(聖書協会なんかでロシア語聖書として売ってるやつです)でどう訳されてるかというと、

??????(パルイニ。ニガヨモギ)
申29:17 (オリジナルは18節) 箴5:4 エレ9:14 (オリジナルは15章) エレ23:15 哀3:15,19 黙8:11

??????(アトラワ。毒物)
アモ5:7

??????(ゴリチ。にがいもの)
アモ6:12

 というわけで、チェルノブイリという語はちっとも使われてないんですね。
 そもそも、チェルノブイリというのは、ホントは????????????(チェルナブイリニク)みたいに、おしまいに???ってつけないとヨモギの意味にならないみたいです。そもそも日本で一番使われている博友社の辞典だと載ってないわ。
 アモス書はなぜか毒とか苦味というふうに訳されていて、ヨモギですらないんですけど(公道ないし公義という抽象的なものをそれに変えるからってことだからかしら)、一般的にはヨモギ類の総称が??????で、????????????はそのうちのある品種らしいです。
 まあそれでも、一般的には、黙示録のヨモギはチェルノブイリってことで理解されてるみたいなんですけどね。
 ヨーロッパ人やユダヤ人はヨモギ食べないのかもしれませんけど、日本人には草餅のための重要な食材。日本人にとっては終末の光景もまた楽しいかもしれませんわね。