真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[846]足を洗うといえば
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/20(土) 05:45:31
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 私はずっと誤解してたんですが、洗足学園という学校がありまして、足を洗うっていうからてっきりヨハネ13章だと思って、キリスト教系の学校なんだと思ってましたが、
http://www.senzoku.jp/new/index.html
ぜんぜんそういう話がないんで、無関係なんですね。
 今は川崎市の溝の口にあるんですがもともとは目黒区にあり、そこの洗足という地名からとったみたいです。
 その洗足も、本来は千束でして、現に大田区側にある駅は北千束なんて書いたりします。「本来」と言いましたが、じゃ洗足というのがまったく間違いかというと、これはこれで複雑な歴史があるみたいですね。
http://xwin2.typepad.jp/xwin2weblog/2010/04/senzoku_senzoku_00.html
 足を洗ったのも日蓮さんみたいです。
 まあ、日蓮さんの教えは日本の各宗派の中ではキリスト教っぽいところがありますから、似たような伝説が生まれるんでしょうか。

[845]ヨハネ13-15章、シラ書31章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/20(土) 04:54:47
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●ヨハネ13-15章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=joh&chapter=13&mode=0
 「最後の晩餐」ですが、ヨハネの場合はパンもぶどう酒も出て来ません。何を食べたかはちっとも書かれておらず、かわりに足を洗う話になっています。
 プロテスタントの教派の中には飲酒を罪悪視するところがあって、当然ながら聖餐ではぶどうジュースを使うんですが、でもそれは聖書にのっとってないんじゃないのかという批判を受けたり、なかなか大変ですね。
 聖書自体には飲酒を罪悪視する記述はありません。べつに聖書に書いてなくたって独自にそういう教義をたてたっていっこうにかまわないと思うんですが、その一方でプロテスタントの大前提として「聖書のみ」というのがありますから、えてしてこういう考えの方は聖書をこじつけ解釈する傾向があります。たとえば、
http://lambofgodministries.tumblr.com/post/7918898065
 しかし、もし福音書が4つも正典とされず、ヨハネだけが残っていてあとは残ってなかったりしたら、教会の聖餐式の様子もずいぶん変わっていたかもしれませんね。いや、「聖餐」ではなく、みんなで足を洗いあっていたかも。殿方の場合、もしかわいい女の子の足を洗うことになったらさぞや興奮なさることでしょうね。これじゃミニスカで教会に行けないわ。
 ちなみにうちの主人は、平和島にあるスパのプールでエクササイズの時間に、若い女性とペアを組まされて、お互い足をマッサージするなんてことをしたそうで、すごくドキドキしたと言っておりました。私の足なんかじゃちっとも興奮しないくせに。ぷんぷん。
 先週も言いましたように、ヨハネはここからが長い。実際にはこの足洗いから逮捕、処刑まで一気に同じ日に行われてるんですが、14-17章で大演説をぶつんです。
 ちなみにこの日はというとヨハ19:14、過越の日の前日というわけです。他の福音書では過越の日です。間違えないでほしいのは、曜日はどちらも金曜日なんですが、それが過越の日当日だったのか前日だったのかが異なるんです。過越の日というのはニサン月14日ですからヨハネだと13日というわけです。これは月の満ち欠けで決まりますから曜日は関係ありません。暦の計算をすれば、毎年毎年過越の日が何曜日だったのかがつきとめられますので、イエス様の死の年が変わってくることになりますし、最後の晩餐の食事にもしパンが出ていたとすれば、ヨハネではそのパンにイーストが入っていてもかまわないということになります。そんなわけで日付問題はけっこういろんな問題に波及します。
 さて、大演説の話。今日の範囲14-15章では、ヨハ14:6「わたしは道であり、真理であり、命である」とか、ヨハ15:1「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である」とか、いろいろ名セリフが出てきます。これらの名セリフはぶつぶつとそこだけを切り出すとすばらしいんですが、全体を通読すると逆に何がなんだかわけがわからなくなってしまうことでしょう。まあ、ヨハネの書くことですから、誰にもよくわからないんです。

●シラ書31章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=31&mode=0
 前章末から続いて食事の話です。面白い話がいろいろありますのでまずはじっくりお読みください。
 27節の「適度に飲みさえすれば、酒は人にとって命のようなもの」なんていうのは、酒を禁じる教派に見せたいところですね。あ、プロテスタントは外典認めないんだった。
 ところでここから36章までは、ギリシア語写本の順序がぐちゃぐちゃになっていまして、ラテン語訳だのヘブライ語訳だのに従って再構成された部分です。もっとも本として市販されたりネットでデータが出回ってたりするLXXは、ラーフルス版(ドイツ聖書協会)もゲッチンゲン版も、もうすでにそういう処理がなされていますので、あんまり気にする必要がないかもしれません。