真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[842]ヨエル書1-4章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/19(金) 05:10:29
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=joe&chapter=1&mode=0
ヨエル書は4章まででおしまいですのでこれで全部です。しかも4章に分かれるようになったのはBHS以降、日本語の代表訳でいえば新共同訳以降でして、口語訳も新改訳も3章どまりです。旧第2章を2つに分けるかどうかという話で、分けなくても全32節しかないんですから、実質的に3章ぶんの分量しかない短い預言書です。
時期に関する語が全然ないんですが、2章冒頭で「シオンで」うんぬんとありますし(エルサレムの別名です)、十二小預言書はだいたい時代順ということになってるので、南北王朝期(紀元前8世紀)の南王国、エルサレムにいた人だと思われます。
世の終末の恐ろしい光景の予言もあるので、トンデモ系の本でもときどき取り上げられます。たしか五島勉さんもどっかで言及してたような。
しかしこれはキリスト教にとってはもう一つの特別な意味があるんです。
旧約聖書の預言書は、それ自体を読むとおどろおどろしくてよくわかりませんが、むしろ新約聖書のどこで引用されているかを見るといいでしょう。牽強付会を含めてキリスト教徒が旧約の預言書をどう読みどう利用したかということです。
するとヨエル書は使2:16-21で使われています。ペンテコステでみんながヘンな言葉を話し始めたので、酒に酔っ払ったのかと思われたのですが、これはヨエル書の預言どおりなんだというわけで、終わりのときに神様が聖霊をすべての人にそそぐ、ということだったというわけです。
BHSはどういうつもりか知りませんが、旧2章を使徒で引用されてる箇所からざっくり分断して新3章にしちゃったというわけです。
こうすると、ヨエル書の旧3章、新4章も、こわい情景なのではなく、神様の救いなんだということがわかります。私たちにはそう読めないかもしれませんが、そう読まれてきたってことですね。
[841]箴言22章、シラ書30章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/18(木) 04:07:05
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●箴言22章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=pro&chapter=22&mode=0
口語訳聖書では冒頭が「令名は大いなる富にまさり」とありますが、令名というのは名誉とか名声とかいうことです。口語訳聖書というと丸谷才一の批判によって悪文のきわみという印象がありますが、実は直前までは文語体だったものをほぼ機械的に口語に直したものだという裏話があります。明治に旧新約が文語で訳されたあと、大正になって新約だけが改訳されました。実は旧約の改訳も進行し、ほとんど終わっていたところに、戦後になってもう文語でもあるまいというので急遽口語に直したのが「口語訳聖書」だというのです。ですから最近では、むしろ文語の香りをそこはかとなく漂わせた格調高い文だと、評価が変化しています。最近というのは新共同訳が出てからですね。そのくらい新共同訳の文体がひどいということなんでしょうか。
でも丸谷才一など多くの作家たちの批判は、一部は口語訳聖書の文体の欠点そのものを突いてはいるものの、多くは単に慣れの問題という気がします。文語訳聖書に慣れた人にはそりゃ違和感あるでしょう。私は口語訳聖書で育ったので、新共同訳に違和感あります。こんどは2016年をめどに「標準訳」という、もっと典礼にふさわしい格調高い文章で訳したものを出すらしいですけど、たぶんこれも悪評ふんぷんよ。
話を戻すと、箴言のところは口語訳聖書の中でも特に文語のニオイがぷんぷんしているところです。新共同訳や新改訳と比べてみるとよくわかります。
●シラ書30章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=30&mode=0
ここは教育論と健康論。父を恨んで育ち、今は子がいない私には教育は語れないんですけど、24節の「うらやみと怒りは寿命を縮める。うれいは老化を早める」は、心しておこうと思います。なお、次の25節の食べ物の話は、次の章に続きます。シラ書の章の区切りは適切さを欠いてるところがありますね。