真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[831]箴言20-21章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/11(木) 16:46:08
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=pro&chapter=20&mode=0
 内容的にまとまりのないところなので、私もまとまりなく書きます。

箴21:9
争いを好む女と一緒に家におるよりは屋根のすみにおるほうがよい。
箴21:19
争い怒る女と共におるよりは、荒野に住むほうがましだ。

 同じようなことわざがちょっと離れたところにあるっていうのがとても不思議。一つにまとめちゃえばいいのに。ずいぶん離れた章にあるなら、うっかりしたってこともあるけど、同じ章の10節次に出てくるのっていうのが不思議です。

箴21:18
悪しき者は正しい者のあがないとなり、不信実な者は正しい人に代る。
 例によって「あがなう」というわかりにくい語が使われてます。新共同訳も「神に逆らう者は神に従う人の代償とされ」とか、新改訳の「悪者が正しい人のための身代金となり」ならまだわかりやすいんですけど、そもそもこういう発想が私たちにないんでわかりにくいんでしょうか。
 実際には「最後の審判のときに正しい人は救われ、悪い人はさばかれて滅びる」ってことなんでしょうけど、それを「正しい人を救ってもらうためには、神様にお金を払わなければならない。そのお金として悪い人が使われる」ってことなんでしょうね。神様、こいつを煮て食おうと焼いて食おうと勝手ですから、そのかわりに正しい人を救ってください、みたいな。
 ともあれ「あがなう」という言葉は、聖書(特に昔の口語訳)にはいっぱい出て着ますけど、わかりにくいので思い切って意訳するようにしたいものです。

[830]詩編102-104編、シラ26章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/10(水) 09:43:31
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●詩編102-104編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=102&mode=0
 103、104、どちらも「わがたましいよ、主をほめよ。」で始まる似たような詩ですが、交読文にもどちらも入ってますね。神の賛美というのは詩編の原点ですから。

●シラ26章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=26&mode=0
前章にひきつづきまたも女性論。勝手なことを言ってるわという気もしますが、いいことも言ってますわね。あなた、「よい妻を持った夫は幸せだ。彼の寿命は二倍になるだろう。」て、1節と26節と、2回も言ってますわよ。え、お前のせいで精力を全部吸い取られてるって?
 精力といえば、19-21節ってスゴいですね。外典とはいえ聖書の言葉とは思えませんわ。女体を土地にたとえて「たねを植える」っていうのは、よくある比喩ですけどね。
 それから12節。新共同訳の「男と見ればだれにでも身を任せ、矢筒を開いて矢を入れる。」っていうの、口語訳聖書につけた「真理子のおまけ」では、原文に即してもっと露骨に訳しておきましたわ。男性器を釘とか矢とかに比喩してるんです。