真理子の聖書日記
真理子の聖書日記
このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[824]ヨハネ7-9章、シラ24章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/06(土) 10:15:13
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●ヨハネ7-9章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=joh&chapter=7&mode=0
8章の「罪のない者がまずこの姦淫の女に石を投げよ」という話は、ヨハネの中で一番人気のある美しい話ですけどねぇ……。
はっきり言いますがヨハネはイカレたトンデモ野郎です。そんなヨハネが描くイエス様はやっぱり大変態の大馬鹿野郎です。マリア様に対して「婦人よ、それがおいらと何の関係があるんだよ」と毒づく大罰当たり者だったじゃありませんか(ヨハ2:4)。
今日のところは何? 生まれつきの盲人を見たら「この男が盲人になった理由は、神のみわざが現れるため」ですって(ヨハ9:3)。
わかります、これ?
いくらヤハウェ神さんやイエスさんが全知全能でも、最初から眼の見える人の眼を見えるようにすることなんてできません。眼を治すという奇跡という名のパフォーマンスを演ずるためには、盲人が必要なわけです。「おいらが奇跡という手品を演ずるために、こいつは盲人になったんだ」って言ってるんですよ。とんでもない大馬鹿野郎ですよね。
こんな大馬鹿ヨハネの描く大馬鹿イエスの奇跡をありがたがってるクリスチャンはみんな大馬鹿です。説教の中でヨハネ9章をほめる人を私は信用しませんのよ。
まあ、このくらいのことで怒っていては、とてもヨハネ福音書なんて読めません。来週はもっとトンデモナイ話が出てきますのよ。名づけて「ラザロ見殺し事件」です。また来週言いますわ。
こんなふうに、ヨハネは自分の言いたい哲学のためにイエス様の行状をねじまげて描くクセがあります。まあそんなもんだと思ってください。
そんなヨハネですから、「罪のない者がまずこの姦淫の女に石を投げよ」なんて美しい話を描くはずがないんです。
はっきり言ってここは後世の付加です。ヨハネを書き写してたある修道士が、自分の聞いた美しいエピソードをちょこちょことメモしたら、次に書き写した人がそれを本文だと勘違いして、本文にまぎれこんじゃったみたいです。
しかし思うんですけど、この話ってそんなに美しいですかね?
先日Twitterで、これを原発にあてはめてた人がいましたわよ。
@SekiyaHiroshi 2011/8/5
ああそうか。今の状況って、まさに新約聖書のヨハネ8章にある「姦淫の女」のエピソードにそっくりなんだ。姦淫の女=事故を起こした原発、と考えればしっくりくる。だからこそ、原発をやたら叩きまくる連中に対して違和感を覚えるんだろうな。罪なき者がまず石を投げよ。
著作者人格権を尊重してちゃんとアカウント入りで引用してあげましたわ。
こういうふうに使われると、この美しい話もとってもまがまがしくなりますよね。濫用厳禁よ。
じゃこの「罪なき者がまず石を投げよ」という論法は、どういう場面で私たちの心を打ち、どういう場面でまがまがしく響くんでしょうか?
みなさん、これはちょっと宿題にしますから(実は私も整理がついてないんで)、今日一日じっくり考えてみましょう。
菅直人も松井広島市長も脱原発をうたえなかった情けない原爆の日に。真理子。
●シラ書24章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=sir&chapter=24&mode=0
知恵を擬人化して賛美しています。ヨハネの描くイエス様も、アブラハムの生まれる前からいた(ヨハ8:58)んだそうですが、シラ書の描く知恵も、この世が始まる前に創造され、永遠に存続する(シラ24:9)ものだそうです。
[823]ホセア書1-7章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/08/05(金) 09:56:59
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=hos&chapter=1&mode=0
金曜日は預言書を読んできました。ここからしばらくは「十二小預言書」です。それで旧約聖書はおしまいになるはずですが、当サイトで採用している通読表では、11月あたりで終わってしまいます。あと5週ぶんあまっちゃうので、新約聖書のヨハネ黙示録を金曜日に読むというスケジュールになっています。
十二小預言書はともかく書名を覚えてください。聖書の書名を覚える歌などで覚えちゃってください。
http://www.babelbible.net/mariko/bib.cgi?doc=song&course=bib
この歌の2番
2.イザヤ、エレ、哀、エゼ、ダニエル
ホセア、ヨエ、アモ、オバ、ヨナ、ミ
ナホム、ハバクク、ゼファニア書
ハガ、ゼカ、マラキで39
のうち、ホセア以後が十二小預言書。これはだいたい時代順になっていまして、おおざっぱに言うと、ホセアからミつまりミカまでが南北王朝並立時期、ナホム〜ゼファニアが北王朝滅亡後のアッシリア末期、ハガ〜マラキが新バビロニア期になっています。
ホセア書の冒頭には「ユダヤの王ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの世、イスラエルの王ヨアシの子ヤラベアムの世に、ベエリの子ホセアに臨んだ主の言葉」ホセ1:1とあります。もうみなさんは、[787]で紹介した「南北の王を覚える歌」を覚えましたでしょうか。それの7番
7.南はアマジア、次ウジヤ
病気でヨタムに交代す
北はヤラベアム、次ヨタム
おんなじ名前になっちゃった
のころになります。次の8番で北が滅びますので、北末期の北のヤラベアム(2世)の時期ということになります。
ウジヤ王というのが預言者イザヤ(第一)の時代ですから、ホセアは第一イザヤと同時代ということになりますね。
さて、ホセア書は1-3章とそれ以後とが大きく異なります。以前はイザヤ書同様に第一ホセア、第二ホセアと言っていたこともあるようですが、現在では同一著者というのが定説になっています。
その1-3章。神様の命令によってホセアはゴメルという娘と結婚するんですが、この女が淫行の女であり、しかも子持ちだったんですね。性道徳が厳格だった時代のクリスチャンたちは「神様がそんな女と結婚しろと言うなんて」と、ここを象徴のように読んでいたようですけど、今ならそういうバツイチ(ニ、サン…?)の子持ちの女と結婚するなんてそう珍しいことでもありませんし、普通に読めばいいんじゃないでしょうか。ともあれホセアはそういう過去を持つ女と結婚することによって、背信のイスラエルの民を神がさばく一方でお許しになり再出発できるのだということを説きます。このように神の愛を夫婦関係になぞらえて説くのがホセアの特徴です。