真理子の聖書日記
真理子の聖書日記
このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
真理子修道会の修道女/修道士の方のみ書き込むことができます。
掲示板運営方針(必読)
検索語[] ヒット数983
[732]シラ書1章
投稿者=真理子
メールを送る
掲示日=2011/06/21(火) 11:16:11
ここから閲覧
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=sir&chapter=1&mode=0
シラ書というのは、「ベン・シラの知恵」とか「集会書」という言い方もされます。
箴言のようなことわざ集なのですが、箴言以上に前後の文脈のないぶつぶつとしたことわざ・格言なので、引用が非常にラク。そこで、伝トマス・ア・ケンピス作『キリストにならいて』でもさかんに引用されています。
中学時代に聖書に興味を持った真理子は、聖書の入門書のつもりで『キリストにならいて』を読み始めたのですが、「なんだ? この集会書って???」。そう、最初に真理子が手にしていたのは、プロテスタント向けの外典(続編)ナシのバージョンだったんですね。真理子はぎりぎりで口語訳で育った世代ですから。
新共同訳が出たのは1987年。真理子が高校1年生のときでした。もちろん買ったのは続編つきのほうです……といいたいところですが、実はうっかり続編ナシを買っちゃったんです。新共同訳はカトリックとの共同翻訳で続編も入ると聞いてたんで、新共同訳なら何でも続編がついてると思ったら、続編ナシ版も出すなんて知りませんでした。表紙もまるっきり同じなんでまぎらわしい。あわてて続編つきも買いました。このころから真理子は聖書にお金の浪費をするようになったわけですね。
冒頭に長々とした序文がついてます。通常は第1章の前に序文としてつけるものですが、ばべるばいぶるでは面倒くさいので第1章第1節に強引にくっつけました。序文についてる番号は節番号というより、ゲッティンゲン版の行番号に過ぎませんから、無視してかまいません。
この序文は原著者の孫が書いているのですが、おじいさん、つまりこの本の原著者の名前はイエスっていうんですね。あのイエス様と同名ですよ。『キリストにならいて』がさんざんこの本を引用しているのは、ひょっとしたらそういう理由もあるかもしれません。聖なるあの方と同じ名前の人が書いたからって。
でも、新共同訳だとイエスス。これっておかしくないですか。新共同訳の前の共同訳が、ギリシア語の主格形をそのまま固有名詞表記に使ったもんだから、イエス様の名前がイエススになっちゃってごうごうたる非難を浴びたんです。「イエス(プロテスタント)でもイエズス(カトリック)でもイイスス(正教会)でもない、この3つの中をとるとはさすが共同訳」みたいな皮肉もあびました。そこで新共同訳では従来のものに戻したんですね。カトリックには譲歩してもらって、イエスにした。じゃここだってイエスにすりゃいいじゃん、って思いますけどね。
そんなわけで原著者の名前はイエス。ヘブライ語で書いたって書いてますから、ヨシュアって呼んだほうがいいかもしれませんけどね。あ、ヨシュア=イエスって、常識ですよね?
それを孫のベン・シラさん(シラの子ってわけです)が苦労してギリシア語に翻訳した裏話が、この序文です。エジプトというのは具体的にはアレクサンドリア、現イスカンダリアですね。ユダヤ人もいっぱい住んでたんで、そういう海外ユダヤ人向け、あるいはホントに外国人向けに、この本をギリシア語に翻訳したというわけです。そして、同じように翻訳された七十人訳聖書の一書としておさめられたというわけですね。
[731]列王記下6-10章
投稿者=真理子
メールを送る
掲示日=2011/06/21(火) 10:52:16
ここから閲覧
シラ書1章もありますがまずは列王記下6-10章の話だけ。
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ki&chapter=6&mode=0
エリシャのエピソードの続き。
時代は南北ともにヨラムという名前の王が在位しております。区別するときは、王下8:16のように、北=アハブの子ヨラム、南=ヨシャバテの子ヨラム、などと言います。
北は9代目(在位BC849-842)、南は5代目(在位BC849-842)。在位年代はWikipediaのものをそのまま流用しています。Wikipediaだと在位年代がまったく同じですね。でも列王記だと、南ヨラムの即位=北ヨラムの5年目です(王下8:16)ので矛盾があります。
列王記の記述を単純計算して年表を作ってみればすぐわかるのですが、計算が合いません。暦が違うんだろうとか、「第何年」という言い方が在位の開始年を含む含まないという違いだろうとかいろいろいわれております。まあだいたいこのあたりだと適当に読んでください。
6章7節までの「水の中に落としてしまった大切な斧を拾い上げてあげる奇跡」以外は、イスラエルとスリヤ(シリヤ。新共同訳や新改訳ではアラム)との戦いの中でのいろいろな奇跡が続きます。
南はヨラム王のあと、アハジヤ(アハズヤ)王が即位します(南6代目。BC842)。たった1年しか在位していないのは、次にご紹介するエヒウのクーデターのときに北ヨラム王のお見舞いに来てまして、かわいそうにクーデターに巻き込まれて殺されちゃうんですね。その後どうなるかは11章のお楽しみですが、お母さんのアタリヤが即位しちゃうんです。
北の話に戻します。北はアハブの子ヨラムの世が続いているのですが、バール神崇拝をやめないので、神様は将軍エヒウ(エフー、イエフ)にクーデターを起こさせます。もちろん神様には口がなく言葉は通じませんので、預言者エリシャに謀反をそそのかせるわけです。
エヒウは先代王アハブの妻イゼベルを残虐にも突き落として殺します。このときのイゼベルのことば「主君を殺したジムリよ、無事ですか」(王下9:31)は、列王記上16章にある、七日天下のジムリの話です。謀反人のお前なんかどうせジムリのようになるのさ、という挑発ですね。
その後エヒウはアハブ家の一族をみんな殺して北10代目として即位します(842-815)が、血がつながってるわけじゃありませんから、実質的に新しい王朝ですよね。
エヒウは北王国唯一の名君ということになっていますが、それはバール神崇拝を一掃したためですね。列王記の作者にとっては、実際の政治なんかどうでもよく、ヤハウェさん以外の神を追放すれば名君なんですね。やり方がすごいですよ。バール神のおまつりをするぞとバール神の祭司をだまして呼び寄せてみなごろしですからね。なんだかなぁ。
ホント、ヤハウェっていうのは罪深い神様ですよね。こんな血なまぐさい神様の宗教がキリスト教だのイスラム教だの世界宗教になって今に至るまで続いてるから、世の中に戦争が絶えないんです。バール神が広まったほうがよっぽど世界は平和だったんじゃないかと思うことがしばしばですわ。
そして笑っちゃうのは、そんなエヒウもその後はヤハウェさんを見限って別の神様を崇拝しちゃうんですよ。ヤハウェさんが全知全能なんてホントかしら? よっぽどヤハウェさんって人を見る目がないみたいですね。いじけたヤハウェさんはこのころから、北王国そのものを滅亡に導こうと画策するようになりましたとさ。
エヒウの死後はエホヤハズ(ヨアハズ)が北11代目として即位(815-801)。