真理子の聖書日記
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このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[584]詩編48-50編、1マカ13章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/04/06(水) 12:27:10
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●詩編48-50編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=48&mode=0
詩編の詩の冒頭にはたいてい表題(私は和歌みたいに「詞書(ことばがき)」って呼んでますけど)がついてます。41編まではみんな「ダビデの歌」。一応ダビデ王が作ったことになってます。
ところが42編から49編までは「コラの子の歌」、50編は「アサフの歌」というわけで、ダビデの歌じゃないですね。51編からはまたしばらくダビデの歌になるんですけど。
コラはレビ族、つまり祭司に従事した一族ですが、民数記でモーセに反逆をくわだて、地にのみこまれて死ぬというすごい死に方をします(民6:10)が、その子孫は罰せられず、後には神殿の門番に従事する一族となります。
アサフもレビ族で、ダビデの時代に音楽隊に任命されます(代上15:17)。
48-50編の中では50編が交読文にとられていますが、私は無常観をただよわせた49編が好きです。この世で栄えている人もみんな死ぬ。お墓にお金を持って行けない。いい人も悪い人もみんな死ぬんだけど、最後には神様は私を陰府(死者たちが最後の審判まで一時的にいる場所)から救ってくださる、という希望をうたっています。
●1マカ13章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ma&chapter=13&mode=0
前章でトルポンはヨナタンを殺しちゃったのかと思ったら、まだ生きていたみたいですね。ヨナタンの兄弟のシモンに、「助けてやるから金とヨナタンの息子を人質によこせ」と言ってきます。こんどもまたこちらをだましているのだと知りながら、仕方なくその要求に応じます。案の定トルポンは約束を守らず、ヨナタンを殺してしまいます。トルポンは、それまでいただいていたアンテオコス王を殺して自分が王位についてしまいます。
一方、ユダヤの側はシモンが代表となり、ヨナタンの墓を作ります。そしてトルポンと対立しているデメトリオ王側、およびエルサレム要塞の者たちと和議を結び、平和が訪れます。
[583]サムエル記下1-4章
投稿者=真理子
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掲示日=2011/04/05(火) 10:14:53
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2sa&chapter=1&mode=0
今回からサムエル記は下になります。サウル王の死のところで上と下が分かれていますが、それは意図的なものではなくたまたまなんでしょう。実際のところは分量的にこのあたりでわかれてるんだと思います。
サウル王が死んですんなりダビデが王になるのかと思ったら、実際にはサウルの子のイシボセテ(イシュ・ボシェト)が王位についており、7年半両者が並立するんです。サウルとダビデとは血のつながりなんかありませんから、二つの王朝が並立しているといえます。ダビデはイスラエルの南部のヘブロンを本拠地とします。ダビデの出生地のベツレヘムよりちょっと南ですね。ですからちょうど南北2王朝があるという感じです。
この後、ダビデ・ソロモンと統一王朝が続いた後、イスラエルは南北に分かれます。南北に分かれるのが好きですね。まあ、縦長の土地ですから東西には分かれにくいでしょうけど。違いといえば、エルサレムがどっちに属するかくらいです。このときはサウルつまり北側に、後の南北分裂では南側に属します。
国境線というのはそのときどきの政治の力学で変わるようでいて、しぶとい国境線、根深い国境線ってあるんですね。たとえばローマは、ガリア(フランス)は征服しましたが、ドイツは征服できませんでした。そしてその境界が、宗教改革後に、カトリックとプロテスタントの勢力圏として見事に復活します。
ローマ当初のローマとギリシア世界との境界線は、後にローマ帝国が東西に分裂するときの境界線でもあり、そのままカトリックとギリシア正教会との境界になり、20世紀末のユーゴの内戦で一番激しい対立をするクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナの境界ともほぼ一致します。
モーセはエジプト人だったという説をとなえたフロイトによれば、エジプトからやってきた人々がそのままイスラエルの民になったわけではなく、カナン地方の民とまじりあったんだそうで、ヤハウェという神様も、もともとのカナン地方の神に、モーセの信ずる一神教アトン神の性格が加わったんだそうな。そして、エジプト渡来派と地元派とは一見しっかりまざりあったようで、実は何かあるとすぐに先祖の記憶がよみがえって分裂するのであり、早い話が、北王朝は地元派で、南王朝はエジプト渡来派なんだそうです。ひょっとしたらサウルとダビデもそういうことなのかもしれません。
サム下1:19-27の「弓の歌」は有名で、たしかイザヤ・ベンダサンが『日本人とユダヤ人』の最後で紹介していましたね。
死にきれずにいたサウルを「介錯」したアマレク人、イシボセテを裏切って殺した部下を、ダビデは容赦なく殺します。後者はともかく前者はちょっとかわいそうですね。サウルに頼まれてとどめをさしたんですから。