真理子の聖書日記 真理子の聖書日記

このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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検索語[] ヒット数476

[217]1コリ3-4章
投稿者=真理子
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掲示日=2012/02/19(日) 03:19:00
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http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1co&chapter=3&mode=0
 昨年度の記事は[0:508]
 前回([196])書いたように、パウロの伝道した教会にも別の宣教師がやってきて違うことを言うので信徒が混乱し、分派対立が生じています。今日の部分もそういう分派対立へのいましめです。
 パウロだのアポロだのペテロ(ケパ)だの、人間は単に人を信仰に導くことしかしません。だから人を絶対と思うのでなく、神とキリストを大切に思えということです。これを、植物の成長の話や建築の話にたとえています。人間は種をまいたり水をやったりするだけで、成長させる働きは神のものだというのです。また、建物の土台がイエス・キリストであり、その上に人間が建物を建てるのだと言ってます。

[216]クルアーン20回
投稿者=真理子
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掲示日=2012/02/18(土) 10:44:22
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 クル-20回。4章118-147節。
 4章冒頭クル4:3に、女は4人までめとっていいけど平等に愛せって言っときながら、クル4:129「あなたがたがどれほど努力しても、妻たちを平等に扱うことはできないだろう。」ってそりゃないじゃんって思います。こういうところがクルアーンの正直さというかなんというか、最低限「放置しちゃいけない」という歯止めをつけるのを忘れません。