[真理子日曜学校 - 宗教音楽のたのしみ(フレーム表示) ]
  【一般コース】
 

コラール


 
  1. eの有無に注意!
     まずは、とってもややこしい話からします。
     英語の辞書をひいてみましょう。するとchoral、choraleという似たような2つの単語があることに気づきます。前者、choralは形容詞で「合唱の」。コーラルのように最初にアクセントをつけて読み、「コーラル・なんたら」のように他の語を修飾するときに使う言葉です。逆に後者、choraleは名詞で「合唱」。コラールのように後にアクセントがあります。「合唱」または「合唱隊」ですが、特にルター派の讃美歌のことをこういいます。
     次にドイツ語の辞書をひいてみましょう。するとこんどはChoralという語がみつかります。大文字で始まってますから名詞、しかも外来語系の言葉なのでアクセントは「コラール」です。これがルター派の讃美歌のことになります。英語とドイツ語でeがつくかつかないかが異なるという、とてもややこしいことになっているわけですね。
     いずれにせよ、一般的な「合唱」は、英語がchorusコーラス、ドイツ語がChorコーアですから、chorale/Choralとなったときには一般的な合唱ではなく、ルター派の讃美歌の意味になることに注意してください。以下、このページでは「コラール」というカタカナ書きにします。

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  3. ルター派の讃美歌
     カトリック教会は音楽を重視しており典礼でも積極的に音楽を用いていましたが、あくまで聖歌隊というプロが歌うものであり、一般会衆はただ単に聞いているだけでした。ゴシック期のオルガヌムも、ルネサンス期のミサ曲も、一般人にはとても歌えない、また聞いていても何を歌っているかさっぱりわからない(歌詞がラテン語だというだけでなく、多声でバラバラに歌うので聞き取れない)のですが、それはそれでよかったわけです。
     ルター派は、ルター自身が大の音楽ファンだったこともあり、カトリック以上に音楽を重視、礼拝では一般会衆にも歌わせました。このため歌詞はドイツ語、さらに一般人でも歌えるような単純な歌にしました。当時の世俗曲の替え歌をやるだけでなく、ルター自身もいろいろなコラールを作詞作曲しました。

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  5. ルターのコラールの特徴
     ここでその例を聞いてみましょう。有名な「神はわがやぐら(Ein' feste Burg ist unser Gott)」です。これは旧讃美歌にも讃美歌21にも入っていますが、両者を聞くと微妙にメロディーが違います。それぞれ聞き比べてみてください。次の表の上から順に聞いてみることをおすすめします。
    旧讃美歌-267番MuseMIDI
    讃美歌21-377番MuseMIDI
    大きな違いは後半の「おのが力おのが知恵をたのみとせる(旧)/悪しきもののおごりたち、よこしまな(21)」の部分で、旧讃美歌は一貫して4拍子なのですが、21は突然に(楽譜上もなんの断り書きもなく)3拍子になってしまうのです。学校の音楽の時間にこんな楽譜を書いたら音楽の先生に怒られてしまいそうですが、讃美歌21ではこういうことはままあります。
     ではルターの原曲はどんな感じだったのでしょう? 幸いなことにWikipedia - 神はわがやぐらにルター自筆楽譜その他がいろいろ展示してあります。このページの「旋律」の項目の左の楽譜が、ルター自筆楽譜のリズムに忠実です(和声は後代のもの)から、これを音にしてみたのが次のものです。
    Martin Luther : Ein' feste Burg ist under GottMuseMIDI
    こうして聞いてみると、ずいぶん豊かなリズムですね。讃美歌21の「突然3拍子」は、原曲の豊かなリズムをある程度再現していますが、原曲はそれをしのぐ豊かなリズムであることがわかります。作曲家としてもルターはあなどれませんし、またこのような歌をうたっていた当時のドイツの音楽事情は、ずいぶん豊かだったことがわかります。

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  7. コラール編曲
     さて、せっかく教会にはオルガンがあるのですからコラールを歌うときにはオルガンの伴奏がつきます。また単に伴奏だけでなく歌う前の前奏としても演奏されます。いわば「讃美歌カラオケ」ですね。
     このような用途のために作曲されたオルガン曲は多く、J.S.バッハにもそのような曲が数多くあります。
     そうした曲のうち、バッハが晩年に出版した『6つのコラール(シュープラー・コラール集)』の第1曲「目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ」(Wachet auf, ruft uns die Stimme.)を、原曲のコラール(フィリップ・ニコライ作詞作曲)とともに聞いてみましょう。これもやはり旧讃美歌、讃美歌21ともに入っています。
    旧讃美歌-174番MuseMIDI
    讃美歌21-230番MuseMIDI
    J.S.Bach : Wachet auf, ruft uns die Stimme (BWV645)MuseMIDI
    バッハの曲は非常に有名ですが、こうして原曲と聞き比べてみると、バッハの曲で有名な部分というのはただのイントロだったのであり、原曲のコラールとは似ても似つかぬ曲なのですね。バッハの曲をカラオケとしてこのコラールを歌ってみてください。一応MuseファイルにもMIDIファイルにも讃美歌21による日本語歌詞をつけています。Museで演奏したときは赤で表示される部分がコラールの音進行です。やたらにイントロや間奏の部分が長く、なんと歌いにくいことでしょう。ちょっとこれは実用的なカラオケとはいえません。
     実はバッハは以前に、このコラールをもとにした教会カンタータを作曲していたのです(BWV140)。具体的には1731年11月25日、三位一体節後第27日曜日の礼拝用として作曲されました(ついでながら、三位一体節後第27日曜日というのは、よっぽど復活祭が早く来ないと成立しない祝日なので、この名曲はめったに演奏される機会がないわけです)。
     この曲は全部で7曲からなり、一番最後にコラールがほぼ元のままで歌われます。こういうところは歌手のみならず「さあ皆さんご一緒に」とばかりに一般会衆もまじえてみんなで歌ったことでしょう。
    J.S.Bach : Cantata "Wachet ..." BWV140 - 7MuseMIDI
    そして4曲めがこのオルガン曲と同じ趣向で、弦楽合奏の伴奏にのってテノールがこのコラールの旋律をアリアとして歌います。こちらはアリアなので一般会衆が歌うわけではなく、こった伴奏をつけてあってもいいわけです。このプロ歌手が歌うアリアをオルガン曲に編曲したのがBWV645なので、だから素人には歌いにくくても当然なのです。
     このようにコラールは単に礼拝のときにみんなで歌うだけでなく、オルガン曲に編曲されたり教会カンタータに編曲されたりと、さまざまな宗教音楽の素材として使われたわけです。

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