口上

  1. 古典ギリシア語とは
     「古典ギリシア語コース」でいう「古典ギリシア語」とは、新約聖書に用いられているコイネー・ギリシア語を含め、大学の古典ギリシア語の授業で教えられている紀元前5-4世紀のアッティカ方言を基調とするアテナイ古典期のギリシア語を含みます。
     通常はこの2つは分けてしまうことが多く、「新約聖書ギリシア語」というタイトルの本には、新約聖書の用法しか書かれていません。
     しかしどうせ苦労して古典ギリシア語をやるんなら、どっちもやっちゃおうというのが「聖書の言語入門」の趣旨です。


  2. 発音について
     古典ギリシア語の発音には2つの流儀があります。一つは、つづりをできるだけそのまま発音するものであり、それはおそらく古典時代(紀元前5-4世紀)に行われていたと思われる発音です。これを「古典式」と呼ぶことにします。
     もう一つは、現代ギリシア語の流儀で発音するというものです。これを「現代式」と呼ぶことにします。
     さて、古典式と現代式とどちらが適切なのでしょうか。「古典なんだから古典式に決まってるさ」とお思いかもしれませんし、日本のほとんどのギリシア語教室では古典式で読んでいると思うのですが、話はそう単純ではありません。
     実はギリシア正教会で聖書を読むときは現代式です。その証拠に独アルヒーフから発売されているCD「聖地のクリスマス音楽」では現代式発音の聖書朗読を聞くことができます。また、『新約聖書ギリシア語小辞典』の織田昭先生によれば、新約時代のギリシア語の発音はかなり現代式に近づいていたようです。
     古典式の発音というのはルネサンス期のエラスムスが机上の空論として再構築した「昔の発音らしきもの」に過ぎず、その後のギリシア正教会での読み方の伝統に基づく現代ギリシアでの発音の仕方をまるきり無視した発音です。「古典語は現代語式に読みましょう」で真理子が論じましたように、このような発音は古典を自国文化として継承している現地の人々を無視した、非常に自己中心的で鼻持ちならない邪悪な読み方といえます。
     たしかに、現代式の発音はつづりとかなり違います。よく新約時代のギリシア語のことをコイネーと言いますが、現代式に発音しちゃうと「キニ」です。現代式の発音では多くの綴りが同音になってしまうので、音読をして覚えてもそれだけでは正しい綴りを覚えられないという欠点があります。さらに学問の現場で用いられている発音は古典式であり、学術書などに見られるギリシア語の用語も古典式です。
     こうした事情を差し置いて、「絶対に現代式で読まなきゃダメ」と主張するのは心苦しいのですが、過ちを改むるに憚ることなかれ。真理子の確信は強情です。「古典ギリシア語コース」では現代式で読んでいくことにします。


  3. おまけ・文法書の答え
     おまけとして、文法書の答えを掲載します。まず「田中文法」とあるのは、『ギリシア語入門 改訂版』(田中美知太郎・松平千秋著。岩波全書)の練習問題解答例です。この本は非常によく用いられていますが、練習問題に解答例がないので自習できません。そこで真理子が解答例を作りました。
     もう一つ「神田文法」とあるのは、『新約聖書ギリシア語入門』(神田盾夫著。岩波全書)の練習問題解答例です。この本は絶版ですが、古書店ではけっこう見かけますし、日本の新約聖書ギリシア語の標準的な教科書として長く用いられてきました。