口上

  1. 聖書の言葉としてのドイツ語
     かつて日本はドイツからさまざまな学問を学んだので、ほとんどすべての学問・技術・芸術の分野でドイツ語が必要でした。このため旧制高校ではドイツ語選択クラスが一番ハイレベルと目されていましたし、戦後も大学の第二外国語でドイツ語を選択する人が一番多かったのです。しかし戦後は英語の地位が向上、英語さえできればほとんどの用がたりるようになりました。お医者さんのカルテもいまはドイツ語使わないらしいですし。ですから1991年に第二外国語が必須でなくなると、大学のドイツ語の授業は激減、多くのドイツ語教師が失業したらしいです。
     しかし聖書の言語としてのドイツ語の重要性は不滅です。ルターのドイツ語訳聖書は宗教改革の象徴的存在ですし、以後のドイツ語の文体に多大な影響を与えました。
     また、ルター派教会は音楽を非常に重視しており、ドイツ語で歌われる宗教音楽は、J.S.バッハのカンタータや受難曲をはじめとして、すばらしいものが数多くあります。ですから宗教音楽を楽しむうえでも、ドイツ語の重要性は大きいといえましょう。


  2. 16世紀ドイツ語とは
     で、当聖書の言語入門で扱うドイツ語は、16世紀ドイツ語、具体的には、1545年までにルターが翻訳・出版した聖書のドイツ語をやろうというわけです。英語がKJVの17世紀英語でしたから、ドイツ語もルター聖書の16世紀ドイツ語というわけですね。
     ただし、16世紀ドイツ語をやるためには、その前段階として、現代ドイツ語を知ってなければなりません。英語は一応中学・高校でやったはずなので、初歩をとばしていきなりKJV独特の用法に入ることができましたが、ドイツ語は初めてという人も多いと思うんで、文法説明は現代のものを扱い、現代的表記と文法に改めた1912年版を併用しながら読んでいきます。
     「KJVの17世紀英語も今の英語と違ったのに、こっちはさらに1世紀前の16世紀ドイツ語じゃ、さぞかし違うだろう」とお思いかもしれません。が、違いは主に表記法だけで、意外に違いは少ないんです。それだけドイツ語は保守的なんですね。
     現代ドイツ語を学ぶ場はうじゃうじゃあるんで、聖書の言語入門では特色を出して、ルターのドイツ語をやっていきます。宗教音楽のドイツ語もルター聖書の表現をふまえていることが多いですしね。


  3. どんな言葉?
     インド・ヨーロッパ語族のゲルマン語派に属し、英語とは近い関係にあるとされていますが、実際に勉強してみると必ずしもそうとも言い切れません。
     イギリスは長い間フランス語話者に支配されたので、文化的・学問的な語を中心にフランス語経由でラテン語やギリシア語の語彙が膨大に入っていますが、ドイツ語ではそういう言葉も純ドイツ語の複合語で表現する傾向があるので、文化的・学問的な語では英語とはかなり異なる印象を受けます。
     また英語では語形変化がほとんどなくなってしまいましたが、ドイツ語は非常に保守的で、名詞や形容詞は3つの性、4つの格による変化をしっかり行いますし、動詞は人称変化はもちろん、接続法のような英語では消えてしまった用法もしっかり残っています。ですから最初は語形変化を覚えるのが一苦労です。ただし語形変化といっても語尾や母音がちょっと変わる程度で、辞書がひけなくなるほど激しい変化は少ないので、語形変化がうろ覚えでも、「読むだけ派」としては辞書をひきひき何とかなることでしょう。
     語順はけっこう英語と異なり、「動詞2番目の法則」「従属節では動詞が最後」「助動詞と動詞のはさみうち」など、ヘンな法則がいろいろあって面食らいます。実はもともとは英語もそうだったんですが、保守的なドイツ語は英語が捨ててしまったそういうヘンな法則をしっかり残しているというわけです。
     綴りと発音の関係は規則的ですが、eiをアイ、euをオイと読むなどいろいろクセがあるので、クセを覚えるまでは苦労するかもしれません。