[真理子日曜学校 - 聖書の言語入門(フレーム表示) ]
【16世紀ドイツ語コース】

亀の子に慣れよう


  1. なんとなくフラクトゥール
     戦前までのドイツ語の印刷物は、通称「亀の子文字」だの「ヒゲ文字」だのと呼ばれる独特の書体で印刷されていました。この書体は一般にはブラックレターと言いますが、ドイツ語のものは特にFrakturと呼ばれます。
     インド・パキスタンで話されているウルドゥー語の話し手たちは、アラビア文字の中でも特に筆記体的で流れるように美しいナスターリーク体を愛用し続けました。この書体は活字化が非常に難しく、そのため近年まで新聞から何からみんな手書きで版を作っていたそうです。今ではコンピュータで組版できるようになったので能書家たちが大量に失業し、技術の伝承の危機が言われているらしいです。
     ドイツ人のフラクトゥールに対する愛着はこれと同様になみなみならぬものがあり、フラクトゥールを用いなければドイツ語とはいえないかのごとくにフラクトゥールを用い続けてきました。
    ドイツ人のフラクトゥール愛着の歴史と、なぜローマン書体になったかの事情は、フラクトゥール @ Wikipediaをご覧ください。よく「ナチスがやった2つの偉業は、アウトバーンの建設とフラクトゥール禁止だ」などと言いますが、これを見るとナチスも当初はフラクトゥールをドイツ独特のものとして擁護していたのであり、どんどん他国を占領していく過程で他国の活字や印刷機を使う必要にせまられて仕方なくローマン体にしたみたいです。
    現在の聖書はローマン体で印刷されていますから、聖書を読むだけならフラクトゥールを読めなくてかまいませんが、戦前の本はまず例外なくフラクトゥールで印刷されているので、フラクトゥールを読めなければ支障をきたします。早い話が、当「16世紀ドイツ語コース」で採用した片山正雄『双解独和小辞典』もフラクトゥールですから。
    ちなみに、近代デジタルライブラリーにみる明治の語学辞書 @ 国立国会図書館によれば、明治期に日本で作られたドイツ語辞典はローマン体を用いていたそうです。日本のドイツ語辞典の書体がフラクトゥールだったのは大正~戦前(ないし戦後しばらく)ということのようですね。
    そこで特に、フラクトゥールを読む練習のページを設けました。


  2. まずは一覧
     まずはフラクトゥール体の一覧です。なお、このページのフラクトゥール体は、Typographers Websiteで配布しているKleist-Frakturを用いました。
    ABCDEFGHIJ
    KLMNOPQRST
    UVWXYZÄÖÜ 
     
    abcdefghij
    klmnopqrst
    uvwxyzäöüß


  3. 個別の特徴
     
    1. ……Aです。小文字はわかりやすいと思いますが、大文字は知らないとUだと思うかもしれません。U()と違って左側が大きく曲がっているのが特徴です。
    2. ……Bです。大文字・小文字ともわかりやすいですが、実は大文字はV()と紛らわしいのです。この話はVでしましょう。
    3. ……Cです。小文字はよいとして、大文字は知らないとT()みたいに見えるかもしれません。まあそれはTを知れば解決がつくとして、Cのように左側が丸っこい大文字はE()、G()、S()のようにいろいろあります。これらはのように、左側の黒く丸い部分をシッポだと思って無視すればいいのです。えっ、Sはシッポを取ってもSに見えないって? この書体だとわかりにくいですけどならどうですか。Sが左に倒れているの、わかりませんか?
    4. ……Dです。これは逆に大文字のほうがわかりやすいですね。小文字はギリシア文字のδだと思えばわかりやすいでしょう。またo()と紛らわしい場合があります。
    5. ……Eです。小文字はいいとして、Cなどとの識別についてはCを参照してください。
    6. ……大文字はわかりやすいですが、小文字はsの語頭語中体()と紛らわしいです。細い横棒が右に飛び出ていればf、そうでなければsです。目を凝らしてよく見ましょう。
    7. ……Gです。大文字の話はCでしましたが、左の丸い部分をシッポだと思ったとしてもなお、言われなければGだとわかりにくいですね。でも言われたらもう覚えるんじゃないでしょうか。こういうふうにごちゃごちゃしているのがGだと思えばいいのです。
    8. ……大文字は最初はわかりにくいかもしれませんが、一度覚えれば他と紛らわしくはありません。小文字はb()と紛らわしいですのでよく目を凝らしてください。
    9. ……Iです。小文字はいいとして、大文字は次のJを見てください。
    10. ……Jです。小文字はいいとして、大文字は前のIととても紛らわしいですね。そもそも知らないとTみたいに見えるんじゃないでしょうか。まあ一度覚えればTとは区別がつくとして、IとJは実はまるきり同じなのです。このページで採用したKleist-Frakturでは区別をしているようですが、まるきり同じ字体になっているフォントもあります。要するに区別がないのです。もともとIとJは同じ文字ですし、区別は可能(次が子音字ならI、母音字ならJ)なので、同じでもいいのです。
    11. ……大文字、小文字ともにわかりにくいのでしっかり覚えます。大文字はの赤字部分がメインであとはつけたりと思うとKに見えるでしょう。小文字はどうやってもkに見えないかもしれませんが、の赤字部分のようなカギがあるかどうかを識別のポイントとして、しっかり覚えましょう。
    12. ……Lです。大文字、小文字とも問題はないでしょう。
    13. ……Mです。大文字、小文字とも問題はないでしょう。
    14. ……Nです。大文字はRみたいに見えるかもしれないのでしっかり覚えます。小文字は小さい活字の場合u()と思いがちなので目を凝らしてください。後述のように筆記体でもuとnは紛らわしいのでuの上にカギをつける習慣があるほどです。
    15. ……Oです。大文字は一見Dのように見えるので注意して覚えましょう。小文字はdやvと紛らわしいときがあります。
    16. ……Pです。大文字、小文字とも問題はないでしょう。
    17. ……Qです。大文字はO同様にしっかり覚えましょう。Oとの区別は右下に注目。
    18. ……Rです。大文字は言われないと最初はKだと思うかもしれません。小文字はtと間違うことがままあります。
    19. ……Sです。大文字の識別ポイントについてはCを見てください。
       小文字が2つありますが、左側が語頭および語中の形、右側が語末の形です。語末の形はいいとしても、語中の形はf()と紛らわしいので、横棒が右側に飛び出ているかどうかを見極めてください。
       なお、語頭語中でも、kの前のsは必ずになります。
      実はローマン体でも昔はsの語頭語末形があったのです。ſがそれです。やっぱりfと紛らわしいですよね。これはUnicodeでは017F(UTF-8ではC5 BF)、ラテン拡張A(Latin Extended A)の最後にあります。ドイツ語キーボードにしてもこれを入力できるキーは出てきません。Kleist-Frakturをはじめフラクトゥールのフォントを用いたとしても、意図的にこのコードを用いないとsの語頭語中形は出てきません。OSやアプリが勝手に判別して語頭語中だったらsをſに変えるということをしてくれればいいのですが、そんなこともありません。アラビア文字ならキーを打つ(あるいはプログラムなどで文字のコードを出力する)だけでOSが勝手に語頭語中語末独立を判別して組み立ててくれるのですから、ドイツ語でもやろうと思えばできると思うんですけどね。まあ、フラクトゥールのときだけのキマリだし、ドイツでももうフラクトゥールは使っていないから、今後とも永久にそういう機能はサポートされず、ユーザが自己責任で使い分けるしかないんでしょうね。
    20. ……ßです。ローマン体だけ見ていたのではなぜこれをエス・ツェットと呼ぶのかよくわからなかった(だって、言語的にはszではなくssに相当するんですものね)かもしれませんが、フラクトゥールにするとよくわかりますね。
    21. ……Tです。大文字は言われないとわからないかもしれません。下の横棒はシッポなわけです。小文字はrやfやkなどいろいろな文字と紛らわしいので注意してください。
    22. ……Uです。大文字はAとの違いに注意してください。小さい活字では小文字はnやaと紛らわしくなりますので目を凝らしてよく見ましょう。
    23. ……Vです。大文字はB()ととても紛らわしいです。Bの右側の3の真ん中の部分が左側にくっつけばB、そうでなければVです。小文字はdなどとの違いに注意しましょう。
    24. ……Wです。大文字、小文字とも右半分はVですね。それだけに、大文字はいいとしても小文字はtvみたいに見えてしまうかもしれませんので注意です。
    25. ……Xです。小文字はrと紛らわしいです。左下のヒゲに注意しましょう。
    26. ……Yです。大文字、小文字とも見慣れないので注意しましょう。
    27. ……Zです。大文字、小文字とも3のような字体になるわけです。


  4. まぎらわしい字
     もうすでに上の説明で、まぎらわしい字の識別ポイントは説明しつくしたのですが、念のためもう一度、まぎらわしい字の組み合わせのみを抜き出して確認してみましょう。
    1. ……左側がf、右側がsの語頭語中形です。横棒が右に出ているかいないかの違いだけですね。
    2. ……左側がn、右側がuです。小さい活字では見誤りがちです。
    3. ……左側がb、右側がhです。hは下がわずかに開いているだけでなく、右足が伸びています。
    4. ……左から順に、k、l、t、r、xです。慣れないとみんな同じに見えるかもしれません。
       こうしてベースラインをそろえて並べるとよくわかりますが、kとlはtrxに比べて頭が飛び出ています。このように、頭が飛び出ているかどうか、足が伸びているかどうかは識別の重要なポイントです。足が伸びている例はですね。(s、t、l)と並べてみるとよくわかるでしょう。
       kのポイントは右上のカギです。
       tとrは最初紛らわしく感じますが、tの横棒に比べてrの右へのカギは太くなっています。
       rとxの違いはxのところで書いたように、xのほうが左下にヒゲが伸びています。
    5. ……左からo、d、vです。dは左上にヒゲが飛び出ています。vは左上にカギがあります。慣れてくるとこのカギがパッと認識できるようになるのですが、最初のうちは注意しましょう。
    6. ……左がB、右がVです。Bは右側の3の真ん中で字の腹が分断されていますが、Vは分断されていません。
    7. ……左がA、右がUです。Aは左側がへこんでいます。
    8. ……左からC、E、G、Sです。識別のポイントはCのところで述べたとおりです。
    9. ……左からK、N、Rです。Kは髪の毛(左上の画の頭)が右側に垂れ、Rは左側に垂れています。またNに比べてRはお腹がへこんでいます。
    10. ……左からD、O、Qです。……Dは前髪が垂れ、Oは垂れていません。QはOにシッポがついた形です。
    11. ……左がI、右がJです。Jのところで書いたとおり、同じと思っていただいて結構です。


  5. 筆記体もあります
     文字の話をすると必ず「筆順はどうなの?」と聞かれるのですが、フラクトゥールには筆順なんてありません。そもそもフラクトゥールは手で書く文字じゃなく活字専用文字です。筆順も何もありません。筆順を気にするのでしたらぜひ筆記体を覚えましょう。
     実はドイツ独特の筆記体というのがあるのです。それについては「筆記体」で改めて。