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【日本語文語コース】

変体仮名とは?


  1. 変体仮名とは
     カタカナは原則として1音1字で、昔も今とたいした違いはないので、たとえばギュツラフ訳ヨハネ伝みたいな昔の本でも、違和感なく読むことが出来ます。せいぜいヰ(ワ行のイね)が井のように書かれたり、ネが子のように書かれたりする程度でしょうか。
     しかしひらがなは同じ音なのにさまざまな字が存在します。ほら、おそば屋さんのノレンの「そば」っていう字は、のように書いてるじゃないですか。昔だって「そ」「は」っていう字はあったんですけど、わざわざこういう別の字を使っていたりするわけです。
     こんなふうに、ひらがなはまったく同じ音を表すのに数多くの字が存在します。明治以後、だんだん統一されてきたんですけど、その統一の仮定で淘汰された、現在では使われないひらがなのことを「変体仮名」というわけです。


  2. 聖書にも出てきます
     毛筆体で書かれた本ならともかく、聖書に変体仮名なんて出てくるのかって? 明治期はひらがなが急速に統一されて変体仮名が淘汰されたんですけど、これもあれもどっちもよく使われるっていう仮名の場合は、淘汰されきれずに残っていたりしました。そんなわけで明治期の聖書や解説書を見ると、たまに変体仮名が出てきます。
     論より証拠、これ読んでみてください。
     これは近代デジタルライブラリー(国立国会図書館)に登録されている『新約全書』(横浜:大日本聖書館,明33(1900))の221コマ目左(p.437)10行目、ロマ書7章3節になります。レイアウトの関係で本来1行のものを2行にわけました。
     1行目の最後のハみたいな字は「は」。(八の略)これはカタカナだと思えば読めますね。でも決して「カタカナが混ざっている」わけではないんですよ。あくまでひらがなとしてのハなんです。
     2行目の一番上の字は大丈夫ですか? 「う」じゃないですよ。前後を長めに引用したのでなんとか推測してみてください。これ「そ」なんですよ。(曾の略)なんです。変体仮名は他の仮名と字体がとてもまぎらわしくなることが多いんで、だから一字だけ取り出して読めったってプロでも無理です。ちゃんと文脈見ないと読めないんですね。
    もう一つやってみましょうか。同じ本の221コマ目右(o.436)2行目、ロマ書6章8節です。これは簡単だと思います。「しなば」ですね。「ば」はさっき出てきた「ハ」みたいな字に濁点をうったもの、「死」のふりがなに出てくる「し」が(志の略)ですね。
    もう一つだけやっておしまい。こんどは辻密太郎『携帯新約全書註釈』(大阪:福音社,明27(1894))の255コマ目左(p.505)8~10行目の下のほうを切り取ってきました。四角いブロックとして切り取ったので行と行の間はつながっていません。ロマ書7章の解説文です。
     変体仮名だけ指摘していきましょう。1行目「罪なり」の「な」が気持ちヘンですね。(奈の略)。「ハ」はもういいとして、3行目の「常」の次は大丈夫ですか? これは「に」です。(尔の略)。じゃ「に」はすべてそうかというと、2行目の「悪に」のところは今の「に」なんですから統一がとれてませんね。これが変体仮名の変体仮名らしいところです。


  3. ブラウン訳聖書
     実は新約聖書の日本初完全訳は、ヘボンなどによる翻訳委員会社中によるいわゆる明治元訳(新約だけなら1880(明治13)年)ではなく、その1年前の1879(明治12)年に出されたネイサン・ブラウンという宣教師が訳したものです(ヘボンの側で翻訳に携わったサミュエル・ブラウンという人と混同しないこと)。ヘボンらのような漢文書き下し文的な難しい和漢混淆文体ではなく、平易な表現で全部ひらがなで訳したのが特徴です。近年(2008年)限定500部で新教出版社から影印出版されました。
     ひらがなとはいっても変体仮名が大量に用いられており、慣れないと非常に読みにくいものです。しかし数字以外は完全にひらがなだけなので、江戸期の本に比べればまだ読みやすいことでしょうし、変体仮名の入門になるかもしれません。


  4. 正教会新約の
     正教会で今でも用いられている新約聖書は、1985年と書いてありますが、実際には1901年、つまり明治34年に訳されたものです。正教会の各教会で500円で売られておりますし、真理子修道会にもPDF化して登録してあります(著作権フリーですので一般でも閲覧できる応接室ページに登録してあります)。
     これを見てもらえば、活字は古めかしいものの、変体仮名は用いられていないようです。
     が、よく見ると1つだけ使われているのです。それは。「江」の略で「え」です。たとえばヨハ:5:6(p.246)の「愈ん」とか、使:5:10(p.319)の「絶たり」とか。現在の「え」もちゃんと用いられているので(たとえばマタ:2:12(p.4)の「得て」のふりがな)、「え」ととが使い分けられています。
     実ははヤ行の「え」なのです。ア行の「え」とヤ行の「え」は9世紀ごろまでははっきり区別があり、明治期に仮名が整理されていく過程で、一部には両者を書き分けようという意見もあったのです。最終的に整備された歴史的仮名遣いでは両者の区別はしないことになってしまったのですが、正教会新約のヤ行の「え」に書き分けの動きの痕跡が残ったというわけです。ヤ行エ - Wikipedia


  5. 漱石のペン書き変体仮名
     こんなふうに活字にも変体仮名が一部残っていた明治期は、ペン書きでも変体仮名が一部用いられていました。集英社新書の『直筆で読む「坊っちゃん」』を見ると、夏目漱石の用いていたペン書きの変体仮名がわかります。同書のp.62-63にまとまっていますが、そのうちのいくつかを紹介します。
     か(可)、こ(古)、し(志)、た(多)、な(奈)、に(尔)、ネ(子。カタカナ)、は(者)、よ(与)、れ(連)
     明治期にはこの程度の変体仮名は一般的に行われていたので、覚えておくとよいでしょう。
     ついでながら、集英社新書の「直筆で読む」シリーズには、ほかに太宰治の『人間失格』がありますが、こちらは旧仮名は使われていますが変体仮名は絶無です。このことからも、変体仮名の使用は昭和になるとすたれてしまったことがわかります。


  6. 一応変体仮名も勉強しましょう
     こんなふうに、明治期の本を見てると、時々変体仮名が出てきます。大した数はないのですぐ慣れることでしょうけど、せっかくですから、このコースの最後のほうに、変体仮名練習のコーナーをまとめておきました。「変体仮名の読み方」以降をご覧ください。


  7. このコースで使っている変体仮名の字体
     このコースで使っている変体仮名の字体は、今昔文字鏡というさまざまな文字を扱えるシステムに登録されているものです。今昔文字鏡には、製品版、フリー版などさまざまな形態がありますが、WEB上に無料公開されている画像をリンクする「GIFリンクサービス」に存在する文字に限って使っております。