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2018年7月23日(月) 通読(本日=民5-8,マナ1,ヒラ2 明日=代上10-14,シラ34,ヒラ3)

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節表示・修正口語訳(日本語R)+真理子のおまけ 解題
〔真理子訳(工事中)〕クルアーン 第9章
[ざんげの章。マディーナ啓示]
Reading-38主なる神とその使徒は、あなたがたが契約を結んだ異教徒に対して解約を宣言する。
異教徒は四ヶ月の間は自由に地上を行き来しなさい。そしてあなたがたは決して主なる神を無力にすることはできず、主なる神は不信者に屈辱を与える者であると知りなさい。
主なる神とその使徒は、主なる神が異教徒と絶縁すること、その使徒もまたそうであることを、大巡礼の日に万人に宣言する。あなたがたがもしざんげするなら、あなたがたのためにもっともよい。あなたがたがもし裏切るなら、あなたがたは決して主なる神を無力にすることはできないと知りなさい。不信者には厳しい罰があることを知らせなさい。
ただし、あなたがたが契約を結んだ異教徒のうち、違約したことがなく、あなたがたの敵を助けなかった者を除く。期限が満了するまでかれらとの契約を守りなさい。主なる神はかれを畏れる者を喜ばれる。
聖月が終わったら、異教徒に会ったら所かまわず殺したり、捕虜としたり、拘禁したり、いたるところで待ち伏せしたりしなさい。たたしかれらがざんげして礼拝をおこない、施しを納める時には釈放しなさい。主なる神は寛容なおかたであり、恵み深いおかたである。
もしあなたの保護を求める異教徒がいるなら、保護して主なる神の言葉を聞かせ、その後に安全な地に送り届けなさい。かれらは無知の民だからである。
あなたがたが聖殿で契約を結んだ者以外は、どうして異教徒が主なる神およびその使徒との契約が結べるだろうか。かれらがあなたがたに誠実である間は、あなたがたもかれらに誠実でありなさい。主なる神はかれを畏れる者を喜ばれる。
どうしてかれらと契約を結べようか。もしかれらがあなたがたよりも優勢であれば、かれらは血縁も誓いも顧みないことだろう。かれらは口ではあなたを喜ばせるが、心では決して納得していない。かれらの多くは罪びとである。
かれらは安い値段で主なる神のしるしを売り、人を主なる神の道に背かせる。かれらのすることは悪い。
信者に対しては、かれらは血縁も誓いも顧みない。かれらは裏切り者である。
しかしもしかれらがざんげをして、礼拝を守り施しを納めるなら、かれらもまた宗教の上であなたがたの兄弟となる。わたしは道理を解する者のためにしるしを明らかにする。
しかしもしかれらが契約を結んだ後に誓いを破り、あなたがたの教えをそしるようなことがあれば、不信者たちに敵意を捨てさせるためにかれらの首領と戦いなさい。かれらはどんな誓いも守らない。

自分の誓いを破り、使徒を追放しようとし、最初にあなたがたを攻撃した者と、どうしてあなたがたは戦おうとしないのか。かれらを恐れているのだろうか。もしあなたがたが信者ならば、主なる神をこそ恐れなさい。
かれらと戦いなさい。そうすれば主なる神はあなたがたの手でかれらをこらしめ、屈辱をかれらに与え、あなたがたを助けてかれらに勝たせ、信ずる民の胸をいやし、
その心の中の怒りを拭い去ることだろう。主なる神はお望みの者にみ顔を向けられる。主なる神はすべてをご存知であり、聡明なおかたである。
あなたがたのうち戦いに出た者、また主なる神とその使徒と信者以外には誰も友としない者を、主なる神はご存知でなく、あなたがたは見逃されるだろうと思っているのだろうか。主なる神はあなたがたのすることをよくご存知である。

自分の不信を立証する異教徒は、断じて主なる神の拝殿を管理すべきではない。かれらのすることはすべて無効であり、永久に火の地獄に住むだろう。
主なる神と終末の日とを信じ、礼拝を守り、施しを納め、主なる神のほかに何者をも恐れない者だけが、主なる神の拝殿を管理することができる。かれらは正しく導かれる者のうちに加えられる。

あなたがたは、巡礼者に水を飲ませ、聖殿を修理することを、主なる神と終末の日とを信じ、主なる神の道に戦う者の行動とを同じだとみなしているのだろうか。主なる神がご覧になればこの二つは決して同じではない。主なる神は不義の民を導かれない。
信仰に入って移住し、財産と生命を主なる神の道にささげて戦った者には、主なる神は最高の位を与えるだろう。かれらは栄える者である。
主は自分のいつくしみと喜びと吉報とをかれらに与え、また永遠の喜びに満ちた楽園もかれらのものとなるだろう。
かれらは永久にその中に住むだろう。まことに主なる神のもとには偉大なごほうびがある。

信者たちよ、もしあなたがたの父または兄弟が信仰を捨てて不信を選ぶなら、決してかれらを友としてはならない。もしあなたがたのうちでかれらを友とする者がいるなら、その人は不義の者である。
こう言いなさい。「もしあなたがたの父、子、兄弟、妻、親戚、あなたがたが所有する財産、異教徒がいなくなったら不景気になりはしないかと恐れる商売、気に入った住まいが、主なる神とその使徒、および主なる神のための戦いよりもあなたがたにとって重大ならば、あなたがたは主なる神が裁きを下すまで待ってみなさい。主なる神は罪深い民を導かれない」と。

主なる神はすでに多くの戦場であなたがたを救い、とりわけフナインの戦いの日にそうであった。この日あなたがたは多勢をたのんでいたが、少しもあなたがたに有利になることはなく、広い大地もあなたがたには狭く、ついにあなたがたは負けてしまった。
その時主なる神は、かれの使徒と信者たちの上に安静を下し、あなたがたには見えない軍勢を遣わして不信者たちをこらしめた。これは不信者の報いである。
そしてその後も主なる神はお望みの者にみ顔を向けられる。まことに主なる神は寛容なおかたであり、恵み深いおかたである。

信者たちよ、異教徒はまったく不浄である。だから今年以後はかれらが聖殿に近づくことを禁ずる。あなたがたは貧しくなりはしまいかと恐れるだろうが、主なる神がお望みなら、その恵みによつてあなたがたを富ませられよう。主なる神はすべてをご存知であり、聡明なおかたである。

経典の民のうち、主なる神と終末の日とを信ぜず、主なる神とその使徒が禁じたものを禁ぜず、真実の宗教を奉じない者に対して、かれらが屈服して自分から人頭税を納めるまで戦いなさい。
ユダヤ人はエズラを主なる神の子であると言い、キリスト教徒はメシアを主なる神の子であると言う。これらはかれらの口先で言う言葉である。かれらは昔の不信者の言葉をまねているのである。主なる神おん自らかれらを討たれよう。かれらはなんとひどく迷っていることだろう。
かれらは唯一の神を拝しなさいと命じられているのに、主なる神をおいて学者と修道者とを自分の主とし、またマリヤの子メシアを自分の主としている。かれのほかに神はない。かれをたたえなさい。かれらがかわりにしている神々よりはるかに高くかれはいらっしゃる。
かれらは自分の口によって主なる神の光を吹き消そうとする。しかしたとえ不信者が嫌っても、主なる神は必ずその光を完成されるだろう。
またたとえ異教徒が嫌っても、導きと真実の教えを与えてその使徒を遣わしたのはかれである。かれはこの教えをすべての宗教の上に置こうとされる。
Reading-39信者たちよ、学者と修道者には、むやみに人の財産をほしがって、人を主なる神の道から背かせている人が多い。金銀をたくわえるのにそれを主なる神の道に使わないような者には厳しい罰あると告げなさい
復活の日には、かれらの金銀は地獄の火で真っ赤に焼かれ、それによってかれらの額とわきと背に烙印が押される。「これはあなたがたが自分のために貯えたもの。さあ自分の貯えたものを味わえ」と。

主なる神が天地を創造された日、その経典に記された主なる神の月の数は十二であり、そのうち四つを聖月とされた。これが正しい計算である、だからこの間は不義を行ってはならない。そして異教徒がいっせいにあなたがたと戦うように、あなたがたもまたいっせいに戦いなさい。主なる神は神を畏れる者とともにおられると知りなさい。
聖月をずらすことは不信を増すことにしかならない。すべての不信者はこれによって迷わされる。かれらはある年には破り、ある年には守り、主なる神が聖なるものと定められた月の数だけは合わせて、主なる神が聖なるものと定められた月をけがしている。かれらはこの悪事をよいことだと思わされているのだが、主なる神は不信の民を導かれない。

信者たちよ、主なる神の道に戦いに出なさいと言われた時に、頭をたれて地に座り込むとは何事であるか。あなたがたは来世を捨てて現世を楽しむのか。現世の楽しみなど来世に比べればわずかな事にすぎない。
あなたがたがもし戦いに出ないなら、かれは重い罰をあなたがたに加えられ、別の民をあなたがたのかわりにされるだろう。まことに主なる神は全能であられる。
たとえあなたがたがかれを助けなくても、たった一人のお供とともにいたかれを不信者が追った時、主なる神はかれを助けられたのだ。その時二人は洞窟の中にいたが、かれはお供に向かって言った。「心配するな。主なる神がわれわれとともにおられる」と。こうして主なる神はかれの上に安らぎを下され、あなたがたには見えない軍勢によってかれを助け、不信者の言葉を最低にひきおろされ、主なる神の言葉を最高とされた。まことに主なる神は偉大なおかたであり、聡明なおかたである。
装備の軽い者も、装備の重い者も出陣しなさい。あなたがたの財産と生命をささげて主なる神の道に戦いなさい。あなたがたがこのことをわかるならば、これこそがあなたがたにとってもっともよいのである。

利益が目の前にあって、手ごろな遠征であれば、かれらもまたあなたに従おうと思っただろう。しかし道はかれらにとってとても遠かった。しかもかれらは主なる神に誓って言った。「できることなら、われわれもあなたがたと共に出陣したかったのです」と。かれらは自分を滅ぼす者である。主なる神はかれらがうそつきであるのをご存知である。
主なる神があなたを赦されますように。真実を言っている者がだれで、あなたをだましている者がだれかがわからないうちに、どうしてあなたはかれらが脱落するのを許したのか。
主なる神と終末の日とを信じる者は、自分の財産と生命をささげて戦うことを免れようとして、戦いから脱落する許可をあなたに求めるようなことはない。主なる神は自分を敬う者をご存知である。
主なる神と終末の日を信じない者だけが戦いから脱落する許可をあなたに求める。かれらは胸の中に疑いを抱き、疑いながら迷っているのである。
かれらがもし真に出陣する意図があったなら、そのために準備をしていただろう。しかし主なる神はかれらの奮起を嫌って迷わせられたのだ。そしてかれらにこうおっしゃった。「あなたがたは家に留まる者と共に留まりなさい」と。
たとえかれらがあなたがたと共に出陣しても、あなたがたの負担を増すだけであり、しかもあなたがたの間を走り回って分裂を図るだろう。あなたがたのうちにもかれらの言葉に耳を傾ける者が出ることだろう。主なる神は不義の者をご存知である。
かれらは以前にも分裂を図ってあなたを苦境に陥れようとしたが、かれらの意に反して真理が下って主なる神のご命令が行われた。
かれらのある者は言う。「家に留まることを許してください。わたくしを惑わさないでください」と。ああ、かれらはもう惑わされているではないか。まことに地獄は不信者を取り囲んでいる。

もしあなたに幸運が下ったならかれらは心を悩まし、あなたに不幸が襲ったら言うだろう。「だからわれわれは前々から用心していたのだ」と。そして喜んで背き去る。
こう言いなさい。「主なる神がわれわれに定めたことのほかは、何もわれわれに臨まない。かれはわれわれの守り主である。信者は主なる神に頼りなさい」と。
こう言いなさい。「あなたは最もよい二つに一つ以外に、何をわれわれに期待するのか。われわれは主なる神がご自分で、またはわれわれの手であなたがたをこらしめることを期待している。だから待ちなさい。われわれもあなたがたと共に待とう」と。

こう言いなさい。「たとえあなたがたが喜んで施しをしようと、しぶしぶ施しをしようと、受け取ってもらえないだろう。あなたがたは罪深い民である」と。
かれらの施しが受け入れられないのは、かれらが主なる神とその使徒を信じず、礼拝を怠り、しぶしぶ施しをするためである。
だからあなたはかれらの財産や子どもたちに心を奪われるな。これらによって主なる神は現世でかれらを罰せられ、また不信者のままでかれらを死に至らせられたにすぎない。
かれらは主なる神に誓ってあなたがたの味方であると言うが、決してあなたがたの味方ではない。かれらは怖気づいているのだ。
もし避難の地や隠れる穴やもぐりこめる場所があるなら、かれらは必ずそこへ逃げることだろう。

かれらのうちには施しについてあなたをそしる者がいる。分配を受ければ喜び、分配を受けられなければ怒る。
もしかれらが主なる神とその使徒から与えられたものに満足して、「われわれは主なる神がいらっしゃれば十分です。主なる神とその使徒は必ずわれわれに恩恵を与えてくださいます。われわれは主なる神を仰ぎ望みます」と言っていたならばよかったのに。
施しは、貧しい人、困っている者、施しを集める者、心が真理に傾いている者、奴隷の身代金、負債者の救済、主なる神の道のための支出、および旅人のためのものである。これが主なる神のおきてである。主なる神はすべてをご存知であり、聡明なおかたである。

かれらの中には預言者をそしって「かれは耳にすぎない」と言う者がいる。こう言いなさい。「あなたがたのためのよい耳である。かれは主なる神を信仰し、信者を信用し、あなたがたのうちにいる信者への恵みを信じている者である。そして主なる神の使徒をそしる者には重い罰があろう」と。

かれらはあなたを喜ばせようとして主なる神の名で誓う。しかしかれらがもし信者ならば、主なる神とその使徒を喜ばせるのが正しいのだ。
主なる神とその使徒に敵対する者には、永久に住む地獄の火があることをかれらは知らないのか。それは大きな屈辱である。

Reading-40偽の信者は自分の心の中で思っていることを指摘する章がかれらに下されることを恐れている。こう言いなさい。「あなたがたはあざ笑いなさい、主なる神は必ずあなたがたが恐れているものをあらわにされるだろう」と。
あなたがもしかれらに問うならば、かれらは必ず言うだろう。「われわれは会話を楽しんでいるだけです」と。こう言いなさい。「あなたがたは主なる神とその使徒をあざ笑ったではないか。
弁解を止めなさい。あなたがたはいったん信仰に入ったのに再び不信者となったのだ。たとえあなたがたの一部が許されるとしても、他の一部は罪びとなったのだから必ず罰せられるだろう」と。
偽の信者は男女とも同じである。かれらは悪を勧め、善をさまたげ、出し惜しみをする。かれらは主なる神を忘れたのだから、主なる神もまたかれらを忘れる。まことに偽の信者は罪びとである。
主なる神は偽の信者の男女と不信者に、永久に住む地獄の火を約束された。かれらはこの事を覚悟しなければならない。主なる神はかれらを呪われる。かれらは永遠に続く罰を受けよう。

あなたがたは昔の民と同じ。かれらはあなたがたより力強く、財宝と子宝どもが豊かであり、現世の幸福を楽しんでいた。昔の民が幸福を楽しんでいたようにあなたがたも幸福を楽しもうと思い、昔の民と同じように偽りの話を楽しんでいる。これらの者の行いは、現世でも来世でもむなしい。かれらは滅びの者である。
かれら以前のノアの民、アード、サムード、アブラハムの民、ミディアンの民、その他滅んだ都市の数々の消息をかれらは知らないのか。使徒たちは明らかなしるしをもってかれらに遣わされたのである。だから主なる神がかれらを害されたのではなく、かれらが自分で自分を害したのである。

男女の信者はお互いを守りあう。かれらは善を勧め、悪をさまたげ、礼拝を守り、施しを納め、主なる神とその使徒に従う。主なる神はかれらにいつくしみ深いことだろう。まことに主なる神は偉大なおかたであり、聡明なおかたである。
主なる神はかれらが永住する川の流れる楽園と、エデンの園の中のよい住まいを男女の信者に約束される。しかし主なる神の善意こそもっとすばらしいものである。それは偉大なる栄えである。

預言者よ、不信者および偽の信者と戦いなさい。かれらを厳しく扱いなさい。かれらの住みかは地獄である。悪い行先である。
かれらは主なる神に誓って「何も言わなかった」と言うが、実は不信の言葉を言い、いったん信仰に入ったのにまた不信者になった。しかも決して達成されないことを心に思う者である。かれらが信者を恨むのは、主なる神とその使徒がかれらを豊かにさせているからにほかならない。しかしもしかれらがざんげするなら、かれらのためにもっともよい。そしてもしかれらが背き去るなら、主なる神は現世と来世で重い罰をかれらに与えられよう。かれらは地上に一人の守り主も一人の救い主もないだろう。

かれらの中には、主なる神と約束をしてこう言った者がいる。「もしかれがわれわれに恵みを与えてくだされば、われわれは必ず施しをして、必ず正しい者となりましょう」と。
しかもかれがその恵みをかれらに下されたところ、かれらはいただいたものを惜しみ、背を向けて去ってしまった。
そこでかれはかれらが主なる神との約束を破り、そのうえうそを言ったことに対して、かれらが主なる神と会う日まで、かれらの心の中に偽善を置いておくことにされた。
主なる神はかれらの秘密も密談もご存知であり、また主なる神が隠されたものを見抜かれるお方だとかれらは知らないのか。

進んで施しをする者をそしり、まだ自分の労力のほかには施しをする物を持たない信者をそしってあざ笑う者がいる。主なる神もまたかれらをあざ笑われよう。かれらには重い罰があることだろう。
かれらのためにお許しを乞おうと乞うまいと同じ。あなたがたとえ七十回かれらのためにお許しを乞うたとしても、主なる神はかれらを許されないだろう。かれらが主なる神とその使徒を信じないからである。主なる神は罪深い民を導かれない。
戦いから脱落した人々は、主なる神の使徒が出陣した後、自分が家に残ったことを喜び、財産と生命をささげて主なる神の道に善戦することを嫌った。かれらは言った。「暑い時には出陣するな」と。こう言いなさい。「地獄の火はもっと熱いということにかれらが知っていればよかったのに」と。
かれらにはわずかに笑わせ、多く泣かせなさい。これはかれらのしたことに対する報いである。
もし主なる神があなたをかれらのところに帰らせた時、かれらがあなたに向かって出陣の許可を求めるようなことがあったらこう言いなさい。「あなたがたは決して一緒に出陣しはしないだろうし、決して一緒に敵と戦わないだろう。あなたがたは最初に家にとどまって満足していたのだ。今後も脱落した者たちと一緒に座っていなさい」と。
かれらのうちのだれが死んでも、あなたは決してかれのために祈ってはならない。またその墓のそばに立ってはならない。まことにかれらは主なる神とその使徒を信じず、罪びととして死んだのだから。
かれらの財宝と子宝とに驚いてはならない。これらによって主なる神は現世でかれらを罰せられ、不信者のままでかれらの魂を離れ去らせようとされるのである。

「主なる神を信じなさい。その使徒と一緒に戦いに出なさい」という章が下るごとに、かれらのうちの金持ちは、あなたに許可を求めて言う「われわれは家に残る者と一緒にさせてください」と。
かれらは戦いから脱落した者と共にいることを願う者である。かれらの心は封じられているから悟らないのである。
使徒およびかれと共に信じる者は、財産と生命をささげて戦った。これらの者はさまざまな幸福を得るだろう。かれらは栄えるだろう。
主なる神は川の流れる楽園をかれらのために準備される。かれらは永久にその中に住むだろう。至高の幸福である。
そして砂漠の民にも口実をもうけて、戦いから脱落する許可を求めようとして来た者があった。主なる神とその使徒をあざむく者はみな家に残った。後日これらの不信者の上には重い罰が下るだろう。

弱者、病人および戦いに貢献する方法のない者は、主なる神とその使徒に対して忠誠である限り、家に留まっても罪はなし。よい行いをする者は非難されることはない。主なる神は寛容なおかたであり、恵み深いおかたである。
またあなたのところに来てかれらのための乗り物を求めた者がいる。あなたが「わたしはあなたがたのための乗り物はありません」と言うと、かれらは二つの目を涙で満たし、何もできないことを悲しんで去った。これらの者もまた罪はない。
Reading-41裕福なのにあなたに脱落の許可を求める者だけが罪がある。かれらは戦いに出ない者たちと一緒にいるのを喜ぶ。主なる神はかれらの心を封じたので、道理がわからないのである。

あなたがたが帰って来ると、かれらは弁解するだろう。こう言いなさい。「弁解するのはやめなさい。われわれは決してあなたがたを信じない、主なる神はもうあなたがたのことをわれわれに告げられた。まことに主なる神とその使徒は、あなたがたの行動だけを見守るだろう。その後にあなたがたは、見えないものも見えるものもご存知であるかれのもとに連れて行かれよう。その時、かれはあなたがたに、自分のしたことを告げられるだろう」と。
あなたがたが帰って来ると、かれらはあなたがたから目こぼししてもらおうと主なる神によって誓うことだろう。かれらを目こぼししてほうっておけ。かれらはけがれており、かれらの住みかは地獄である。かれらが積んできたことにに対する報いである。
かれらはあなたがたを喜ばせるために誓うことだろう。しかしたとえあなたがたがかれらを喜んでも、主なる神は罪深い民を喜ばれない。

砂漠の民は不信と偽善に関してはいっそう甚だしい。かれらは主なる神がそのの使徒に下したおきてを知ろうとしない。しかし主なる神はすべてをご存知であり、聡明なおかたである。
砂漠の民の中には、施しを取り立てだと思い、不運があなたがたにめぐって来るのを期待する者がいる。しかし不運は逆にかれらの上にめぐって来るだろう。主なる神はすべてをお聞きであり、すべてをご存知である。
しかし砂漠の民のうちにも主なる神と終末の日とを信じ、施しは主なる神に近づく道であり、使徒の祝福が得られるものであると思う者がいる。まことにそれはかれらにとって主なる神に近づく道である。主なる神はかれらを恵みのうちに導かれよう。主なる神は寛容なおかたであり、恵み深いおかたである。

イスラムの先駆者とは、最初のマッカからマディーナに移住した者と、かれらを援助したマディーナの者、それからかれらに従ってよい行いをした者たちである。主なる神はかれらを喜ばれ、かれらもまた主なる神を喜ぶ。かれは川の流れる楽園をかれらのために備えられた。かれらは永久にその中に住むことだろう。それは偉大な栄えである。

あなたがたの周囲に住む砂漠の民のうちに偽の信者がいる、またこのマディーナ市の民のうちにも頑固な偽の信者がいる。あなたにはわからないだろうがわたしにはわかる。わたしは二重にかれらを懲らしめ、その後にこれを重い罰に処すことだろう。
この他に、みずから自分の罪を認めた者がいる。かれらの行為はよいものもあれば悪いものもある。しかし主なる神は恐らくかれらのざんげを許されよう。まことに主なる神は寛容なおかたであり、恵み深いおかたである。

かれらの財産のうちから施しをさせ、それによってかれらを清め、罪を滅ぼし、かれらのために祈りなさい。あなたの祈りはかれらへの慰めである。主なる神はすべてをお聞きであり、すべてをご存知である。
かれらは主なる神がそのしもべたちのざんげをお許しになり、その施しを納められること、またかれがざんげをきいてくださるおかたであり、恵み深いおかたであることがわからないのか。
こう言いなさい。「よい事をしなさい、まことに主なる神はあなたがたの行動をごらんになるだろう。かれの使徒と信者もそうである。そしてあなたがたはやがて必ず、見えないものも見えるものもご存知のかれに帰る。かれはあなたがたに向かって、自分のしたことを告げ知らせられよう」と。
この他に、主なる神がお認めになるか、ざんげを許されるか、そのご命令を待っている者がいる。主なる神はすべてをご存知であり、聡明なおかたである。

敵対と不信によって別に礼拝堂を建設てた者がいる。かれらはこれによって信者を分離させ、その礼拝堂をかつて主なる神とその使徒に対して戦った者のための隠れ家にし、おまけに口では「われわれはただよい行いをしただけです」と言う。しかし主なる神ははっきりとかれらがうそつきであることを立証された。
このような礼拝堂には決して出入りしてはならない。最初の日から敬虔を基礎として建てられた礼拝堂こそ、出入りして礼拝するのにふさわしいものである。この中には身を清めようと願う人々がいる。主なる神は身を清める者を喜ばれる。
主なる神を喜ばせるために礼拝堂を建てる者と、いまにも崩れて地獄の火の中に転落しそうなかげのふちに建てる者と、果たしてどちらが優っているか。主なる神は不義の民を導かれない。
かれらの心が砕き去られない限り、かれらが建てたものは、ずっとかれらの心の中の不安の原因となろう。主なる神はすべてをご存知であり、聡明なおかたである。

楽園を信者に与えるための料金としてかれらの財産と生命とを主なる神は受け取られた。かれらは主なる神の道に戦って、殺したり殺されたりしているのだ。これは律法と福音とクルアーンとによって結ばれたかれの約束である。約束を守ることについてだれが主なる神より誠実であろうか。だからかれとの間に契約した取り引きを喜びなさい。それは偉大な栄えである。
ざんげする者、奉仕する者、ほめたたえる者、ひれ伏して礼拝する者、善を勧め悪をはばむ者、主なる神のおきてを守る者、これらの者たちに、このよい知らせを伝えなさい。

異教徒が必ず地獄の火の住民であることが明らかになった後は、たとえ近親であってもかれらのために祈ることは、預言者と信者のすべきことではない。
アブラハムがその父のためにお許しを求めたのは、かれがその父と結んだ約束があったからである。そして父が主なる神の敵であることが明らかになった後は、かれは父と絶縁することを宣告した。まことにアブラハムは柔和にして親切であった。
主なる神は、かれらが守るべきことを明らかにした後でなければ、決していったん導いた民を迷わせることはない。まことに主なる神は万事をご存知である。
天地の主権は主なる神に属する。かれは生かし、死なせる。主なる神のほかにあなたがたには守り主も救い主もない。

主なる神は預言者と、マディーナへ移住した者たちと、それを助けたマディーナの者にみ顔を向けられる。この苦難の間に一部の者たちの心は離れ去ろうとしたが、それでも神に従った者たちに神はみ顔を向けられた。まことに神はかれらにとりて憐れんでくださるおかたであり、恵み深いおかたである。
脱落した三人の者たちにも神はみ顔を向けられた。大地は広いがかれらには狭いものである。このことでかれらの魂が悩み、遂に主なる神に頼る以外に罰を免れる道がないことを知るに至った。こうして神はみ顔をかれらに向けられ、かれらのざんげを許された。まことに主なる神はざんげをきいてくれるおかたであり、恵み深いおかたである。

信者たちよ、主なる神を敬い、真実を言う人々とともにいなさい。

信者たちよ、このマディーナ市の民であろうと周囲の砂漠の民であろうと、主なる神の使徒から脱落し、またはかれの生命よりも自分の生命を重んずるようなことがあってはならない。かれらが主なる神の道において、渇いたり疲れたり飢えたりするごとに、また不信者の恨みを招く戦いに出るたびに、敵に一撃を加えるたびに、かれらのよい行いが記録されるのである。主なる神はよい行いへのごほうびを無駄にされない。
大きくても小さくても施しをしたことや、一つの谷を渡ったことが、必ずかれらのために記録されている。主なる神がかれらのした最善の行為に対してごほうびを与えようとされているからである。

信者はいっせいに出陣してはならない。各隊のうち一部を出して戦わせなさい、かれらに宗教に関する理解を得させ、人々が帰ってきた時、警告を与えて心を引き締めさせるようにである。

信者たちよ、あなたがたの隣にいる不信者と戦いなさい。あなたがたが厳しいことをかれらに知らせなさい。主なる神はかれを敬う者とともにあることを知りなさい。
かれらのうちのある者は、一つの章が下るたびに言う。「あなたがたのうちこれによって信仰を増した者はだれか」と。信者はこれによって信仰を増し喜ぶのである。
しかし心に病のある者は、これによってけがれにけがれを重ね、不信者として死んでしまうのである。
かれらは毎年一度ないし再度の試練があることを知らないのか。しかしかれらは結局はざんげをせず、教えを受けようとしない。
かれらは一つの章が下るたびにたがいに顔を見合わせて言う。「あなたを見ている者がいるだろうか」と。そして背いて去る。かれらは理解しない民であるから、主なる神はかれらの心を真理に背かせられたのである。

いまあなたがたの間から、一人の使徒が現れた。かれはあなたがたのために心を痛め、あなたがたを深く思い、信者に対してやさしくいつくしみ深い。

だからたとえかれらが背いてもこう言いなさい。「わたしには主なる神がいらっしゃれば十分である。かれのほかに神はない。わたしはかれに頼る。まことにかれは偉大な王座の主である」と。


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