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第44章 モロナイの雅量。ゼラヘムナ、はじめの平和の申出をことわるが、ついに止むを得ず条件を受け入れる。レーマン人、平和の誓約を結ぶ。アルマの記録終る。 そこでかれらは戦を休んで数歩退いたが、モロナイはゼラヘムナに向って言った「見よ、ゼラヘムナよ。われらが人の血を流すことを好まない者であることを知れ。汝らはもはやわが手に落ちているけれども、われらが汝らを殺すことを好まないことを汝は明らかに知る。
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見よ、われらが汝らと戦ったのは汝らの血を流して権力を奪うためではない。また誰にも奴隷のくびきをかけようと思うのでもない。汝らこそこの目的でわれらに敵対して来た。汝らが怒るのはわれらの宗教がもとである。
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しかし、今は主がわれらと共にましまして、汝らをわが手に渡したもうことを汝らは明らかに認めている。汝らは、これがみなわれらの宗教とキリストを信ずるわれらの信仰とのために主がわれらになしたもうたことであるのを認めよ。今やこのわれらの信仰を破ることができないのを汝らは明らかに認めている。
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われらの信仰が神を信ずる真の信仰であること、真にわれらが自分らの神に忠義をつくし信仰を堅くして忠実に宗教を守る間は、神がわれらを支え助けて護りたもうことと、われらが罪悪に耽らず信仰をすてない間は主がわれらの亡びるのを許したまわないこととは、汝らもはや解っているであろう。
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今ゼラヘムナよ。われは今やわれらの信仰と宗教と礼拝の儀式と教会とを護ることと、またわれらの妻子を扶助してこれを守る神聖な義務と、われらにその所有する土地と国とを深く愛させる自由と、われらのあらゆる幸福の源である神の聖い道を守る義務と、またわれらが最も重んずるすべてのものを護る義務とを遂げさせるため、われらの武器に力を加えたまい汝らに勝たせたもうた全能の神の御名により汝らがその武器をわれらに引きわたすことを命ずる。
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これだけではない、汝らにはその命を守ろうとする望みがあるであろう。その望みを遂げさせるために、われは汝らがその武器をわれらに引きわたすことを命ずる。武器を引きわたすならばわれらは汝らの血を流さない。汝らがもし国へ帰って再びわれらの国へ兵を向けないと誓約をすれば今汝らの命を助けてやる。
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しかし、汝らがもしこのように誓約しないならば、汝らはもはやわれらの手に落ちているから、われはわが兵に命じて汝らを撃ち、全滅するまで汝らの身に致命傷を負わせるであろう。もしそうならば、その時われらのうちどちらがこの民を治める権力を得、どちらが奴隷にされるか明らかであろう」と。
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ゼラヘナムはこの言葉を聞き進み出てその剣と太刀と弓とをモロナイの手にわたして言った「これはわれらの武器だ。われらはこれをお前に引きわたす。しかしわれらとわれらの子孫が将来かならず破ると知れた誓約をお前とは結ぶまい。どうか、われらの武器を受け取ってわれらを野へ帰してくれ。そうでなければわれらは剣をわたさず、死ぬか勝つかまで戦をつづけよう。
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われらはお前らと同じ宗教を信じていない。われらをお前らの手に落したものは神であるとは思わない。お前らはその巧な計ごとでわれらの刃を避けたのだと思う。見よ、お前らを護ったのは実にその胸当と楯とである」と。
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ゼラヘムナがこう言い終ると、モロナイは自分が受け取ったゼラヘムナの剣やそのほかの武器をかれに返して言った「見よ、われらは最後まで戦いつづけよう。
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われはもう言った言葉を取り消せないから、汝らがもし二度とわれらに向って戦に来ないと言う誓約を立ててこの場を去るのでなければ帰さない。このことは主のまします通りに確である。汝らがもはやわれらの手の中に落ちた以上、わが示した条件に従わなければ、汝らの血を地に流してやる」と。
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モロナイがこう言ったので、ゼラヘムナはその剣を手に持ちモロナイを怒って殺そうとして突き進んだが、かれがふりあげた剣はモロナイの一人の兵に叩き落され、つかの所で折れてしまった。そして兵はまたゼラヘムナを打ってその頭の皮を剥ぎこれを地に落した。それでゼラヘムナは逃げて自分の軍中に入った。
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かたわらに立ってゼラヘムナの頭の皮を剥ぎとった兵はその髪の毛をつかんでこれを地面から拾い上げ、頭の皮を自分の剣の先にひっかけてレーマン人の軍勢に示し大きな声を出して、
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「汝ら武器を引きわたし平和の誓約を結んでその国に帰らなければ、汝らの司令長官のこの頭の皮のように汝らも皆地にうち倒されるぞ」と言った。
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レーマン人はこの言葉を聞きまた剣の先にかかっている頭の皮を見ておそれおののいた者が少くない。多くの者が出てきてモロナイの足下に武器を投げ平和の誓約を結んだが、このように誓約した者たちは野へ行くことを許された。
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しかしゼラヘムナは非常に怒って残りの兵をはげまし怒らせ、前よりもさらに勇しくニーファイ人の兵と戦わせた。
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レーマン人の強情なためにモロナイは怒ってこれを攻め殺せと兵に命じた。そこでモロナイの兵は再びゼラヘムナの兵を殺し始め、レーマン人も勢力をつくし剣をふるって激しく戦った。
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しかし、レーマン人は裸の皮膚と覆物のない頭とをニーファイ人の鋭い刃にさらし、あるいは突かれあるいは撃たれてみるみるうちにニーファイ人の剣に倒され、まことにかれらはモロナイの一人の兵士が予言をしたようになぎ倒されたのであった。
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ゼラヘムナはその兵が今やみな殺されようとするを見て切にモロナイに歎願し、モロナイがもし残りの兵の命を助けてくれるならば、自分もまたほかのレーマン人も二度とニーファイ人に戦をいどまないと言う誓約を結ぶと約束した。
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そこでモロナイは再びその兵に殺戮することを止めさせ、レーマン人から武器を剥ぎとり、レーマン人が平和の誓約を結んでから、かれらを野へ行かせてやった。
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この時の両軍の死者はその数が大きくて数えなかったが、ニーファイ人もレーマン人もまことに多くの死者を出した。
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かれらはその死者をサイドン川の中へ投げこんだが、そのしかばねは水のまにまに流れ去って海の深みに葬られた。
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戦がすんでから、ニーファイ人の兵士すなわちモロナイの軍は、その家と所有の地へ帰ってきた。
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このようにしてニーファイの民を治める判事治世の十八年目は過ぎ去った。これでニーファイ版にのせたアルマの記録は終る。ヒラマンの時代のニーファイ人とその戦争ならびに謀叛の記事。この記事はヒラマンがその生涯のうちに書いた記録による。第四十五章から第六十二章に至る。
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