ばべるばいぶる(多言語聖書閲読)
HELP
フォント・背景色変更
ID:
パスワード



2024年4月20日(土) 通読(本日=ルカ5-6,1イミ21,クル-42回 明日=二コリ11-13,3イミ21,アル4)

●章表示 ●検索

聖書1:
聖書2:
ルビ: 節番号表示:
見出し表示 あり  なし


検索語:
聖書:
大小文字同一視
検索書名
同時表示聖書:
1ページに表示する候補数:
ルビ:
章モードしおり 現在の章をしおりに追加(最大20) クリア 並べ替え


節表示・修正口語訳(日本語R)+真理子のおまけ 解題
〔57年モルモン経〕ニーファイ第三書 第5章
第5章
ニーファイ人、悔い改めて悪事を止めようとする。モルモンの自己に関する記事と、かれの書き誌した版に関する記事。イスラエル人の集合を今一度ほのめかす。

ニーファイ人の中にあって予言をしたすべての聖い予言者の言葉は、少しでもこれを疑う者が一人もなかった。かれらはその言葉が必ず事実になることを知り、
また予言者たちの言葉通り多くのしるしが現われているから、すでにキリストが確に降臨したもうていることを知り、またすでに事実になっていることがあるので一切のことが予言通りになると言うことを知っていたから、
かれらの罪や憎むべき行いやみだらな行いをことごとく捨てて夜昼熱心に神に仕えた。
さてニーファイ人は、殺されなかった強盗どもを一人も逃さずみなとりこにしてこれを牢屋に入れ、神の道をこれに宣べ伝えた。そして、その罪を悔い改めて二度と人殺しをしないと言う誓いを立てた者はみなこれを放ってやった。
しかし、誓いを立てず、たえず暗殺の心を抱いている者、またその同胞をおびやかす者たちはみなこれを罪ありとし、国法に照して罰を与えた。
このようにしてニーファイ人は、おびただしい罪悪を犯し甚しく多くの殺人をしたあのよこしまで憎むべき秘密結社ををことごとく亡ぼしてしまった。
これで第二十二年、二十三年、二十四年、二十五年は過ぎ去った。すでに過ぎ去ったこの二十五年の間には、
ある人の目に偉大であるまたは驚嘆すべきであると思える出来事が多く起ったが、それにもかかわらず、その出来事をみなこの経典に入れてのせることはできない。この経典には二十五年の間にあの数多い民の間に行われたことの百分の一ものせることができない。
しかし見よ、この人民のした事をみなのせている記録がほかにある。そして、その中に短いけれども真実な記録をニーファイがのせている。
それであるから私は、このニーファイ版と言う版に刻んで記してあるニーファイの記録に従ってその出来事を記す。
私が自分で刻むこの記録は、これを自分の手で作った版の上に刻んで記すのである。
私の名はモルモンと言う。これは人民が罪悪を犯した後にアルマが始めて人民の間に教会を立てたモルモンの地の名をとって名づけられたのである。
私は神の御子イエス・キリストの弟子の一人であって、キリストの民に永遠の生命を得させるために、キリストの道を宣べ伝える役目をキリストから委ねられた者である。
すでに死んだ聖い者たちの祈りがその信仰の通りになるために、私が過去にあったことを神のみこころに従って記録することは大切である。
すなわちリーハイがエルサレムを去ってから現今に至るまでのことを簡単に記録する。
そこで私は、まず私が生れる時までのことを私の前に生きていた人々の記録から取って書き記し、
次に私が生れてから、私が親しく見たことを記録する。
それであるから、私が作る記録が正しくて真実であることは私がよく知っている。それにもかかわらず、私たちの言葉では書きつくし難いことが多くある。
さて、これで私は自分のことを言うのを止めて、私が生れないさきのことを書きつづけよう。
私はモルモンと言って、リーハイの正統の子孫である。私が当然わが神でありわが救い主であるイエス・キリストを讃美しなくてはならないのは、イエスが私たちの先祖をエルサレムの地からつれ出し(イエス、およびイエスがエルサレムから伴いたもうた者のほかには、つれ出されたことを知っている者はなかった)また私と私の民との身も霊も救われるほどの知識を授けたもうたことである。
神はまことにヤコブの家を恵み、またヨセフの子孫に憐みを垂れたもうた。
またリーハイの子孫も、かれらが神の命令を守るからその約束の通りに祝福して栄えさせたもうた。
神は確にヨセフの子孫の残っている一部に、また再び自分らの神である主のことを知らせたもう。
また残って全地の面に散らされたヤコブの子孫をことごとく世界の四方から集めたもう。これは主が生きてましますように確なことである。
神はこれまでにヤコブの全家と誓約を結びたもうた。その誓約は神のみこころにかなう時に果されるものである。その時になって神はすでにヤコブの全家に立てたもうた誓約のことをまた再びかれらに知らせたもう。
そこでかれらは自分らの贖い主で神の御子であるイエス・キリストを知り、世界の四方から集められて、自分らが散った時に追い出された自分の土地へ帰る。これが事実になることは、主が生きてましますように確なことである。アーメン。

このページのURL
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=3ne&chapter=5&mode=0