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2019年8月26日(月) 通読(本日=民25-28,エズ・ラ5,3ニフ9 明日=代下6-10,シラ39,3ニフ10)

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節表示・修正口語訳(日本語R)+真理子のおまけ 解題
〔57年モルモン経〕モーサヤ書 第27章
第二十七章
無信者が教会員を迫害することを禁じ、平等たるべきことを命ずる。アルマの息子とモーサヤの四人の息子、無信者の仲間に加わる。この四人が奇跡的に改宗したこと。この四人が義の道を説く者となること。

無信者たちが教会員に加える迫害が非常にひどくなったので、教会の聖徒たちがつぶやいてこれを司たちに訴え、またアルマにもこれを訴えた。それでアルマはこの事件をモーサヤ王に告げたので、王はこのことをその祭司たちに議った。
その結果モーサヤ王は全国にふれを廻し、無信者が神の教会に属する者を迫害することを禁じた。
またきびしい命令がすべての支部教会にくまなく行きわたった。すなわち、教会員は互いに迫害してはならない。人は上下の差別なく全部平等でなくてはならない。
人は傲慢不遜にかまえて平和を破ることがあってはならない。人は自分を尊ぶように隣人も尊ばなくてはならない。人は各々自分の暮しを立てるために自ら働かなくてはならない。
また、すべての祭司と教師とは病気にかかったり非常に貧しくて困ったりする時のほかは、自分の暮しを立てるために自ら働かなくてはならないと言うのであって、聖徒らはこの命令を守ったので神の恩恵を豊かに受けた。
これから国内はようやく平和にかえり、民の数は非常に多くなって次第に東西南北にひろがり、国内いたるところに大きな都市や村を建てた。
そして主は民を恵んで栄えさせたもうたから、かれらは富んだ大きな国民となった。
ところがモーサヤの息子たちは無信者の仲間に入っていた。またアルマの息子の一人もそうであった。この息子は父の名をとってアルマと呼ばれたが、かれは非常に罪深い男で邪神を信じ、言葉が多くてよく人にへつらい、多くの者をまどわして自分のしているような罪悪を犯させた。
この男は人の心をいざなって民の間にいざこざを起し、神の仇に民の心を司どらせたから神の教会が盛になることを非常にさまたげた。
また神の命令にも王の命令にも逆らってモーサヤの息子たちと共に神の教会を亡ぼし、主の聖徒らをまどわすために、ひそかに歩きまわっていた。
このようにかれらが神にそむいて歩きまわっていた時、主の使がかれらに現われ、あたかも雲の中に居るかのように降りてきて、ちょうど雷のような声を立てて物を言ったので、その声はかれらの立っている地をふるい動かした。
それでかれらは地上に倒れるばかりに驚き、この使の言った言葉が何であるか解らなかった。
しかしその使はまた大きな声で「アルマよ、起きてわが前に立て。汝は何故に神の教会を迫害するか。主は『これわが教会なり、われはこれを立てて守るべし。さればわが聖徒らの罪悪のほかこれを覆すものなかるべし』と仰せになった」と言い、
また「見よ、主はすでにその聖徒らの祈りも神の僕である汝の父アルマの祈りも聞きとどけたもうた。汝の父は汝に真理を知らせようとして堅い信仰をもって汝のために祈った。それであるから、神の僕たちの祈りがそれぞれの信仰に応じて聞きとどけられるよう、われは神の権能と威力とを汝に認めさせるために来たのである。
汝は神の能力を疑うことができるか。見よ、わが声は地をふるい動かすではないか。また汝はわれが汝の前に立っているのが見えないか。われは神からつかわされた者である。
汝の親たちがヒーラムの地とニーファイの地とに束縛されていたことを思い起せ。そして神がかれらのためになしたもうた大きな御業を思い起せ。汝の親たちは奴隷であったが神はすでにかれらを救い出したもうた。アルマよ、われは汝に言う。行け、たとえ自らの心によって神にすてられるとも、教会の聖徒らの祈りが聞きとどけられるよう、またと教会を亡ぼうとしてはならない」と言った。
これは天使がアルマに言った最後の言葉である。こう言ってその天使は立ち去った。
ここに於て、アルマとアルマと共に居た者たちは非常に驚いてまた再び地上に倒れた。なぜならば、かれらは自分の目に主の使を見、その声が雷のように地をふるい動かしたから、裂けるばかりに地をふるい動かすものは神の能力のほかにないことを知ったからである。
この時アルマは非常に驚いたために唖となって物を言うことができず、また力が弱くなって手を動かすことができなかったから、自分で動くこともできずつれの者に担がれてその父の前に置かれた。
つれの者は今逢ったことをすっかりアルマの父に話して聞かせたところ、父はそれが全く神の御力であることを知って大いに喜び、
主が自分の息子とそのつれの者になしたもうたことを目のあたり知らせようとして、多勢の人を呼び集めた。
そして祭司たちも集まらせたが祭司らはその主なる神に断食をして祈りはじめ、息子のアルマが物が言えるようにその口を開いて下さるよう、またその手足を強くして下さることと、民の目を開いて神の恩恵と栄光とを認めさせて下さることとを乞い願った。
このようにして祭司たちが二日二晩断食して祈ったところ、息子のアルマは手足に力を得て立ち上り、かれらに物を言いはじめ、心配しないで喜んでくれと言った。
そしてアルマは「私はすでに罪を悔い改めて主に贖われた。ごらん、私は「みたま」によって生れた。
主は私に『天下の万民は男女を問わず、あらゆる国民、あらゆる血族、あらゆる国語の民、あらゆる人々にいたるまでみな新に生れざるべからざることを怪しむなかれ。人はみな神によりて生れ、その堕落したる肉欲の有様より正しき有様に移り、神に贖われて神の息子または神の娘とならざるべからず。
かくて人は新なる者となる。しからざれば決して神の王国に住むことを得ず』と仰せになった。
私はあなたたちに証をする。人がもしもこのように新な者にならなければ必ず捨てられるのであると。私は一度まさに捨られようとした者であるから、よくこのことを知っている。
しかし私は大いに苦しんでさまよった末、死ぬほどの苦痛を感じて悔い改めたから、主は私を憐みたもうてとこしえに燃える火の中から私を救い上げることがふさわしいと考えたもうた。このようにして私は今神によって生れたのである。
私の身も霊も罪の縄目にしばられ苦汁を飲まされる思いの不幸な有様から贖われた。私は前に底なしの暗い穴の中に居たが、今は神のおどろくべき光を見ている。私の身も霊も前に永遠の責苦によって裂けんばかりに苦しんだが、今は救い上げられてもう苦痛を感じない。
私は前に私の贖い主に贖われることを拒み、私たちの先祖が教えた教えを信じなかったが、今は私たちの先祖が贖い主の将来降臨したもうことを先見できることを知っている。また贖い主は自分が造った一切のものを忘れたまわないこと、また贖い主は万民に現われたもうこと、
万民は確かにその御前にひれ伏して告白をするようになること、終りの日に万民が贖い主に裁判を受けるために立つ時かれらは贖い主が神であると認めること、またその時神を信ぜずに世を渡った者たちが今自分たちに永遠の罰を下す裁決を正当であると認めて、あらゆるものを見通す神の目の下に恐れおののいて縮み上ることを知っている」と言った。
これから後アルマは天使が現われた時いっしょに居た者たちと共に、民に教えを伝えはじめ、全国を廻って歩いて自分の見たこと聞いたことを一人のこらずの国人に証をし、多くの艱難があるにもかかわらず神の道を宣べ、無信者から大いに迫害を受けまたその多くの者から打たれた。
これをつらいとも思わず、かれらはねんごろに教会員を慰め、その信仰を固め、忍耐強く苦心して教会員たちに神の命令を守らねばならぬと勧めた。
その中の四人はモーサヤの息子であってアンモン、アロン、オムネル、ヒムナイと言う。以上はモーサヤの息子たちの名前である。
かれらはゼラヘムラの全国とモーサヤ王の治めているすべての民の間を経めぐって、自分らが前に教会に加えたすべての害を除くために一生けんめい全力をつくし、一切の罪を告白し、自分たちの見たすべての事を諸人の前で証し、かれらの言葉を聞きたいと言ったすべての人々にいろいろな予言と聖文とを説明した。
このようにして、かれらは神の御手に使われて多くの人に真理とかれらの贖い主の事を知らせたのである。
ああ、かれらはいかにも幸福ではないか。かれらは平和を布き、善の良い音信をつたえ、主が治めたもうことを民に告げたからである。

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