|
ところがわたしの息子は婚礼の部屋へ入るや、倒れて死んでしまったのです。
|
|
われわれはみなあかりを消しました。町の人たちはみな立ち上がって、わたしを慰めに来ました。でもわたしは次の日の夜まで口もきけずにいたのです。
|
|
それからみんなが、わたしを静めようとして慰めるのをやめたので、わたしは夜立ちあがって、このとおりこの野に逃れて来ました。
|
|
わたしは都には帰らず、ここに留まろうと思います。食べることも飲むこともしません。嘆き続け、断食して死のうと思っています」。
|
|
そこでわたしはそれまでおさえていた思いを捨て、怒って女に答えた。
|
|
「女のうちで一番の馬鹿だ。あなたにはわれわれの悲しみや、われわれに何が起こっているかが見えないのか。
|
|
すなわちわれわれみんなの母であるシオンは悲しみに悲しみを重ね、恥に恥を重ねているのだ。大いに嘆きなさい。
|
|
なぜなら今われわれはみな嘆いているのだから。悲しみなさい。なぜならわれわれすべてが悲しんでいるのだから。それなのにあなたといえば、一人の息子のためにだけ悲しんでいる。
|
|
大地に尋ねてみるがよい。大地は言うだろう。自分が生んだ多くのもののために、嘆かなくてはならないのは自分なのだと。
|
|
はじめからすべてのものは大地から生まれた。他のものも大地から来るであろう。しかもみよ、そのほとんどが滅亡へとさまよい歩き、多数が破滅に至るのだ。
|
|
とすれば、一人のために悲しんでいるあなた以上に嘆かねばならないのは、これだけ多くのものを失った大地に他ならないではないか。あなたはこう言うだろうか。
|
|
『わたしの悲しみは大地とは違います。なぜならわたしは苦しんで分娩し、悲しんで産み落としたわたしの胎の実を失ったのです。
|
|
しかし大地は自然に従っただけのことで、その上にいる大群は、来た時のように過ぎ去ったのです』。もしこのようにあなたが言うならば、わたしはあなたに言う。
|
|
あなたが苦しんで子を産んだように、大地も初めからその実すなわち人間をその創造者のために産み出したのである。
|
|
だからあなたの悲しみは心の中に秘めておき、あなたにふりかかった災難を力強く耐えなさい。
|
|
もしあなたが神の定めを正しいと認めるなら、時が来ればあなたは再び息子を得、女たちのうちで大いにほめたたえられるであろう。
|
|
だから都に戻り、夫のもとに帰りなさい」。 女はわたしに向かって言った。
|
|
「わたしは都に戻らずここで死にます」。
|
|
わたしは再び女に言った。
|
|
「そんなことを言うものではない。シオンの不幸を考えてわたしの言うことをきき、エルサレムの悲しみを思って自分の慰めとしなさい。
|
|
あなたも知っての通りわれわれの至聖所は荒らされ、祭壇はこわされ、神殿は破壊されたのだ。
|
|
竪琴はいやしめられ、賛歌はやみ、歓喜は無に帰し、燭台の灯は消えた。契約の箱は奪われ、聖なる器は汚され、われわれに冠せられた神の民イスラエルという名は冒涜されるばかりである。われわれのうちの自由人は侮辱を受け、祭司は焼き殺され、レビびとは捕われの身となった。処女は汚され、妻は暴行され、義人は連れ去られ、幼児は捨てられ、若者は奴隷となり、強い者は無力にされた。
|
|
そして何よりも悪いのは、シオンの旗じるしのことだ。なぜならシオンはいま栄光を奪われて、われわれを憎む者の手に渡されたのである。
|
|
それゆえ、あなたの大きな悲しみをふり払い、多くの苦悩を捨てなさい。それは力ある方が再びあなたを憐れみ、いと高きお方があなたにやすらぎを、すなわち苦労からの休息を与えてくださるためである」。
|
|
わたしがこの女と語っていた時、女の顔が突然強く輝いたではないか。姿が稲妻のようにきらめいた。それでわたしは彼女がひどく恐ろしくなり、一体これはどうしたことかと考えた。
|
|
女は突然まさに恐るべき大声を発したではないか。大地がその音で揺り動かされるほどであった。わたしは見た。
|
|
どうだろう。わたしにはもう女の姿は見えず、都が建設されていた。そして大きな土台のありかが示された。わたしはこわくなり、大声で叫んだ。
|
|
「はじめにわたしのところに来た天使ウリエルはどこにおられるのですか。わたしの心をこれほど乱したのはあの天使なのです。わたしの意図は裏切られ、わたしの祈りは軽んじられました」。
|
|
わたしがこう言った時、はじめにわたしのところに来た天使が近づいて来てわたしを見たではないか。
|
|
わたしは死人のように横たわり、わたしの理性も失われていた。天使はわたしの右手をとり、わたしに力を与え、わたしを自分の足で立たせて言った。
|
|
どうしたのだ。なぜあなたは動揺し、知性や心の思いが乱れているのだ」。わたしは言った。
|
|
それはあなたがとうとうわたしをお見捨てになったからです。わたしはまさにあなたのみ言葉の通りに野に出ました。ああ、するとわたしは見たのです、そして現に見ているのです。何とも言いようのないものを」。天使はわたしに言った。
|
|
「男らしく立ちなさい。そうすればわたしはあなたに教えよう」。わたしは言った。
|
|
「わが主よ。話してください。わたしが無駄に死なないよう、お見捨てにならないでください。
|
|
わたしは知らなかったことを見、知らないことを聞いているからです。
|
|
あるいはわたしの理性は欺かれ、魂は夢を見ているのでしょうか。
|
|
お願いです。あなたのこのしもべに、このふしぎな現象を解き明かしてください」。天使は答えた。
|
|
「聞きなさい。あなたが怖れているこのことについて、教えて聞かせよう。いと高きお方は多くの秘義をあなたに示されているのだ。
|
|
いと高きお方はあなたの正しい歩みをご覧になった。というのは、あなたは絶え間なくあなたの民のために悲しみ、大いにシオンのために歎いたからである。
|
|
幻の意味はこうだ。さっきあなたに現れた女だが、
|
|
あなたはあの女が悲しんでいるのを見て慰め始めた。
|
|
しかし今はもうあなたにはあの女の姿が見えず、かわりに建設中の都が現れた。
|
|
女はあなたに息子の不幸を語ったが、それを解けばこうである。
|
|
あなたが見た女はシオンである。建設中の都として今あなたが見ているものである。
|
|
女は三十年間うまずめであると言ったが、それは世のはじめからこの世で犠牲が捧げられるようになるまで、三千年の期間がかかったことである。
|
|
そして三年かかって、ソロモンが都を建設して犠牲を捧げた。うまずめが息子を産んだとはその時のことを言う。
|
|
女が苦労をもって息子を育てたと言ったのは、エルサレムに人が住むようになったことである。
|
|
女が「わたしの息子は婚礼の部屋に入って死んだ」と言い、また不幸に襲われたと語ったのは、エルサレムにふりかかった滅亡のことである。
|
|
ほら、あなたは女が息子の死を嘆くという比喩を見たのだ。そしてあなたは起こったことについて女を慰め始めた。これがあなたに明らかにされねばならなかったことだ。
|
|
さていまいと高きお方はあなたが心の底から悲しみ、女のために心から苦しんでいるのをご覧になって、女の栄光の輝きとその装飾の美しさをお示しになった。
|
|
こういうわけでわたしはあなたに、家が建っていない野にとどまるよう命じたのだ。
|
|
それはわたしは、いと高きお方があなたにこれらのことをお示しになろうとしていたことを知っていたからである。
|
|
だからわたしはあなたに建物が築かれていない野に来るようにと命じたのである。
|
|
というのは、いと高きお方の都が現われるべき場所には、人間の建てた物は立っていられないからである。
|
|
だから恐れるな。心を騒がすな。入っていって、あなたの目にうつる限り、建物の輝きと偉大さを見るがよい。
|
|
その後であなたはその耳で聞こえる限りのことを聞くであろう。
|
|
あなたは多くの者にまさって祝福されたのだ。あなたは大変に珍しいことに、いと高きお方のもとに招かれたのである。
|
|
だから明日の夜、ここでじっとしていなさい。
|
|
そうすればいと高きお方は、終わりの日に地に住む人々に対してなさるはずのことを、夢の中の幻であなたに示されるであろう」。
|
|
わたしは天使が命じたように、この夜と次の夜、ここで眠った。
|