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真理子様 > バチェラーのアイヌ語って、バチェラー自身の勘違いに基づく間違いもあるんですが、でも19世紀から20世紀初頭くらいまでは、どんな言語の文法研究だって、ラテン語なんかの文法理論をそのまま適用させたゆがんだ記述をしていたりするもんで、バチェラーならずとも専門家でもやってたじゃないですか。中国語文法研究の草分け、馬氏文通だってそんなもんでしょ。 > それからバチェラーのアイヌ語はさまざまな方言をごった煮にしてるんで、そこがアイヌ人たちに違和感もたれたみたいです。バチェラー先生の言葉はおれたちの言葉とは違うって。でもそんなこと言ったら、どの言語でも標準語形成の過程では同じようなことがあったんじゃないかしら。日本語だって、たとえば「ですます調」なんか、長州の方言でしょ。他地域の人はずいぶん違和感もったんじゃないかしら。もしアイヌ語に標準語が形成されたとしたら、バチェラーの言葉ならずとも、最初は違和感あったと思います。 > バチェラーの聖書みてると、Baptisma(洗礼)なんて出てくるし、shinju(真珠)、hitsuji(羊)みたいに、アイヌ語にない言葉は日本語使って表現してたりして、こういうのがまた専門家の嫌うところなんでしょうね。アイヌ語破壊だって。でも聖書の思想自体がアイヌと異質なんだから仕方ないじゃないですか。これを言語破壊というなら、異質の思想を翻訳するのは言語破壊が必要ですよね。アイヌ語を「博物館の中の存在」ととらえるなら別ですけど、アイヌ語で現代を、異文化を表現しようとすれば、どうしたって言語破壊するしかありません。
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