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真理子様 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=ecc&chapter=5&mode=0 > 今日の5-6章は大きく入れ子になっています。 > 5章。最初は言葉のむなしさ。学生時代、キリスト教に関心をもっていた私が、どうしてもなじめなかったのが、人前でのお祈り。どうしてみんなあれだけ心のうちをべらべらと口に出して言えるんだろう。私なんかとても恥ずかしくてできない。キリスト教系のサークルや教会での集まりで、みんなで順繰りにお祈りする機会も多かったんだけど、祈れば祈るほど「適当に言っておけばいいや」と、ウソつきになってしまう自分に気がついて、教会とも縁遠くなってしまいました。そんなときに見つけて支えにしていたのが、{mat:6:7-13}のような「異邦人のように長々と祈るな。祈るときには主の祈り」だったんですけど、もう一つはコヘレトのこの言葉です。 > 7節(旧8節)からは富のむなしさ。お墓におカネは持って行けないっていう言葉がありますが、そのコヘレト版が{ecc:5:14}。人間は裸で生まれ、裸で死んでいくんです。 > 6章は今の話の続きといえます。どんなに財産を与えられ、地位を与えられても、病気になったり死んでしまったりすれば、結局その財産や地位を自分が享受することはできず、人のものになってしまいます。 > そして6章最後はまた、言葉が多ければむなしいことも多い、と、ふたたび言葉のむなしさ。 > > 結局言葉がむなしいというのも財産がむなしいというのも、神様の前では人は有限なものなのだということにつきています。どんな言葉を言っても人間は不完全なので実行できずに終わってしまったり、財産も使えずに寿命を終えてしまうということです。
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