ばべるばいぶる掲示板メールフォーム
真理子さんに以下のメールを送ります。
注意:
以下のフォームであなたの送信する内容およびあなたのメールアドレス、さらに送信先メールアドレスについて、管理者(真理子)は一切知ることができませんので、問い合わせにも答えられません。
あなたの書くメールアドレスは、相手に通知されます。ですから以後のやりとりをご希望の場合は、相手に返信を要請してください。
CLOSE
件名:
相手のお名前:真理子
相手のメールアドレス:秘密です。
今後相手との連絡をとりたい方は、メール本文内で相手に返信を促してください。
あなたのお名前:
メールアドレス:
上記メールアドレスに送信内容のコピーをメールする
内容:
真理子様 > ●使徒行伝11-12章 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=act&chapter=11&mode=0 > {act:11:28}に、預言者が預言したききんがクラウデオ帝のときに起こったとあります。このききん自体は特定できないようですが、クラウディウス帝の在位が41-54年。さらに、12章ではヘロデ王による迫害と王の死が語られており、このヘロデとはヘロデ・アグリッパ1世(実際には王ではありませんがユダヤ・サマリアなどの統治権があったのは41-44年)ですので、そのころの話ということになります。 > さて、今日のポイントはズバリ「クリスチャンの誕生」。つまりはキリスト教の誕生ということになります。{act:12:26}「このアンテオケで初めて、弟子たちがクリスチャンと呼ばれるようになった」をめぐって読んでみたいと思います。 > あれ、今までの話はキリスト教の話じゃなかったのでしょうか? > そういうことになります。 > キリスト教はある日突然できあがったのではなく、ユダヤ教の中の特異な派(ここでは便宜的にユダヤ教キリスト派と呼ぶことにします)が発展してできたものです。その発展が連続的であるために、どこからキリスト教なのかというのが非常に言いにくいのですが、せっかく聖書にこう書いてあるんですから、とりあえずここからということにしましょう。 > では、キリスト教と、ユダヤ教キリスト派との違いは何なのでしょうか。 > ズバリ、異邦人への伝道ということになります。 > 6章で、弟子たちが、ヘブライ語(実際にはアラム語)をしゃべる使徒を中心としたグループと、ギリシア語をしゃべるグループとに分かれてきたという話がありました。殉教者第一号のステパノはギリシア語派であり、このときに多数の弟子が迫害されますが、実はこれはみんなギリシア語派の弟子なのであり、ペテロなど使徒を中心とするアラム語派の弟子は無害だったんです。 > そしてこれら迫害されたギリシア語派の弟子のその後が今日の{act:11:19}にあります。彼らはピニケ(フェニキア)、クプロ(キプロス)、アンテオケなどさまざまな場所に行きましたが、そこにいるユダヤ人にしか宣教しません。ところがその中に、例外的にクプロ(キプロス)人やクレネ人がいて、彼らがユダヤ人以外のギリシア人に宣教して、異邦人信徒が増えたのです。こうした異邦人の多い教会がアンテオケに誕生、最初は例の、畑売り払いのバルナバが指導者として派遣されますが、手に余るようになり、サウロ(パウロ)を探し出して二人で指導します。 > このグループが「クリスチャン」と呼ばれるようになったというわけです。 > > 通俗的なキリスト教入門書には、パウロをもってキリスト教の開祖であると書くものがあります。高校の世界史や倫理の教科書、参考書類にもそういうものがあります。これに目くじらをたてて、パウロ一人が創始したのではなくほかにもキリスト教を作った人はいる、キリスト教の開祖は「教会」なんだ、ということを言う人がいます。 > ユダヤ教キリスト派がいつからキリスト教になったか、その発展が連続的であって区切りがないことにこだわってしまうと、「キリスト教はいつ生まれたかわからない」という物言いが正解になるでしょう。しかしそれは私に言わせればクソ正解であり、ハッキリいって誤答です。それでは、いつ生まれたかが本当にまるっきりわからないヒンドゥー教や神道との区別がつかなくなります。それらとは違い、キリスト教は「いつ生まれたかは厳密には言いにくいけどだいたいこのあたりから」という起源はあるんです。連続的で切れ目のないものを留保をつけてばっさりと切ってしまうということは、歴史学ではよくあることです。 > 同様に、パウロ以外にもさまざまな人がキリスト教の成立にかかわったことをとらえて、パウロを開祖とすることに異を唱える意見もあります。しかしこれも私に言わせればクソ正解・誤答です。キリスト教の成立、ユダヤ教との決別にパウロが一番大きくかかわったことはパウロの書簡によって明らかです。パウロだけじゃないんだよねという留保をつけて、とりあえずビッグネームとしてパウロをキリスト教の開祖と呼ぶのは、許される適切なデフォルメです。 > そう、デフォルメなんですよね。 > このところ私は、『ふしぎなキリスト教』の橋爪大三郎を批判し続けています。間違いの多い本を出しておきながら、私の本は学術書ではなくデフォルメであり、批判する人は読む点を間違えている、とうそぶいています(キリスト新聞10/15)。 > しかしデフォルメというのは、今日私が書いたような「パウロはキリスト教の開祖」みたいな書き方のことを言うんで、真実をえぐりだすためにあえて不正確な書き方をするというものです。カエルの心臓をいきなり見せつけられても、気味が悪いだけで何がなんだかわからない。それを、動脈を赤、静脈を青、単純なポンプのような形に図示することではじめてよくわかるのです。 > これに対して事実の間違いはデフォルメというには値しないし、えぐり出されたものが本質と違うものになってしまってはデフォルメではない。橋爪はそこのところをわかっていないようです。 > > さて、アラム語派の筆頭、使徒の筆頭、ペテロの話ですが…… > 実はペテロも10章で異邦人コルネリオとその近親者、周囲の人たちに宣教してるんで、そのことに対する弁明を11章前半でしています。もっともこれはアンテオケ教会のように組織的なものではなかったので、やっぱり「クリスチャン第一号」の称号はパウロ・バルナバの教会の信徒に与えられるものでしょう。そのペテロがヘロデ・アグリッパ1世に捕らえられ、主のみ使いによって助け出され、逆にヘロデが死んでしまうというエピソードが12章です。 > > ●スザンナ > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=dns&chapter=1&mode=0 > 正典では12章までしかないダニエル書は、前半6章まではおとぎ話のような奇跡物語などで楽しませてくれますが、後半はよくわからない黙示文学になってしまいます。それじゃ面白くないというのか、LXX(七十人訳ギリシア語訳聖書)およびヴルガタ(ラテン語聖書)では、ダニエルにまつわる「すざんな」「ベルと龍」の二つの物語を採録しています。なお、LXXではダニエル書と別扱いでダニエル書の前にスザンナ、後にベルと龍を独立しておさめているのに対し、ヴルガタではスザンナをダニエル書13章、ベルと龍をダニエル書14章としています。 > 水浴中の美女スザンナとエッチをしようとしたエロ長老2人は、拒否されて逆にスザンナを姦通の罪で告発、死刑になる寸前にダニエルが助けるという話。 > この話を描けば堂々と女性のヌードが描けるので、美術でもいろいろとりあげられています。 > http://artmight.com/jap/gallery/search/(keyword)/susanna > Googleの画像検索でSusannaを検索してみてください。 > 最近、陸山会と小沢一郎さんの裁判のあまりのひどさに、日本の司法は死んだと思っています。ダニエルさん助けて。
確認キー:
スパムメールに悪用されることを防ぐため、右に表示されている4桁の算用数字を入力してください。半角でも全角でも可、冒頭の0は省略できます。