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真理子様 > ●歴代誌下29-32章 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ch&chapter=29&mode=0 > 9.アハズ、ヒゼキヤ、マナセ、アモン > ヨシヤ、エホヤハズ、エホヤキム > エホヤキン、ゼデキヤと即位して > 南も滅んでしまったわ > > 南北の王名を覚える歌の最後の部分。今回はヒゼキヤですが、なんと32章まで延々と4章ぶんこの人の話が続きます。南北の王の治績をかけ足でおいかけてる列王記でも、18-20章まで3章ぶん費やしています。非常に重要な王様というわけです。なにしろ{2ki:18:5}によれば、「彼のあとにも彼の先にも、ユダのすべての王のうちに彼に及ぶ者はなかった」というくらいですから。 > 列王記のほうをかいつまんでいうと、 > ヒゼキヤの治世6年目にアッスリヤ(アッシリア)の王シャルマネセルがサマリアを落とし、北が滅びます。その後、アッスリヤの次の王セナケリブ(センナケリブ)がユダ王国を攻め、ヒゼキヤは大金を払いますが、アッスリヤは攻撃の手を休めません。ヒゼキヤがエジプトを頼りにして抵抗をしているからです。エルサレムを包囲したアッスリヤのラブシャケは投降を勧告(このときユダ王国側は、ヘブライ語で言うと民もわかっちゃうからアラム語で言え、なんていうお願いをしたりします)。ヒゼキヤは預言者イザヤに助けを依頼、お祈りをすると、主の御使いがアッスリヤの陣営で185000人も兵士を殺し(実際は疫病でも発生したのでしょうか?)、難を逃れます。ついでにセナケレブ王が謀反で殺されちゃうという落ちもつきます。 > ヒゼキヤは死ぬときもイザヤに助けを求めます。イザヤは難色を示しますが、その後イザヤに主の言葉が臨み、ヒゼキヤを助けよう、ついてはそのしるしに時間を戻らせよう、と言います。 > 列王記のほうはこの2つのエピソードしかありません。 > こんどは歴代誌のほうです。 > 29章。ヒゼキヤは即位するとさっそく(第一年の一月!)先代アハズ王がけがしてしまった神殿を浄化、神殿のいけにえが回復します。 > 30-31章。ついでヒゼキヤは過越祭を復興します。ユダのみならずイスラエルなどからも大勢の人が参加します。 > 32章。アッスリヤの攻撃の話と死に際してイザヤの助けを願う話。この章は上記の列王記の話と同じですが、日時計(時間)を戻らせた話はハッキリ書いていません。あと、治水工事をしたという話は歴代誌特有事項です。 > > ●エレミヤの手紙 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=let&chapter=1&mode=0 > ヴルガタ(ラテン語訳聖書)ではバルク書6章。バビロンに連行されていく民に対して、あっちには偶像が多いから気をつけろと警告したエレミヤの手紙という体裁で、偶像のむなしさを延々と説きます。要は、偶像なんて人間が作ったものに過ぎず、何もできないものなんだよ、ということ。 > 旧約聖書やクルアーンなどで展開されてるこの手の偶像批判ですけど、現代人にとっては逆にバカバカしすぎて批判になってないという気がします。いくら古代人だって、偶像に命があると思って祈っていたはずはありません。 > 仏教徒は仏像を拝むので偶像崇拝ってことになってるらしいですが、仏像が即仏様であるなんて思っていません。以前に韓国語の勉強で見た映画『達磨と遊ぼう』、ヤクザたちが山寺に逃げ込み僧侶たちといざこざを起こすのですが、やがて信仰心に目覚め、仏像の掃除を始める。ところが不注意で仏像をこわしてしまう。若い僧侶たちが「やっぱりあいつらを追い出せ」というのに対して住職が「お前たちは仏像に魂があると思ってるのか」とたしなめるシーンがありました。偶像崇拝者だってこのくらいのことは知ってます。偶像は目に見えない神など超自然的なものを目に見える形にしたシンボルにすぎないと思ってます。ただし、だから粗末に扱っていいというわけではなく、シンボルであるがゆえに丁寧に扱う必要はあるんですけど。 > 一万円札と同じ。これ自体はただの紙切れですけど、一万円という交換の機能を持つシンボルであり、紙切れだからといって粗雑に扱ってしまうとおカネに対してルーズになってしまうので丁寧に扱ったほうがいい、というようなものです。 > そんなわけでキリスト教では偶像は重要です。東では「立体的な像は禁止」ってことになってるみたいですが、西では立体的なものもOK。信仰に役立てています。
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