ばべるばいぶる掲示板メールフォーム
真理子さんに以下のメールを送ります。
注意:
以下のフォームであなたの送信する内容およびあなたのメールアドレス、さらに送信先メールアドレスについて、管理者(真理子)は一切知ることができませんので、問い合わせにも答えられません。
あなたの書くメールアドレスは、相手に通知されます。ですから以後のやりとりをご希望の場合は、相手に返信を要請してください。
CLOSE
件名:
相手のお名前:真理子
相手のメールアドレス:秘密です。
今後相手との連絡をとりたい方は、メール本文内で相手に返信を促してください。
あなたのお名前:
メールアドレス:
上記メールアドレスに送信内容のコピーをメールする
内容:
真理子様 > ●ヤコブ書1-3章 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jam&chapter=1&mode=0 > 今まで読んできた手紙はパウロの作ったもの。もちろん中には、現在の聖書学ではパウロ作でないとされるものも半数ほどありましたし、ヘブル書みたいに当初からパウロ作というのが疑われ続けてきたものもありましたが、そういうものも含めて何かしらパウロ作ということになっていたものでした。 > ここからは、100%パウロの作ではない手紙です。 > 「ここからは」と言いましたが、東方正教会では新約聖書の順序が違い、使徒行伝の次がヤコブの手紙で、ユダの手紙のあとにローマ人への手紙などパウロ作とされる手紙が来ます。パウロ作→非パウロ作が西方の流儀、非パウロ作→パウロ作が東方の流儀です。順番なんてどうでもいいじゃないかというかもしれませんが、パウロの活躍を記した使徒行伝のあとにパウロ作の手紙を読むと、パウロの偉大さがかなり強調されるのに対し、東方の流儀ではパウロの役割がかなり相対化されます。 > では西方も一枚岩かというとそうではありません。ルターが順序をいじくったのです。ルター訳聖書では新約の最後のほうは、1ヨハ→2ヨハ→3ヨハ→ヘブル→ヤコブ→ユダ→黙示録という順序になっています。最後の4書をルターが嫌ったのです。ルターは「聖書のみ」なんて言うくせに、けっこう聖書に批判的で、彼の考えでつまらない、くだらないとされる書を最後に持ってっちゃったのです。 > ヤコブ書をルターが嫌ったのは、ヘブル書と同じく、イエス様をあまりに強引に旧約の枠組みにあてはめてしまってちっとも福音的でないということです。ヘブル書は、11章がよく説教ネタになりますが、そこまではイエス様を大祭司としたいあまり、じゃなんでイエス様はレビ族じゃなくユダ族なのか、ユダ族から大祭司が出ていいのか、という、どーでもいい話を延々としていました。ヤコブ書は、律法重視、行い重視の姿勢が強すぎて({jam:2:24}みたいに)嫌ったみたいです。 > > ヤコブ書は、英語圏ではThe General Epistle of Jamesのように「ジェームズ書」になります。ヤコブがなんでジェームズになるのか、一応言語学的な発音変化で説明がつくらしいんですが、あまりに違うのでびっくりします。じゃ旧約に出てくるヤコブはというとJacobなので、英語では、旧約(新約で引用されたものも含む)=Jacob、新約=Jamesという使い分けがなされています。 > 来年度(本年12/12)の通読からは、ばべるばいぶるでサポートしているすべての書。イミタチオとかクルアーンとかモルモン経も読みます。モルモン経にはThe Book of Jacobっていうのがあるんですね。日本語ではモルモンのThe Book of Jacobを「ヤコブ書」と訳すのでたいへん紛らわしく、新約のほうを「新ヤコブ書」なんて言ってます。紛らわしい書名にしやがって、しかも聖書のほうを「新」とするなんてけしからん、と思いますけど、英語民にとってみれば、JacobとJamesは全然違うので、そんな意識はまるでないでしょう。 > > ●バルク書5章 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=bar&chapter=5&mode=0 > 最後はかなり短いですが、エルサレムに民が帰還して栄光が回復したさまを高らかに歌い上げて、バルク書は終了。もっともカトリックでは、あさって読む「エレミヤの手紙」をバルク書6章としています。
確認キー:
スパムメールに悪用されることを防ぐため、右に表示されている4桁の算用数字を入力してください。半角でも全角でも可、冒頭の0は省略できます。