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真理子様 > ●使徒7-8章 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=act&chapter=7&mode=0 > 殉教者第一号のステファノの話。ステファノの演説が長いのでポイントがわかりにくいですが、{act:7:48}にあるように神殿を否定していること、そしてイスラエルの民がモーセ以来預言者にたてついてきた、先日はイエス様を十字架につけ、今回は使徒たちを迫害するのか、というところがみんなを怒らせたんですね。 > ところで、ステファノに対して怒りを発した群衆はいったい何者なのでしょう。 > 前回6章冒頭では、弟子がギリシア語派とヘブライ語派(と書いてますが実はアラム語でしょう)に分かれてきたという話があり、ステパノはギリシア語派筆頭の弟子でした。 > そしてステファノを告発したのはギリシア語を話すユダヤ人だったのです。7章冒頭には大祭司が出て来ますが、彼はステファノ殺害には手を下していません。エルサレムの宗教当局者はステファノなんかどうでもよかったんです。 > 8章になると、ステファノの殉教のあとにエルサレムの教会に大迫害があって、「使徒以外の者はことごとく、ユダヤとサマリヤとの地方に散らされて行った。」({act:8:1})とあります。ということは、よく読んでください。「使徒は迫害を受けることなく無事だった」ってことなんですよ。使徒はアラム語派ですから。 > そんなわけでここまでは、ギリシア語派のユダヤ人の間の話だったのです。 > エルサレムはアラム語の町ですから、ギリシア語を話すユダヤ人というのはいろいろな地域からエルサレムにやってきた人たちです。しかも、神殿参拝のために一時的にやってきたのではなく、ここに住み着いているのです。どうしてかというと、この時代、「終末がせまっている、エルサレムにいたほうが救われやすい」という考え方があったのです。彼らはそういう、ちょっとイッちゃった人たちであり、普通のユダヤ人とは遊離した存在だったのです。 > > さて、ステファノなきあと、ギリシア語派の筆頭はフィリポ(ピリポ)になります。エルサレムを追われてサマリアに行って宣教して功績をあげます。12節には、男も女も信じて洗礼を受けたとありますね。 > そこでペテロとヨハネは重い腰をあげてサマリアに向かいます。 > どうしてでしょうか。フィリポが宣教しただけではダメなのでしょうか。 > ダメなんですよ。 > 16-17節には、フィリポの行った洗礼は主イエスの名によるものというだけで、聖霊は下ってなかった。聖霊を下すためにはペテロとヨハネが行かなきゃいけないみたいです。しかし、聖霊って本来の神様のものというか、三位一体ですから神様そのものじゃありませんか。それをペテロやヨハネが独占してるなんて! お前らそんなに偉いのか。5章のアナニヤ夫婦をポアした事件といい、やっぱりペテロは麻原彰晃化してますね。 > こんなふうに、使徒=アラム語派はエルサレムにとどまる一方、各地への宣教はギリシア語派によって行われた、ということをおさえておきましょう。 > > ●バルク書1章 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=bar&chapter=1&mode=0 > バルクというのはエレミヤ書32章以降に出てくる書記、いわばエレミヤの秘書として活躍した人です。バビロンに捕囚されたユダヤ人たちが、エルサレムに残っている人々に手紙を書き、わたしたちのかわりに祈ってくれ、という散文が{bar:3:8}まで。そしてその後は詩になっています。
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