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真理子様 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=120&mode=0 > 120編から134編までは「都もうでの歌」「都へ上る歌」などと訳されていますが、ヘブライ語ではשִׁיר הַמַּעֲלֹות、シール・ハマアロート。シールは「歌」、ハは定冠詞で、マアロートというのはעלה(アラハ。上る)の名詞形の複数にすぎません。だから「都」はないんですね。事実、新改訳でも「都上りの歌」と訳してるくせに、新聖書注解では「宮上りの歌」のほうが正しいなんて書いてます。さらには、これは都なり神殿なりに参詣するという意味ではなく、宮の階段を上りながら歌うのだとか(そしたらミサの昇階唱ですね)、内容的に前節の語句を尻取りのようにして発展していくのだとか、いろんな話があるみたいです。 > 私は昔から、「神殿を参詣するために都へ上る集団が歌う歌」、つまりはワーグナーの「タンホイザー」に出てくるような巡礼の合唱とか、「雪山賛歌」みたいなものだと思ってました。 > こういうときの歌は、聖なる目的のために非常に清らかな感じになり、詩編にありがちな敵への呪いみたいなものはあんまり出て来ません。だから安心して読むことができます。
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