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「新約聖書」とその時代@amazon >  足をいやされた男の件は、よく読むと、いろんな疑問がわいてきます。足をいやした話が3章なのに、途中の演説や拘留のシーンをはさんで{act:4:22}で思い出したように「この人は四十歳あまりの人だった」と出て来ます。あらまあ、この人はペテロやヨハネと一緒に一夜を明かした、つまり一緒につかまっちゃったんですね。 >  足を治してもらったんだからさっさと帰ればよかったのに、{act:3:11}のように二人につきまとっちゃったために、一緒につかまっちゃったわけです。 >  では、どうしてこの人は二人につきまとったのでしょう。 >  よく読むと、この人は「足を治してくれ」なんて一言もいってません。施しを乞うた、つまり「カネをくれ」と言ったのです。ところが二人は「おカネはない」と言って足を治しちゃうんですね。でもおカネがないなんてウソですね。教団はかなり裕福だったようですから。 >  これらの謎を明快に説いたのが加藤先生。 >  ズバリ、ペテロとヨハネは、やんなくていい余計なことをやっちゃったんですよ。彼を困らせるようなことを。 >  この人は足が治って、その瞬間はびっくりして神を賛美したのですが、たいへんなことに気づきます。もはやこの人は施しを受けることができなくなっちゃったんです。そりゃそうでしょう。歩けるようになっちゃったんですから。 >  最後の「40歳あまり」がここできいてきます。平均寿命の短かった昔のこと、この人は今でいったらもう55歳くらいでしょうか。いまさら職業訓練なんかできません。施しを受けられなくなって、どうやって生活しろっていうんでしょうか。 >  これが、彼が二人に長々とつきまとった理由です。 >  「足を治してくれてありがとう」じゃないんです。「余計なことをしやがって、どうしてくれるんだ」なんですよ。 >  最後は二人だけが教団に帰ったことになってますが、たぶんこの人を引き取らざるを得なかったんじゃないでしょうかね。 >  福音書を見ると、イエス様のいやしの話がいろいろ出て来ます。最初はすばらしいと思って読むんですけど、だんだんうざったくなってきませんか? まるで身体障害が罪であるかのように(当時の人たちの感覚は実際にそうだったんでしょうけどね)、そして、身体の障害が治れば万事解決したかのように記述する福音書は読んでて本当に腹がたちます。私はどうも神様の救いのリストには入ってないようですね。 >  これに痛快にパンチを浴びせてくれたのが、この使徒行伝3-4章なんですね。いやしゃいいってもんじゃないんです。いやしたらいやしたで、その後の生活も保障してあげなきゃダメなんですよ。人間は経済的な動物なんですから。 >  ともかく物事をリアルに読むこと、特におカネの話としてとらえることの大切さを、使徒行伝は教えてくれます。 > > ●シラ書45章 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=45&mode=0 >  モーセとアロンの話。モーセはともかく、アロンの祭服のきらびやかさをこれでもかこれでもかと強調するのが面白い。昔の人にとってきらびやかな祭服ってこういう意味があったのね。">