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真理子様 > [679]で紹介した山浦玄嗣先生のテレビ見ました。これ見たら新潮45は買う必要がないですね。そのくらい同じことを言ってました。 > それはそれとして、先生がテレビの中で気になることを言ってたので報告します。 > イエス様が十字架上で「わが神、わが神、なんぞ我を捨てたまふや(エリ、エリ、レマ、サバクタニ)」っていう絶望の言葉を言ったのについて、イエス様ともあろうお方が絶望するなんて、というので、いろいろな解釈が考えられてきました。その中でも有名なのは、これが実は詩編22編冒頭の句であることから、イエス様は詩編22編全体を言ったのだ、とするものです。それだと最後は神様への信頼で終わるので、決して絶望の言葉にならないというわけです。いろんな人がそういうことを言ってるんでしょうが、日本では遠藤周作さんが言ったのが有名になっちゃったんで、とりあえず遠藤説としておきます。 > これに対して毒舌家の田川建三先生は、遠藤周作さんに非常にお世話になったのに、批判すべきことは批判するんだとばかり、こんなのウソだとはっきり書いておられます。 > まぁ、ウソでしょう。イエス様はやっぱり絶望したんですよ。 > ところが、山浦先生は、イエスは詩編22編を全部言おうとして、最初の句だけで気絶しちゃったんだって言ってましたね。遠藤説をとっておられる。 > でも、山浦先生の場合、あれだけたいへんな震災を経たのに、天をうらんで「どうしてオレはこんな目にあわなきゃいけないのか」と言った人が一人もいない、という話の文脈で言っておられるので、単に「イエス様が絶望するのはおかしい」というコジツケというのではなく、もっと深い理由でおっしゃってるんでしょうね。だから今後は、むげにこの説を否定できなくなりましたわ。 > 人間、ものすごい苦しみにあったときは、不思議と絶望しないのかもしれません。
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