ばべるばいぶる掲示板メールフォーム
真理子さんに以下のメールを送ります。
注意:
以下のフォームであなたの送信する内容およびあなたのメールアドレス、さらに送信先メールアドレスについて、管理者(真理子)は一切知ることができませんので、問い合わせにも答えられません。
あなたの書くメールアドレスは、相手に通知されます。ですから以後のやりとりをご希望の場合は、相手に返信を要請してください。
CLOSE
件名:
相手のお名前:真理子
相手のメールアドレス:秘密です。
今後相手との連絡をとりたい方は、メール本文内で相手に返信を促してください。
あなたのお名前:
メールアドレス:
上記メールアドレスに送信内容のコピーをメールする
内容:
真理子様 > またまた『イエスはなぜわがままなのか』(岡野昌雄)で紹介されてるイエスの理不尽な言動に関する真理子の考え。 > マルコ14:18-21でイエスがユダをののしって「おまえなんか生まれてこなければよかった」いう言葉ですけど、これは真理子ととても共感できるわ。 > まずこの部分の核心、21節を正確に引用すると、 > > 人の子は、聖書に書いてあるとおりに、去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。生まれなかった方が、その者のためによかった。 > > 「ユダの裏切り→イエスの逮捕・刑死」はあらかじめ決められたシナリオ(聖書)どおりだっていうわけです。ユダが裏切ってこそイエスの死があり、イエスの死があればこそ復活があり救いがあるわけです。ユダがいなきゃ救いはないわけです。ユダはちゃんと重要な役割を果たしてくれたわけなんで、神様の決めたシナリオを忠実にこなした全人類の大恩人ってわけですね。 > それだけに、イエスがユダに対してののしっているのが不可解なんですけど……。 > でもよく読んでください。これ、ののしってるんじゃなくて、「ユダは不幸だ、ユダにとっては『自分が生まれなかったほうがよかった』」って言ってるんでしょ? > ユダは「イエスを裏切る者」として神様に創造されたわけですけど、ユダにとってはたまったもんじゃないですよね。自分は最初から「裏切り者、救われない者」として作られたってわかったら、とてつもない絶望をするしかない。それってとても不幸ですよね。 > キリスト教には予定調和説という考え方があって、私たちは素朴に「いいことをしたら神様は救ってくれる」と思うけど、そうじゃなくて、救われているかどうかは神様の一方的な意思なのであり、いいことをしたかどうかじゃない。救われているかどうかは実は天地創造の最初にもう決まっている。だから自分が「救われるリスト」に入っていなければ、何をやってもムダってわけです。まあ自分が救われるリストに入ってるかどうかはその日が来るまで絶対にわからないんで、人間としては、自分がリストに入ってるということを確信しつつ、一生懸命働いて「ああ、ああいう立派な人なら絶対にリストに入ってるだろうな」って誰からも思われるような人生を生きるってことになるんでしょうけど、はっきりと「リストに入ってない」ことがわかったらもう絶望ですよね。 > で、まさにユダはその絶望をしなければならない宿命におかれてるわけです。それが決められた使命とはいえ、イエスを裏切るわけですから、絶対に救われない。最初から「救われない者」として神様に決められちゃってるわけです。 > これってたまらないですよね。 > 神様に徹底していじめられたヨブが「わたしの生まれた日は消えうせよ」(ヨブ3:3)なんて言ってますけど、これってまさに「オレは生まれないほうがよかった」って意味でしょ? > ユダはまさにこのヨブのような「わたしの生まれた日は消えうせよ」という絶望をしなければならなかったわけです。 > そのことをイエスは言ってるんじゃないかしら。ユダの立場にたって、心から同情してる。だけど神様が決めたことだから、どうしようもない、と。
確認キー:
スパムメールに悪用されることを防ぐため、右に表示されている4桁の算用数字を入力してください。半角でも全角でも可、冒頭の0は省略できます。