ばべるばいぶる掲示板メールフォーム
真理子さんに以下のメールを送ります。
注意:
以下のフォームであなたの送信する内容およびあなたのメールアドレス、さらに送信先メールアドレスについて、管理者(真理子)は一切知ることができませんので、問い合わせにも答えられません。
あなたの書くメールアドレスは、相手に通知されます。ですから以後のやりとりをご希望の場合は、相手に返信を要請してください。
CLOSE
件名:
相手のお名前:真理子
相手のメールアドレス:秘密です。
今後相手との連絡をとりたい方は、メール本文内で相手に返信を促してください。
あなたのお名前:
メールアドレス:
上記メールアドレスに送信内容のコピーをメールする
内容:
真理子様 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=mat&chapter=17&mode=0 > > 例によって書きたいことはいろいろあるんですけど、何にしようかしら? > 18章の天国談義にしようかしら。天国では誰が一番えらいかっていうの。 > たぶん、そういう考えをしているようでは、その人は絶対に天国に入れない。 > いや、天国に入れたとしても、そこはその人にとっては天国ではなく地獄なんです。 > > たぶん、天国と地獄って、客観的にみればまったく同じところなんじゃないかって思います。 > そう思うようになったのは、宮田光雄『キリスト教と笑い』(岩波新書) > http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4004302196.html > を読んでから(これ、品切重版未定らしいわね。とってもいい本なのに。修道会にアップしてありますわよ。宮田光雄さんは岩波新書から面白い本をいろいろ出してますけど全部品切みたい。岩波はひどい本屋ね)。 > これの最初のほうに、こんなジョークが紹介されています。 > ある人が死んで天国(らしきところ)へ行く。最初は「酒はうまいしネエちゃんはキレイだ」と楽しい生活をしていたんですが、それにも慣れて退屈になっちゃって、天使たちのやってる仕事を手伝わせてほしいって志願する。ところが、彼の願いをなんでもかなえてくれた天使は「それだけは許されていません」と拒絶する。男が「オレの願いをかなえてくれないなんて。ここは天国だろ」と叫ぶと、天使は「あれ、お客様、ここをどこだと思ってらしたんですか?」 チャンチャン。 > そう。ここは実は地獄だったんですね。 > こんなふうに、天国と地獄っていうのは実は同じところであって、天国の生活に満足できない人にとってはそこは地獄にほかならない。つまりは天国とか地獄とかいうのはその人の気の持ちようだってわけですね。 > [456]でセンター試験が「神の国を精神的な出来事」だとしているのに疑問をさしはさみましたけど、実は私自身は、ホントにそうだと思ってるんです。そこが神の国になるか地獄になるかは、その人の精神しだい。 > こういうふうに思うのは、真理子が本心ではキリスト教の考えになじめず、むしろ大乗仏教的な、みんなが仏、煩悩即菩提みたいな考え方になじんでいるからかもしれません。気持ちの持ちようで、いまここが即神の国になるんです。 > > さて、そんな話を前提にしてマタイ18章を読むと、誰がえらいとか思ってるようじゃ天国には入れないってわけですね。 > 天国って救いのないところじゃないですか? だって、もう救われてるんですから。 > 救われたかどうかは単純に二分法なんで、5倍救われたとか10倍救われたってことはない。 > だから天国にいって、「ねえ、なんであいつがここに来てるの? あんな悪いことばかりしてたやつが。あいつがここに来れるんだったら、一生懸命教会の仕事に奉仕したわたしは、当然グリーン車、ファーストクラスよ」なんてことはないわけです。 > 12-14節には、99匹をほったらかして1匹を大切にする話、これはルカでは放蕩息子の話につながっていく話ですけど、こんなふうに神の国での発想は、「いいことをした人にもっともっと救いを」ではなく、「ホントなら救われないような人を救ってあげよう」なんで、それについてけない人は、天国にいてもフラストレーションがたまる一方。フラストレーションが永遠にたまり続けるんですから、まさに地獄なんでしょうね。
確認キー:
スパムメールに悪用されることを防ぐため、右に表示されている4桁の算用数字を入力してください。半角でも全角でも可、冒頭の0は省略できます。