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真理子様 > まだ年は明けてませんが元旦の通読箇所です。 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=mat&chapter=5&ruby=1&mode=0 > 非常に有名な山上の垂訓です。 > 「心の貧しい人」という訳が一般的ですけど、ふつう日本語でこう言ったら「偏狭な性格の人」ってことになっちゃって誤解されちゃいますよね。実は私も最初読んだときそう思いました。ホントは「心が満たされていない人」ってことなんですよね。 > この訳語は昔からそういう問題があることを指摘されてるのに、新共同訳でも直っていないのは、それなりに理由があります。イエス様のホントの言葉は、たぶん{luk:6:20}にあるとおり「心の」がなくて単に「貧しい人は幸いだ」なんですよね。そこをマタイは、何を思ったのか、「心の」をつけちゃって、経済的な問題じゃなく精神的な問題ってことにしちゃったわけです。こういう他の箇所とのつながりがあるんで、だからなかなか訳語を直せないってことがあるんだろうと思います。 > 口語訳と新共同訳の間に、ボツになった幻の「共同訳」っていうのがありまして、それだと「ただ神により頼む人々は」ってなってます。これはちょっとやりすぎ。 > 私がいいなと思うのは、ケセン語訳。山浦玄嗣(やまうら・はるつぐ)さんが岩手県大船渡地方の方言で訳したものです。独自のローマ字やヘンなカナで表現してるんですが、そこを普通に直して書くと、「頼りなく、望みなく、心細い人は幸せだ」です。ルカのほうは「幸せだぞ、乞食等(ほいたどう)」なんで全然関連を考えてないんですけど、一番わかりやすく力強い訳です。 > 修道会に登録してあるので、修道女・修道士の方はぜひケセン語訳でごらんください。ただホントは、本についてくるCDで聞くのがいいんですけどね。 > > 今日のところには「主の祈り」{mat:6:9-13}がありますが、ケセン語訳だと(より標準語に近いい形に改めましたけど)、 > > 天においでのお父様 > その名も高く、あっ尊とい! > お取り仕切りの来るように > お膝元でのそのように > 神様ぁ心ぁこの人の世に > ええあんばいどそのままなるように > 今日のまんまも食わせてくなはりゃんせ > 人のとがも許すから > おらぁとがも堪忍してくなはりゃんせ > おらぁ心ぁ闇に迷わねぇように > 災難、難儀の起きねぇように > > というふうに、調子よく訳しているのが面白いです。 > > 本年一年、ばべるばいぶるへのご愛顧、ありがとうございました。来年もどうぞよろしく。 > よいお年を。
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