ばべるばいぶる掲示板メールフォーム
真理子さんに以下のメールを送ります。
注意:
以下のフォームであなたの送信する内容およびあなたのメールアドレス、さらに送信先メールアドレスについて、管理者(真理子)は一切知ることができませんので、問い合わせにも答えられません。
あなたの書くメールアドレスは、相手に通知されます。ですから以後のやりとりをご希望の場合は、相手に返信を要請してください。
CLOSE
件名:
相手のお名前:真理子
相手のメールアドレス:秘密です。
今後相手との連絡をとりたい方は、メール本文内で相手に返信を促してください。
あなたのお名前:
メールアドレス:
上記メールアドレスに送信内容のコピーをメールする
内容:
真理子様 > http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4121020839.html > 「そんな歌、詠んだっけ? -柿本人麻呂(談)」という帯が気になって本屋で手に取ったら面白そうだったので買っちゃいました。私は帯ってすぐ捨てちゃうんですけど、帯も重要な情報よね。昔は図書館じゃ帯どころかカバーも捨ててましたけど最近はちゃんと保存する方向になってますものね。 > 万葉集は全部漢字で書かれていて、しかも「月かたぶきぬ→月西渡」みたいなアクロバティックな用字をすることが多く、ホントはどう読んでたかよくわからないところも多いんですよね。これだって「月かたぶけり」みたいにも読めるわけですし。 > そういうものについて、昔から学者がいろいろ考えてきたわけですが、当然ながら学問が未熟で間違った読み方をされたところもあり、しかもその説が流布して定着し、さらには一般語彙にまでなっちゃったものまである。言語って人々が普通に使っていくうちにおこる変化だけじゃなく、こんなふうに学問によって変化しちゃうこともあるんですね。 > そういう実例がいろいろあがってて、面白かったです。 > そのくらい、昔のもの、オリジナルのものを求めるのは大変なんですけど、「じゃオリジナルって何? オリジナルってホントにあるの?」っていう話まで考えてるのがこの本の面白いところでした。 > 聖書もそうですけど、昔は本を書き写すとき、間違いだと思ったらどんどん書き換えちゃって、しかもオリジナルをぽいぽい捨てたりした。今の私たちから見ればオリジナルへの冒涜みたいに思うけど、実はそれこそが自然な行為なんじゃないか。だって元の本の間違いを訂正した「決定版」が出来たんだから、元の間違った本は価値がないって思うのも自然なんじゃないか。 > たとえば、ある人が本を書いて、後に文庫版を出すときにいろいろ改訂するなんてことは、よくありますよね。そうするとより古い形が必ずしもオリジナルといえないんじゃないか。そもそも、オリジナルっていうのは虚構なんじゃないか。 > そういうことをいろいろ考えさせられる、いい本でした。 > > で、それからこの著者が気になって図書館に行ったら、『かなづかい入門』(平凡社新書) > http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4582854265.html > というのがあって、一部納得がいかないところがありますけど、仮名遣い問題の決定版みたいないい意見を書いているなと思いました。この話は改めて書きますね。 > > いま明治訳聖書を入力してて、仮名遣い問題にはとても関心があるもので。 > 上で書いた「アクロバティックな用字」ってことでいえば、いましがた入力した「沮喪す→きをおとす」{luk:18:1} なんていうのがすごかったですね。入力に使ってる国会図書館の本のPDFの文字がつぶれていて読めず、他の版本をいろいろ見てやっとつきとめました。 > 明治訳もルカの18章まで行きましたわ。 > http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=mj37&book=luk&chapter=18&ruby=1&mode=0
確認キー:
スパムメールに悪用されることを防ぐため、右に表示されている4桁の算用数字を入力してください。半角でも全角でも可、冒頭の0は省略できます。