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真理子様 > FEBC 12/3の「恵子の郵便ポスト」。神様が信じられない、祈れないという男性の手紙。吉崎恵子さんの応対でいいと思うんですけど、真理子はさらに進んで、「信じられないんなら信じようとしなければいい」「祈れないなら祈らなければいい」とまで言っちゃいますわ。本当に祈りたくなったときに祈ればいいのよ。そして、そういうときに祈る相手こそが、その人がホントに信じている神様よ。 > 真理子にとって「神様を信じる」っていうのは、「真理子の立場と意見」に書いたように、頭の中のソロバンをはじくソロバンの名人みたいなものです。このたとえ、イザヤ・ベンダサンの『日本人とユダヤ人』に出てきたたとえだったかしら。面白いんで拝借しちゃいますわ。 > 頭の中のソロバンをはじく人にとってソロバンは実在しているのであり、実在しているから「ソロバンの存在を信じる」なんて告白する必要すらないわけです。その人にとっては、頭の中のソロバンは生活の一部なのよね。 > だから、「我は天地の創り主、全能の父なる神を信ず」「我はその独り子、我等の主イエス・キリストを信ず」なんて言ってるうちは、本当に信じているのかどうかなんてわかったもんじゃない。真理子にいわせれば、窮地に立ったとき、たとえばお財布落としちゃったときとか、恐いおじさんに刃物をつきつけられたときとか、痴漢されてるときとかに、誰にどういうお祈りをするか、それでその人の信仰が分かると思うんですけどね。 > この意味で真理子は「ご利益宗教」とか「おまじない宗教」ってバカにしないわよ。困ったときに助けを乞うののどこが悪いの? 逆に、こういうときにこそその人のホンネの信仰がいやおうなくあらわれてくるって思うわ。
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