[ばべるばいぶる]

真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[838] 民数記13-16章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/15(月) 10:40:26 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=num&chapter=13&mode=0
 荒れ野をさまようイスラエルの民に最大の危機が訪れます。
 約束の土地を前にしたとはいえ、行けば自動的に自分たちのものになるわけじゃありません。戦って勝ち取らなきゃいけないわけです。現に別の人々が住んでるわけですからね。
 ついでながら、いまだに北方四島を返せって言ってる人いますけど(政府もそうか)、本気かしら。ロシア人が住んでるのに。彼らにとってもあそこは故郷、ほかに行くところなんかないんですけどね。本気で北方四島を返せっていうなら、ロシア語もOK、ロシアの医師免許も教員免許もOK、一国二制度で50年間はロシアの制度のままです。もちろん今いる人たちの権利はすべて保証しますみたいに、将来の展望を示さないと、黙ってどいてくれるはずなんかないんですけど、まあ、単一民族幻想を抱いて、日本国内には日本人しかいないみたいに思ってる人たちには無理よね。
 そんなわけでヤハウェさんもずいぶん無理なことをイスラエルの民に課してるわけです。
 だから民は動揺します。偵察メンバーのうち、ヨシュアとカレブを除く人たちは、「こりゃ無理だよ」とホントのことを言ったために疫病で死んでしまいます。
 そして罰として、四十年間荒れ野でさまよい、ヨシュアとカレブを除く現世代は一人も約束の地には入れず荒れ野で野垂れ死にすることになってしまいます。
 絶望して、強引に攻めちゃった人も滅ぼされちゃいます。
 そしてコラによる最大の反乱が起こりますが、神様が大地震を起こして地割れを起こし、コラの一族をのみこんでしまいます。
 なんかひどい話ですよね。神様の約束って、いつも、ただでは実現しないんだから。いいことをしてくれるかと思ったら必ず何か悪い代償があるんですよ。

[837] ロゴス・ミニストリー 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/14(日) 17:30:17 ここから閲覧

「聖書の学び」というところで、旧新約聖書が1章ずつ解説されてます。音声でも聞けます。
http://www.logos-ministries.org/j_frame.html

[836] 2テモ1-2章、シラ書28章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/14(日) 16:38:35 ここから閲覧

●2テモ1-2章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ti&chapter=1&mode=0
 テモテへの手紙にはもう一つあります。一応パウロが書いたことになっています。しかもパウロの受難と死(ってパウロがどんな死に方をしたのかよくわかってないんですけど)の直前、いわば遺言のようにとらえられてきた本です。これは内容が緊迫しているからでしょう。でも今ではニセモノという説が一番的です。ひょっとしたらパウロ晩年の手紙の断片あるいは言行をふまえて弟子の誰かが作ったのかもしれません。
 他の多くのカルト教団同様に、初期の教会はさまざまな考えの人がいて、パウロは教団外の敵ばかりかこういう教団内にも敵をかかえて劣勢でした。そんな中で弟子のテモテを力づけ、異端と戦え、と鼓舞しています。そんな内容ですから、いろいろな危機的な状況に際して教師や信徒を勇気付けるときに、ここはよく読まれます。

●シラ書28章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=28&mode=0
 後半は舌禍のおそろしさ。私も過激な発言が多いから気をつけなきゃ。

[835] Re:中国語 新訳本の改訂 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/13(土) 20:53:39 ここから閲覧

HK.J.さん、私のマイミクじゃないんで、日記までたどりつくのに苦労しました。って、そのくらい最近mixiのコミュニティ全然のぞいてないです。すみません。

[834] 中国語 新訳本の改訂 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/08/13(土) 19:09:52 ここから閲覧

MIXIの日記に、新訳本改訂のニュースを挙げておきました。いずれ、真理子さんのばべる・ばいぶるでも取り上げてもらいたいと思います。今年末には新約聖書部分が出版されるそうです。

ラザロ復活の件

旧約時代にYHWHさまは さんざん大量に人を死に追いやっていますよね。そういう「聖絶」された人々は、いずれ復活するんでしょうか? 死の苦しみ・痛みは、復活させてもらえれば、チャラになるんでしょうか?

そういう部分、新約のヨハネの記述にも発想の通じるものがあるように感じます。

[833] ヨハネ10-12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/13(土) 09:02:44 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=joh&chapter=10&mode=0
 11章は「ラザロのいやし」と呼ばれるところですけど、どこがいやしなもんですか。はっきりいって「ラザロ見殺し事件」じゃありませんの? イエス様のなさることとも思えない大スキャンダルでしょう。
 だって、ラザロが病気だという知らせを受けても、イエス様は急ぐ気配もなし、それどころか、わざわざ2日間待ってから出かけるんです。
 その2日の間に何か危険なことがあって行くことができなかったというわけじゃありません。現に、2日後に出かけようというと弟子は「危ないからやめましょう」とひきとめたほどです。
 そしてイエス様は弟子たちに、ラザロが死んだことをはっきりと宣言します。病気だという知らせは来たのに、死んだという知らせは来ていません。超能力で知ったのでしょうか。
 そしてラザロの埋葬後4日たってようやくイエス様は到着。マリアやマルタに「先生がいてくださったら助かったのに」と言われながらもラザロを復活させます。
 ではなぜイエス様はわざわざ時間稼ぎをしたのでしょうか。
 4節にハッキリ書いてます。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである」。また15節には「わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。あなたがたが信じるようになるためである」と。
 わかります?
 いくら神様イエス様でも絶対に不可能なのは、生きている人を復活させることです。復活という奇跡、いやさパフォーマンス、いやさ手品を演ずるためには、被験者に死んでもらうしかありません。しかも、死後すぐに復活させたのでは、実は死んでなかったのではないかという疑いが残ります。マコ5:22-43とかルカ7:11-17なんかはその類でしょう。だからわざわざ時間稼ぎをしたのです。ラザロが墓に葬られ、屍体が腐乱しかけたころを見計らって出かけ、復活パフォーマンスを演じたわけです。
 これってひどくないですか?
 生き返ったからそれで万々歳というわけじゃないでしょう。
 死に際してラザロが味わった苦痛、遺族たちの悲しみを、イエス様はどう考えているのでしょう。自分が復活パフォーマンスを演じたかったから、それで「神様ってすごいんだ」と神の栄光があらわされ、弟子たちが信ずるようになるために、わざわざこんなことをしたんですよ。
 今こんなことをお医者様がやったら、結果的に完治したとしても、絶対に訴訟ざたになるでしょう。
 私は、こんなイエス様を信ずる気にはとてもなれません。
 聖書無謬説を信ずる人は、このエピソードをどうとらえてるんでしょうか。一人ひとり聞いてまわりたいです。ちなみに福音派御用達の『新聖書注解』は、わざわざ遅れて行ったことを脳天気に認めています。バカか!

 前回言ったように、変態ヨハネは、自分の言いたい事を言うためにイエス様の言動をねじまげるくせがあります。実際には不慮の事態でイエス様は到着が遅れたんでしょうが、それをヨハネがねじまげて書いたんです。
 パウロにも自分の言いたい事のためにいろいろヘンな理屈をこねるクセがありますが、パウロのほうはまだナマイエスを知らないのでヘンな理屈だけですみます。しかしヨハネは、イエス様の言動をだしにして書いているので、余計に罪深いです。

 12章ではもうマリア(ラザロの姉妹)の香油大量消費事件ですね。他の福音書では過越祭の直前ですが、ヨハネでは6日前。他の福音書では2日前です。いずれにせよ、もうイエス様の受難は近いんですね。でもヨハネはここからが延々と長い。イエス様の大演説が17章まで続きます。

[832] ホセア8-14章、シラ27章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/12(金) 07:43:02 ここから閲覧

●ホセア8-14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=hos&chapter=8&mode=0
 何度も出てくるエフライムというのは、単にイスラエル12部族のうちの1つということではなく、北王国の代表的な部族ということです。イスラエルの民は今ではユダヤ人と呼ばれますが、これはユダ族を中心とする南王国のほうが残ってバビロン捕囚を経ても他民族と同化しなかったため、実質的にイスラエルの民といえばユダ族ということになったからです。実際、イスラエルの民全体を指すいいかたとしてのユダヤ人という言葉は、エズラ記4章が初出です。だからもし、北と南の運命が逆転していたら、いまごろはユダヤ人じゃなくエフライム人と呼ばれていたかもしれません。
 前回ホセアは、娼婦あがりの子持ち女と結婚した経験を、不義の民を神がゆるす話にしていますが、今回11章では、親子の関係になぞらえています。一般に神様は不義の民を本当に滅ぼしてしまうこわい存在ということになっていますが、ホセ11:8のように、実は神様はけっして民を捨て去ることができないんです。

●シラ書27章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=27&mode=0
 26章の最後で突然お金もうけの話になったと思ったら、その話が3節まで続いてますね。章の切り方がなんかおかしいわ。
 一般にはユダヤ人というのは金融をこととする民というイメージがありますが、それは中世ヨーロッパで彼らがそれしかできなかったという歴史を経ての話で、もともとは商売に対して決して積極的な思想をもってたわけじゃないです。まだイスラム教のクルアーンのほうが、商売の話がいっぱいでてくるほどですね。
 金持ちのユダヤ人というのもごく一部の人の話で、一般のユダヤ人はドジでマヌケで貧しいお人よしというのが、アメリカのユダヤ文学のメインカラーです。なんか最近Twitterではフジテレビ攻撃にからんで韓国に対する排外的なつぶやきが多いですけど、ソフトバンクの孫さんが大もうけしてるとか、パチンコ屋やってる在日が大もうけしてるなんていうのはごくごく一部の話。一般の人の話ってなかなか報道されないですからね。こういうところこそ文学の出番。本来は映画やドラマやマンガもそういうふつうの人の姿を描くのに役立つはずなんだけど、ドラマはドラマで、普通じゃない生活を描いてますからね。韓流ドラマに描かれているような生活を一般の韓国人がしてると思ったら大間違いです。田園都市線沿線に住んでる私たち夫婦が、「金曜日の妻たちへ」(古い!)のような生活をしてると思ったら大間違いというのと同じ。

[831] 箴言20-21章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/11(木) 16:46:08 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=pro&chapter=20&mode=0
 内容的にまとまりのないところなので、私もまとまりなく書きます。

箴21:9
争いを好む女と一緒に家におるよりは屋根のすみにおるほうがよい。
箴21:19
争い怒る女と共におるよりは、荒野に住むほうがましだ。

 同じようなことわざがちょっと離れたところにあるっていうのがとても不思議。一つにまとめちゃえばいいのに。ずいぶん離れた章にあるなら、うっかりしたってこともあるけど、同じ章の10節次に出てくるのっていうのが不思議です。

箴21:18
悪しき者は正しい者のあがないとなり、不信実な者は正しい人に代る。
 例によって「あがなう」というわかりにくい語が使われてます。新共同訳も「神に逆らう者は神に従う人の代償とされ」とか、新改訳の「悪者が正しい人のための身代金となり」ならまだわかりやすいんですけど、そもそもこういう発想が私たちにないんでわかりにくいんでしょうか。
 実際には「最後の審判のときに正しい人は救われ、悪い人はさばかれて滅びる」ってことなんでしょうけど、それを「正しい人を救ってもらうためには、神様にお金を払わなければならない。そのお金として悪い人が使われる」ってことなんでしょうね。神様、こいつを煮て食おうと焼いて食おうと勝手ですから、そのかわりに正しい人を救ってください、みたいな。
 ともあれ「あがなう」という言葉は、聖書(特に昔の口語訳)にはいっぱい出て着ますけど、わかりにくいので思い切って意訳するようにしたいものです。

[830] 詩編102-104編、シラ26章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/10(水) 09:43:31 ここから閲覧

●詩編102-104編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=102&mode=0
 103、104、どちらも「わがたましいよ、主をほめよ。」で始まる似たような詩ですが、交読文にもどちらも入ってますね。神の賛美というのは詩編の原点ですから。

●シラ26章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=26&mode=0
前章にひきつづきまたも女性論。勝手なことを言ってるわという気もしますが、いいことも言ってますわね。あなた、「よい妻を持った夫は幸せだ。彼の寿命は二倍になるだろう。」て、1節と26節と、2回も言ってますわよ。え、お前のせいで精力を全部吸い取られてるって?
 精力といえば、19-21節ってスゴいですね。外典とはいえ聖書の言葉とは思えませんわ。女体を土地にたとえて「たねを植える」っていうのは、よくある比喩ですけどね。
 それから12節。新共同訳の「男と見ればだれにでも身を任せ、矢筒を開いて矢を入れる。」っていうの、口語訳聖書につけた「真理子のおまけ」では、原文に即してもっと露骨に訳しておきましたわ。男性器を釘とか矢とかに比喩してるんです。

[829] 歴代誌上15-19章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/09(火) 10:01:35 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ch&chapter=15&mode=0

 ダビデ王の話が続きます。
 15-16章は神の契約の箱、私がふざけて「移動式原発」と呼んでるものの話です。サムエル記ではサム下6に相当します。
 前回13章で見たように、原発事故が起こりまして、ウザが大量被曝して死んじゃう。そこでダビデは「原発に依存しないイスラエルを目指」して、六ヶ所村ならぬオベド・エドムという辺地に置いといた。ところがオベド・エドムが原発で潤っちゃったんで、ついにダビデは都に原発を迎え入れたということになっています。
 この経緯をサムエルでは6章でまとめて簡潔に描いているのに対し、歴のほうは原発推進派が書いたようで、祭司とレビ族にしっかり準備をさせて都に迎え入れ、大規模なお祭りをしたということを長々と書いています。
 そしてダビデは、原発のための設備をしっかり作ろう、つまり神殿を作ろうと計画するんですが、神様のお言葉で、それは次の世代つまりソロモン王のときにということになります(17章)。
 あとはダビデが周辺諸国と戦い勝利する話。
 ダビデの話がまだ続くのですが、サムエル記にあったスキャンダル、つまりバト・シェバとの不倫だの、アブサロムの反乱だのは、歴のほうではすっかりカットされています。
 こうしてみると歴は体制礼賛的といえますね。

[828] 立秋は今日からですね 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/08(月) 10:55:41 ここから閲覧

 立秋の計算を1日間違えました。本当は今日からですね。

 「暦の上ではもう秋なのにまだ暑い」というのがこの時期の天気予報の恒例のあいさつですけど、昔の中国人は、気温がある程度下がったから秋というふうに判断したのではなく、暑さの極値で、もうこれ以上は暑くならず、だんだん気温が下がっていくという点から秋という考え方をしたのです。気温の変化をサインカーブだとすると、それを一回微分した関数で判断したということでしょうか。
 でも今年は半月から1ヶ月くらい季節が早く来ている感じ。梅雨入りも梅雨明けもやたら早かったですよね。6月下旬ごろやたらに暑かったので、さぞや今年は暑くなるかと思ったら、それっきり涼しくなってきている気がします。

[827] 民数記9-12章、シラ書25章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/08(月) 10:49:00 ここから閲覧

●民数記9-12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=num&chapter=9&mode=0
 苦難の旅に疲れ果てた民は、モーセに不平を言い始めます。それは今に始まったことではなく、出エジプト記あたりからいろいろあったのですが、民数記になるとその対立はかなり激しいものになってきます。
 それに対する神様のしうちは、ひどすぎるとしか思えません。
 11章冒頭で神様は、雷でも落としたんでしょうか、宿営に火事を起こします。その理由ははっきり書いておらず、単にぶつくさ不平を言ったからとしか思えません。
 そして民は、マナなんか食べ飽きたから肉を食べたいと言います。神様は「じゃ一ヶ月、飽きるほど肉を食べさせてやろう」というのですが、さすがのモーセも「男だけで60万人もいるのにそんなことができるはずがない」と言います。モーセは神と民との板ばさみにあって苦しんでいるんです。中間管理職のみなさんはこういう苦しみは身につまされるんじゃないでしょうか。
 で、神様はたしかにうずらを山ほど落とすのですが、民がそれを食べつくさないうちに疫病をはやらせて大量の死者を出します。なんだかなぁ。

 12章は、モーセがクシュ人の女を妻にしていることをアロンとミリアムが非難。神様はミリアムをらい病にしてしまうという話です。
 クシュというのは一般にはエチオピア地方をさすようですが、この話は出2:21にありますように、モーセが若いときにエジプト人を殺し、ミデアン地方に逃げたときに、そこの祭司ウリエルの7人の娘のうちのチッポラと結婚したという話をふまえているのでしょう。
 私がたびたび言及しているフロイトの「モーセ・エジプト人説」は、モーセが実はエジプト人で、エジプトに起こって絶滅しかかった一神教を伝えるために、奴隷として酷使されていたイスラエルの民を選び出し、東方に移住させて一神教に基づく理想国家を作ろうとしたという話ですけど、この説にはもう一つポイントがあって、モーセの一神教の神様がそのまま後のイスラエルの神様になったのではなく、ミデアン地方の火の神様と混淆したという話です。モーセの妻がミデアン人であるという話は、ヤハウェ神さんの故郷が実はミデアンだったという痕跡なのでしょう。

●シラ書25章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=25&mode=0
 ここは女への悪口がさんざん書いてありますね。
 しかも言うに事欠いて、シラ25:24「罪の根源は女にある。女のせいでわれわれはみな死ぬ運命になったのだ。」ですって。これはエデンの園で、まず女がへびにだまされ、そして男が女にそそのかされたという話ですけど、創3:12の「女があの実をとってくれたから私は食べただけだ」という言い訳をして以来、男というのはちっとも進歩がないみたいですね。誤った認識を男に植え付けたという意味では、創世記は実に罪深い本です。

[826] 1テモ4-6章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/07(日) 09:52:22 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ti&chapter=4&mode=0

 今日のところも具体的な生活指導が多く、難しいごまかししか書かない本家パウロの手紙にくらべてとてもわかりやすいんですけど、それだけに要注意。わかりやすいってことは、ごまかしがきかないってことでもありますからね。生活指導っていうのは時代や地域の状況に即したものが多くて、普遍的なものにならないんです。
 たとえば、よく引き合いに出される一テモ5:23
(これからは、水ばかりを飲まないで、胃のため、また、たびたびのいたみを和らげるために、少量のぶどう酒を用いなさい。)
 口語訳ではなぜか意味不明の( )でくくられてますが、別に後世の付加ではありません。これを文字通り受け取ってしまって、水を飲まずに枯渇して死んでしまう狂信的クリスチャンが現れないように予防してるんでしょうか。
 そもそも「水ばかり飲まないで」は意図的な誤訳。青野太潮さんが『どう読むか、聖書』(朝日選書)の中で指摘しています。原文は(アクセント記号は文字化けの原因になるので除きます)μηκετι υδροποτει,
みなさん http://www.babelbible.net/bagster/bagster.cgi を使いましょうね。
μηκετιは「決して~ない」、υδροποτειはυδροποτεωの2人称単数命令形で「水を飲む(人である)」。どこにも「ばかり」がありません。
 世界には水が飲めない地域はうじゃうじゃあり、たとえ未成年であっても、ぶどう酒やビールを飲まなきゃいけないところもあるのです。お茶やコーヒーのような飲料は、飲めない水をどうやって飲めるようにするかという苦労の末に生まれたものです。そういう地域の生活指導としては当然「水を飲むな」になるんですけど、これがひとたび聖書になってしまうと、狂信者が本当に水を飲まなくなったら困るっていう配慮をしなくちゃいけなくなるんですね。
 つい先日は逆に、Twitter上で、実は聖書のいうぶどう酒はノンアルコールなんだという珍説を開陳している狂信者の方を拝見しました。まあ、私たちの意味するようなアルコール飲料(成人が酔うために飲む)としての意味あいではないという意味なら正しいんですけど、酒を禁止してる教派の人にとっては、ここは大問題なんでしょうね。

 5章はまた「若いやもめ」批判。これは前回書いたので省略します。

 6章冒頭の「くびきの下にある奴隷はすべて、自分の主人を、真に尊敬すべき者として仰ぐべきである。それは、神の御名と教とが、そしりを受けないためである。」っていうのは、アメリカでは奴隷制度の維持に悪用されました。黒人奴隷たちに「ほうら聖書にこう書いてるだろう」なんて言うわけですね。体制側はえてしてキリスト教を自分の都合のよいようにねじまげるし、キリスト教の側もえてしてこういう体制側の肩を持っちゃうんですね。アメリカの黒人の間にイスラム教が広まったのは、もともと祖先の宗教だったというだけじゃなく、キリスト教が自分たちの味方になってくれなかったからという面もあるんです。

[825] 罪のない者がまず石を投げよ 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/07(日) 03:59:35 ここから閲覧

 今日は立秋、今日から秋ですんで壁紙の色も秋色になりました。
 あれ、昨日菅直人さんは脱原発を言ったんですか? 私の耳ではあんまりはっきり聞こえなかった、というか、あの程度では脱原発って言えないような気がするんですけど、またしても(不信任案のときに退陣を言ってないのに「退陣を」と報じたような)新聞の誤報でしょうか。

 さて、「罪のない者がまず石を投げよ」ですけど、これは読者のみなさんが「娼婦っていうのは石打刑にするほどの罪びとと言えない」というふうに、娼婦に対して感情移入ができるから成り立つ話なんで、そうでなければ、あらゆる悪徳に対する懲罰を無力化してしまう危ない話だと言えるんじゃないでしょうか。
 「姦淫の女」のところに「カンニング学生」「駐車違反者」「万引き犯」「強盗犯」「レイプ魔」などいろいろ代入していけば、そのことがよくわかります。
 とすると私たちは、売春っていうのはたいした罪じゃないし、むしろ売春をしなければ生きていけない女性をかわいそうと思ってる、悪いのは社会や女を買う男って思ってるってことなんでしょうか。
 ヨハネ8章は人気のある箇所でしょうが、「罪なき者が石を投げよ」という論理は、非常に限定された状況でなければ成立しないってことを知りながら読むべきところだと思います。

 ついでに売春の話。
 かねがね書いておりますように、私自身は売春肯定、少なくとも否定はしません。人間の性の非常に根深いところに根拠を持つ商売で、どんな社会にもなんらかの形で必ず存在するものなので、法律や道徳で禁止しても無理なんじゃないかと思います。
 まして多くの日本人のように、「人に迷惑をかけない」ことを唯一の倫理基準としていると、売春っていうのは誰にも迷惑をかけていないので、禁止する根拠がありません。援助交際をする少女を大人が叱ることができるのかっていうのが、宮台真司先生が問いかけたことなんじゃないでしょうか。
 先日書いた近親相姦と同様に、売春を否定するなら「ダメなものはダメ」ということで否定しなきゃいけないし、それでも破る人は多い。少なくとも近親相姦よりははるかに破る人が多いんじゃないでしょうか。

[824] ヨハネ7-9章、シラ24章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/06(土) 10:15:13 ここから閲覧

●ヨハネ7-9章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=joh&chapter=7&mode=0
 8章の「罪のない者がまずこの姦淫の女に石を投げよ」という話は、ヨハネの中で一番人気のある美しい話ですけどねぇ……。
 はっきり言いますがヨハネはイカレたトンデモ野郎です。そんなヨハネが描くイエス様はやっぱり大変態の大馬鹿野郎です。マリア様に対して「婦人よ、それがおいらと何の関係があるんだよ」と毒づく大罰当たり者だったじゃありませんか(ヨハ2:4)。
 今日のところは何? 生まれつきの盲人を見たら「この男が盲人になった理由は、神のみわざが現れるため」ですって(ヨハ9:3)。
 わかります、これ?
 いくらヤハウェ神さんやイエスさんが全知全能でも、最初から眼の見える人の眼を見えるようにすることなんてできません。眼を治すという奇跡という名のパフォーマンスを演ずるためには、盲人が必要なわけです。「おいらが奇跡という手品を演ずるために、こいつは盲人になったんだ」って言ってるんですよ。とんでもない大馬鹿野郎ですよね。
 こんな大馬鹿ヨハネの描く大馬鹿イエスの奇跡をありがたがってるクリスチャンはみんな大馬鹿です。説教の中でヨハネ9章をほめる人を私は信用しませんのよ。
 まあ、このくらいのことで怒っていては、とてもヨハネ福音書なんて読めません。来週はもっとトンデモナイ話が出てきますのよ。名づけて「ラザロ見殺し事件」です。また来週言いますわ。
 こんなふうに、ヨハネは自分の言いたい哲学のためにイエス様の行状をねじまげて描くクセがあります。まあそんなもんだと思ってください。

 そんなヨハネですから、「罪のない者がまずこの姦淫の女に石を投げよ」なんて美しい話を描くはずがないんです。
 はっきり言ってここは後世の付加です。ヨハネを書き写してたある修道士が、自分の聞いた美しいエピソードをちょこちょことメモしたら、次に書き写した人がそれを本文だと勘違いして、本文にまぎれこんじゃったみたいです。

 しかし思うんですけど、この話ってそんなに美しいですかね?
 先日Twitterで、これを原発にあてはめてた人がいましたわよ。

@SekiyaHiroshi 2011/8/5
ああそうか。今の状況って、まさに新約聖書のヨハネ8章にある「姦淫の女」のエピソードにそっくりなんだ。姦淫の女=事故を起こした原発、と考えればしっくりくる。だからこそ、原発をやたら叩きまくる連中に対して違和感を覚えるんだろうな。罪なき者がまず石を投げよ。

 著作者人格権を尊重してちゃんとアカウント入りで引用してあげましたわ。
 こういうふうに使われると、この美しい話もとってもまがまがしくなりますよね。濫用厳禁よ。
 じゃこの「罪なき者がまず石を投げよ」という論法は、どういう場面で私たちの心を打ち、どういう場面でまがまがしく響くんでしょうか?
 みなさん、これはちょっと宿題にしますから(実は私も整理がついてないんで)、今日一日じっくり考えてみましょう。

 菅直人も松井広島市長も脱原発をうたえなかった情けない原爆の日に。真理子。

●シラ書24章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=sir&chapter=24&mode=0
 知恵を擬人化して賛美しています。ヨハネの描くイエス様も、アブラハムの生まれる前からいた(ヨハ8:58)んだそうですが、シラ書の描く知恵も、この世が始まる前に創造され、永遠に存続する(シラ24:9)ものだそうです。

[823] ホセア書1-7章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/05(金) 09:56:59 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=hos&chapter=1&mode=0
 金曜日は預言書を読んできました。ここからしばらくは「十二小預言書」です。それで旧約聖書はおしまいになるはずですが、当サイトで採用している通読表では、11月あたりで終わってしまいます。あと5週ぶんあまっちゃうので、新約聖書のヨハネ黙示録を金曜日に読むというスケジュールになっています。
 十二小預言書はともかく書名を覚えてください。聖書の書名を覚える歌などで覚えちゃってください。
http://www.babelbible.net/mariko/bib.cgi?doc=song&course=bib
 この歌の2番
  2.イザヤ、エレ、哀、エゼ、ダニエル
  ホセア、ヨエ、アモ、オバ、ヨナ、ミ
  ナホム、ハバクク、ゼファニア書
  ハガ、ゼカ、マラキで39
のうち、ホセア以後が十二小預言書。これはだいたい時代順になっていまして、おおざっぱに言うと、ホセアからミつまりミカまでが南北王朝並立時期、ナホム~ゼファニアが北王朝滅亡後のアッシリア末期、ハガ~マラキが新バビロニア期になっています。
 ホセア書の冒頭には「ユダヤの王ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの世、イスラエルの王ヨアシの子ヤラベアムの世に、ベエリの子ホセアに臨んだ主の言葉」ホセ1:1とあります。もうみなさんは、[787]で紹介した「南北の王を覚える歌」を覚えましたでしょうか。それの7番
  7.南はアマジア、次ウジヤ
  病気でヨタムに交代す
  北はヤラベアム、次ヨタム
  おんなじ名前になっちゃった
のころになります。次の8番で北が滅びますので、北末期の北のヤラベアム(2世)の時期ということになります。
 ウジヤ王というのが預言者イザヤ(第一)の時代ですから、ホセアは第一イザヤと同時代ということになりますね。

 さて、ホセア書は1-3章とそれ以後とが大きく異なります。以前はイザヤ書同様に第一ホセア、第二ホセアと言っていたこともあるようですが、現在では同一著者というのが定説になっています。
 その1-3章。神様の命令によってホセアはゴメルという娘と結婚するんですが、この女が淫行の女であり、しかも子持ちだったんですね。性道徳が厳格だった時代のクリスチャンたちは「神様がそんな女と結婚しろと言うなんて」と、ここを象徴のように読んでいたようですけど、今ならそういうバツイチ(ニ、サン…?)の子持ちの女と結婚するなんてそう珍しいことでもありませんし、普通に読めばいいんじゃないでしょうか。ともあれホセアはそういう過去を持つ女と結婚することによって、背信のイスラエルの民を神がさばく一方でお許しになり再出発できるのだということを説きます。このように神の愛を夫婦関係になぞらえて説くのがホセアの特徴です。

[822] Bagster/Thayer Greek Lexicon 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/04(木) 23:02:43 ここから閲覧

 新約聖書ギリシア語語彙集として、Bagster : Analytical Greek LexiconおよびThayer's Greek-English Lexicon of the New Testamentの2書を一挙公開します。
http://www.babelbible.net/bagster/bagster.cgi
 どっちか一方にしぼってもよかったんですが、両方捨てがたかったので。
 Bagsterのほうは、登場するすべての変化形が見出し語になっているのが便利なんですが、説明が簡潔すぎ。Thayerは語の説明が詳しいんですけど、変化形が見出しになっていなくて引きにくい(巻末に索引はありますけどね)。
 そこで、Bagsterでひいて、もう少し詳しく説明を見たいときにThayerを見る、という便利な使い方ができるページにしあげました。

 どちらも紙媒体で持ってるんですけど、実はInternet Archive http://www.archive.org で両方ともPDF化されていて、画像データはここから持ってきました。
 Internet Archiveはいいですね。画像がきれいなんで、こんなふうにPDFをjpegに変換してそのまま使えます。国立国会図書館の近代デジタルライブラリーとは大違い。あそこは10ページずつしかダウンロードできないというほとんどいじめのような仕様。そのくせ画像がひどすぎて、ちょっとでも画像変換ソフトにかけるとまるきり判読不能。だから面倒でも1ページ1ページPDFとしてダウンロードして、それを無修正で表示してはじめて、やっと見られるという状況。これじゃデジタル粗大ゴミです。

[821] ドイツ気象庁の放射能拡散予報終了 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/04(木) 13:54:32 ここから閲覧

 この掲示板の左上にリンクしていた、ドイツ気象庁の放射能拡散予報が終了しましたので、ユニクロの女の子たちの踊りUNIQLOCKに戻します。でもフクシマは決して終わったわけではないのよ。

[820] 箴言19章、シラ23章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/04(木) 13:24:21 ここから閲覧

●箴言19章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=pro&chapter=19&mode=0
 なんか今朝は一昨日の衛星放送でやってた原爆=原発史観をまとめるのにかまけて、聖書通読を忘れてましたわ。1節「正しく歩む貧しい者は、曲ったことを言う愚かな者にまさる」。そう。これからは貧しくてもかまわないから、正しく歩みましょう。

●シラ23章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=23&mode=0
 言葉遣いに関する話。13節「みだらで下品な言葉を口にするな。そういう言葉は罪である」。あらまあ、これは耳が痛いわ。でもね、下品な言葉でしか表現できないことってあるのよ。先日は「石女」という言葉を使ったのである方からご指摘をいただきました。その後たぶん意図は理解していただけたものと思っておりますが、聖書による差別の不当さを強調するには、こういう激烈な言葉を使わなきゃいけないことだってあるんです。

[819] 詩編99-101編 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/03(水) 11:02:31 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=99&mode=0
 今日の3つは短くていいですね。
 どれも有名ですけど、特に100編は、交読文にも入っていて有名です。
 日本には昔から叙事詩のような長い詩というのが発達しなかったので、こういう短い詩こそ詩らしいという感じがします。

 ところで思うんですが、詩編の中でも119編のような猛烈に長い詩とか、ヨブ記や預言書の多くのように詩の形で書かれた文書を、原文の改行位置を守って訳さなきゃいけないっていう発想はヤメにしましょう。これはかねがね主人が言ってるんですけど、インドのマハーバーラタというとてつもなく長い詩があって、これを上村勝彦先生という方がちくま学芸文庫で訳して、その途中で若くしてお亡くなりになったので未完のままになってます。この先生の訳し方って、完全に散文として訳してるんですね。いちいち改行するよりそのほうが読みやすい。どうせ原文の韻律なんて訳では表現できないんですから。
 それから、これはギリシアの叙事詩なんかでもそうですけど、同じ人のことをいろんな表現で呼ぶことがあります。たとえば王様に対する長い長いセリフの中で「大王よ」「敵を苦しめる王よ」「クルの息子よ」「バーンドゥ王の子よ」「バーラタよ」みたいに、目の前の王様に対していろんな呼びかけの仕方をしたりします。これは韻律あわせなんですね。意味なんかないんです。だって目の前の王様に言ってるんですから。インドの詩は、音節の数とか長短とかが決まってる。それを守るためにこういう無意味な語句を挿入するんですね。そういうのを上村先生は全部省略しちゃう。あるいは、「アルジュナよ」じゃなく「カウンテヤーよ(同一人物の別名)」となってても、「アルジュナよ」に統一しちゃう。これって超訳なんでしょうけど、そのほうが読みやすいんですね。
 そんなわけで、聖書の長い詩も、そういう超訳をしてくれれば、もう少し読みやすいんじゃないかって思うことがあります。
 ともあれ、短い詩は最高ですわ。

[818] 歴代誌上10-14章、シラ22章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/02(火) 13:20:40 ここから閲覧

●歴代誌上10-14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ch&chapter=10&mode=0
 最初から最後まで系図と名簿だけで終わるのではないかという感のあった歴代誌も、10章になるといきなり、どこかで読んだ話になりました。そう、ここからはサムエル記~列王記の話と共通するものが多くなります。
 たとえば13章、契約の箱に触れたウザを神様が殺してしまう話は、サムエル記下6章にありました。やっぱりこの契約の箱っていうのは原発だったのかしらね。
 ですが、歴代誌を読むコツは、「書かれていないものを読む」こと。つまり、サムエル記や列王記に書いてあるのに歴代誌に書かれていない記事をリストアップしていくことです。そのことで、歴代誌の特徴が見えてくるのです。
 逆に、歴代誌にあるのに、サムエル記や列王記に書いてないものを探していくのも大事です。
 しかし、書いてあるものを読むだけでも大変なのに、書いてないものを読むというのは大変ですね。
 「そんなの、引照つき聖書なら簡単じゃん。聖書本文を読みながら、引照欄が真っ白けになってるところを探せばいい」と思うかもしれませんが、引照はけっこう細かいレベルでつけてあるので、全体としてそのエピソードが書かれていなくても、人名や地名が出てくるだけでも引照が書かれちゃうことが多いので、けっこう大変です。やってみればすぐわかります。
 新聖書注解(修道士の皆様は読めますよ)には、「サムエル記、列王記、歴代誌対照表」があるので、「あ、ここがどかんと抜けている」というところが、一方にあって他方にない話です。こういうものを使うとすぐわかります。でも新聖書注解のものは章・節だけなので、内容で読みたいところですね。内容で読めるのは、浅見定雄さんの『旧約聖書に強くなる本』(旧版なら修道士の皆様は読めます。新版は現在販売中です)です。
 まず、歴代誌に書いてない話は、サウルとダビデの対立、それからサウル死後もダビデはサウル家のイシュ・ボシェトと対立したのでした。ダビデが全イスラエルを制圧するまでは、実質的に2王朝並立みたいになつていた時期があったのですが、そんな話がまったくありません。
 逆に、歴代誌12章のダビデの勇士たちの話が、サムエル記にありません。
 11章ではダビデの「三勇士」が出てきます。これはサムエル記下23章にもありましたが、歴代誌のほうは、ヤショベアム、エレアザル……、あれ、あれ、あれれれれ。三人目がありません。サムエル記のほうではヨセブ・バッセベテ、エレアザル、シャンマ。一人目の名前が違うじゃありませんか。しかも、歴代誌上11章でエレアザルがやった「麦畑防衛」は、サムエル記じゃシャンマがやったことになってます(ただし麦畑じゃなく豆畑)。エレアザルがやったのは「剣をしっかり握って戦いぬいたあまり剣が手から離れなくなった」ことじゃありませんか。どうみても歴代誌は、エレアザルの功績とシャンマの名前の部分がすっぽり抜けちゃったとしか思えません。なんだかな。
 まあ、こういうふうにサムエル記(列王記)と比較して楽しむというのが、歴代誌の楽しみなんです。

●シラ22章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=22&mode=0
 なまけ者に関することわざがいっぱい。
 ところで、1節の「汚れた石」っていうのは、どうもウンチを拭いた石らしいです。昔は紙で拭かないで石で拭いたのね。なんか痛そう。あ、でも砂漠では、砂で洗浄するっていうのがごく一般的らしい。モンゴルに行った友人(♀)は、すっかり草原でのおトイレに慣れてしまい、「これでなきゃイヤになる」と言っておりました。ウォシュレットみたいにさらさら落ちるらしいです。

[817] 民数記5-8章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/01(月) 10:29:34 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=num&chapter=5&mode=0
 今日のところも困った話ですね。
 いろいろ困った話があるんですが、とりあえず5章後半の姦通疑惑の判断のしかたにしぼりますわ。
 これはイスラエル版のくがたち(盟神探湯)じゃありませんか。煮え湯の中の石を拾わせて火傷しなかったら無罪っていうやつ。そんなの絶対にに有罪になると思いきや、神職の家には、火傷をしないで石を拾う裏ワザが伝えられているらしい。「悪いことをやるとくがたちさせられるからやめとこう」という予防効果か、裁判官がこいつは無罪だと思ったらうまい手を教えてやるとか、そういうことだったんでしょうね。
 イスラエル版のくがたちは、幕屋の床のちりの入った水(あとは、呪文を洗い落とすわけですからインクも入ってるんでしょう)を飲ませるんだから、たぶんみんな無罪だったのかしらね。ちょろいちょろい。
 でもですよ、もしこれが猛烈に汚い水だったら、たとえば、食事中の方は申し訳ありませんが、ウンコの入ったものだとかだったらイヤだわ。私、オシッコは飲んだことあるんですけどね。ほら、サバイバルの状況になったらオシッコ飲んで助かったとか、生水よりははるかに衛生的な飲み水になるとかいう話があるじゃないですか。だから一度試してみようと思いまして、愛する主人のだったら飲めるだろうと思ってぐいっと飲んだんですけどね、すっごく後悔しましたわ。まぁ、いざというときには飲む肝っ玉がついたんでいいかしら。でもウンコはさすがにイヤです。以前、落語家の快楽亭ブラックさんの高座にゲストで出てらしたAV男優さんが、ウンコを食べるのが専門で、そういう体験談を話していらしたんで、いざとなったら大丈夫なのかもしれませんけどね。昔、パゾリーニ監督の『ソドムの市』にもそんなシーンが出てきてとってもイヤだった。
 まあいずれにせよ、試されるのはいつも女なのよね。まったくヤハウェは男なんだからさ。困ったもんですわ。

 6章のナジルびとっていうのは、人種じゃなくて、特別な誓いをたてることで神通力を得ようという人たちがいたんですね。ほら、あのサムソンがそうです。士13:5を読みましょう。

[816] 1テモ1-3章、シラ21章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/31(日) 10:11:41 ここから閲覧

●1テモ1-3章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ti&chapter=1&mode=0
 1テモ、2テモ、テトの3書簡は原始キリスト教団の運営に関する話題を主としている似通った内容で、「牧会書簡」と呼ばれています。いずれもパウロ真正の書簡ではないとされています。
 原始キリスト教団は今の観点からするとかなりカルト的なあぶない教団で、それだけに迫害も多かった。私たちは迫害というと映画『クォ・ヴァディス』みたいなローマ当局による弾圧を思い浮かべますが、むしろユダヤ教の側からのものが多かった。だって自分たちと同じようでその実まるきり違う主張をはじめる人が突然増殖してヘンなことをはじめるわけですからね。今だってキリスト教諸教派は、他宗教には寛容でも、エホ証とか統一教会とか、異端には厳しいじゃないですか。そんなもんです。
 どこも最初は異端だったのさ。うちもキリスト教に輪廻思想を持ち込んだり、エロを肯定して立川流を標榜していますけど、うちだって時がたてば立派な教派に成長するかもよ。そしたら私は聖人よ。今のうちにちゃんと献金持ってきなさい。
 それはそれとして、世間様はそういう異端教会を何で判断するかというと、世俗の生活習慣なんですよね。教義の論争は結局コップの中の嵐でしかありません。「あそこはえらそうなこと言ってるけど、あそこに入ると信者はスカンピンになっちゃう。大学にも行けない。ケガしても輸血できない。集団結婚とか性を抑圧している……」などというところではかるんです。あ、じゃうちはやっぱり異端のままね。昔からエロを肯定した宗派教派が栄えたことはないのよ。せいぜい密教かしら。でも真言宗だって、エロ経典の理趣経、わざとヘンな読み方して意味わからないようにしてるのよ。
 ですから今日のところでも、ともかく世間から見て道徳的にしっかりして、後ろ指をさされないようにということを教えています。
 まあ基本的にはいいんだけどさ、でも私は、2章の後半はまともに読めないわ。何これ? 偽パウロだから安心して読めるかと思ったら「女は静かにしてろ」だって。「アダムがさきでエバはあと」って、それは聖書がまるきりウソなのよ。生物っていうのは女が先で男が後なのよ。何これ「アダムはだまされなかったが女はだまされた」? そうやってすぐ男は女のせいにするんだから。で何これ? 「女は子を産むことで救われる」? 石女で悪うございましたわね。こっちだって苦しんでるのよ。ヒマさえあれば主人から聖体拝領、いえ、精子拝領の努力をしてますわよ。主人はなかなか射精してくれないから、興奮させるために、スカパーでエロ番組契約して常時つけてるし、SMだのコスプレだの母乳(私の胸に牛乳を塗って主人に飲ませる)だの着用ずみ下着だのシャワーなしクンニだの、苦労をしてるのよ。あ、やっぱりうちは異端ね。
 ちなみに最近、「バッドチェック」という、ティッシュ型の糖尿、性病チェックシートがバカ売れなんだそうで、うちも購入してチェックしてます。主人の糖尿ですよ。これはシャワーなしセックスで発覚したんです。勇気をふるってフェラったら、くさくないどころか甘いんですもの。これはヤバいと思ったものですから。今のところ大丈夫みたいですけどね。

●シラ21章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=21&mode=0
 「愚か者の頭は口についている。賢い者の口は頭についている」(26節)をはじめ、愚か者に関する爆笑格言満載。

[815] ヨハネ5-6章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/30(土) 20:48:44 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=joh&chapter=5&mode=0
 今日のところは本当に読むのが苦痛で、何を書こうかと思い悩んでいるうちに夜になってしまいました。いえ、私の書くのはキリスト教批判と決まってるんですが、それじゃ申し訳ないと思ってずるずる夜になっちゃったんです。でも偽らざる実感ですから、やっぱり書きますわ。

 ヨハネといえども福音書ですから、イエス様の奇跡などのご行状を書いた部分、今日のところでいえばヨハ5:1-18とかヨハ6:1-25みたいなところもあるんですが、ヨハネ福音書の真骨頂は、ヨハネがイエス様に説教させている小難しい理屈です。
 5章のほうじゃ、私を信じる者は永遠の命を受けるとか、6章のほうじゃ、私は天から下ってきたパンであり、私を食べる者はいつまでも生きるとか。
 えっと、私、永遠の命なんていらないです。永遠に生きるなんて苦痛じゃないですか。7-80年ごとに死というリセットをされて、次の生を受けるほうがはるかにありがたいです。
 そう思うのは私だけじゃなく、大方の日本人はみんなそうじゃないかしら。
 昨日発売されたプレジデント別冊の「仏教のチカラ」に、ベッカーさんという京大の先生が「キリスト教と仏教」という本で、終末思想のあるユダヤ・キリスト・イスラム教は、21世紀を生きる知恵を提供してくれない。むしろ、仏教と神道をベースにした日本の輪廻転生思想が21世紀を生きる知恵を提供してくれる、と説いています。
 そこで言ってらっしゃることを下敷きにしながら、ヨハネの説くイエス様に私の率直な気持ちを言いましょう。イエス様は永遠の命を説いていらっしゃいますけど、その一方でこの世はなくなっちゃうわけです。どうせなくなっちゃうわけですから、どれだけ放射能にまみれたっていいんですよ。放射能だのなんだのに汚染に汚染されたところで神の国が来て、この世はポイ。キリスト教の考えには、どこかにそういうのがあるんじゃないかしら。
 でも私にとって、永遠の命っていうのは、7-80年ごとにリセットされながらこの世を生きること。死んだら最後の審判(私は個別に随時あると思ってます)を受け、その結果で次のステージに進める。最悪の場合はそれっきり。たいていの人は「じゃまた次がんばってね。真理子ちゃんはちょっとエロすぎるから、次のステージでは不感症になってもらうからね。まじめな修道女として処女のまま一生を生きてもらおうかな」みたいに、今回の生き方を総括されて、次の生き方をスタートする。
 そして、次のステージは、やっぱりこの世界のどこかなんですよ。
 だからこそ私たちは、この世をポイしちゃだめなんです。原発続けたら、次に生まれ変わる私たちが、放射性廃棄物の処理に苦しむんです。
 たぶん、イエス様が説いた永遠の命って、こういうものだったんじゃないかしら。2000年前のヨハネがトンデモさんだったんで、今みたいなヘンな福音書になっちゃいましたけどね。

[814] ダニエル7-12章、シラ20章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/29(金) 12:54:58 ここから閲覧

●ダニエル7-12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=dan&chapter=7&mode=0
 ダニエル書は前半と後半でまるきりテイストが異なります。前半はおとぎ話のような楽しい(むごたらしい処刑シーンも突っ込みどころ満載だし結局助かりますからね)話だったのですが、後半はヨハネ黙示録のようなおどろおどろしい感じです。ヨハネ黙示録というのはあれだけが特異なのではなく、ああいう文学(黙示文学)の系譜が昔からあったんですね。
 もっともヨハネ黙示録は、トンデモさんたちがヘンな解釈をいろいろしてますけど、当時のローマの皇帝を批判してるなんてみんなバレバレで書いてるんです。例の666だって、皇帝ネロのことだなんてみんな知ってる。だからある写本では、皇帝ネロをヘブライ語で書いたらホントはこうなるはずだ、666は間違いだって、わざわざ計算し直したものまであるほどです。
 ダニエル書後半も、7章こそびっくりしますが、8章以後では著者はわざわざ自分で謎ときをやっちゃってますので、これはこれでとてもわかりやすくなっています。シャガールの絵のような世界を思い描きながら読むことです。
 なお、ダニエル書本編は12章で終わりますが、こういう終わり方が不満だった人がいるのか、13章として「スザンナ」、14章として「ベルと竜」、さらに3章で炉に投げ込まれた3人が思い切り大見得をきって唱える祈りが追加されたバージョンがありまして、バルバロとかフラ訳とか、カトリックの聖書では、最初からそれがダニエル書に入っています。新共同訳では「旧約聖書続編」として別のページになっています。当通読では10月中旬くらいにまわってきますのでお楽しみに。

●シラ20章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=20&mode=0
 冒頭、1節の「叱責が的外れに終わり、黙っているほうが賢かったということもある」と、2節の「心の中でいらいらするより、はっきりとがめたほうがいいこともある」は、まったく逆ですね。だいたいことわざっていうのは、逆のものが必ず用意されているものです。

[813] 箴言17-18章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/28(木) 07:57:32 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=pro&chapter=17&mode=0
箴17:28 「愚かな者も黙っているときは、知恵ある者と思われ、そのくちびるを閉じている時は、さとき者と思われる」
箴18:8 「人のよしあしをいう者の言葉はおいしい食物のようで、腹の奥にしみこむ」
箴18:13 「事をよく聞かないで答える者は、愚かであって恥をこうむる」

 例によって種々雑多なことわざが並んでますけど、こうして気に入ったことわざをあげてみると、言葉に関するものが多いですね。どういうことわざを面白いと思うかで、そのときの私の状況がわかるってことなのかしら。箴言はわが身を映す鏡かもしれません。

[812] 詩編96-98編、シラ19章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/27(水) 10:49:58 ここから閲覧

●詩編96-98編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=96&mode=0
 96編冒頭の「新しい歌を主にむかってうたえ」は、微妙に言葉を変えながら98編とも共通、さらには149編も共通しています。冒頭じゃなくていいなら33、40、144編もそうです。こういう詩を見ると音楽家はいたく創作意欲をかきたてられるようで、さまざまな音楽が作られています。
 偶然にもFEBCの本日の放送、飯靖子さんの「主に向かって歌おう」が、ちょうどこの96編と98編をネタにしてますね。
http://strenweb.com/asx/?ref=mms://sg2.streamrental.com/183/110727/sing110727.wma
 98編をネタにした讃美歌を2つ、96編「新しき歌もて」をネタにしたのが1つ。特に真ん中のポルトガルの歌に基づくものが面白いです。最近の讃美歌っていろんな国の音楽をネタにしてますからね。
 「新しい歌」ということで、ルター派では新年にそういう歌をうたうようで、J.S.バッハのカンタータ190番、モテットの1番に「主にむかって新しい歌を歌え」がありますが、どちらも149編がネタのようです。

●シラ19章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=19&mode=0
 「酒と女は賢い人を狂わせる。遊女に狂う者はますます恥を忘れる」とか、「うわさを聞いたら胸にしまっておけ」とか、「失言について隣人を激しく怒る前に、まずは問いただしてみよ」とか、「着こなし、笑うときの歯の動き、物腰からその人の人柄は知られる」とか、今でも通用する言葉が満載です。

[811] 片山正雄『双解独和小辞典』 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/26(火) 20:41:50 ここから閲覧

 当サイトの指定独和辞典として、往年の片山正雄(孤村)『双解独和小辞典』を全ページスキャンし、WEBでひけるようにしてみました。
http://www.babelbible.net/lutdic/lutdic.cgi?mode=koson
 著作権の切れたものということでどうしても往年のものになるのですが、聖書の読解には古めかしい辞書のほうがいいので、フラクトゥア(亀の子書体)を使ったこの辞書を選びました。
 小辞典とありますが語彙数は大辞典にひけをとりませんし、そもそもドイツ語は臨時にいくらでも複合語が作れてしまうので、どんなに語彙を収録しても完全ではないという事情があります。それならむしろ、基本語の解説をしっかりやってもらったほうがいいというところがあります。
 この辞典は、最近の辞典ほど親切ではありませんが、木村・相良程度には読みやすいレイアウトになっていると思いますので、きっとお役に立つことでしょう。

[810] アダムとエヴァの系図 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/26(火) 07:08:39 ここから閲覧

 こうしてめでたく十二支族にわりあてられたはいいんですが、ひと目でご先祖の系図を見たいという方は、これを購入するといいでしょう。
http://www.goodthingscompany.com/index.html
http://www.goodthingscompany.com/wallposter.html
 Good Things Companyというところが作った、アダムとエヴァからイエス様までの系図です。25ドルというけっこういいお値段ですけどね。お茶の水のCLCで売ってました。うちは部屋の壁に貼っております。

[809] 歴代誌上5-9章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/26(火) 06:57:03 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ch&chapter=5&mode=0
 今日のところも先週の歴代誌同様、そして昨日の民数記同様に「名簿を読む楽しみ」ですね。
 え、当事者でもないのに名簿なんか見ても面白くない?
 では、とっておきの方法をお教えします。
 みなさん、星占い、好きでしょ? NHKを除く民放各局の朝の情報バラエティー番組じゃ、どこも星占いをやってますよね。おひつじ座はこれこれ、おうし座はこれこれ……。これは誕生日によって12個の星座にふりわけられているんですけど、何月何日から何月何日までに生まれた人がおひつじ座、とかいう説明がまったくないですね。もはや、そういう説明がまったく不要なまでに、星占いは日本人に浸透・普及してるってことですね。
 星占いの星座って12個ですよね。この12っていう数字にピンときませんか?
 そう。イスラエルの十二支族ですね。
 これからは、星座の名前のかわりに、支族名を使うのです。次のように読み替えます。

おひつじ座=レウベン(ルベン)族、おうし座=シメオン族、ふたご座=ユダ族、かに座=ダン族
しし座=ナフタリ族、おとめ座=ガド族、てんびん座=アシェル族、さそり座=イサカル族
いて座=ゼブルン族、やぎ座=ベニヤミン族、みずがめ座=マナセ族、うお座=エフライム族

 レビ族は十二支族外になるんですけど、別にいいですよ、モーセやアロンをご先祖にいただきたいっていう方は自分をレビ族にしていただいてかまいません。一般には宗教の仕事に従事している人がいいでしょう。
 こうしてめでたく、みなさん全員がイスラエル十二支族のどれかに割り当てられました。そうすれば、みなさんの部族の話を、「これが私のご先祖の話ね」と、親近感をもって読めることでしょう。