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真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[481] アンコ抜きピアニストになろう・2 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/06(日) 03:12:53 ここから閲覧

 西洋音楽の大きな特徴は楽譜を流通の媒体としたところです。邦楽を含めて世界の音楽は楽譜がそもそもないとか、あっても単なる備忘録でしかないのが普通で、人から人へと口と手とで直接伝えられるのが原則。これに対してクラシックは、その曲を一度も聴いたことがない人でも楽譜さえあれば再現できるまでに記譜法が進化(楽譜に書かれた情報だけで音が再現できる)し普遍化(どの国でも楽譜の読み方が同じ)し一般化(楽士だけじゃなく一般人も楽譜が読める)しました。
 なにしろ学校で楽譜の読み方を教えますからね。世界の音楽はたいてい娯楽だし楽士は特殊技能をもち多くは差別された階級だから、そんな人たちのやるものを学校で教えるなんて発想ないですから。樋口一葉の『たけくらべ』の冒頭みたいに、学校で音楽を教えようとしても生徒は遊郭の歌を覚えてて「ぎっちょんちょん…」っていうのが普通でしょうからね。
 これ、プロテスタントのせいですよ。プロテスタントじゃみんなに歌をうたわせますからね。歌がうたえなきゃ礼拝ができない。楽譜の読み方を知らないと讃美歌の本が読めない。だから楽譜の読み方を学校で教えるんです。

 こんなふうに楽譜を大事にする西洋音楽では、楽譜どおりに弾かないといけないような気になっちゃいますけど、本来音楽は演奏してなんぼなんで、楽譜どおりに弾けなきゃ弾けるように変えちゃえばいいんです。
 実はプロだってやってるんですよ。
 楽譜どおりに弾けない曲ってあるんですよ。

 たとえばベートホーフェン(ベートーヴェン)のピアノソナタ第21番『ヴァルトシュタイン』の最後のほうに出てくるオクターブ重音のグリッサンドをピアニッシモでやる(右図)っていうのは、実は単に白鍵上で手を滑らせるだけなんで、当時のピアノでは苦もなくできたらしいんですけど、現在のピアノでは鍵盤が固いので不可能。CDを聞いてるとみんなごまかして弾いてます。重音をやめるか、両手で弾くとか(左手は和音1つですからダンパーペダルを併用すればいける)。
 バッハのゴールドベルク変奏曲は2段鍵盤用なんで、1段鍵盤でやると両手の指がからまって演奏不能な箇所がいくつもあり、みんなごまかしてます。グールドも例外ではありません。
 ピアノの例じゃないですけど、ハープって半音をペダルで出すんですよ。ペダルをひくとすべての弦が半音あがっちゃうんで、演奏不能なパッセージがいろいろある。ところが作曲者はそんなの無頓着で作曲するから、オーケストラ曲のハープパートには、このとおりにひけないっていうのがいっぱいあるんだそうです。どこのオーケストラでも、「ここはこうやってごまかす」っていうのが伝統的に受け継がれてるんだそうです。
 そんなわけで楽譜どおりに弾けなきゃごまかして弾けばいいんで、それはプロだってやってるってことですね。

[480] マタイ20-22章、ユディト記14章 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/05(土) 14:00:45 ここから閲覧

●マタイ20-22章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=mat&chapter=20&mode=0
 20章の「一日働いた人も一時間しか働かなかった人も同じ5000円」というの、いつも申し上げておりますように、天国ってグリーン車も普通車もないので、こういう発想になるんですね。「あ、あの悪人が天国に来てる。どうして? 私はもっといっぱいいいことをしたんだから、イエス様のおそばにいく権利があるわ」みたいに思う人にとって、天国ってとってもフラストレーションがたまるところで、そこは地獄と変わりないわけです。20章21節のゼベタイの子のお母さんは、たぶん天国に行けそうにないわね。いや、天国には行けるかもしれないけど、そこはこのおばちゃんにとっては地獄よ。
 そして21章後半から22章にかけてのイエス様のたとえ話を読むと、天国ってありがたそうなところじゃないみたいですね。たとえば22章最初の婚礼の宴会。王様がさあみんないらっしゃいと招いても、誰も行きたがらないし、普段着で行っちゃう人もいる。天国ってそういうところだっていうんでしょ?
 秦剛平先生が、カルチャーセンターの授業で、ヨーロッパの画家たちの描いた天国や地獄の絵をいっぱい見せて、「ところでみなさん、こういう絵を見て、天国に行きたいですか? 地獄に行きたいですか?」と質問すると、みんな圧倒的に地獄に行きたいって答えるそうです。そのくらい天国ってつまらなそうなところってことですよね。ああ、こんなふうに思う私は絶対に救われてないわね。

●ユディト記14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=jdt&chapter=14&mode=0
 ユディトはアキオルを呼んで、この首が本当にホロフェルネスのものか、実検させます。一方アッシリアの軍営では、総大将が殺されたことに気づき、動揺が走ります。

[479] アンコ抜きピアニストになろう・1 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/04(金) 10:13:21 ここから閲覧

 アソコじゃありませんのよ、アンコ。びっくりしました? いくら真理子がエロおばさんでも、いきなり下ネタで始めたりはしませんのよ。ピアノねたの続きでございます。

 アンコ抜きというのは、背が低くてバイクにまたがっても足がつかない人が、シートのスポンジを削って足つきをよくすることです。
 学生時代につきあっていた彼氏がライダーで、そのときは「一緒に練習しよう、免許とろう」なんて甘言に乗せられたので、実はバイク免許持ってるんです。しかも大型まで。なぜか私のほうが先に免許取れちゃったのが彼氏のしゃくにさわり、ギクシャクして別れちゃいましたけど。私はミニスカ派なんでそれ以来ぜんぜん乗ってないわ。でも最近は500ccのスクーターってあるらしいからミニスカでも乗れそう。いま大型二輪も教習所で取れるし、しかもオートマ限定ってあるんですって? 世の中変わりましたわね。
 バイクの免許をとろうっていう女の子は少ないですから、自然と女の子どうし群れちゃうもので、いろいろ情報交換しましたね。その一つがアンコ抜き。私は当時も今も女にしては大柄で165センチくらいですが、それでも足つきはつらかった。ましておおかたの女の子にとって、バイクのシートはとても高いので、これをやらないと足がぜんぜんつかない子が多く、いろいろ抜き方を情報交換したものです。

 そんなことはともかく……

 ピアノを買って以来、いろいろ楽譜を手に入れて弾いています。たとえばドビュッシーの『月の光』とか、『亜麻色の髪の処女』とか、ショパンの前奏曲7番(太田胃散のCMの曲です)とか、ジャズの好きなだんなのためにビル・エヴァンスのWaltz for Debbyとか。
 「けっこううまいんだ」とだんなはほめてくれるんですけど、実は全部アンコ抜きです。
 つまり、楽譜に書いてある音を全部弾いたんじゃとても弾けないから、和音の一番上だけ弾くとか、速いパッセージの音を適当に抜かすとか。
 これが、アンコ抜き。
 だって音符って黒いダンゴで、アンコに似てるじゃないですか。

 こんなふうにズルをしていい加減にピアノを弾いちゃおうという話のシリーズです。
 長くなるので続きはまた書きます。

[478] イザヤ書40-44章 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/04(金) 09:46:21 ここから閲覧

 今日は立春、今日から春ですので、背景も桜をイメージした春色にかわっております。

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=isa&chapter=40&mode=0
 イザヤ書はここから55章まで第二イザヤになります。40-55という数字を覚えておくと便利です。そうすればこれより前が第一イザヤ、これより後が第三イザヤってわかるじゃないですか。
 聖書の各書はたとえ単一の著者の著作のような体裁になっていても、実際には多数の人の手が入って編集されたものです。福音書のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネだって、マタイ・グループの著作、マルコ・グループの著作……のように解釈すべきです。
 預言書ってわけのわからないことをおどろおどろしい表現で書いてることが多いんでどうとでも解釈できるところがあり、なかなか複数の著作の集合であることが見破れないものですが、それでもイザヤ書は、ルターの昔から著者複数説が提唱されてきました。
 だって、まるきり時代が違うんですもの。
 以前書いたように、イスラエルの歴史は、「統一王朝が前922年に分裂(国(92)は二(2)つに分裂と覚えます)し、北はちょうど200年後の前722年にアッシリアによって滅ぼされ、南は前587年(だから言わな(587)いこっちゃない、って覚えます)に新バビロニアによって滅ぼされてバビロン捕囚、60年後にアケメネス朝ペルシアによって解放される」というところだけでもしっかり覚えましょう。年代は異説があるので「世界史の参考書と違うぞ」ってことがあるかもしれませんが、こう覚えるのがラクです。
 第一イザヤは北滅亡直後。前回出てきたヒゼキヤ王がそのときの南の王で、南もやばいぞとか、アッシリアもそのうち滅びるぞとかいう話がありましたよね。
 ところが第二イザヤになると、もう南も滅んで捕囚されているらしく、この苦難もやがては終わるから希望を持て、みたいな話になっちゃってます。
 これだけ時代が違うとさすがに誰でも気づくので、だから昔から、イザヤ書著者複数説が唱えられてきており、現在では最低3人というのが定説(聖書無謬説を信じる福音派を除く)、第三イザヤはさらにこまごま分かれるというのが説まであります。
 さて、第二イザヤは今ちょっと書いたように、慰めの預言者。冒頭の「慰めよ、わが民を慰めよ」っていうのがまさに象徴的ですね。イザヤ書っておどろおどろしいってイメージありますけど、第二イザヤは美しい表現が多く、苦労の多い人の心にしみこんでくる箇所が多いです。
 イザ40:3-4は洗礼者ヨハネの出現を予言したところとされています。ヘンデルのメサイアの最初のほうにこれのアリアがありますね。

[477] ヨブ記15-16章、ユディト記13章 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/03(木) 10:58:23 ここから閲覧

●ヨブ記15-16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=job&chapter=15&mode=0
 ここから議論の第二ラウンドです。とはいっても、第一ラウンドと第二ラウンドの違いはたいしてありません。宗教的原理主義の立場から「お前が何か悪いことをやったんじゃないか」とヨブを責める友人たちにヨブが反論するという話が続きます。
 ただしヨブは神に絶望しきっているかというとそうではなく、ヨブ16:19みたいに、本当に自分を理解してくれる証人である神様が天にいる、という信頼をもちつづけています。

●ユディト記13章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=jdt&chapter=13&mode=0
 ユディトが本懐を遂げて、アッシリアの軍営を無事に抜け出した後(12章でぐちゃぐちゃヘンなものが出てきたのは無事に脱出するための伏線だったんですね)、ベトゥリアに戻ります。
 ところで最近の聖書には編集者がつけたタイトルがついてます。もちろんそんなものは元はないわけですけど、こういうタイトルもちゃんと配慮してつけてほしいですよね。ユディ13:1-10につけられた新共同訳のタイトルは、なんと「ユディト、ホロフェルネスの首を取る」ですよ。ずっと新共同訳の朗読MP3を聞いてて、さあいよいよヤマ場だってときにこれはないでしょう。こういうネタばらしは絶対に禁物です。あなた、映画館でこんなのを彼女の耳元でつぶやいたら破局間違いナシですよ。

[476] 楽譜の話 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/02(水) 10:22:21 ここから閲覧

 何でもネットですませられる世の中、楽譜だってさぞかしネットにいっぱいころがっているだろう。特に最近は昔の本が全部スキャンされてPDFでダウンロードできる。クラシックは作曲者が死んで50年以上たっていることが多いからたいてい無料で楽譜が手に入るだろう。
 ……と思いきや、そうはいきません。
 楽譜って著作権の厳しい分野なんです。
 いえ、著作権法には楽譜を特別扱いした条文はありません。なんでしたら著作権法の全文は
http://www.cric.or.jp/db/article/a1.html
にありますけど、「楽譜」を検索しても附則の一箇所がヒットするだけでしょ?
 法律が厳しいんじゃなく、業界が厳しいんですね。
 楽譜出版社が「版面権」という得体のしれない権利を主張してるからなんです。オリジナルの読みにくい自筆譜をキレイに整形(浄書)するというのは、単純な複写ではなく著作性のある再構成だ、という理屈です。
 このせいで未来永劫、いつまでたっても著作権が切れません。まったくうまい手を考えたものですわ。版面権。まったくあこぎな話ですわ。小説だったら、きれいなフォントを使って印刷し直したとか、仮名遣いを直したとか、ルビをふって読みやすくしたとかだけで、以後50年間は著作権が発生するようなものです。しかも権利は作者にではなく出版社に発生する。なんかヘンな話ですよね。
 ヘンな話ではあっても、世の中「長いものには巻かれろ」なんで、楽譜だけはコピーの条件を厳しくしている図書館って多いです。都立中央図書館なんかそうですね。

 それでも外国には、楽譜をアップしているサイトがあったりします。それらへのリンク集として役立つのが
http://www16.ocn.ne.jp/~chomlin/
ですけど、ここ数年は更新をしてないみたいで、けっこうリンク切れが多いです。リンクされてるサイトはロシアのものが多いですけど、ロシアも最近著作権事情が厳しくなったんでしょうか。
 とりあえずこういうところでチェックをかけて、それでも入手できないものだけ買ってくるってことにしないと、楽譜って高いですから大変です。
 ところが最近はCDショップや楽器店がどんどん少なくなっているから、楽譜の品揃えのいい店が激減。全音も音友もだんだんネットでの通販に移行している感じです。ヤマハなんか1曲単位で楽譜をダウンロードする「ぷりんと楽譜」なんていうのをやってる。
http://www.print-gakufu.com/
世の中だんだんこういう方向にいくのかしら。

 版面権を肯定する意見の中には、楽譜の版の作成は特殊技術でたいへんだから、なんてことを書いてる人がいますけど、著作権っていうのはたいへんな労力に対して発生するんじゃなく、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法第2条1項)に対して発生するものなので、たとえば私が聖書を全部入力したとしても、そのことだけだったら著作権なんか発生しないのです。一生懸命入力して構築したデータベースに著作権を主張してる人がいますけど、データそのものは客観的なもので、創作的なものじゃないわけですから、そんなの無法な主張です。
 だいたい、昔の曲を単に印刷楽譜の版にしただけで創作的っていうのがおかしいわ。創作なんかしてないじゃない。
 それに、楽譜の版ってだんだん作るのがラクになってきました。パソコンには楽譜作成ソフトがいろいろあります。一番安くて優れたものは、GNUソフトのLilypond。GNUだから無料です。
http://lilypond.org/web/
から入手できます。使い方はたとえば
http://homepage2.nifty.com/sampodo/korikutu/lilypond.html
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/oishi/lilypond.html
を見てください。ちょうどTeXみたいに、ひたすらコマンドをうちこんでそれを楽譜に変換するっていうものですね。MacみたいなGUI、WYSIWYGの対極の発想。だから慣れるのに時間がかかりますけど、ヘタな商用ソフトよりはるかに多機能です。UTF-8なので歌詞はどんな言語・文字でもOKです。
 こういうのを使えば、音符データを打ち込む苦労さえすれば楽譜ができちゃうんで、みんなでこれ使ってフリーの楽譜をどんどんネットに公開するっていう方向にならないかしら。外国ではそういう動きがあって、Wikipediaで昔の音楽家を調べると、こんなふうに作った楽譜がリンクされてたりします。日本ではまだLilypondを使ってる人は少なくて情報が少なく、試行錯誤しながら使ってます。

 真理子日曜学校の宗教音楽コーナーではこれをメインに使っていこうと思うんですけど、困ったのは、Lilypondが作るMIDIって、ときどき(けっこう)音の長さがおかしくなったりするので、いまいち信用できないところです。
 以前は、音データを打ち込んでMIDIを作るには、Museというソフトを使ってたんですが(今でも使ってます)
http://homepage3.nifty.com/~atomic/muse/muse.htm
こちらには楽譜作成の機能はないのと、MIDIに埋め込める歌詞がシフトJISだけで、UTF-8がダメなんで、日本語と英語しか使えない。アクセント記号があるともうダメっていうのが難点です。作者の加藤一郎さんに、UTF-8に対応したものを作りませんかってメールしたら、そういう要望は多いんだけど技術的にそこまでいたっていないんだそうな。
 できあがったMIDIを楽譜形式に直すソフトは別にあるんですけど、解析を誤ることが多くて、それだったらLilypondを使ったほうがいい。
 結局、楽譜はLilypond、MIDIはMuseって併用していくのがいいみたいです。なんとかLilypondとMuseのソースのコンバータが作れると便利なんですけどね。

[475] 詩編21-23編 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/02(水) 01:33:59 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=psa&chapter=21&mode=0
 22編はとても有名な詩。なにしろイエス様が十字架の上で「わが神、わが神、どうしてわたしを見捨てなさったのですか」と叫んだ元歌ですから。これはマコ15:34マタ27:46に出て来ます。
 22編はこういう神様への恨みともとれる言葉で始まりますが、最後は神様への信頼で終わります。遠藤周作さんは、イエス様がこんな神様への恨みがましい言葉を叫ぶはずはなく、実はこれは22編全体を叫んだので、マルコやマタイはその最初だけを書いたにすぎないと書いていますが、それは考えすぎ。やっぱりイエス様は神様に見捨てられたと思ったのでああ叫んだのでしょう。
 田川建三先生は、遠藤周作にはさんざんお世話になったらしいのですが、それでも間違いは間違いだとして批判してます。田川先生らしいですね。

 わき道になりますが、遠藤周作さんは私に言わせれば非キリスト教作家です。いえ、だからいけないっていうんじゃなく、それが魅力だってことです。遠藤周作さんは自分の中にどうしてもキリスト教になじめないものを持っていて、それと終生格闘し続けたところが魅力だと思います。山本七平さんもそう。
 逆に中村うさぎさんは、言動はまるきり非キリスト教的のようにみえて、実は根本に非常にキリスト教的なものをもっているいうのが佐藤優さんの分析。これを読んだときはびっくりしましたけど、あらためてうさぎさんのエッセーとか、「5時に夢中!」での発言を聞いてると、そうかもしれないなって思うようになりました。

[474] 音の文化は退化したの? 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/01(火) 12:24:09 ここから閲覧

 電子ピアノの話の続きです。

 まずやったのは、マニュアルを探すこと。
 SX-PX222って調べたら1997年発売
http://www.musictrades.co.jp/products/97_4/1.htm
のテクニクスの項に載ってますね。195000円もしたものがいまや21000円なのね。
 14年前の製品だってだけでなく、いまやテクニクスブランドがなくなっちゃいましたんで、もうネットでマニュアルは手に入らないかと思いましたけど、
http://www.devicemanuals.com/
という、各社のマニュアルばっかり集めた米国のサイトにありました(-をつけずに入力したら出てきた)。英文ですけどね。そっか、海外輸出もされてたんだろうから米国のサイトもちゃんと探すべきでしたね。
 ピアノにマニュアルなんて必要かって思うかもしれませんが、電子ピアノは音色とか移調とかメトロノームとかいろんなボタンがついてるんで必要です。マニュアルを見たら、このボタンを長押しするとこの機能があるなんていうのがいっぱいあって、こういうのはマニュアルがなければ絶対にわかりませんから。

 次にやったのは、ヘッドホンを買うこと。
 ピアノ騒音殺人事件っていうのが1974年にありました。騒音に対する日本人の意識が大きく変わるキッカケになった事件です。私は3歳でしたからあんまりよく覚えてませんけど、「ピアノを習いたい」って言ったら(それが4歳のときだから、事件から1年しかたってない)親から「ご近所に迷惑をかけるからダメ」って言われましたもの。
 私の親はどこからか中古の電気式リードオルガン(念のためいうと、電気で音を出すんじゃなくて、電気でファンを回して送風して音を出すのよ)を買ってきましたが、これだったら減音できるからです。子どものころに見た初期の電子ピアノのコマーシャルで、「ヘッドホンがつけられるから安心して練習できる」っていうのをウリにしていたのがありましたから、いかにみんながこの事件をキッカケにピアノの騒音を気にするようになったかってことですよね。
 ただ、ピアノの騒音っていうのは音量だけじゃないですからね。客観的には小さな音であっても、なんどもつっかえつっかえするっていうのは、ものすごくいらいらしますから。集合住宅だと、完全に消音しても打鍵音が床をつたって階下や隣に響いて苦情になることだってあるほどですから。
 うちのだんなは今はニコニコしてますけど、そのうち刃物をもって私を襲うかもしれませんので、ヘッドホンは必須です。
 ジャックが懐かしきぶっとい標準プラグだったのと、パソコン用のヘッドホンはパソコン用としてつけておきたかったので、プラグアダプターとヘッドホンと延長コード(ヘッドホンのコードだけじゃ足りないもの)を買いに家電店に行くはめに。
 ただ、最近は本当に音文化って退化してるのね。オーディオのアクセサリ(こういうアダプターとか延長コード類)の品揃えが貧弱になっててびっくりしましたわ。

 次に、楽譜を買いに楽譜屋へ。
 でも最近、楽譜を売ってる店が少ないのよね。
 昔はどこにもレコード屋があって楽譜も売ってましたけど、最近はそもそもCDショップ自体が少ない。TSUTAYAはどこにでもあるのに。
 昔よく行った渋谷のヤマハに行こうとして、ちょっとイヤな予感がしてネットを調べたら、ヤマハ渋谷店って昨年末12月26日(って、たった1ヶ月前よ)に閉店したんですね。
 イヤな予感っていうのは、渋谷のヤマハに行こうか銀座のヤマハに行こうか迷って、「あれ、銀座のヤマハって改修で銀座1丁目に移転してたけど、元に戻ったのかしら」っていうのを調べようとしたら「あら、渋谷店のリンクがないわ」というので知りました。
 いやぁ、オーディオとか楽器の文化っていうのがどんどん退化してるわね。
 昔はみんな楽器ってやったでしょ? ピアノをやるかギターをやるか。今の子たちはあんまり楽器やらないようになっちゃったのかしらね。

[473] 士師記12-16章、ユディト記12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/02/01(火) 10:46:15 ここから閲覧

●士師記12-16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jdg&chapter=12&mode=0
 士師記最大のヤマ場、怪力サムソンの話です。通読表の区切りもちょうどいいですね。私、ラストの16章は涙なしには読めませんの。
 でもこの話のポイントは、そんな怪力も女の色香の前には無力ってことかしら。サムソンって結局女の色香に迷って秘密をしゃべっちゃう。16章もそうだけど、14章のなぞなぞだってそうですよね。平行して読んでるユディト記も、女の色香の前に身を滅ぼす指揮官の話ですよね。男性ってそんなものなのかしら。私は色香がないんで確かめられないんですけどね。

●ユディト記12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=jdt&chapter=12&mode=0
 自分用の食べ物を持ってきたり、お祈りに出かけたりと、ちょっと不思議な行動をするユディト。これはイスラエルの律法を守ってるっていうことなんですけど、実はみんな伏線になっています。伏線っていっても次章でみんな明らかになっちゃいますけどね。
 食事の問題ってけっこう重要で、原始キリスト教団も無割礼の者と食事をするかどうかでペテロvsパウロの分裂の危機を迎えますからね(ガラ2)。日本にだって「同じ釜の飯を食う」って言葉があるじゃないですか。一緒に食事をするっていうのは重要な宗教儀式なんですね。
 それから、昔は食事って寝転がって食べたんです。だから15節みたいな毛皮を敷かなきゃいけないし、手を洗うのはもちろん足を洗うのも重要になるんです。だって他人の泥だらけの足が目の前に来たりしますからね。イエス様の最後の晩餐だって、ダ・ビンチの絵みたいに座ってたんじゃなく、ホントはみんなで寝転がって食べてたんです。

[472] 創世記28-31章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/31(月) 05:05:24 ここから閲覧

 イスラエルの十二部族の由来の話です。ヤコブの十二人の息子の名前から来てます。
 この十二人(十二部族)を覚える歌を以前にもご紹介しましたが、しつこくまた紹介します。3番の部分はこれから先の話で、まだ出ておりません。

   ヤコブ(イスラエル)の息子の歌  鉄道唱歌のふしで

1.おブスなレアが生んだ子は
  レウベン、シメオン、レビにユダ
  ラケルはビルハを差し出して
  ダーンとナフタリ生みました

2.レアもジルバを差し出して
  ガードとアシェルを生ませたよ
  さらに自分もがんばって
  イサカル、ゼブルン、生みました

3.ラケルもとうとう子ができた
  その名はヨセフとベニヤミン
  ヨセフは売られてエジプトへ
  マナセとエフライム生みました

 1番に出てくるレウベンは、ルベンと表記されることも多いです。
 ダーン、ガードは、鉄道唱歌のふしで歌うと長くなってしまう部分で、本当はダン、ガドです。

 こういう覚え方っていうのは、そのまま歌などに詠み込む方法と、頭文字などを組み合わせて別の語を作っちゃう方法とあります。たとえば『旧約聖書に強くなる本』の浅見定雄さんは後者の愛用者みたいで、南(ユダ王国)と北(イスラエル王国)の王名や十二ヶ月の名前をこの方法で覚えさせてます。でも、苦労して作られてるのはわかるんですが、いまいち覚えにくいし、最初はそのまま覚えなきゃいけません。たとえば、バルト三国の名前は、北から順番にアイウエオ順になっていると覚えれば、どこがどこだっけというのがごっちゃにならずに便利ですけど、それでも最初にエストニア、ラトヴィア、リトアニアと覚えなきゃいけないってことです。
 この十二人の息子の覚え方は、私は最初「頭文字組み合わせ」で、「レシビユダナガアイゼヨベでなんかできないかしら」とかいろいろやってたんですけど、それだったらそのまま歌にしちゃったほうがいいわと思って、上のような冗長な歌にしてみました。
 そのまんまじゃないかと思うかもしれませんが、そのまんまだから覚えやすいってことがあると思います。
 こういう覚え方は英語にもいろいろあって、ニーモニック(mnemonic)っていいます。
   文字数型……円周率の3.14159をYes, I have a number.(スペルの文字数が3.1416)と覚える
   頭文字型……イギリスの王朝の順序、Norman、Plantagenet、Lancaster、York、Tudor、StuartまたはStewert、Hanover、Windsorの頭文字を、No Plan Like Yours To Study History Wisely.(歴史を勉強するのには君の方法が一番頭がいいね)と覚える
などある中で、そのまんま覚えるっていうのもけっこう多いです。たとえば十二ヶ月の大の月と小の月を覚えるのは、
   Thirty days hath(=has) September,  9月は30日で
   April, June and November.  4、6、11月もそう。
   All the rest have thirty one,  あとはみんな31日、
   Excepting February alone.  2月だけは例外ね。
   And that has twenty-eight days clear.  2月は平年が28日で、
   And twenty nine in each leap year.  うるう年には29日
っていうのがあるんだそうな。
 何が覚えやすいのかというと、韻をふんでるっていうのがミソなんです。英語の詩は韻をふむとか、アクセントの強弱が規則正しくなってるとかいうのが大切で、英語民はそれをちゃんとやってると覚えやすいと思うらしいです。
 たとえばアルファベットを覚える歌は、『きらきら星』(もとは『お母さん、打ち明けます』みたいな歌だったみたいですけど)のふしで、日本人は、
   ABCDEFG
   HIJKLMN
   OPQRSTU
   VWandXYZ
って区切りますけど、英語民は
   ABCDEFG
   HIJKLMNOP
   QRSTUandV
   WandXYZ
なんですね。最後の2行は変種がいろいろあるみたいですけど、LMNOPのところを猛烈に早口に読んでおさめてるのは、GとPで韻をふませるためです。最後のZはズィーと読みます。ゼットだと韻をふめません。

 以上、友清理士『英語のニーモニック』(研究社)
http://www.h4.dion.ne.jp/~room4me/mnemon/index.htm
からいろいろ取材しました。この本面白いですよ。絶版寸前みたいなんで入手はお早めに。

[471] パソコンの歴史はウソが多いわ 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/30(日) 22:56:55 ここから閲覧

 今日はたまたまテレビをつけたらテレビ東京の「日曜ビッグバラエティ 40年間総ざらい!ヒット商品番付クイズ」というのをやってて、今年40の私としては、私の人生をなつかしく振り返ることができましたけど、1980年の話題で「マイコン」でPC-8001を紹介していたところはなんだかなって思いましたわ。1982年、小5のときに初代PC-9801に触れて以来ずっとパソコンを使っていた私は、パソコンの歴史にはうるさいのよ。
 だいたいPC-8001って1979年発売だったような気がするんですけど。小中高校生のころって1年違うだけで先輩後輩の間柄になってその地位は絶対ですから、1年違うだけで敏感に違うって思うのよ。
 それはそれとして、当時の外部記憶装置が意外なものだったっていうのがクイズのネタで、もちろん答えはカセットテープなんですけど、「当時はフロッピーディスクもなかった」っていうのが大ウソ。あったわよ。ただし高かっただけ。たしかPC-8001専用の5インチフロッピーディスクドライブ2台が40万円くらいしたはずです。そんな高いの買える人が少なかったから、カセットテープを使ってたのよ。
 中学に入ってマイコンクラブをのぞいたら、まだPC-8001が現役で動いてましたけど、PC-8001のフロッピーって使うのが難しくて、フロッピー入れたらmount、取り出すときにはremoveっていう命令を打ち込まないといけない。これを忘れてフロッピーを取り替えると、前のフロッピーの情報を後のフロッピーに書き込んじゃう。つまりは後のフロッピー全体のデータが破壊されちゃう。「ちょっと待て、忘れていないかremoveを」とか「フロッピーを使うときは先生の指示で」とか、いろんな注意書きが貼られてましたわ。
 ……って、昔話をするときりがないわ。真理子のパソコン遍歴については、
http://www.babelbible.net/mariko/opi.cgi?doc=computer&course=life
からいくつか書いてありますので、おひまな方はお読みくださいませ。

[470] 厚揚=豆腐+油揚 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/30(日) 14:05:29 ここから閲覧

 真理子の常識は世間の非常識なのかしら。人に言ったらびっくりされたのでここに書いておきます。
 我が家では豆腐も油揚げもめったに買いません。
 ふだんは厚揚げばかり買ってきて、6面をそぎ落として油揚げにして、残りを絹ごし豆腐として使います。

 豆腐って、料理にするときはたいてい水抜きしますよね。あれってめんどうだと思いません。水抜きした豆腐って売ってないのかしらなんて思いません?
 油揚げって、料理にするときはたいてい油抜きしますよね。あれってめんどうだと思いません。油抜きした油揚げって売ってないのかしらなんて思いません?
 その両方を一気に満たしてくれるのが、厚揚げの6面そぎ落としだと思うんですけど、なんでみんなやらないのかしら?
 あと先日のTBS「はなまるマーケット」で、塩豆腐という手をやっていました。豆腐の広い2面にそれぞれ小さじ3分の1ぐらいの塩をまんべんなくまぶして、クッキングペーパーにくるんで24時間置いとくと、モッツァレルラチーズのような濃厚な食感になるというものです。視聴者から大反響だったらしく次の日に「レシピをもう一度紹介します」なんてやってましたけど、そんなこと私はとっくにやってました。ただ、この番組では強調してませんでしたけど、水抜きは必須です。水抜きしながら長くおいとくのです。これも最初から厚揚げの6面そぎ落とした残りを使えば簡単です。
 厚揚げってすぐカビ生えますけど、塩豆腐にすることで、少しは日持ちがよくなります。

 我が家では肉は週に1・2回しか食べません。別に貧乏なのではなく、ダイエットのためです。そのかわり元厚揚げの油揚げと、元厚揚げ塩まぶし豆腐が大活躍します。どちらも十分に肉の代用になります。元厚揚げの油揚げはフープロで砕けばひき肉です。

[469] ロマ書13-14章、ユディト記11章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/30(日) 10:58:37 ここから閲覧

●ロマ書13-14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=rom&chapter=13&mode=0
 13章は昔から論議のあるところですね。
 パウロが権力を肯定している箇所で、昔から権力者が「ほらほら、聖書にもこう書いてあるでしょ」と引用したがるところですね。パウロだってけっこう迫害されたはずなのに。
 あれ、そういえば、ペテロって逆十字架で殉教したんですけど、パウロってどうやって死んだかわかんないんですよね。人々をあおるだけあおって、自分は案外天寿をまっとうしたのかもしれません(パウロ嫌いの真理子の発言なんで割り引いて読むように)。
 でも私としては、13章なんかより14章のほうが考えさせられますわ。
 律法なんかどうでもいいってあれだけ律法の無効を宣言したパウロがですよ、「おいらは何でも食べるけどさ、肉食はいけないと思ってる弱い人にはつまずきになるから」とか言って、結局昔からの食物のタブーを否定しきらないんですよ。困った人ですね。
 要するに「何かするくらいなら、しないほうが無難だ」って思ってるんですよ。
 割礼は特別なことを「する」戒律だから、それを破るのは「何もしない」ことになる。おちんちんも痛くならないし、何もしなけりゃみんなラクですわ。
 食物のタブーは「しない」戒律だから、それを破るのは「何かする」、たとえば今まで禁じられていた豚を「勇気をふるって食べる」ことになる。これはけっこう大変なことです。
 たとえばみなさん、「キリスト教じゃ食物のタブーはないのよ。だから犬だって食べていいのよ。韓国じゃ犬は立派なメニューよ。さあお食べ」っていって犬食べられます? 私は好きです。韓国ではよく食べました。でもポンテギ(カイコのさなぎ)は気持ち悪くて食べられませんでしたね。
 ましてネズミなんかだったら、ぜったい無理。
 こんなふうに、「する」戒律は簡単に否定できるけど、「しない」戒律ってなかなか否定できないんですよね。

●ユディト記11章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=jdt&chapter=11&mode=0
 ユディトが舌先三寸でホロフェルネスをだましていますが、よく読むと、神様の悪口を一言も言ってないっていうのがミソですね。ていうか、これって5章でアキオルが言ったのとほとんど変わらないじゃないですか。男がいうと「生意気だ、死刑」なのに、美女がいうとコロっとだまされちゃう。美女はトクですね。私はダメよ、ブスだから。

[468] 電子ピアノ 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/29(土) 14:13:32 ここから閲覧

 デジタルピアノという言葉もありますが以下電子ピアノと言います。なお、エレピ(エレクトリックピアノ、電気ピアノ)は別物です。

 昨日、昼の11時ぐらいに、だんなが休憩をとりに家にもどってきてテレビをつけたら、フジテレビの「知りたがり!」の、松本伊代さんが出てくるコーナーをやってまして、ピアノグランバザール2011春
http://www.dinos.co.jp/saiji/101300/
の告知をしていました。「ピアノがある生活はとっても楽しい」とか言ってるのをみてつい私は「ああ、ピアノがほしいわね」なんて口走っちゃった。中古の安い電子ピアノだと2~3万円台からあるみたいなんで。
 実は私、小学校に入るまでピアノを習ってまして、一応バイエルは全部終えました。すると先生から「ここから先はピアノを買わないと無理ですよ」といわれ、ピアノを買ってくれなかったうちの親たちは私にピアノをやめさせちゃったんですね。そう、うちにはピアノがなかったんです。70年代は電子ピアノの出始めで価格も高く、自宅では安物のオルガンで練習してるって子が多かったんです。ただオルガンとピアノってキータッチがぜんぜん違う、もちろんダンパーペダルはないし、強くたたこうが弱くたたこうが同じ大きさの音ですから、バイエルを終えるくらいになると代用がきかないんですよね。
 ホントいうと電子ピアノもちょっとキータッチが違うんですけど、それいったら家庭用のアップライトピアノのタッチとホンモノのグランドピアノのタッチだって違う(たとえば超高速連打を要求される曲はアップライトじゃ弾けません)んで、似たようなものかなってとこです。むしろ最近の電子ピアノは、アップライトよりはグランドピアノのタッチに近いかもしれません。
 ともあれうちの親はピアノを買ってくれなかったので、泣く泣く私はピアノをやめるはめになってしまったんです。
 だからついつい「ああ、ピアノがほしいわね」って口走っちゃったんです。

 そしたら夕方、だんながタクシーの後部座席にいっぱいモノをつんで戻ってきて、「ねえ真理ちゃん、一人じゃもてないから助けて」。
 なんと、近くのハードオフで、中古の電子ピアノを買って来ちゃった。そのままじゃタクシーに積めなかったので、足をばらしたり鍵盤をナナメに入れたりしてようやく車に入ったというかんじ。
 「この前Windowsの件では苦労をかけちゃったから、そんなにピアノがほしいならと思って買って来ちゃった。安かったから」だってさ。
 買ったのはテクニクスのSX-PX222。21000円なり。
 「どうりで安いわけよ。今はなきテクニクスなんて」
 「えっ、つぶれちゃったの?」
 「そう。世はビジュアルの時代で、もうオーディオの時代じゃないのよ」
 取扱説明書がついてなかったので、ネットからダウンロードできるかと思ってパナソニックのサイトを見ても、さすがに載ってない。だから安かったのね。
 でもとってもうれしい。ピアノが弾きたくても弾けなかった子どものころの思い出がよみがえってきたわ。
 以後、電子ピアノ・ネタは不定期連載の予定です。

[467] マタイ17-19章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/29(土) 13:14:15 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=mat&chapter=17&mode=0

 例によって書きたいことはいろいろあるんですけど、何にしようかしら?
 18章の天国談義にしようかしら。天国では誰が一番えらいかっていうの。
 たぶん、そういう考えをしているようでは、その人は絶対に天国に入れない。
 いや、天国に入れたとしても、そこはその人にとっては天国ではなく地獄なんです。

 たぶん、天国と地獄って、客観的にみればまったく同じところなんじゃないかって思います。
 そう思うようになったのは、宮田光雄『キリスト教と笑い』(岩波新書)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4004302196.html
を読んでから(これ、品切重版未定らしいわね。とってもいい本なのに。修道会にアップしてありますわよ。宮田光雄さんは岩波新書から面白い本をいろいろ出してますけど全部品切みたい。岩波はひどい本屋ね)。
 これの最初のほうに、こんなジョークが紹介されています。
 ある人が死んで天国(らしきところ)へ行く。最初は「酒はうまいしネエちゃんはキレイだ」と楽しい生活をしていたんですが、それにも慣れて退屈になっちゃって、天使たちのやってる仕事を手伝わせてほしいって志願する。ところが、彼の願いをなんでもかなえてくれた天使は「それだけは許されていません」と拒絶する。男が「オレの願いをかなえてくれないなんて。ここは天国だろ」と叫ぶと、天使は「あれ、お客様、ここをどこだと思ってらしたんですか?」 チャンチャン。
 そう。ここは実は地獄だったんですね。
 こんなふうに、天国と地獄っていうのは実は同じところであって、天国の生活に満足できない人にとってはそこは地獄にほかならない。つまりは天国とか地獄とかいうのはその人の気の持ちようだってわけですね。
 [456]でセンター試験が「神の国を精神的な出来事」だとしているのに疑問をさしはさみましたけど、実は私自身は、ホントにそうだと思ってるんです。そこが神の国になるか地獄になるかは、その人の精神しだい。
 こういうふうに思うのは、真理子が本心ではキリスト教の考えになじめず、むしろ大乗仏教的な、みんなが仏、煩悩即菩提みたいな考え方になじんでいるからかもしれません。気持ちの持ちようで、いまここが即神の国になるんです。

 さて、そんな話を前提にしてマタイ18章を読むと、誰がえらいとか思ってるようじゃ天国には入れないってわけですね。
 天国って救いのないところじゃないですか? だって、もう救われてるんですから。
 救われたかどうかは単純に二分法なんで、5倍救われたとか10倍救われたってことはない。
 だから天国にいって、「ねえ、なんであいつがここに来てるの? あんな悪いことばかりしてたやつが。あいつがここに来れるんだったら、一生懸命教会の仕事に奉仕したわたしは、当然グリーン車、ファーストクラスよ」なんてことはないわけです。
 12-14節には、99匹をほったらかして1匹を大切にする話、これはルカでは放蕩息子の話につながっていく話ですけど、こんなふうに神の国での発想は、「いいことをした人にもっともっと救いを」ではなく、「ホントなら救われないような人を救ってあげよう」なんで、それについてけない人は、天国にいてもフラストレーションがたまる一方。フラストレーションが永遠にたまり続けるんですから、まさに地獄なんでしょうね。

[466] イザヤ書34-39章、ユディト記10章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/28(金) 01:58:54 ここから閲覧

●イザヤ書34-39章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=isa&chapter=34&mode=0
 交読文というのをご存知でしょうか。プロテスタント教会の礼拝では、牧師と会衆とがお互いに聖書を1節(必ずしも聖書の節数と一緒ではありません)ずつかけあい形式で読んでいくというのがあるのです。日本基督教団のものは
http://onlinechurch.blog64.fc2.com/blog-entry-2.html
に全部のってます。文は文語訳聖書(新約は明治訳)と同じです。その37番がイザヤ書35章です。神様の救いが到来したときの光景を詠んだ美しい文章です。
 36章以降は実際の史実とはいろいろ違いがあるようですが、アッシリアのセンナケリブ王がイスラエル(北王国)を滅ぼしたあと、南のユダ王国を攻めたときの話です。

●ユディト記10章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=jdt&chapter=10&mode=0
 ユディトはアッシリアの軍営をたずね、ホロフェルネスに会うことになります。

[465] アメリカと宗教 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/27(木) 13:08:39 ここから閲覧

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4121020766.html
 アメリカというと日本では若者むけの先端的なファッションや考え方ばかりが報道されてますが、実は保守的な信仰を持つ人が多いです。なにしろアメリカの建国者たちってそういう人たちだったわけですから。アメリカって見ようによってはサウジアラビアなみの宗教国家といえるかもしれません。
 わたしが中学生のころ、小室直樹さんの本がいろいろベストセラーになっていて、その中の『アメリカの逆襲』だったと思うんですけど、その中に、アメリカにはファンダメンタリストという、聖書の言葉を一字一句ほんとうのことだと信じてしまう人たちが多いっていうのを見てびっくりしたことがあります。テネシー州の進化論裁判の話なんかも紹介されてましたね。
 そんなふうにして少女真理子のアメリカ観が形成されていったわけですけど、そういうアメリカの宗教の実態をまとめたのがこの本。なかなか面白かったです。
 実はアメリカにもいろんな人たちがいて、そういうファンダメンタリストもいるんですけど、まともな人たちも多く、たとえば上に書いた進化論裁判(スコープス裁判)は、実は原理主義者側が敗北してるんですね。リベラルな側の弁護士がこれでもかこれでもかと出してくる聖書の矛盾に答えきれなくなってしまった。
 アメリカの宗教の現状と、進化論以後の歴史をうまくまとめた、役に立つ本です。

 ところで、福音派=原理主義の人たちって、聖書を文字通りに信じずに近代的合理的な解釈をしようとする立場を全部いっしょくたに「リベラル」って呼んじゃう。この本もそうですね。私もよく「真理子は超リベラルよ」なんて言ったりします。
 でもリベラル=自由主義神学って、狭義にはシュライエルマッハーの系統の流派をさし、第一次大戦をふせぎきれなかったことでバルト以後大きく批判・修正されていきました。佐藤優さんがいうリベラルってこの意味で言ってるんで、だから佐藤優さんは「古くさいリベラリズム」なんて書いたりするんですよね。
 この二つを故意に(無自覚に?)混同しているのがmixiあたりに跋扈している福音派の連中で、自分たち以外の立場を広く含んだリベラルに対し、狭義のリベラルへの批判をぶつけたりする。「リベラルは古い」みたいな言い方をされることもしばしばで、「よりによってあんたたちにそう言われたくないわ」って思ったりしました。
 まあそんなわけでリベラルって言葉を使うときはちょっと注意しなきゃいけませんわね。

[464] ヨブ記13-14章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/27(木) 12:43:22 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=job&chapter=13&mode=0
 ゾバルに対するヨブの反論の続きです。これで3人の友人への議論の第一ラウンドは終了します。
 例によって口語訳も新共同訳も新改訳も翻訳が面白くありません。ここはぜひリビングバイブルで読んでほしいところです。ホントは修道会専用なんですけど特別に
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=13&mode=0
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=libj&book=job&chapter=14&mode=0
 友人に対して激しい口調で反論しているのに時々ですます調になるとか、おかしなところもありますけど、やっぱりこの訳が一番面白いです。

[463] 歯痛? 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/27(木) 11:45:38 ここから閲覧

 一昨日からだんなが歯痛を訴えだしました。中学生以降は虫歯知らずだったらしいだんなが、左下の奥歯が猛烈にしみると言って、私の作った料理も半分以上残してしまう。
 そのくせ不思議なのは、次の瞬間にはまったく痛まなくなるらしいんですよね。
 そしてしばらくたつと猛烈にしみる。夜も眠れない。
 翌朝さっそく近所の歯医者に電話をし、予約のとれる一番早い時間に見てもらう。
 そしたらどこにも虫歯がない。
 実は痛みのもとは歯ではなく歯茎。歯の裏に歯石がいっぱいたまっていて、それが歯茎の炎症を起こしてしみていたんだそうな。さっそく歯石をとって薬をつけてもらったけど「炎症がおさまるまで数日はこんな感じで痛んだり痛まなかったりすると思いますが、がんばってこらえてください」だって。
 歯医者さんからは「ほうらこれ全部バイキンなんですよ」と歯の裏を見せてもらったらしいです。そんなに口の中がきたなかったのね。
 「そんな口でディープキスだのクンニだの、私の体のあちこちをなめまわしてたんだ!」
 「お前のあそこのバイキンがうつったんじゃないか?」
 「何いってるのよ。性器なんて人間の体の中で一番バイキンのいないきれいなところなのよ。口の中って肛門についで二番目にきたないところらしいわよ」
 なんていう会話をいたしましたが、そうすると私の口だってずいぶんきたないんでしょうね。年をとるとすぐ歯石がたまっちゃうから。定期的に歯石をとってもらわないとね。口にはいるものは人を汚さず、口から出るものが人を汚す(マタ15:11)のよ。
 この歯医者さんは、前回の受診から半年たつと必ず「その後どうですか。検診しませんか」というハガキをよこしてくる営業熱心な人なんで、先日もそういうハガキが来たんですけど、それからほどなくこういうことになるとはね。案外この歯医者さんが呪いをかけてたりして。

[462] 詩編18-20編、ユディト記9章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/26(水) 02:02:44 ここから閲覧

●詩編18-20編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=psa&chapter=18&mode=0
 18編の冒頭、ルターの作った賛美歌「神はわがやぐら」なのかなって思いますが、ここじゃなくて46編です。似たような詩がいっぱいあるってことですね。
 18編は、26-27節が面白いですね。神様はまるで鏡です。正しいことをすれば正しいことをしてくれる。やさしいことをすればやさしいことをしてくれる。悪いことをすれば悪いことをしてくれるんです。

●ユディト記9章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=jdt&chapter=9&mode=0
 ユディトの祈りです。どえらいことをする前に、長々と祈ってます。
 シメオン族の件、わかりました? 創34に出てくるんですけど、ヤコブには12人の息子以外に娘もいるんです。レアの産んだデナ(ディナ)。この子がシケムという人に犯されちゃったんで、兄のシメオンとレビがさんざん復讐をするんです。やりすぎじゃないかというくらいに。
 ユディトは、自分がこれからやるどえらいことを、このような先祖の復讐話にかこつけて、正当化しようっていうわけです。

[461] バカ神・邪神、下ネタについて 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/25(火) 10:43:56 ここから閲覧

 時々はおことわりをしておかないと、真に受けちゃう人がいるといけませんので。
 えっと「バカ神・邪神」とかいう表現を今後も使うと思いますけど、これは神様をのろっているのではなく、神様をそのような姿にしたててしまった人間のよこしまな考えをのろっているのです。「バカ神ヤハウェ」とか「キリスト教は邪教です」とか「カトリックはバカ」とかいうのは、本来は崇高で美しいものであるはずの神様やキリスト教やカトリックを邪悪で卑小な姿に貶めているおろかな考えを批判しているのです。今後もあまりこのようなおことわりをせずにこういう表現をするかと思いますのでよろしく。

 あと、ちょっと下ネタが過ぎましたかしら。最近「5時に夢中!」の中村うさぎさんとか美保純さんとか岩井志麻子さんとか中瀬ゆかりさんの、とめどもない下ネタの洪水に慣れてしまって、これが当たり前だと思うようになったものですから。
 このかたがたは私よりちょっと先輩格のアラフィフですよね。私はアラフォー、今年はちょうど40ですけど、こういう年になっちゃうと下ネタはぜんぜん平気になっちゃいますの。もともと私は昔から、性に罪悪感を持つこと自体が罪悪だと思い続けてきたほどですからなおさらです。女が性欲をむきだしにすると男はひいてしまう。「何も知らないわ。いやらしいわ。恥ずかしいわ」っていう演技をしてあげないと男性は性欲を減衰してしまう。それが性のタブーの源泉だということはわかるんですけどね。でももうこの年になったらそんな演技をするのもばからしくなったので、節度を守りながらときどきは話を下ネタに及ぼすこともあろうかと思います。

[460] 士師記7-11章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/25(火) 09:33:06 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=jdg&chapter=7&mode=0
 創世記22章(アブラハムがイサクを燔祭=はんさい。焼き尽くす献げ物=としてささげようとする話)と並んで、腹立たしい話が士師記11章ね。
 エフタ(イェフタ)がアンモン人との戦いに際して、勝って帰還したら最初に自分を出迎えてくれた人を燔祭にささげるって誓っちゃう。そしたらそれは自分の娘だったってわけです。この話は絵画・演劇・オラトリオと、さまざまな芸術作品のネタになっています。
 娘は二ヶ月の猶予をもらって友達とハイキングをして、その楽しい思い出を冥途の土産にしたというわけです。
 で、私が何を腹立たしく思っているかというと、この娘はぎんぎんにしたいさかり(あ、これって、先日のTOKYO MXの「5時に夢中!」で美保純さんがおっしゃった表現を拝借いたしましたのよ)だったのに、いえ、これは決して私の想像ではなく、聖書にわざわざ「自分が処女であることを嘆いた」って書いてるほどなのに、どうして彼女の最期の望みもかなえてやらず、男を知らずに死んだのを美談にしちゃうのかってことです。これ、男だったら、「女を知らないで死ぬのはかわいそう」っていうんで、娼婦をあてがうとかしたんですよ。戦争に行く兵士とか、そういう実例いっぱいあるでしょ?
 この娘は誰のために処女を守ったの? 二ヶ月後には真っ黒こげになっちゃうのよ。そうなったら清い体も何もないでしょうに。それとも初物の好きな神様に対して処女を守ったってわけ? だとすればこのヤハウェという神様はとんでもないバカ神・邪神よね。
 私がこの娘だったら、絶対に神殿娼婦に志願します。ヤハウェさんのところでそういうのをやってないなら、バアルさんのところへ行って神殿娼婦になるわ。一日に五人も参拝客をとれば、生理の期間を除けば二ヶ月でだいたい百人の男とエッチができる勘定です。このくらいすれば冥途の土産にもなろうものです。このくらいわが身に男の手垢をすりこんでから、わが身をバカ神・邪神・ヤハウェに献げてやりますわ。
 ついでにいえば、イエス様が処女マリアから生まれたっていう伝説はまあいいとして、その後もマリアは死ぬまで処女だったっていうカトリックの教義はバカよね。マリア様にだって性の快楽を味わう権利はあるのよ。
 以上、「男女の非対称」がなによりも嫌いで、「性への罪悪感は女を奴隷にするものでしかなく、性に罪悪感を持つことが最大の罪悪」と思っている真理子の主張でございました。

[459] 創世記24-27章、ユディト記8章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/24(月) 10:17:24 ここから閲覧

●創世記24-27章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=gen&chapter=24&mode=0
 創世記は内容が濃いので3章ずつ読むと話がずいぶん先に進みます。アブラハムの死、イサクの結婚、エサウとヤコブの誕生、ヤコブが長子権と祝福を奪う話……、いろいろ書きたいことはありますが、ここはひとつ、イサクの嫁になったリベカをキーに読んでみましょう。
 24章でリベカはかなり性急にイサクのところへお嫁に行きます。このあたりの話は、すでに読んだトビト記を思い返すといいでしょう。結婚すれば娘は出て行って、ひょっとしたらそれが今生の別れになるかもしれないのですから、娘も家族もつらいはずなんで、だからトビト記ではサラの父親ラグエルはさんざんトビヤをひきとめたわけです。一方アブラハムのしもべはなんか自分のことしか考えてないって感じで、強引にリベカを連れて行っちゃいますね。
 でもこれはリベカのかいがいしさ、できた嫁ぶりを示しているんでしょう。なにしろ十頭のらくだに水をやるなんて。らくだはずいぶん水を飲むらしいですからね。水だって手でくんでこなきゃいけないんだし。大型バス十台を洗車機を使わずに洗車する以上の苦労だったでしょうね。
 アブラハムの妻サラほどではないにしろ、リベカもけっこう子作りには苦労します。アブラハム、イサク
、ヤコブと、いろいろな意味で子作りに苦労する話が出てきます。これはイスラエルとその周辺民族の出自を系図で説明するうえでの伝説で、神話にはこの手の話が多いですよね。
 そして双子を生む。イサクは年老いて、長男エサウに祝福を与えようとしたところ、リベカの計略でヤコブに祝福をだまし取らせるわけですから、リベカは単にできた嫁っていうだけじゃなく、かなりしたたかですよね。祝福って具体的に何をしたのかよくわかりませんが、神の恵みを預かって、神になりかわって与える呪術的なものなのでしょう。

●ユディト記8章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=jdt&chapter=8&mode=0
 やっとのことでヒロインのユディトが登場します。
 1節ではユディトの系図が長々と書かれています。新約聖書を最初から読もうとすると、最初にイエス様の系図が長々と出てくるのでへきえきしますが、系図っていうのは古代の人々の重大な関心事だったんですね。特にどの部族なのか、具体的にはイスラエル(=ヤコブ)の12人の息子のうちの誰の子孫なのか、つまりイスラエルの12部族のうちのどれに属するかっていうのが重大なのです。
 ユディトはシメオン族なのですが、ここは真理子の超訳です。原文にはツリシャダイ以降は書いてあっても、肝心のシメオンが出てきません。だから新共同訳とかフラ訳とかで読んでもわかりません。昔の人は、ツリシャダイとさえいえばわかったのかもしれませんけどね。
 彼女がシメオン族だというのは、次に読む9章の彼女の祈りの中に出てきます。実はこれがけっこう重要なんですね。どう重要なのかは9章を読めば出てきますのでお楽しみに。

[458] ロマ書11-12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/23(日) 13:56:57 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=rom&chapter=11&mode=0
 エスペラントにかまけていて今日のぶんをまだ書いていなかったわ。

 血統的なユダヤ人だけが救われるのではなく全世界のひとが救われるということになると、じゃユダヤ人は見捨てられたのかということになりますが、そうではなく、ユダヤ教が世界宗教となる過程で、ユダヤ人が罪を犯す(イエスを死刑にしたり、キリスト教の信徒を迫害したり)というのが必要なんだという認識を示しております。でもこういうところが、後のユダヤ人差別の根拠にもなったりするんで、あんまりこういうことを書かないほうがいいんじゃないかと思うんですけどね。それとも、パウロさんご自身はユダ族じゃなくベニヤミン族だからいいの?
 ロマ12:19は「復習するは我にあり」という訳が有名です。佐木隆三の小説のタイトルにもなり、今村昌平監督で映画化もされました。まだ引照が入力できていませんが、申32:35の記述をふまえたもので、悪い人は神様が滅ぼしてくださるんだから人間は復讐をしちゃいけないという意味です。でも現実にはなかなかこうはならないのよね。

[457] エスペラント 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/23(日) 09:52:11 ここから閲覧

 田中克彦『エスペラント-異端の言語』(岩波新書)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4004310776.html
を読みました。この人の文章って独特のルサンチマンがとても鼻について大嫌いなんですけど、鼻をつまみながらなんとか読了しました。
 実は語学ヲタってエスペラントを嫌う人が多いです。私の大嫌いな語学ヲタ先生・黒田龍之助も、世界のいろいろな言語について思いつきを放言した『世界の言語入門』(講談社現代新書)では項目すら立ててませんし、『外国語の水曜日』(現代書館)では「エスペラントの教科書には音声教材は不要」などと妄言を書いています。このあたりは主人が批判した
http://www.manduuka.net/sanskrit/essay/tondemo5.htm
をお読みください(実はこの文章、8割がたは私が書いて、主人がちょこっとだけ変えて主人の名前で出したんですけどね)。
 この文章の中に出てくる、ソウル在住の日本人とルーマニア人のエスペランチスト・カップルは私も会ったことがあります。後にも先にも、ナマの人間がエスペラントを話しているのを聞いたのはそのときだけですけど、「エスペラントはこうやって人々の意思疎通の道具として機能する立派な言語なのね」と感心しましたわ。
 今回、田中さんの本を読んで、意外にいろんな人がエスペラントにかかわってきたのねとびっくりしました。もっとも、宮沢賢治のイーハトーヴォを単純にエスペラントだと紹介しているような問題もありますが(一応「岩手の卵」というふうに読めるんですけど、エスペランチストはこれを否定する人が多いみたいですから)、なかなか面白かったです。

 で、そういえばうちのばべるばいぶるにもエスペラント聖書をアップしていたわね、と点検してみたら……。
 いやぁ、冷や汗です。これ、The Unbound Bibleっていうところからとってきたんですけど、エスペラントで使う6つの特殊アルファベット、ĉĝĥĵŝŭを、cx,gx……という代用表記をしていました。他のサイトに登録されているのもみんなそうみたい。
 私は代用表記はキライなのでさっそく直したんですけど、タイトルがエスペラントになってなかったので、
http://hoolulu.com/bible/mui/bible/esperanto.pdf
を見て入力。ただしこのPDF、ĉもĝもĥもĵもŝもŭも全部cxになっている(!)ので、Unboundからもらった本文を参照して直しました。
 ついでにUnboundからもらったものを1単語1単語切り分けて語彙集を作り(当然、プログラムを作って自動的にやりました)、
http://homepage1.nifty.com/esperlando/jp/ (Vastaltoのエスペラントの部屋)
で配布されている「実用エスペラント小辞典」に載っているものはそこから語釈を拝借し、簡単な語彙集CGIも作りました。それがこれ。
http://www.babelbible.net/eodic/eodic.cgi
 当然私の趣味で、発音をカナで表示する機能をつけました。言語は音声よ! ちゃんとわかってる? >語学ヲタ黒田龍之助くん
 ところで、エスペラントの文法は、上記Vastaltoさんのサイトにある
http://vastalto.com/kagi/ (WEB版エスペラントの鍵)
を見ればわかります。これを読めば参考書を買う必要はありません……、と言いたいところですけど、アルファベットの読み方は書いてあるものの、発音のことをちゃんと書いてないので、これだけではどう読むかわかりません。これって不備じゃないかしら。エスペランチストさんがちゃんとエスペラントの発音のことを書かないと、黒田龍之助を批判できませんわよ。
 そんなわけで図書館から白水社のエクスプレスとニューエクスプレスのエスペラントを借りてきて、CDを聞きながら発音のしくみを知って、カナ表記ルーチンを作り上げました。

 エスペラントは文法が簡単だって言いますけど、名詞と形容詞に各変化があるし、動詞も人称変化はないものの仮定法や意志法(命令法)は語形変化するんで、考えようによっては英語より語形変化しますよね。なかなかあなどれないわ。
 それに発音をしっかりやったり、いろいろ本を読んだり会話をしたりラジオを聞いたりしないと、やっぱり上達するには難しいわね。

 ともあれ、ここまでまる一日かかっちゃったわ。あんまりエスペラントに首をつっこむつもりはないので、ひと区切りついたところで切り上げます。

[456] 神の国は精神的なものなの? 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/22(土) 23:49:43 ここから閲覧

 そういえばセンター試験では、聖書やキリスト教がらみの出題がされそうな科目として、倫理と世界史がありましたわね。
 さっそく倫理の問題を見たんですけど、やっぱり出題されてましたね。

http://kaisoku.kawai-juku.ac.jp/nyushi/center/11/index2.html
で閲覧できる
http://nyushi.nikkei.co.jp/center/11/1/exam/550.pdf
の第2問の問5、解答番号でいうと9、PDFページでは11ページ

イエスの説く神の国の説明として最も適当なものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

1 ローマ帝国による政治的支配を打破し、神から遣わされた救い主によって立てられる国
2 神に選ばれた民であるユダヤ人およびキリスト教への改宗者たちが、入ることを約束された国
3 自らの罪を悔い改めて、互いに愛し合う人々の間に、精神的な出来事として実現する国
4 生前、神から与えられた戒めを守った者が、死後、平安の地として入ることを約束された国

っていうんですけど、私、これ、ずいぶん迷っちゃいましたわ。みなさん正解わかります?
 1は明らかに誤答として作られたニオイがしますけど、でもヨハネ黙示録を心のささえとして、ローマからの弾圧に耐え抜いていた原始キリスト教団のかたがたにとっては、これって正解じゃないかしら?
 2がもし誤答だとすれば「神に選ばれた民であるユダヤ人」っていうところがダメなのかしら? それとも「入ることを約束された」がダメなの?
 3は一見すごく正解のニオイのする選択肢ですけど、「精神的な出来事として実現する国」っていうのがすごくひっかかりますよね。だって最後の審判で肉体的に復活して肉体的に神の国に行けるって信じている人は多くないですか?
 4は2と同じところがひっかかりますね。だから2が○なら4だって○になりそうだし、2が×なら4も×になりそう。正解が1つしかない以上、2と4は共倒れで、1は明らかに×と想定されていそうですから、やっぱり3なんですかね?
 そうやって正解を見ると、やっぱり3だってことになってますけど、でも3が正解なのかしら?
 すごく迷っちゃいます。みなさんはどう思われますか?

 あとは世界史Bの第2問が宗教特集ですし、第3問の暦も宗教にからんできます。

[455] マタイ14-16章、ユディト記7章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/21(金) 21:54:49 ここから閲覧

明日1/22の通読箇所を今のうちに書いておきます。

●マタイ14-16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=mat&chapter=14&mode=0
 福音書を3章ずつ読むとけっこういろいろなことが出てきます。私の主なコメントは引照のところに書いておきましたが、書いてないことを中心に。
 14章のヘロデの娘が、サロメです。名前が書いてありませんが、ヨセフスの『ユダヤ古代誌』18巻136-138節に出てきます。ヨセフスの『ユダヤ古代誌』『ユダヤ戦記』は聖書のサブテキストとして、ひょっとしたら聖書本文以上に読まれているかもしれないというくらい非常によく読まれています。
 それはそれとして、ヨハネはマタイではマタ4:12、つまりイエス様の荒野での試練直後につかまったことになってます。これがロカだとルカ3:20で、なんとイエス様の洗礼の記事の直前です。ということはルカによれば、イエス様に洗礼をさずけたのはヨハネじゃないように読めます。もっとも前に書いてあるから時間的にも前とは限らないんですけどね。
 ともあれヨハネは、イエス様の修行時代前後につかまっちゃうわけですが、そうするとイエス様は師匠のヨハネを助けてあげられなかったということになります。これを、イエス様が受難したときに弟子たちが誰も助けなかった話とパラレルに読む人もいるようですね。かつて自分が先生を助けてあげられなかったように、自分も誰からも助けてもらえない、と。
 マタ16:4の「ヨナのしるし」っていうのは、もうマタ12:39-40に出てきたのですが、ヨナが大きな魚(鯨?)のおなかに三日三晩いて、その後助かったという奇跡で、イエス様が死んで三日目に復活することを言ってます。そんなことが、引照をたどっていくとわかるので、引照は大事です。早く入力しなきゃ。

●ユディト記7章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=jdt&chapter=7&mode=0
 苦しい篭城戦のはてに、民は降伏しようと首長のオジアスにつめよりますが、オジアスは「あと5日がんばれ」と諭します。

[454] イザヤ書29-33章 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/21(金) 10:53:48 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=link&book=isa&chapter=29&mode=0
 預言書は難しいので、解説をたよりにしないと何を言ってるのかさっぱりわからないと思います。修道会専用のページには新共同訳聖書注解と新聖書注解を用意していますし、フランシスコ会訳とか岩波訳のように解説のついた訳で読むことをお勧めします。しかも、それぞれ言ってることがけっこう違うので、いろいろ読み比べたほうがいいです。
 ここは新聖書注解の解説がわかりやすかったです。真理子の嫌いな福音派の本ですけど、新聖書注解だけは便利なので一目置いてます。
 ひとつ前の28章からはじまって33章までが、世界のいろいろな国に対する警告になっていて、しかもこの部分には「ああ」という言葉が5つ出てきて、それによって6グループにわけられるっていうんですね。5つっていうのはイザ29:1イザ29:15イザ30:1イザ31:1イザ33:1です。翻訳によっては必ずしも「ああ」という言葉になってなかったりします。その中で、32章は将来の救いを暗示しています。こういう構造をはっきりさせてくれると少しは読みやすくなりますわ。
 29章のアリエルっていうのは、洗剤の名前みたいですけど、架空の人名で、エルサレムのことをあてこすっているらしいです。こういうのも注がなきゃぜんぜんわからないから解説書は必須です。「神様の言葉だから注は不要」なんてウソウソ。
 でなきゃリビングバイブルみたいな超訳で読むことですね。リビングバイブルはここをエルサレムって訳しており、アリエルはそのあだ名だって訳文の中に入れちゃってます。このくらいの超訳をしてくれないと歯が立ちませんわ。

[453] だから家の中に鍵は要らないんだってば 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/21(金) 10:31:44 ここから閲覧

 一難去ってまた一難。
 昨日、パートの仕事から帰ってきたら、だんなが「真理ちゃん助けて」という。
 なんでも[452]の私の文章を読んで、自分が使ってるWindows XPパソコンをいじくっていたら、だんなのサイトのソースのあるフォルダにアクセスできなくなったらしい。クリックすると「アクセスは拒否されました」となる。
 「何をやったの?」
 「ユーザーにEveryoneを追加したんだ」
 「本当にそれだけ」
 「ほかのユーザーを消しちゃった」
 「それがいけないんじゃないの?」
 結局、Administratorまで消しちゃったので、ユーザーがいっさいない状態になってた。こうなるとこのファイルやフォルダは、誰も一切見られなくなるのです。
 たとえAdministrator(管理者)権限でログオンしていても、こうなると変更するのが一苦労。ユーザーを追加する権限すらなくなります。こうなったらどうするかというと、「セキュリティ」の「詳細設定」の「所有者」のところで変えます。ファイルひとつだけなのかフォルダまるごとなのかによっても違いますが、フォルダまるごとなら、「サブコンテナとオブジェクトの所有者を置き換える」に印をつけて「適用」です。
 なあんて、えらそうに書いてますけど、これを見つけるのに半日かかり、真夜中になってやっとつきとめ、この処理をしてからパソコンの電源をつけっぱなしにして寝て、おきたときには無事アクセスできるようになりました(ファイルひとつひとつに設定していくのでやたら時間がかかるのです)。

 これはちょうど、鍵を持たずに外出して、オートロックがかかってしまったとか、家族が鍵をかけて出てしまったとかで、中に入れない状態になったわけね。
 ファイルがこわれたわけではなく、ちゃんとあるのに、アクセスできないっていうのは一番腹が立ちます。消すことすらできないんですから、「バックアップから書き戻す」ことすらできません。
 そんなわけで昨夜やろうと思ったことは全部パー。
 だから、家の中に鍵なんか要らないんだってば。家庭内でしか使わないのにセキュリティなんか邪魔でしょうがないわ。

[452] 家庭内LANにセキュリティなんていらない 投稿者=真理子 掲示日=2011/01/20(木) 12:08:45 ここから閲覧

 [450]の続きです。
 そんなわけでWindowsのセキュリティを低くして、どこからでもディスクを共有できる設定の仕方を書いておきます。これはもう自分のために必要。今後またコンピュータを買うときに、一日じゅうこれで悩まないように。

1.アカウントは1つだけにする
 複数のアカウントを設定するなんてことはしません。もし設定されていたら管理者権限(Administrator)のアカウントひとつだけ残してあとは全部削除します。管理者権限でログオンしたら、コントロールパネルの「ユーザー アカウント」(Vista)/「ユーザーアカウントと家族のための安全設定」(7)でできます。

2.パスワードを削除する
 アカウントのパスワードを削除します。1と同じところで、パスワードのところに何も入れなければパスワードが消えます。

3.ユーザーアカウント制御を無効にする
 1と同じところで「ユーザーアカウント制御の有効化または無効化」をクリック、無効にします。Windows7では4段階設定になっているので最低にします。

4.共有設定(全般)
 コントロールパネルの「ネットワークと共有センター」で、ファイル共有を有効、パスワード保護共有無効にします。

5.ドライブを共有する
 「コンピュータ」あるいは「エクスプローラ」で出てくる各ドライブを右クリックし、「共有」の「詳細な共有」で「このフォルダを共有する」にして、共有名は適当につけます。CドライブならそのままCとするのがラクです。

6.セキュリティ
 4のついでに「セキュリティ」タブをあけて、ユーザー名のところのEveryoneを選びます。もしなければ追加します。そしてアクセス許可を「フルコントロール」にします。
 今回悩んだのは、これをやっていなかったこと。これ、できる限りディスクがまっさらに近い状態で設定したほうがいいです。というのは、これの設定のときに、もうすでにそのディスクにファイルがあると、Windowsはひとつひとつのファイルにこの設定をしていくので、猛烈に時間がかかります。

 なお、これをやったとしても特定のフォルダ、windowsとかprogram filesとかには絶対にアクセスできません。これはあきらめるしかなさそうです。

 [450]では裸の話をしましたが、ここまで言わずとも、みなさん、家の中で各部屋に鍵をかけてます? 特に息子・娘が自分の部屋に鍵をかけたら怒りません? もちろん外出するときには家の鍵はしっかりかけるとしても、家の中では鍵なんかかけないっていうの、常識だと思うんですけどね。
 セキュリティの押し付けって大嫌いよ。家庭内LANにセキュリティなんていらない!