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真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[818] 歴代誌上10-14章、シラ22章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/02(火) 13:20:40 ここから閲覧

●歴代誌上10-14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ch&chapter=10&mode=0
 最初から最後まで系図と名簿だけで終わるのではないかという感のあった歴代誌も、10章になるといきなり、どこかで読んだ話になりました。そう、ここからはサムエル記~列王記の話と共通するものが多くなります。
 たとえば13章、契約の箱に触れたウザを神様が殺してしまう話は、サムエル記下6章にありました。やっぱりこの契約の箱っていうのは原発だったのかしらね。
 ですが、歴代誌を読むコツは、「書かれていないものを読む」こと。つまり、サムエル記や列王記に書いてあるのに歴代誌に書かれていない記事をリストアップしていくことです。そのことで、歴代誌の特徴が見えてくるのです。
 逆に、歴代誌にあるのに、サムエル記や列王記に書いてないものを探していくのも大事です。
 しかし、書いてあるものを読むだけでも大変なのに、書いてないものを読むというのは大変ですね。
 「そんなの、引照つき聖書なら簡単じゃん。聖書本文を読みながら、引照欄が真っ白けになってるところを探せばいい」と思うかもしれませんが、引照はけっこう細かいレベルでつけてあるので、全体としてそのエピソードが書かれていなくても、人名や地名が出てくるだけでも引照が書かれちゃうことが多いので、けっこう大変です。やってみればすぐわかります。
 新聖書注解(修道士の皆様は読めますよ)には、「サムエル記、列王記、歴代誌対照表」があるので、「あ、ここがどかんと抜けている」というところが、一方にあって他方にない話です。こういうものを使うとすぐわかります。でも新聖書注解のものは章・節だけなので、内容で読みたいところですね。内容で読めるのは、浅見定雄さんの『旧約聖書に強くなる本』(旧版なら修道士の皆様は読めます。新版は現在販売中です)です。
 まず、歴代誌に書いてない話は、サウルとダビデの対立、それからサウル死後もダビデはサウル家のイシュ・ボシェトと対立したのでした。ダビデが全イスラエルを制圧するまでは、実質的に2王朝並立みたいになつていた時期があったのですが、そんな話がまったくありません。
 逆に、歴代誌12章のダビデの勇士たちの話が、サムエル記にありません。
 11章ではダビデの「三勇士」が出てきます。これはサムエル記下23章にもありましたが、歴代誌のほうは、ヤショベアム、エレアザル……、あれ、あれ、あれれれれ。三人目がありません。サムエル記のほうではヨセブ・バッセベテ、エレアザル、シャンマ。一人目の名前が違うじゃありませんか。しかも、歴代誌上11章でエレアザルがやった「麦畑防衛」は、サムエル記じゃシャンマがやったことになってます(ただし麦畑じゃなく豆畑)。エレアザルがやったのは「剣をしっかり握って戦いぬいたあまり剣が手から離れなくなった」ことじゃありませんか。どうみても歴代誌は、エレアザルの功績とシャンマの名前の部分がすっぽり抜けちゃったとしか思えません。なんだかな。
 まあ、こういうふうにサムエル記(列王記)と比較して楽しむというのが、歴代誌の楽しみなんです。

●シラ22章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=22&mode=0
 なまけ者に関することわざがいっぱい。
 ところで、1節の「汚れた石」っていうのは、どうもウンチを拭いた石らしいです。昔は紙で拭かないで石で拭いたのね。なんか痛そう。あ、でも砂漠では、砂で洗浄するっていうのがごく一般的らしい。モンゴルに行った友人(♀)は、すっかり草原でのおトイレに慣れてしまい、「これでなきゃイヤになる」と言っておりました。ウォシュレットみたいにさらさら落ちるらしいです。

[817] 民数記5-8章 投稿者=真理子 掲示日=2011/08/01(月) 10:29:34 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=num&chapter=5&mode=0
 今日のところも困った話ですね。
 いろいろ困った話があるんですが、とりあえず5章後半の姦通疑惑の判断のしかたにしぼりますわ。
 これはイスラエル版のくがたち(盟神探湯)じゃありませんか。煮え湯の中の石を拾わせて火傷しなかったら無罪っていうやつ。そんなの絶対にに有罪になると思いきや、神職の家には、火傷をしないで石を拾う裏ワザが伝えられているらしい。「悪いことをやるとくがたちさせられるからやめとこう」という予防効果か、裁判官がこいつは無罪だと思ったらうまい手を教えてやるとか、そういうことだったんでしょうね。
 イスラエル版のくがたちは、幕屋の床のちりの入った水(あとは、呪文を洗い落とすわけですからインクも入ってるんでしょう)を飲ませるんだから、たぶんみんな無罪だったのかしらね。ちょろいちょろい。
 でもですよ、もしこれが猛烈に汚い水だったら、たとえば、食事中の方は申し訳ありませんが、ウンコの入ったものだとかだったらイヤだわ。私、オシッコは飲んだことあるんですけどね。ほら、サバイバルの状況になったらオシッコ飲んで助かったとか、生水よりははるかに衛生的な飲み水になるとかいう話があるじゃないですか。だから一度試してみようと思いまして、愛する主人のだったら飲めるだろうと思ってぐいっと飲んだんですけどね、すっごく後悔しましたわ。まぁ、いざというときには飲む肝っ玉がついたんでいいかしら。でもウンコはさすがにイヤです。以前、落語家の快楽亭ブラックさんの高座にゲストで出てらしたAV男優さんが、ウンコを食べるのが専門で、そういう体験談を話していらしたんで、いざとなったら大丈夫なのかもしれませんけどね。昔、パゾリーニ監督の『ソドムの市』にもそんなシーンが出てきてとってもイヤだった。
 まあいずれにせよ、試されるのはいつも女なのよね。まったくヤハウェは男なんだからさ。困ったもんですわ。

 6章のナジルびとっていうのは、人種じゃなくて、特別な誓いをたてることで神通力を得ようという人たちがいたんですね。ほら、あのサムソンがそうです。士13:5を読みましょう。

[816] 1テモ1-3章、シラ21章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/31(日) 10:11:41 ここから閲覧

●1テモ1-3章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ti&chapter=1&mode=0
 1テモ、2テモ、テトの3書簡は原始キリスト教団の運営に関する話題を主としている似通った内容で、「牧会書簡」と呼ばれています。いずれもパウロ真正の書簡ではないとされています。
 原始キリスト教団は今の観点からするとかなりカルト的なあぶない教団で、それだけに迫害も多かった。私たちは迫害というと映画『クォ・ヴァディス』みたいなローマ当局による弾圧を思い浮かべますが、むしろユダヤ教の側からのものが多かった。だって自分たちと同じようでその実まるきり違う主張をはじめる人が突然増殖してヘンなことをはじめるわけですからね。今だってキリスト教諸教派は、他宗教には寛容でも、エホ証とか統一教会とか、異端には厳しいじゃないですか。そんなもんです。
 どこも最初は異端だったのさ。うちもキリスト教に輪廻思想を持ち込んだり、エロを肯定して立川流を標榜していますけど、うちだって時がたてば立派な教派に成長するかもよ。そしたら私は聖人よ。今のうちにちゃんと献金持ってきなさい。
 それはそれとして、世間様はそういう異端教会を何で判断するかというと、世俗の生活習慣なんですよね。教義の論争は結局コップの中の嵐でしかありません。「あそこはえらそうなこと言ってるけど、あそこに入ると信者はスカンピンになっちゃう。大学にも行けない。ケガしても輸血できない。集団結婚とか性を抑圧している……」などというところではかるんです。あ、じゃうちはやっぱり異端のままね。昔からエロを肯定した宗派教派が栄えたことはないのよ。せいぜい密教かしら。でも真言宗だって、エロ経典の理趣経、わざとヘンな読み方して意味わからないようにしてるのよ。
 ですから今日のところでも、ともかく世間から見て道徳的にしっかりして、後ろ指をさされないようにということを教えています。
 まあ基本的にはいいんだけどさ、でも私は、2章の後半はまともに読めないわ。何これ? 偽パウロだから安心して読めるかと思ったら「女は静かにしてろ」だって。「アダムがさきでエバはあと」って、それは聖書がまるきりウソなのよ。生物っていうのは女が先で男が後なのよ。何これ「アダムはだまされなかったが女はだまされた」? そうやってすぐ男は女のせいにするんだから。で何これ? 「女は子を産むことで救われる」? 石女で悪うございましたわね。こっちだって苦しんでるのよ。ヒマさえあれば主人から聖体拝領、いえ、精子拝領の努力をしてますわよ。主人はなかなか射精してくれないから、興奮させるために、スカパーでエロ番組契約して常時つけてるし、SMだのコスプレだの母乳(私の胸に牛乳を塗って主人に飲ませる)だの着用ずみ下着だのシャワーなしクンニだの、苦労をしてるのよ。あ、やっぱりうちは異端ね。
 ちなみに最近、「バッドチェック」という、ティッシュ型の糖尿、性病チェックシートがバカ売れなんだそうで、うちも購入してチェックしてます。主人の糖尿ですよ。これはシャワーなしセックスで発覚したんです。勇気をふるってフェラったら、くさくないどころか甘いんですもの。これはヤバいと思ったものですから。今のところ大丈夫みたいですけどね。

●シラ21章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=21&mode=0
 「愚か者の頭は口についている。賢い者の口は頭についている」(26節)をはじめ、愚か者に関する爆笑格言満載。

[815] ヨハネ5-6章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/30(土) 20:48:44 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=joh&chapter=5&mode=0
 今日のところは本当に読むのが苦痛で、何を書こうかと思い悩んでいるうちに夜になってしまいました。いえ、私の書くのはキリスト教批判と決まってるんですが、それじゃ申し訳ないと思ってずるずる夜になっちゃったんです。でも偽らざる実感ですから、やっぱり書きますわ。

 ヨハネといえども福音書ですから、イエス様の奇跡などのご行状を書いた部分、今日のところでいえばヨハ5:1-18とかヨハ6:1-25みたいなところもあるんですが、ヨハネ福音書の真骨頂は、ヨハネがイエス様に説教させている小難しい理屈です。
 5章のほうじゃ、私を信じる者は永遠の命を受けるとか、6章のほうじゃ、私は天から下ってきたパンであり、私を食べる者はいつまでも生きるとか。
 えっと、私、永遠の命なんていらないです。永遠に生きるなんて苦痛じゃないですか。7-80年ごとに死というリセットをされて、次の生を受けるほうがはるかにありがたいです。
 そう思うのは私だけじゃなく、大方の日本人はみんなそうじゃないかしら。
 昨日発売されたプレジデント別冊の「仏教のチカラ」に、ベッカーさんという京大の先生が「キリスト教と仏教」という本で、終末思想のあるユダヤ・キリスト・イスラム教は、21世紀を生きる知恵を提供してくれない。むしろ、仏教と神道をベースにした日本の輪廻転生思想が21世紀を生きる知恵を提供してくれる、と説いています。
 そこで言ってらっしゃることを下敷きにしながら、ヨハネの説くイエス様に私の率直な気持ちを言いましょう。イエス様は永遠の命を説いていらっしゃいますけど、その一方でこの世はなくなっちゃうわけです。どうせなくなっちゃうわけですから、どれだけ放射能にまみれたっていいんですよ。放射能だのなんだのに汚染に汚染されたところで神の国が来て、この世はポイ。キリスト教の考えには、どこかにそういうのがあるんじゃないかしら。
 でも私にとって、永遠の命っていうのは、7-80年ごとにリセットされながらこの世を生きること。死んだら最後の審判(私は個別に随時あると思ってます)を受け、その結果で次のステージに進める。最悪の場合はそれっきり。たいていの人は「じゃまた次がんばってね。真理子ちゃんはちょっとエロすぎるから、次のステージでは不感症になってもらうからね。まじめな修道女として処女のまま一生を生きてもらおうかな」みたいに、今回の生き方を総括されて、次の生き方をスタートする。
 そして、次のステージは、やっぱりこの世界のどこかなんですよ。
 だからこそ私たちは、この世をポイしちゃだめなんです。原発続けたら、次に生まれ変わる私たちが、放射性廃棄物の処理に苦しむんです。
 たぶん、イエス様が説いた永遠の命って、こういうものだったんじゃないかしら。2000年前のヨハネがトンデモさんだったんで、今みたいなヘンな福音書になっちゃいましたけどね。

[814] ダニエル7-12章、シラ20章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/29(金) 12:54:58 ここから閲覧

●ダニエル7-12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=dan&chapter=7&mode=0
 ダニエル書は前半と後半でまるきりテイストが異なります。前半はおとぎ話のような楽しい(むごたらしい処刑シーンも突っ込みどころ満載だし結局助かりますからね)話だったのですが、後半はヨハネ黙示録のようなおどろおどろしい感じです。ヨハネ黙示録というのはあれだけが特異なのではなく、ああいう文学(黙示文学)の系譜が昔からあったんですね。
 もっともヨハネ黙示録は、トンデモさんたちがヘンな解釈をいろいろしてますけど、当時のローマの皇帝を批判してるなんてみんなバレバレで書いてるんです。例の666だって、皇帝ネロのことだなんてみんな知ってる。だからある写本では、皇帝ネロをヘブライ語で書いたらホントはこうなるはずだ、666は間違いだって、わざわざ計算し直したものまであるほどです。
 ダニエル書後半も、7章こそびっくりしますが、8章以後では著者はわざわざ自分で謎ときをやっちゃってますので、これはこれでとてもわかりやすくなっています。シャガールの絵のような世界を思い描きながら読むことです。
 なお、ダニエル書本編は12章で終わりますが、こういう終わり方が不満だった人がいるのか、13章として「スザンナ」、14章として「ベルと竜」、さらに3章で炉に投げ込まれた3人が思い切り大見得をきって唱える祈りが追加されたバージョンがありまして、バルバロとかフラ訳とか、カトリックの聖書では、最初からそれがダニエル書に入っています。新共同訳では「旧約聖書続編」として別のページになっています。当通読では10月中旬くらいにまわってきますのでお楽しみに。

●シラ20章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=20&mode=0
 冒頭、1節の「叱責が的外れに終わり、黙っているほうが賢かったということもある」と、2節の「心の中でいらいらするより、はっきりとがめたほうがいいこともある」は、まったく逆ですね。だいたいことわざっていうのは、逆のものが必ず用意されているものです。

[813] 箴言17-18章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/28(木) 07:57:32 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=pro&chapter=17&mode=0
箴17:28 「愚かな者も黙っているときは、知恵ある者と思われ、そのくちびるを閉じている時は、さとき者と思われる」
箴18:8 「人のよしあしをいう者の言葉はおいしい食物のようで、腹の奥にしみこむ」
箴18:13 「事をよく聞かないで答える者は、愚かであって恥をこうむる」

 例によって種々雑多なことわざが並んでますけど、こうして気に入ったことわざをあげてみると、言葉に関するものが多いですね。どういうことわざを面白いと思うかで、そのときの私の状況がわかるってことなのかしら。箴言はわが身を映す鏡かもしれません。

[812] 詩編96-98編、シラ19章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/27(水) 10:49:58 ここから閲覧

●詩編96-98編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=96&mode=0
 96編冒頭の「新しい歌を主にむかってうたえ」は、微妙に言葉を変えながら98編とも共通、さらには149編も共通しています。冒頭じゃなくていいなら33、40、144編もそうです。こういう詩を見ると音楽家はいたく創作意欲をかきたてられるようで、さまざまな音楽が作られています。
 偶然にもFEBCの本日の放送、飯靖子さんの「主に向かって歌おう」が、ちょうどこの96編と98編をネタにしてますね。
http://strenweb.com/asx/?ref=mms://sg2.streamrental.com/183/110727/sing110727.wma
 98編をネタにした讃美歌を2つ、96編「新しき歌もて」をネタにしたのが1つ。特に真ん中のポルトガルの歌に基づくものが面白いです。最近の讃美歌っていろんな国の音楽をネタにしてますからね。
 「新しい歌」ということで、ルター派では新年にそういう歌をうたうようで、J.S.バッハのカンタータ190番、モテットの1番に「主にむかって新しい歌を歌え」がありますが、どちらも149編がネタのようです。

●シラ19章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=19&mode=0
 「酒と女は賢い人を狂わせる。遊女に狂う者はますます恥を忘れる」とか、「うわさを聞いたら胸にしまっておけ」とか、「失言について隣人を激しく怒る前に、まずは問いただしてみよ」とか、「着こなし、笑うときの歯の動き、物腰からその人の人柄は知られる」とか、今でも通用する言葉が満載です。

[811] 片山正雄『双解独和小辞典』 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/26(火) 20:41:50 ここから閲覧

 当サイトの指定独和辞典として、往年の片山正雄(孤村)『双解独和小辞典』を全ページスキャンし、WEBでひけるようにしてみました。
http://www.babelbible.net/lutdic/lutdic.cgi?mode=koson
 著作権の切れたものということでどうしても往年のものになるのですが、聖書の読解には古めかしい辞書のほうがいいので、フラクトゥア(亀の子書体)を使ったこの辞書を選びました。
 小辞典とありますが語彙数は大辞典にひけをとりませんし、そもそもドイツ語は臨時にいくらでも複合語が作れてしまうので、どんなに語彙を収録しても完全ではないという事情があります。それならむしろ、基本語の解説をしっかりやってもらったほうがいいというところがあります。
 この辞典は、最近の辞典ほど親切ではありませんが、木村・相良程度には読みやすいレイアウトになっていると思いますので、きっとお役に立つことでしょう。

[810] アダムとエヴァの系図 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/26(火) 07:08:39 ここから閲覧

 こうしてめでたく十二支族にわりあてられたはいいんですが、ひと目でご先祖の系図を見たいという方は、これを購入するといいでしょう。
http://www.goodthingscompany.com/index.html
http://www.goodthingscompany.com/wallposter.html
 Good Things Companyというところが作った、アダムとエヴァからイエス様までの系図です。25ドルというけっこういいお値段ですけどね。お茶の水のCLCで売ってました。うちは部屋の壁に貼っております。

[809] 歴代誌上5-9章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/26(火) 06:57:03 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ch&chapter=5&mode=0
 今日のところも先週の歴代誌同様、そして昨日の民数記同様に「名簿を読む楽しみ」ですね。
 え、当事者でもないのに名簿なんか見ても面白くない?
 では、とっておきの方法をお教えします。
 みなさん、星占い、好きでしょ? NHKを除く民放各局の朝の情報バラエティー番組じゃ、どこも星占いをやってますよね。おひつじ座はこれこれ、おうし座はこれこれ……。これは誕生日によって12個の星座にふりわけられているんですけど、何月何日から何月何日までに生まれた人がおひつじ座、とかいう説明がまったくないですね。もはや、そういう説明がまったく不要なまでに、星占いは日本人に浸透・普及してるってことですね。
 星占いの星座って12個ですよね。この12っていう数字にピンときませんか?
 そう。イスラエルの十二支族ですね。
 これからは、星座の名前のかわりに、支族名を使うのです。次のように読み替えます。

おひつじ座=レウベン(ルベン)族、おうし座=シメオン族、ふたご座=ユダ族、かに座=ダン族
しし座=ナフタリ族、おとめ座=ガド族、てんびん座=アシェル族、さそり座=イサカル族
いて座=ゼブルン族、やぎ座=ベニヤミン族、みずがめ座=マナセ族、うお座=エフライム族

 レビ族は十二支族外になるんですけど、別にいいですよ、モーセやアロンをご先祖にいただきたいっていう方は自分をレビ族にしていただいてかまいません。一般には宗教の仕事に従事している人がいいでしょう。
 こうしてめでたく、みなさん全員がイスラエル十二支族のどれかに割り当てられました。そうすれば、みなさんの部族の話を、「これが私のご先祖の話ね」と、親近感をもって読めることでしょう。

[808] 民数記1-4章、シラ18章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/25(月) 10:55:11 ここから閲覧

●民数記1-4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=num&chapter=1&mode=0
 月曜日に順次読み進めてきた律法は、今日から民数記になります。
 ヘブライ語聖書ではモーセ五書(創世記~申命記)は、冒頭(近く)の単語がそのまま書名になっているのですが、後の翻訳では内容を考えた書名がつけられました。この本はヘブライ語では冒頭から5語目のבְּמִדְבַּר(ヴェミデヴァル。荒野において)がタイトルになってます。後の翻訳では、たとえばLXXのようにΑΡΙΘΜΟΙ(「数」の複数形)、ヴルガタのようにLiber Numeri(数(の複数形)の本)のようなタイトルがつけられ、ここから英語タイトルのNumbersも来ています。それが漢訳経由で民数記略とか民数記とかになりました。
 これらのタイトルは、今日読む冒頭の人口調査から来ているんでしょうが、最初から最後まで人口調査をしているわけではないので、むしろヘブライ語の「荒野において」のほうがいいかもしれません。
 レビ記という非常につまらない本のあとに来て、しかも冒頭が無味乾燥な人口調査、それがタイトルになってるせいで、この本もクリスチャンにはあまり読まれる機会が多くないかもしれません。
 しかし、この本はモーセ五書後半の最大のヤマ場になっているのです。
 今日のところではまだ出てきませんが、イスラエルの民は決してモーセに従順だったわけではありません。あまりに苛酷な砂漠の放浪の旅にがまんできなくなった民は、たびたび反乱を起こします。その最大のものが民数記に書かれております。
 小学校のときに習った日本史では、大化の改新のあとたいした事件もなく奈良時代へと突入した感がありますが、実は天皇家最大の内戦といえる壬申の乱がその間にあったことはみなさんご存知でしょう。小学生には「天智天皇ばんざい、中臣鎌足ばんざい。この二人の力で日本の基礎はできたのよ」と教えたいんでしょうが、実際はそう単純だったわけじゃないんだよってことです。
 同様に、出エジプト記後半以降があまりにつまらないのでシカトしているクリスチャンは、この間の流れを「モーセがエジプトから民をひきつれてカナンに導き…」みたいに単純にとらえていることと思いますが、そんなもんじゃなかったってわけですね。
 ちゃんと民数記もしっかり読んだフロイトは、『モーセと一神教』で、モーセ暗殺説を展開しています。実はモーセは民に殺されちゃったというわけですね。一応これはトンデモ本扱いされてますが、面白いので私はよく援用します。

 さて、今日読む人口調査はまことにつまらないのですが、これはヨシュア記の時に書いたように「名簿の価値」ととらえるべきです。名簿というのは部外者にはまことにつまらないものですが、当事者には非常に重要で、時として高値で取引されるものです。
 今はやってるのかどうか知りませんが、サンデー毎日なんかの「東大合格者高校別全氏名」というのはバカ売れするんだそうです。もちろん当事者が買うだけでなく、小学生対象の塾の先生たちが買って、6年(以上)前に卒業した子の名前を発見する楽しみというのがあるんだそうな。そういうもんだと思ってください。
 この人口調査で徴兵できる男だけで603550人いたことになってますから、女子どもを合わせてざっと100万。こんな大人数の集団が40年間も砂漠を放浪していたはずがないんですけどね。その間に子どもが生まれたり死んだりもしただろうに……と、平凡社『宗教と現代がわかる本2011』で秦剛平先生が批判していますが、秦先生が書かずとも誰でもわかることですね。ただの神話です。秦先生もこんな駄文書いてないで早くLXXの翻訳の続きを出してほしいんですけど。

●シラ18章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=18&mode=0
 最後の「財布に一銭もないのに、乞食のように借金してまで飲み歩くな。」には苦笑してしまいました。そういえば昔読んだ湯浅学『ディープコリア』にも、これから韓国に貧乏旅行をしようという著者たちが下関で見た落書きに、こんなことが書いてありました。いつの世にも真理ですね。そして、わかっちゃいるけど、やっぱり借金してまで人は飲んでしまうんです。

[807] 2テサ1-3章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/24(日) 11:24:29 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2th&chapter=1&mode=0
 テサロニケの信徒たちへのもう一つの手紙。一応パウロ真正の手紙とされていますが、1テサとの関係はよくわかっていません。
 短い手紙なので、通読は今日一日でおしまいです。
 迫害の中でがんばっている教会への激励ですが、メインは2章。いつの時代もそうですけど「終末は近い」とふれまわる人がいるんですね。それをパウロは否定します。
 あれ、でも、パウロだって、生きてる間に終末が来るって言ってたんじゃありませんでしたっけ。しかも同じテサロニケにあてた手紙の中で(一テサ4:15 [796])。
 パウロによれば、ホンモノの終末の前には「不法の者」つまり偽キリストが現れるってことらしいです。悪いやつらはこの偽キリストにだまされて自滅していき、だまされなかった人が救われるというシナリオだと言ってます。
 今日のところでは、「働かざる者食うべからず」の出典となった二テサ3:10が有名です。これって聖書の言葉だったんですね。旧約聖書の考え方によれば労働っていうのは罰なんです。本来はしなくてよかったんですが、アダムの堕落によって人間は労働しなければ生活できなくなった(創3:17-19)というわけです。暑いメソポタミアではどんな労働もつらかったんでしょう。
 パウロによれば終末は生きている間にすぐにでもやってくるので、それまでの短い間に食いつないでいくことさえできればあんまり労働しなくてもよさそうですけど、労働をしないと怠惰な生活になり、最後の審判のときにマイナスポイントになるということで、労働を命じているのです。
 仕事がきついときは、遊んで暮らせたらいいと思うものですけど、働かなくなっちゃうとあっという間にぼけちゃいますからね。だんなの父親がまさにそう。私も何度もプーだったことがありましたけど、次の仕事を見つけるだの、気のあせりなどで、結局何もできませんでしたね。何か仕事をし続けて「ああ忙しい。休みがほしい」と言ってるほうが幸せのようです。

[806] ヨハネ3-4章、シラ17章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/23(土) 11:07:22 ここから閲覧

●ヨハネ3-4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=joh&chapter=3&mode=0
 共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)に比べてヨハネは一言多い、ていうか、二言も三言も多いですね。共観福音書は具体的なエピソードの中にちらっと理屈が入ってるんですが、ヨハネは逆で、理屈の中にちらっと具体的なエピソードがあるという感じです。
 4章最後に瀕死の子どもを治すのが「二番目の奇跡」。あれ、4章まで来てるのにまだ二回しか奇跡をやってなかったんですね。あれ、一回目って何でしたっけ。2章の水を酒に変えたあれでした。それでもずいぶん読んだ気になったのは、そのくらいイエス様は理屈をくだくだと言ってるんですね。
 よく、ヨハネが好きな人と、他の福音書が好きな人と、二つにわかれる、と言いますが、こういう理屈が好きな人はヨハネが好き、具体的なエピソードから入るのが好きな人は共観福音書が好き、というふうになっているんでしょう。
 理屈というと難しそうですが、ヨハ3:16「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」(口語訳)みたいな、抜き出して紙に書いて貼るのによさそうな短くて有難い言葉は、たいてい理屈の中にあります。具体的なエピソードは長くなってしまって抜き出しに不便ですからね。ヨハネが好きだという人の多くは、ヨハネにはこういう便利な言葉がいっぱいあるからなんでしょう。

●シラ17章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=17&mode=0
 人の能力は実は神から与えられたもの、ということに関する言葉が並んでいます。これを忘れて勝手なことをやって破滅に瀕しているのが、原発事故ってことなんでしょう。

[805] 雅歌 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/23(土) 04:02:27 ここから閲覧

 私は一応、雅歌はエロ詩だと思っています。もちろん神と人との関係の比喩だのという解釈のおかげで過越祭で読まれ、聖書の仲間入りをして生き残ったんでしょうけど。
 私にとっては、牧師の説教がつまらないときにこっそり開けて読むための詩です。

 そう思ってたんですが、実は先日、雅歌は単なるエロ詩じゃなく、やっぱり宗教的なのかしらと思うキッカケがありました。
 ミサ形式でルネサンスの宗教曲を歌うコンサートをしている、ヴォーカル・アンサンブル・カペラの演奏会に行ってきました。
http://www.cappellajp.com/concert/index.html
 ビクトリアの『聖母被昇天のミサ』なんですけど、ミサ形式ですからキリエ、グローリアという通常文(定食メニュー)以外に固有文(日替わりメニュー)をグレゴリオ聖歌その他で歌います。今回はグレゴリオ聖歌だけじゃなくビクトリアの作曲したモテットが使われたんですが、その歌詞が雅歌なんですよ。聖体拝領のときにバックに雅歌を歌うなんて私はドキドキしてしまいましたが、これがよく合うんですよね。「あなたの首は象牙の塔のよう……」というのが、こういうふうに使われると、本当にマリア様をたたえるのにふさわしく聞こえます。
 雅歌も使いようでこんなに神々しい感じになるんだ、と、単に聖書を読んでるだけではわからない体験でした。

[804] 北朝鮮ポップス 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/22(金) 22:22:55 ここから閲覧

それがどういうものか、わたしは聴いたことがないのですが、文化大革命真っ最中の中国の文芸作品にも、「革命的ロマンティシズム」に秘められた男女の愛情というのがありました。
『紅色娘子軍』という、最初、白黒映画、次に「革命的現代バレエ」、さらに「革命的現代京劇」と、異なるバージョンがある作品です。
ヒロインの農奴の女性と、共産党員のヒーローとの、敬愛というか、思慕というか、「階級的兄弟姉妹の同志愛」というか、バレエのバージョンだと、まるで「白鳥の湖」のパ・ド・ドゥーを思わせる箇所があります。

21世紀になって、文化大革命時期の文芸作品を回顧・再評価する書籍が出回るようになりましたが、社会主義の理想の兄弟愛の影に、男女の自然な情愛が秘められていた作品は実は多いのだと指摘が出てきます。特に、やはり、現代バレエの作品は、その傾向が強いようです。自分が知っているだけでも、「美人魚」(マーメイド)、「沂蒙頌」(イー・モンを称える)というバレエ作品は、そのような場面がありました。

聖書の場合は、ちょうど『雅歌』がちょうどその逆ですね。男女の愛情の吐露を前面にだしておいて、実は人と神の離れられない関係を歌っているという点で。

[803] ダニエル書1-6章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/22(金) 10:56:41 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=dan&chapter=1&mode=0
 金曜日はイザヤ・エレミヤ・エゼキエルと、ずっと預言書を読んできました。
 なんだかよくわからないものを、しかも一日5章ぐらいずつという猛スピードで読んできたので、つくづくいやになったかもしれません(もっとも、ゆっくり精読したからといって楽しめるとも思えませんが)。
 その点、今回のダニエル書は、今日読む前半はものすごくわかりやすいです。
 バビロン捕囚期に活躍したダニエルというユダヤ人の話ですが、禁じられた食べ物を食べず野菜と水だけで元気で過ごした話、夢判断をしてとりたてられた話(父王と子王の二代に同じようなことをしてます)、炉に投げ込まれても平気だった話、壁に自動書記された文字を解読する話、ライオンの穴に投げ込まれても平気だった話、こういう面白い話が満載です。炉の話とライオンの話は怖いかもしれませんが、あまりに火が熱くて連行した刑吏まで焼き殺された(ダニ3:22)とか、突っ込みどころ満載です。
 こんなわけで、今でもキリスト教の幼稚園の児童劇のネタになったりします。昔もそうで、中世の音楽劇『ダニエル物語』
http://www.amazon.co.jp/%E5%85%B8%E7%A4%BC%E5%8A%87%E3%80%8C%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%80%8D-%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%AF/dp/B00005FLR6/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1311299755&sr=1-1
http://www.amazon.co.jp/Play-Daniel-Dufay-Collective/dp/B001BAU9KY/ref=sr_1_3?s=music&ie=UTF8&qid=1311299585&sr=1-3
なんかが残っています。
 なお、キリスト教の聖書では預言書扱いですけど、ユダヤ教の聖書では「その他の本」扱いになっています。

[802] 関口:独逸語大講座オンライン版 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/21(木) 19:44:29 ここから閲覧

 関口存男先生の『独逸語大講座』の文法解説部分をオンラインで閲覧できるようにしてみました。
http://www.babelbible.net/sekigk/sekigk.cgi
 フラクトゥアつまり亀の子文字を使用したドイツ語の入門書を手軽に閲覧できるようにしておきたいなと思ったものですから。ちょっと文法事項を確認したいときに便利です。
 ちなみに読本部分を含めたすべての部分は、真理子修道会にアップしてあります。著作権の切れたものですから、応接室 http://www.babelbible.net/pdf/pdfmari.cgi で閲覧可です。

[801] 箴言16章、シラ16章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/21(木) 09:27:56 ここから閲覧

●箴言16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=pro&chapter=16&mode=0
 種々雑多ですけど、傲慢を避け謙虚を説くことわざが目につきます。5節「すべて高慢な心を主はいとわれる。子孫は罪なしとされることはない。」、19節「貧しい人と共に心を低くしている方が傲慢な者と分捕り物を分け合うよりよい。」、32節「忍耐は力の強さにまさる。自制の力は町を占領するにまさる。」 非暴力思想にも通ずるような話もあるんですね。
 今のイスラエルの力にものを言わせる政策を見てると、ユダヤ人というのは力の信奉者のような気がしますけど、物事はいろんな側面があるんですよね。アメリカ文学史で必ず勉強すると思いますが、アメリカのユダヤ人文学のキーワードは、イーディッシュのshlemiel(どじで不器用なまぬけな奴)ですからね。どこか間の抜けたお人よしが主人公だっていうのが多いです。
 今日の部分を見ると、そんなことを感じたりします。

●シラ16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=sir&chapter=16&mode=0
 「子がいっぱいいたとしても、主に対する畏れがないならば、喜ぶな」。うちの主人も私も、親の信仰を捨てちゃったんですけど、そう思ってるのかしらね。二人とも母親は死にました。私はいまだに父親とは絶縁状態。主人のお父様とはいま二世帯住宅的に同居してます。私たちがけんめいに介護してるのでたぶん感謝してることでしょう。でも主人のお父様はもうかなりぼけちゃって、創価の南無妙法蓮華経も全然唱えなくなっちゃいましたから、今までの宗教的なケンカはいったい何だったんでしょう。最後には宗教よりは家族の絆よ。

[800] 詩編93-95編 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/20(水) 10:40:25 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=93&mode=0
 93編の大水というのは出エジプトの海が割れる話とかいうんじゃなく、一般的な海みたいです。この大海よりも神様は力強い、というわけで、でっかいものをあげて神様の偉大さをうたうという手法です。
 95編の「さあ、主にお祈りしよう」はいいんですけど、それまで「われら」が主語だったのに、8-11節はいきなり「あなたがた」と呼びかけられちゃいますね。10・11節の「わたし」って神様ですよね。ここは8-11節を大きくカギカッコにくくって、7節の「み声を聞くように」の内容がこれだ、と読むべきところです。
 戻って94編。「悪いあいつらをやっつけろ」というのは、今に始まった話じゃないですけど、やっぱり違和感ありますよね。詩編って敵に対してけっこう口汚いですから。ここは、悪い人間を殺せと読むのではなく、悪を一掃してください、のように読むといいでしょう。
 いまNHKラジオ第二の「カルチャーラジオ」水曜日のネタは、五十嵐正さんの『音楽が世界を動かす』。
http://www.nhk.or.jp/r2bunka/ch03/1107.html
ゴスペルとかフォークとか、詩の表面的な意味とそこに人々がこめた含意とがずいぶん違うってことがあるんですね。たとえば黒人霊歌の「ヨシュアは攻めたよジェリコ」なんて、敵をみなごろしにするヨシュア記の話をなんで黒人が歌うのかっていうと、自分たちの音楽を禁じられた彼ら(黒人は太鼓でコミュニケーションがとれるって知った白人が禁じたんですね)が許された音楽は、教会で歌う歌。その歌をうまく自分たちの境遇に引き寄せて歌う。本来は自分たちだって抑圧される側なんですけど、おれたちも苦労を乗り切れば安らかな生活になれる、というように。
 北朝鮮のポップスって首領様(金日成)将軍様(金正日)を賛美する歌ばっかりですけど、実はあれってラブソングなんです。「首領様、ピョンヤンの夜が更けました」なんていう歌詞に、実際には「いとしいあなた、夜も更けたわ。エッチしましょう」みたいな含意をこめるんです。
 そういう含意をうまくこめられるかどうかが、詩編を好きになれるかどうかなんでしょうね。

[799] ヘブライ文字パッド 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/19(火) 21:20:59 ここから閲覧

 ヘブライ語入力のためのユーティリティとして今まで使っていた「ヘブライ文字変換」をリニューアルし、「ヘブライ文字パッド」としました。
http://www.babelbible.net/lang/hepad.htm
 改良点は次のとおりです。

・一度表示したら完全にローカルで動作し、一切ネットアクセスをしません。
・Unicodeの0591-05F4までの文字は全部入力できる。
・読み方を擬似的にカナで表記する。

[798] 歴代誌1-4章、シラ15章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/19(火) 06:41:57 ここから閲覧

●歴代誌1-4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ch&chapter=1&mode=0
 歴代誌は今まで読んだ創世記~列王記下までを、別の観点からとらえた歴史書です。
 もっとも、メインはダビデ王以降の歴史であり、それ以前は系図ですませてあります。
 それだけに、旧約聖書の中では一番人気のない本かもしれません。クリスチャンの方でも、生涯に一度も開けずにすむ本かもしれません。
 なにしろ上の9章までは延々と系図です。よく、新約聖書を最初から読もうとしたら、マタイ冒頭の系図にうんざりした、という話がありますが、あんなものは実にかわいいものです。こっちは9章ぶんですからね。
 そこからの話も同じ王様の話ですからね。サムエル記や列王記と違う話もありますが、共通する話もあります。一度読んだんだから面白くない、と思う人も多いでしょう。
 いや、それは決してあなただけではありません。ユダヤ人だってそう思ったのです。
 なにしろ歴代誌って、ユダヤ教の聖書じゃ一番最後に配列されています。サムエル記や列王記は預言者(の書)なのに、こっちは「その他の本」、しかも最後の最後です。
 それは歴代誌がつまらないからです。サムエル記や列王記があるんだから、重複するようなものは価値がないって思う人も多く、最後の最後にやっとのことで「こいつも聖書の中に入れてやろう」ということで入ってきたからです。
 しかし、私たち日本の歴史書だって、日本書紀とは別に古事記というほぼ同じ内容を扱った本があり、しかも文学的にはこっちのほうがはるかに面白かったりします。今まで一度読んだ歴史も、復習をかねて、別の観点からもう一度見てみましょう。
 たとえば代上2:3のオナンさん、オナニーの語源として堂々と人類の歴史に不朽の名を残した偉人(笑)ですけど、創38で出てきましたね。オナニーといいながら実は膣外射精だったわけですけど、歴代誌じゃ名前だけですまされちゃってますね。いっぽう、兄さんのエルがどういう悪いことをしたのかって、創世記にも歴代誌にも書いてませんでしたね……みたいな感じで、今まで読んだ話と比較しながら読んでいきましょう。

 今回の系図を読む上で、前にあげた、ヤコブの子を覚える歌を、もう一度掲げておきますので、これを参考にしながら読んでみてください。

   ヤコブ(イスラエル)の息子の歌  鉄道唱歌のふしで

1.おブスなレアが生んだ子は
  レウベン、シメオン、レビにユダ
  ラケルはビルハを差し出して
  ダーンとナフタリ生みました

2.レアもジルバを差し出して
  ガードとアシェルを生ませたよ
  さらに自分もがんばって
  イサカル、ゼブルン、生みました

3.ラケルもとうとう子ができた
  その名はヨセフとベニヤミン
  ヨセフは売られてエジプトへ
  マナセとエフライム生みました

 1番に出てくるレウベンは、ルベンと表記されることも多いです。
 ダーン、ガードは、鉄道唱歌のふしで歌うと長くなってしまう部分で、本当はダン、ガドです。

●シラ15章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=15&mode=0
 知恵の賛美。知恵を女性に見立てているのが面白いです。ギリシア語のソフィアも、ヘブライ語のホクマも、知恵って女性名詞ですからね。

[797] レビ記25-27章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/18(月) 07:33:45 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=lev&chapter=25&mode=0
 今日でレビ記はおしまいです。
 25章はヨベルの年の話。7日に1日休む安息日のように、7年に1回、土地を休ませる安息年というのがあり、さらに7回目の安息年を大安息年とします。この大安息年の翌年はヨベルの年といって、これも安息年扱い(だから2年間も土地を休ませる)。レビ25:21-22によれば、「ちゃんと6年めに3年ぶんの大豊作にしてやるからさぁ」と神様は言ってますけど、ヤハウェさんの言うことなんかあてになりませんからね。これをホントにやったら、さぞや過酷な収奪をして収穫をたくわえておかなきゃね。休むのも大変なのよ。
 そして各人はもともとの土地に戻ります。土地や家屋が売られていたら無償で返還され、借金も帳消しになります。奴隷も解放されます。徳政令ですね。
 こうすることで、イスラエルの民は困窮のために散り散りになることはない、土地はもともと神様のものなんだからさ、というわけです。
 まあ、大昔はどうだったか知りませんが、歴史記録がハッキリする時代以降にこういうことが行われたことはないみたいですけどね。
 このヨベルの年(Jubilee)の話は、つまらないおどろおどろしい規定が延々と続くレビ記の中でひときわ輝く美しい規定として、クリスチャンの心をいたく刺激するようで、キリストの復活や再臨の象徴ととらえる人が多いようです。旧讃美歌263番がヨベルの年の歌で、
http://www.bekkoame.ne.jp/ha/mcc/praise/263.htm
http://www5b.biglobe.ne.jp/~chfujimi/hymn-263.htm
(音楽が鳴るので注意)私も昔うたった記憶が……

 ところでレビ25:36-37で「利子や利息をとってはならない」については、昔mixiでHK. J.さんにご質問したことがありましたわね。だって「利子や利息」っていうくらいだから利子と利息って似てるけど違うはずなんですよ。
 いまだにあんまり解決がついてませんが、せっかくDavidsonの語彙集
http://www.babelbible.net/davidson/davidson.cgi
を作ったこともありますので、あらためてひいてみましょう。
 なお、英語の辞書も作ってありますのよ。
http://www.babelbible.net/kjvdic/kjvdic.cgi?mode=saito
 斎藤秀三郎『熟語本位英和中辞典』です。往年の辞書ながら、最高の英和辞典です。豊田実の増補版が岩波から出てましたけどいま絶版。どうしてこういういい辞書を継承しないかしらね、岩波は。

 さて、
  利子:נֶשֶׁךְ(ネシェク)
  利息:תַרְבִּית(タルビート)
 利子(ネシェク)のほうはinterest(利息、利子)。ちょうどうまい具合に語根がすぐ上にありますけど、to bite(噛む)、to vex(立腹させる)、to oppress(暴力を以て人民などを抑圧する)、to lend(貸す)。よっぽど利子にはマイナスイメージがあるんですね。
 利息(タルビート)のほうはרבהのところの一番最後にあります。これもinterestですね。語根の意味は、to be or become many, numerous,to multiply。to be or become great, or greater; hence to grow up also to be mighty, powerful(多くなる。偉大になる。力強くなる)というので、たぶんこっちは「暴利」「高利」という意味合いがあるんでしょうね。
 ヘブライ語の辞書はやっぱりתרבית→רבהみたいに語根まで戻ってひかなきゃダメですね。紙媒体の辞書だとずいぶん離れたところに来ちゃって、名尾先生の辞書みたいなでっかいのだと大変です。やっぱり電子化すると便利ね。画像スキャンのいいかげんなやり方でも紙よりはるかに便利よ。

[796] 1テサ4-5章、シラ14章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/17(日) 10:11:25 ここから閲覧

●1テサ4-5章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1th&chapter=4&mode=0
 馬鹿パウロの生活指導。
 もちろん「清い生活をしろ」という指導が悪いわけではありませんが、馬鹿パウロの邪悪な点は、一テサ4:15にあるように、この愚かな男が、自分が生きている間にキリストの再臨=最後の審判がやってくると信じて疑わない、というところにあります。
 つまり彼のいう清らかな生活をしろというのは、すぐに終末がやってくるんだから、それまでに罪を犯しちゃうと元も子もなくなる、ということなのです。
 いわば「週明けには健康診断があるから、今週末は酒を控えておくか」という発想。
 いや、それだけならいいんですけど、いまでも怪しげなカルト教団が(キリスト教の中の一部の教派もこれに近い主張をしたりすることがあります)、終末が近いとかいって、どうせお金は役に立たなくなるんだから献金しましょうとか、大学進学はやめろ、仕事はやめろと言ってるでしょう。パウロの指導はまさにこれなんです。
 はっきり言います。当時のキリスト教団は怪しげなカルト教団です。
 別の言い方をすれば、自然発生的でない創始者のいる宗教は、どこもかしこも、当初は怪しげなカルト教団から出発して、だんだん穏健な団体になっていくってことなんですけどね。
 そういう穏健な団体になってからは、当初の過激な主張っていうのは、割り引いて解釈すべきなんで、ここも割り引いて解釈すべきところです。
 清らかな生き方をしろというのは言うは易いですが、人間、生きてくためにはいろいろ汚れたこともしなきゃいけません。それに目をつぶって、清らかに生きろというのは、人生の重要な一面を故意に無視する、きわめてゆがんだ思想であると思います。
 実際、イエス様は、汚れた生き方しかできない人々、罪を犯さねば生きていけない人々の側にたってくださったのではないのですか?
 今日のところは、そういう根底の思想の邪悪さを除けば、少なくとも表面的には、紙に書いて壁に貼っておくのにふさわしい美しい教訓に満ち溢れていますから、そういう表面的な使い方にとどめておくことです。

●シラ14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=14&mode=0
 死んだらお金も快楽もなくなっちゃいます。苦労してお金をためても、使うのは(息子かもしれませんがしょせんは)他人です。適度な範囲で楽しい人生を送ることです。

[795] ヨハネ1-2章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/16(土) 10:32:27 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=guetz&book=joh&chapter=1&mode=0&direction=0

 福音書は今日からヨハネによる福音書です。
 ヨハネ福音書は、はじめて日本語に訳された聖書ですね。ギュツラフ訳(1837)。中国で活躍したドイツ人宣教師。3人の漂流漁民から日本語を学んでヨハネ伝を翻訳、シンガポールで出版しました。
 聖書を全部翻訳するのは大変なので、旧約は後回しにしてまず新約からとか、新約全部も大変ならまず福音書からとか、重要だと思われる書から翻訳するのが普通ですが、ヨハネ伝が最初だってことは、4つの福音書の中ではこれが一番重要だと思ったのでしょうか。
 1章を読んでおわかりのとおり、光だの闇だの、非常に哲学的なんですけど、ここに出てくるイエス様は、かなりいっちゃってますよね。2章なんか、実のお母さんにむかって「おなご、おまえ、わしとともになにをせるか」(ギュツラフ訳)はないでしょう。私なんかこういわれたらばしばし平手うちしてやりますわ。
 ヨハネに出てくるイエス様は教えの権化という感じで、血が通っていない。後にいろいろ出てきますが、びっくりするほど残酷なことも平気で言ったりしたりします。
 こんなふうに非常にクセのある福音書なので、共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)のイエス様に親しんでいる人にはとてもとっつきにくいのですが、逆に、理屈をこねくりまわしたい人、オカルト・神秘が好きな人など、いっちゃってる方にはヨハネのほうが面白い。そんなふうに人を選ぶ福音書です。

 冒頭の「はじめに言葉があった」はとても有名。結局この言葉ってイエス様なんですよね。
 イエス様を神格化すると、じゃイエス様出現以前の人たちは救われないのかってことになっちゃいますけど、それに対抗して、実はイエス様は世の最初からいたという考え方があります。たとえば創世記では、一神教の神様がなぜか「われわれ」などという言葉を使っているところがありますが、それを根拠に「ほら、実は神様の隣にはイエス様もいるんだ」なんて言ったりするんですね。
 そういう考えが、ヨハネの冒頭にも反映しています。
 ギュツラフの「はじまりに、賢いものござる。この賢いもの、極楽とともにござる…」なんていうのは、日本語になってないという批判が多々ありますけど、じゃ今の訳の「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった」がわかりやすいかというと、全然そんなことはありません。ケセン語の山浦玄嗣先生は「初めに在ったのァ、神様の思いだった。思いが神様の胸にあった」と、解釈をまじえた意訳をしています。そのくらいにしないとわからないところ。それを考えれば、ギュツラフもけっこういい線いってると思うんですけどね。神様というと白いひげをはやしたおじいさんみたいな人格神をイメージしてしまう人にとっては、極楽くらいに言ったほうがむしろいいんじゃないかしら。

[794] 19世紀 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/15(金) 22:40:32 ここから閲覧

ほんとうに、19世紀の名著、偉大なものが数々ありますね。聖書関係だと、辞典・コンコルダンス・注解書・文法書などなど。

Thayerのギリシャ語辞典もコンパクトな割りに、いいですね。それを拡張・補充したのが、Bauer-Danker-Arndt-Gingrichのギリシャ語大辞典ですけれど、用例が豊富で、定義が細かいこと、広い時代の意味を扱っていることが売りです。
でも、ちょこちょこと聖書の原語をチェックするのにはThayerが手ごろですね。

ただ、気をつけないといけないのは、Thayerの後に、革命的とも言えるギリシャ語語彙の解明の進展があったということなので、Thayerの語彙の定義には曖昧なもの・推測によるものがあるらしいことです。

ギリシャ語でも、ヘブライ語でも、辞典の系譜っていうものがあるらしいので、それを知っておくと、使い方のヒントになるかもしれませんね。

ヘブライ語の場合だと: Wilhelm Gesenius -- BDB -- Koeler-Baumgartner -- William Holladayです。

[793] Re:Davidson 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/15(金) 10:53:18 ここから閲覧

 ご声援どうもありがとうございます。
 インターリニア本もいろいろ探してアップしつつあるのですが(たとえばミルトスのはこっそりアップしつつあります。そのうち修道会用に表示できるようにします)、インターリニアの機能はいろんなところで利用できます。
 むしろ私は、文法情報がわかったその先にステップアップできるように、辞書機能を提供するほうがいいのかなって思うようになりました。
 インターリニアとしても使えるように、文をまるごとコピーして先頭から一語一語ひけるようにしましたし、実際の形とはかなりかけ離れた形になることが多い語根をひけるように、検索窓をもう一つ追加するなど、工夫したつもりです。

 以前、知識と知恵の違いということで([649][663][664])ダアト(דָּעַת)とホクマー(חָכְמָה)の違いを教えてくださったとき、名尾先生の辞書だとよくわからなかった違いが、Davidsonのだと明確だったので、Davidsonはただものではないと思うようになりました。2-3000円程度で入手できる古い本ですが、20000円以上する名尾先生の辞書より使えるなんて!
 紙の本だと分厚いし、製本が固くて開きにくかったので、自炊(製本解体)してスキャンして使うのは、私にとっても使いやすくなりました。

 ギリシア語のも、Thayer's Greek-English Lexicon of the New Testament を入手してありますので、そのうち同工異曲のものを作ろうと思います。

 それにしても、19世紀ヨーロッパのこういう工具書の水準って高いですね。主人の領域ですが、サンスクリットやパーリ語やウルドゥー語の辞書も、19世紀英国のものがしっかり現役ですから。ヘンに新しいものを作るより、古いものを電子化するほうが使いやすいなんて。

 Davidsonの本って、1848年ってことは、現代ヘブライ語誕生以前ですね。Davidsonはヘブライ語が復活するなんて思ってもいなかったでしょうね。

[792] エゼキエル43-48章、シラ13章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/15(金) 07:24:37 ここから閲覧

●エゼキエル43-48章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=eze&chapter=43&mode=0
 前回に引き続き、将来に再建されるであろう神殿のイメージが書かれ、さらにイスラエル12部族にわりあてられる土地の配分表が示されます。そしてエゼキエル書はおしまいです。
 前回は書きませんでしたけど、エゼ40:5を見ると、神殿の周囲の壁というのは、高さと厚さが同じ。普通、壁っていうのは高さが厚さに比べてはるかに高いはずですから、ずいぶん奇妙ですね。HK.J.さんが[772]で教えてくださった動画ではちゃんとそうなってるようですけど、見るとやっぱりヘンです。
 そんなふうに、

 もともとイスラエル12部族(覚え方は[472])は、[435]で書いたように、北から順に、
   アシェル・ゼブルン・ナフタリ・(ガリラヤ湖の南に)イッサカル・マナセ
   マナセの残り
   ダン・エフライム・(ヨルダン川をはさんで)ガド・(その東にアンモン)
   ユダ・(死海の北岸に)ベニヤミン・(死海の東に)レウベン
   シメオン・(死海の東にモアブ)
みたいな配置をされていました。それがこんどは、東西方向に狭く南北方向に長い土地を、まるでたくあんを切るような感じで北から南に切り分けてます。
   ダン-アシェル-ナフタリ-マナセ-エフライム-レウベン-ユダ
   そしてエルサレムを含む部分を聖なる献納地として残し、その南から
   ベニヤミン-シメオン-イッサカル-ゼブルン-ガド
というわけで、イッサカル、ゼブルン、ガドはずいぶん南のほうに移動させられてしまいましたね。
 まあ、ユダとベニヤミン以外の部族は存在しないも同然ですから、何でもいいんでしょうけどね。

 そんなわけで、神殿も土地割り当ても、実際にこのとおりに出来るというものではなく、かなり理念的なものですが、きれいな調和のとれた形を作ろうとしていることと、エゼ47:22-23のように、外国人にも土地を割り当てろという精神を読み取るべきところだろうと思います。

●シラ13章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=13&mode=0
 相変わらずいろんなことわざが列挙されてるんですけど、最後見ました? 「ああ、それにしても格言を作るのは大変だ」ですって。聖書もこういうギャグをかましてくることがあるんですねぇ。

[791] Davidson 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/15(金) 01:24:31 ここから閲覧

作業お疲れ様です。大昔の本って、ほんとうに気の遠くなるようなデータ作成・整理作業をちまちま手でやっていたんですよねー。

ヘブライ語のコンコルダンスで、リゾフスキーっていうのがあったのですが、めっちゃ厚いのに、なんとすべて手書きのヘブライ語!! 大学時代、神学院の図書館で見かけたとき、「見事!」と思いました。聖書の写本を作るのもとんでもない根気の要る仕事ですけどね。

そして、真理子さんの作業によって、いままで見たことのないanalytical concordance なるものを初めて何なのか知る人がいっぱい出てくると思います。それは、すばらしいです。この本、Englishman's Hebrew Concordance という名前でも復刻されているので、英語圏では重宝されているはず。こういうツールが日本にはでなかったし、これかも中途半端にPDAツールくらいしかでないでしょうから、無料で真理子さんが閲覧できるようにしてくれたことは貴重です。

[790] 箴言14-15章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/14(木) 09:20:22 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=pro&chapter=14&mode=0
内容が種々雑多なので、私が読んで面白いと思ったものをいくつか並べるにとどめます。

箴14:28「国が強大であれば王は栄光を得る。民が絶えれば君主は滅びる」。前半は、「経済が豊かなら」くらいに読んでおいたほうがいいかしら。いずれにせよ、民があっての君主なのよ。

箴15:17「野菜を食べて互に愛するのは、肥えた牛を食べて互に憎むのにまさる」これは口語訳だけど、新共同訳の「肥えた牛を食べて憎み合うよりは青菜の食事で愛し合う方がよい」のほうがわかりやすいかしら。いずれにせよ、これ笑っちゃいましたわ。

[789] 詩編90-92編、シラ12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/13(水) 11:11:32 ここから閲覧

●詩編90-92編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=90&mode=0
 詩編は150編ずらーっと単一の詩集になっているわけではなく、1-41/42-72/73-89/90-106/107-150という5巻にわかれます。日本語訳ではこの区切りを明示していないものが多いですけどね。
 そんなわけでここから第4巻です。
 90編はモーセの祈りということなんですが、福音派ですらこれがモーセの作だと主張していません。なんで聖書無謬説の福音派がモーセの作であることを否定してるのかと思ったら、詩90:10で「私たちの寿命は70年、せいぜい80年」と言ってるのが、120歳で死ぬまでぴんぴんしていたモーセに合わないってことらしいです。はあ、あちら立てればこちら立たずですね。
 まあ、モーセの詩を読みたかったら、申33にあります。これだってホントかどうかわかったもんじゃありませんけどね。
 で、90編は、私の生まれる前から、それどころか山が生まれる前、世界が生まれる前から主は神様だ、それにくらべて人の一生はなんとむなしい、という思いを詠んでいます。
 かねがね「ヤハウェはしょーもない男だ」などの発言で神様にたてついている私も、やっぱりこういう気持ちは持ってます。その気持ちが信仰の始まりなんですね。おひげをはやしたおじいさんのような人格的な神様がいるとはこれっぽっちも思ってませんが、仏教でいう法のような、この世を動かす抽象的な法則を、神という言い方をすれば言えるんだろうと思います。

 91編の詩91:11-12は、イエス様が荒野で悪魔から試みられたときの詩です。

●シラ12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=12&mode=0
 悪人対処法。誰かれかまわず親切を行えばいいというわけではなさそうです。