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真理子の聖書日記


このサイトを作りながら、聖書を読みながら真理子が考えたことです。
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[812] 詩編96-98編、シラ19章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/27(水) 10:49:58 ここから閲覧

●詩編96-98編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=96&mode=0
 96編冒頭の「新しい歌を主にむかってうたえ」は、微妙に言葉を変えながら98編とも共通、さらには149編も共通しています。冒頭じゃなくていいなら33、40、144編もそうです。こういう詩を見ると音楽家はいたく創作意欲をかきたてられるようで、さまざまな音楽が作られています。
 偶然にもFEBCの本日の放送、飯靖子さんの「主に向かって歌おう」が、ちょうどこの96編と98編をネタにしてますね。
http://strenweb.com/asx/?ref=mms://sg2.streamrental.com/183/110727/sing110727.wma
 98編をネタにした讃美歌を2つ、96編「新しき歌もて」をネタにしたのが1つ。特に真ん中のポルトガルの歌に基づくものが面白いです。最近の讃美歌っていろんな国の音楽をネタにしてますからね。
 「新しい歌」ということで、ルター派では新年にそういう歌をうたうようで、J.S.バッハのカンタータ190番、モテットの1番に「主にむかって新しい歌を歌え」がありますが、どちらも149編がネタのようです。

●シラ19章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=19&mode=0
 「酒と女は賢い人を狂わせる。遊女に狂う者はますます恥を忘れる」とか、「うわさを聞いたら胸にしまっておけ」とか、「失言について隣人を激しく怒る前に、まずは問いただしてみよ」とか、「着こなし、笑うときの歯の動き、物腰からその人の人柄は知られる」とか、今でも通用する言葉が満載です。

[811] 片山正雄『双解独和小辞典』 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/26(火) 20:41:50 ここから閲覧

 当サイトの指定独和辞典として、往年の片山正雄(孤村)『双解独和小辞典』を全ページスキャンし、WEBでひけるようにしてみました。
http://www.babelbible.net/lutdic/lutdic.cgi?mode=koson
 著作権の切れたものということでどうしても往年のものになるのですが、聖書の読解には古めかしい辞書のほうがいいので、フラクトゥア(亀の子書体)を使ったこの辞書を選びました。
 小辞典とありますが語彙数は大辞典にひけをとりませんし、そもそもドイツ語は臨時にいくらでも複合語が作れてしまうので、どんなに語彙を収録しても完全ではないという事情があります。それならむしろ、基本語の解説をしっかりやってもらったほうがいいというところがあります。
 この辞典は、最近の辞典ほど親切ではありませんが、木村・相良程度には読みやすいレイアウトになっていると思いますので、きっとお役に立つことでしょう。

[810] アダムとエヴァの系図 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/26(火) 07:08:39 ここから閲覧

 こうしてめでたく十二支族にわりあてられたはいいんですが、ひと目でご先祖の系図を見たいという方は、これを購入するといいでしょう。
http://www.goodthingscompany.com/index.html
http://www.goodthingscompany.com/wallposter.html
 Good Things Companyというところが作った、アダムとエヴァからイエス様までの系図です。25ドルというけっこういいお値段ですけどね。お茶の水のCLCで売ってました。うちは部屋の壁に貼っております。

[809] 歴代誌上5-9章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/26(火) 06:57:03 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ch&chapter=5&mode=0
 今日のところも先週の歴代誌同様、そして昨日の民数記同様に「名簿を読む楽しみ」ですね。
 え、当事者でもないのに名簿なんか見ても面白くない?
 では、とっておきの方法をお教えします。
 みなさん、星占い、好きでしょ? NHKを除く民放各局の朝の情報バラエティー番組じゃ、どこも星占いをやってますよね。おひつじ座はこれこれ、おうし座はこれこれ……。これは誕生日によって12個の星座にふりわけられているんですけど、何月何日から何月何日までに生まれた人がおひつじ座、とかいう説明がまったくないですね。もはや、そういう説明がまったく不要なまでに、星占いは日本人に浸透・普及してるってことですね。
 星占いの星座って12個ですよね。この12っていう数字にピンときませんか?
 そう。イスラエルの十二支族ですね。
 これからは、星座の名前のかわりに、支族名を使うのです。次のように読み替えます。

おひつじ座=レウベン(ルベン)族、おうし座=シメオン族、ふたご座=ユダ族、かに座=ダン族
しし座=ナフタリ族、おとめ座=ガド族、てんびん座=アシェル族、さそり座=イサカル族
いて座=ゼブルン族、やぎ座=ベニヤミン族、みずがめ座=マナセ族、うお座=エフライム族

 レビ族は十二支族外になるんですけど、別にいいですよ、モーセやアロンをご先祖にいただきたいっていう方は自分をレビ族にしていただいてかまいません。一般には宗教の仕事に従事している人がいいでしょう。
 こうしてめでたく、みなさん全員がイスラエル十二支族のどれかに割り当てられました。そうすれば、みなさんの部族の話を、「これが私のご先祖の話ね」と、親近感をもって読めることでしょう。

[808] 民数記1-4章、シラ18章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/25(月) 10:55:11 ここから閲覧

●民数記1-4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=num&chapter=1&mode=0
 月曜日に順次読み進めてきた律法は、今日から民数記になります。
 ヘブライ語聖書ではモーセ五書(創世記~申命記)は、冒頭(近く)の単語がそのまま書名になっているのですが、後の翻訳では内容を考えた書名がつけられました。この本はヘブライ語では冒頭から5語目のבְּמִדְבַּר(ヴェミデヴァル。荒野において)がタイトルになってます。後の翻訳では、たとえばLXXのようにΑΡΙΘΜΟΙ(「数」の複数形)、ヴルガタのようにLiber Numeri(数(の複数形)の本)のようなタイトルがつけられ、ここから英語タイトルのNumbersも来ています。それが漢訳経由で民数記略とか民数記とかになりました。
 これらのタイトルは、今日読む冒頭の人口調査から来ているんでしょうが、最初から最後まで人口調査をしているわけではないので、むしろヘブライ語の「荒野において」のほうがいいかもしれません。
 レビ記という非常につまらない本のあとに来て、しかも冒頭が無味乾燥な人口調査、それがタイトルになってるせいで、この本もクリスチャンにはあまり読まれる機会が多くないかもしれません。
 しかし、この本はモーセ五書後半の最大のヤマ場になっているのです。
 今日のところではまだ出てきませんが、イスラエルの民は決してモーセに従順だったわけではありません。あまりに苛酷な砂漠の放浪の旅にがまんできなくなった民は、たびたび反乱を起こします。その最大のものが民数記に書かれております。
 小学校のときに習った日本史では、大化の改新のあとたいした事件もなく奈良時代へと突入した感がありますが、実は天皇家最大の内戦といえる壬申の乱がその間にあったことはみなさんご存知でしょう。小学生には「天智天皇ばんざい、中臣鎌足ばんざい。この二人の力で日本の基礎はできたのよ」と教えたいんでしょうが、実際はそう単純だったわけじゃないんだよってことです。
 同様に、出エジプト記後半以降があまりにつまらないのでシカトしているクリスチャンは、この間の流れを「モーセがエジプトから民をひきつれてカナンに導き…」みたいに単純にとらえていることと思いますが、そんなもんじゃなかったってわけですね。
 ちゃんと民数記もしっかり読んだフロイトは、『モーセと一神教』で、モーセ暗殺説を展開しています。実はモーセは民に殺されちゃったというわけですね。一応これはトンデモ本扱いされてますが、面白いので私はよく援用します。

 さて、今日読む人口調査はまことにつまらないのですが、これはヨシュア記の時に書いたように「名簿の価値」ととらえるべきです。名簿というのは部外者にはまことにつまらないものですが、当事者には非常に重要で、時として高値で取引されるものです。
 今はやってるのかどうか知りませんが、サンデー毎日なんかの「東大合格者高校別全氏名」というのはバカ売れするんだそうです。もちろん当事者が買うだけでなく、小学生対象の塾の先生たちが買って、6年(以上)前に卒業した子の名前を発見する楽しみというのがあるんだそうな。そういうもんだと思ってください。
 この人口調査で徴兵できる男だけで603550人いたことになってますから、女子どもを合わせてざっと100万。こんな大人数の集団が40年間も砂漠を放浪していたはずがないんですけどね。その間に子どもが生まれたり死んだりもしただろうに……と、平凡社『宗教と現代がわかる本2011』で秦剛平先生が批判していますが、秦先生が書かずとも誰でもわかることですね。ただの神話です。秦先生もこんな駄文書いてないで早くLXXの翻訳の続きを出してほしいんですけど。

●シラ18章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=18&mode=0
 最後の「財布に一銭もないのに、乞食のように借金してまで飲み歩くな。」には苦笑してしまいました。そういえば昔読んだ湯浅学『ディープコリア』にも、これから韓国に貧乏旅行をしようという著者たちが下関で見た落書きに、こんなことが書いてありました。いつの世にも真理ですね。そして、わかっちゃいるけど、やっぱり借金してまで人は飲んでしまうんです。

[807] 2テサ1-3章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/24(日) 11:24:29 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2th&chapter=1&mode=0
 テサロニケの信徒たちへのもう一つの手紙。一応パウロ真正の手紙とされていますが、1テサとの関係はよくわかっていません。
 短い手紙なので、通読は今日一日でおしまいです。
 迫害の中でがんばっている教会への激励ですが、メインは2章。いつの時代もそうですけど「終末は近い」とふれまわる人がいるんですね。それをパウロは否定します。
 あれ、でも、パウロだって、生きてる間に終末が来るって言ってたんじゃありませんでしたっけ。しかも同じテサロニケにあてた手紙の中で(一テサ4:15 [796])。
 パウロによれば、ホンモノの終末の前には「不法の者」つまり偽キリストが現れるってことらしいです。悪いやつらはこの偽キリストにだまされて自滅していき、だまされなかった人が救われるというシナリオだと言ってます。
 今日のところでは、「働かざる者食うべからず」の出典となった二テサ3:10が有名です。これって聖書の言葉だったんですね。旧約聖書の考え方によれば労働っていうのは罰なんです。本来はしなくてよかったんですが、アダムの堕落によって人間は労働しなければ生活できなくなった(創3:17-19)というわけです。暑いメソポタミアではどんな労働もつらかったんでしょう。
 パウロによれば終末は生きている間にすぐにでもやってくるので、それまでの短い間に食いつないでいくことさえできればあんまり労働しなくてもよさそうですけど、労働をしないと怠惰な生活になり、最後の審判のときにマイナスポイントになるということで、労働を命じているのです。
 仕事がきついときは、遊んで暮らせたらいいと思うものですけど、働かなくなっちゃうとあっという間にぼけちゃいますからね。だんなの父親がまさにそう。私も何度もプーだったことがありましたけど、次の仕事を見つけるだの、気のあせりなどで、結局何もできませんでしたね。何か仕事をし続けて「ああ忙しい。休みがほしい」と言ってるほうが幸せのようです。

[806] ヨハネ3-4章、シラ17章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/23(土) 11:07:22 ここから閲覧

●ヨハネ3-4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=joh&chapter=3&mode=0
 共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)に比べてヨハネは一言多い、ていうか、二言も三言も多いですね。共観福音書は具体的なエピソードの中にちらっと理屈が入ってるんですが、ヨハネは逆で、理屈の中にちらっと具体的なエピソードがあるという感じです。
 4章最後に瀕死の子どもを治すのが「二番目の奇跡」。あれ、4章まで来てるのにまだ二回しか奇跡をやってなかったんですね。あれ、一回目って何でしたっけ。2章の水を酒に変えたあれでした。それでもずいぶん読んだ気になったのは、そのくらいイエス様は理屈をくだくだと言ってるんですね。
 よく、ヨハネが好きな人と、他の福音書が好きな人と、二つにわかれる、と言いますが、こういう理屈が好きな人はヨハネが好き、具体的なエピソードから入るのが好きな人は共観福音書が好き、というふうになっているんでしょう。
 理屈というと難しそうですが、ヨハ3:16「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」(口語訳)みたいな、抜き出して紙に書いて貼るのによさそうな短くて有難い言葉は、たいてい理屈の中にあります。具体的なエピソードは長くなってしまって抜き出しに不便ですからね。ヨハネが好きだという人の多くは、ヨハネにはこういう便利な言葉がいっぱいあるからなんでしょう。

●シラ17章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=17&mode=0
 人の能力は実は神から与えられたもの、ということに関する言葉が並んでいます。これを忘れて勝手なことをやって破滅に瀕しているのが、原発事故ってことなんでしょう。

[805] 雅歌 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/23(土) 04:02:27 ここから閲覧

 私は一応、雅歌はエロ詩だと思っています。もちろん神と人との関係の比喩だのという解釈のおかげで過越祭で読まれ、聖書の仲間入りをして生き残ったんでしょうけど。
 私にとっては、牧師の説教がつまらないときにこっそり開けて読むための詩です。

 そう思ってたんですが、実は先日、雅歌は単なるエロ詩じゃなく、やっぱり宗教的なのかしらと思うキッカケがありました。
 ミサ形式でルネサンスの宗教曲を歌うコンサートをしている、ヴォーカル・アンサンブル・カペラの演奏会に行ってきました。
http://www.cappellajp.com/concert/index.html
 ビクトリアの『聖母被昇天のミサ』なんですけど、ミサ形式ですからキリエ、グローリアという通常文(定食メニュー)以外に固有文(日替わりメニュー)をグレゴリオ聖歌その他で歌います。今回はグレゴリオ聖歌だけじゃなくビクトリアの作曲したモテットが使われたんですが、その歌詞が雅歌なんですよ。聖体拝領のときにバックに雅歌を歌うなんて私はドキドキしてしまいましたが、これがよく合うんですよね。「あなたの首は象牙の塔のよう……」というのが、こういうふうに使われると、本当にマリア様をたたえるのにふさわしく聞こえます。
 雅歌も使いようでこんなに神々しい感じになるんだ、と、単に聖書を読んでるだけではわからない体験でした。

[804] 北朝鮮ポップス 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/22(金) 22:22:55 ここから閲覧

それがどういうものか、わたしは聴いたことがないのですが、文化大革命真っ最中の中国の文芸作品にも、「革命的ロマンティシズム」に秘められた男女の愛情というのがありました。
『紅色娘子軍』という、最初、白黒映画、次に「革命的現代バレエ」、さらに「革命的現代京劇」と、異なるバージョンがある作品です。
ヒロインの農奴の女性と、共産党員のヒーローとの、敬愛というか、思慕というか、「階級的兄弟姉妹の同志愛」というか、バレエのバージョンだと、まるで「白鳥の湖」のパ・ド・ドゥーを思わせる箇所があります。

21世紀になって、文化大革命時期の文芸作品を回顧・再評価する書籍が出回るようになりましたが、社会主義の理想の兄弟愛の影に、男女の自然な情愛が秘められていた作品は実は多いのだと指摘が出てきます。特に、やはり、現代バレエの作品は、その傾向が強いようです。自分が知っているだけでも、「美人魚」(マーメイド)、「沂蒙頌」(イー・モンを称える)というバレエ作品は、そのような場面がありました。

聖書の場合は、ちょうど『雅歌』がちょうどその逆ですね。男女の愛情の吐露を前面にだしておいて、実は人と神の離れられない関係を歌っているという点で。

[803] ダニエル書1-6章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/22(金) 10:56:41 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=dan&chapter=1&mode=0
 金曜日はイザヤ・エレミヤ・エゼキエルと、ずっと預言書を読んできました。
 なんだかよくわからないものを、しかも一日5章ぐらいずつという猛スピードで読んできたので、つくづくいやになったかもしれません(もっとも、ゆっくり精読したからといって楽しめるとも思えませんが)。
 その点、今回のダニエル書は、今日読む前半はものすごくわかりやすいです。
 バビロン捕囚期に活躍したダニエルというユダヤ人の話ですが、禁じられた食べ物を食べず野菜と水だけで元気で過ごした話、夢判断をしてとりたてられた話(父王と子王の二代に同じようなことをしてます)、炉に投げ込まれても平気だった話、壁に自動書記された文字を解読する話、ライオンの穴に投げ込まれても平気だった話、こういう面白い話が満載です。炉の話とライオンの話は怖いかもしれませんが、あまりに火が熱くて連行した刑吏まで焼き殺された(ダニ3:22)とか、突っ込みどころ満載です。
 こんなわけで、今でもキリスト教の幼稚園の児童劇のネタになったりします。昔もそうで、中世の音楽劇『ダニエル物語』
http://www.amazon.co.jp/%E5%85%B8%E7%A4%BC%E5%8A%87%E3%80%8C%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%80%8D-%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%AF/dp/B00005FLR6/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1311299755&sr=1-1
http://www.amazon.co.jp/Play-Daniel-Dufay-Collective/dp/B001BAU9KY/ref=sr_1_3?s=music&ie=UTF8&qid=1311299585&sr=1-3
なんかが残っています。
 なお、キリスト教の聖書では預言書扱いですけど、ユダヤ教の聖書では「その他の本」扱いになっています。

[802] 関口:独逸語大講座オンライン版 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/21(木) 19:44:29 ここから閲覧

 関口存男先生の『独逸語大講座』の文法解説部分をオンラインで閲覧できるようにしてみました。
http://www.babelbible.net/sekigk/sekigk.cgi
 フラクトゥアつまり亀の子文字を使用したドイツ語の入門書を手軽に閲覧できるようにしておきたいなと思ったものですから。ちょっと文法事項を確認したいときに便利です。
 ちなみに読本部分を含めたすべての部分は、真理子修道会にアップしてあります。著作権の切れたものですから、応接室 http://www.babelbible.net/pdf/pdfmari.cgi で閲覧可です。

[801] 箴言16章、シラ16章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/21(木) 09:27:56 ここから閲覧

●箴言16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=pro&chapter=16&mode=0
 種々雑多ですけど、傲慢を避け謙虚を説くことわざが目につきます。5節「すべて高慢な心を主はいとわれる。子孫は罪なしとされることはない。」、19節「貧しい人と共に心を低くしている方が傲慢な者と分捕り物を分け合うよりよい。」、32節「忍耐は力の強さにまさる。自制の力は町を占領するにまさる。」 非暴力思想にも通ずるような話もあるんですね。
 今のイスラエルの力にものを言わせる政策を見てると、ユダヤ人というのは力の信奉者のような気がしますけど、物事はいろんな側面があるんですよね。アメリカ文学史で必ず勉強すると思いますが、アメリカのユダヤ人文学のキーワードは、イーディッシュのshlemiel(どじで不器用なまぬけな奴)ですからね。どこか間の抜けたお人よしが主人公だっていうのが多いです。
 今日の部分を見ると、そんなことを感じたりします。

●シラ16章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=sir&chapter=16&mode=0
 「子がいっぱいいたとしても、主に対する畏れがないならば、喜ぶな」。うちの主人も私も、親の信仰を捨てちゃったんですけど、そう思ってるのかしらね。二人とも母親は死にました。私はいまだに父親とは絶縁状態。主人のお父様とはいま二世帯住宅的に同居してます。私たちがけんめいに介護してるのでたぶん感謝してることでしょう。でも主人のお父様はもうかなりぼけちゃって、創価の南無妙法蓮華経も全然唱えなくなっちゃいましたから、今までの宗教的なケンカはいったい何だったんでしょう。最後には宗教よりは家族の絆よ。

[800] 詩編93-95編 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/20(水) 10:40:25 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=93&mode=0
 93編の大水というのは出エジプトの海が割れる話とかいうんじゃなく、一般的な海みたいです。この大海よりも神様は力強い、というわけで、でっかいものをあげて神様の偉大さをうたうという手法です。
 95編の「さあ、主にお祈りしよう」はいいんですけど、それまで「われら」が主語だったのに、8-11節はいきなり「あなたがた」と呼びかけられちゃいますね。10・11節の「わたし」って神様ですよね。ここは8-11節を大きくカギカッコにくくって、7節の「み声を聞くように」の内容がこれだ、と読むべきところです。
 戻って94編。「悪いあいつらをやっつけろ」というのは、今に始まった話じゃないですけど、やっぱり違和感ありますよね。詩編って敵に対してけっこう口汚いですから。ここは、悪い人間を殺せと読むのではなく、悪を一掃してください、のように読むといいでしょう。
 いまNHKラジオ第二の「カルチャーラジオ」水曜日のネタは、五十嵐正さんの『音楽が世界を動かす』。
http://www.nhk.or.jp/r2bunka/ch03/1107.html
ゴスペルとかフォークとか、詩の表面的な意味とそこに人々がこめた含意とがずいぶん違うってことがあるんですね。たとえば黒人霊歌の「ヨシュアは攻めたよジェリコ」なんて、敵をみなごろしにするヨシュア記の話をなんで黒人が歌うのかっていうと、自分たちの音楽を禁じられた彼ら(黒人は太鼓でコミュニケーションがとれるって知った白人が禁じたんですね)が許された音楽は、教会で歌う歌。その歌をうまく自分たちの境遇に引き寄せて歌う。本来は自分たちだって抑圧される側なんですけど、おれたちも苦労を乗り切れば安らかな生活になれる、というように。
 北朝鮮のポップスって首領様(金日成)将軍様(金正日)を賛美する歌ばっかりですけど、実はあれってラブソングなんです。「首領様、ピョンヤンの夜が更けました」なんていう歌詞に、実際には「いとしいあなた、夜も更けたわ。エッチしましょう」みたいな含意をこめるんです。
 そういう含意をうまくこめられるかどうかが、詩編を好きになれるかどうかなんでしょうね。

[799] ヘブライ文字パッド 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/19(火) 21:20:59 ここから閲覧

 ヘブライ語入力のためのユーティリティとして今まで使っていた「ヘブライ文字変換」をリニューアルし、「ヘブライ文字パッド」としました。
http://www.babelbible.net/lang/hepad.htm
 改良点は次のとおりです。

・一度表示したら完全にローカルで動作し、一切ネットアクセスをしません。
・Unicodeの0591-05F4までの文字は全部入力できる。
・読み方を擬似的にカナで表記する。

[798] 歴代誌1-4章、シラ15章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/19(火) 06:41:57 ここから閲覧

●歴代誌1-4章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1ch&chapter=1&mode=0
 歴代誌は今まで読んだ創世記~列王記下までを、別の観点からとらえた歴史書です。
 もっとも、メインはダビデ王以降の歴史であり、それ以前は系図ですませてあります。
 それだけに、旧約聖書の中では一番人気のない本かもしれません。クリスチャンの方でも、生涯に一度も開けずにすむ本かもしれません。
 なにしろ上の9章までは延々と系図です。よく、新約聖書を最初から読もうとしたら、マタイ冒頭の系図にうんざりした、という話がありますが、あんなものは実にかわいいものです。こっちは9章ぶんですからね。
 そこからの話も同じ王様の話ですからね。サムエル記や列王記と違う話もありますが、共通する話もあります。一度読んだんだから面白くない、と思う人も多いでしょう。
 いや、それは決してあなただけではありません。ユダヤ人だってそう思ったのです。
 なにしろ歴代誌って、ユダヤ教の聖書じゃ一番最後に配列されています。サムエル記や列王記は預言者(の書)なのに、こっちは「その他の本」、しかも最後の最後です。
 それは歴代誌がつまらないからです。サムエル記や列王記があるんだから、重複するようなものは価値がないって思う人も多く、最後の最後にやっとのことで「こいつも聖書の中に入れてやろう」ということで入ってきたからです。
 しかし、私たち日本の歴史書だって、日本書紀とは別に古事記というほぼ同じ内容を扱った本があり、しかも文学的にはこっちのほうがはるかに面白かったりします。今まで一度読んだ歴史も、復習をかねて、別の観点からもう一度見てみましょう。
 たとえば代上2:3のオナンさん、オナニーの語源として堂々と人類の歴史に不朽の名を残した偉人(笑)ですけど、創38で出てきましたね。オナニーといいながら実は膣外射精だったわけですけど、歴代誌じゃ名前だけですまされちゃってますね。いっぽう、兄さんのエルがどういう悪いことをしたのかって、創世記にも歴代誌にも書いてませんでしたね……みたいな感じで、今まで読んだ話と比較しながら読んでいきましょう。

 今回の系図を読む上で、前にあげた、ヤコブの子を覚える歌を、もう一度掲げておきますので、これを参考にしながら読んでみてください。

   ヤコブ(イスラエル)の息子の歌  鉄道唱歌のふしで

1.おブスなレアが生んだ子は
  レウベン、シメオン、レビにユダ
  ラケルはビルハを差し出して
  ダーンとナフタリ生みました

2.レアもジルバを差し出して
  ガードとアシェルを生ませたよ
  さらに自分もがんばって
  イサカル、ゼブルン、生みました

3.ラケルもとうとう子ができた
  その名はヨセフとベニヤミン
  ヨセフは売られてエジプトへ
  マナセとエフライム生みました

 1番に出てくるレウベンは、ルベンと表記されることも多いです。
 ダーン、ガードは、鉄道唱歌のふしで歌うと長くなってしまう部分で、本当はダン、ガドです。

●シラ15章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=15&mode=0
 知恵の賛美。知恵を女性に見立てているのが面白いです。ギリシア語のソフィアも、ヘブライ語のホクマも、知恵って女性名詞ですからね。

[797] レビ記25-27章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/18(月) 07:33:45 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=lev&chapter=25&mode=0
 今日でレビ記はおしまいです。
 25章はヨベルの年の話。7日に1日休む安息日のように、7年に1回、土地を休ませる安息年というのがあり、さらに7回目の安息年を大安息年とします。この大安息年の翌年はヨベルの年といって、これも安息年扱い(だから2年間も土地を休ませる)。レビ25:21-22によれば、「ちゃんと6年めに3年ぶんの大豊作にしてやるからさぁ」と神様は言ってますけど、ヤハウェさんの言うことなんかあてになりませんからね。これをホントにやったら、さぞや過酷な収奪をして収穫をたくわえておかなきゃね。休むのも大変なのよ。
 そして各人はもともとの土地に戻ります。土地や家屋が売られていたら無償で返還され、借金も帳消しになります。奴隷も解放されます。徳政令ですね。
 こうすることで、イスラエルの民は困窮のために散り散りになることはない、土地はもともと神様のものなんだからさ、というわけです。
 まあ、大昔はどうだったか知りませんが、歴史記録がハッキリする時代以降にこういうことが行われたことはないみたいですけどね。
 このヨベルの年(Jubilee)の話は、つまらないおどろおどろしい規定が延々と続くレビ記の中でひときわ輝く美しい規定として、クリスチャンの心をいたく刺激するようで、キリストの復活や再臨の象徴ととらえる人が多いようです。旧讃美歌263番がヨベルの年の歌で、
http://www.bekkoame.ne.jp/ha/mcc/praise/263.htm
http://www5b.biglobe.ne.jp/~chfujimi/hymn-263.htm
(音楽が鳴るので注意)私も昔うたった記憶が……

 ところでレビ25:36-37で「利子や利息をとってはならない」については、昔mixiでHK. J.さんにご質問したことがありましたわね。だって「利子や利息」っていうくらいだから利子と利息って似てるけど違うはずなんですよ。
 いまだにあんまり解決がついてませんが、せっかくDavidsonの語彙集
http://www.babelbible.net/davidson/davidson.cgi
を作ったこともありますので、あらためてひいてみましょう。
 なお、英語の辞書も作ってありますのよ。
http://www.babelbible.net/kjvdic/kjvdic.cgi?mode=saito
 斎藤秀三郎『熟語本位英和中辞典』です。往年の辞書ながら、最高の英和辞典です。豊田実の増補版が岩波から出てましたけどいま絶版。どうしてこういういい辞書を継承しないかしらね、岩波は。

 さて、
  利子:נֶשֶׁךְ(ネシェク)
  利息:תַרְבִּית(タルビート)
 利子(ネシェク)のほうはinterest(利息、利子)。ちょうどうまい具合に語根がすぐ上にありますけど、to bite(噛む)、to vex(立腹させる)、to oppress(暴力を以て人民などを抑圧する)、to lend(貸す)。よっぽど利子にはマイナスイメージがあるんですね。
 利息(タルビート)のほうはרבהのところの一番最後にあります。これもinterestですね。語根の意味は、to be or become many, numerous,to multiply。to be or become great, or greater; hence to grow up also to be mighty, powerful(多くなる。偉大になる。力強くなる)というので、たぶんこっちは「暴利」「高利」という意味合いがあるんでしょうね。
 ヘブライ語の辞書はやっぱりתרבית→רבהみたいに語根まで戻ってひかなきゃダメですね。紙媒体の辞書だとずいぶん離れたところに来ちゃって、名尾先生の辞書みたいなでっかいのだと大変です。やっぱり電子化すると便利ね。画像スキャンのいいかげんなやり方でも紙よりはるかに便利よ。

[796] 1テサ4-5章、シラ14章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/17(日) 10:11:25 ここから閲覧

●1テサ4-5章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1th&chapter=4&mode=0
 馬鹿パウロの生活指導。
 もちろん「清い生活をしろ」という指導が悪いわけではありませんが、馬鹿パウロの邪悪な点は、一テサ4:15にあるように、この愚かな男が、自分が生きている間にキリストの再臨=最後の審判がやってくると信じて疑わない、というところにあります。
 つまり彼のいう清らかな生活をしろというのは、すぐに終末がやってくるんだから、それまでに罪を犯しちゃうと元も子もなくなる、ということなのです。
 いわば「週明けには健康診断があるから、今週末は酒を控えておくか」という発想。
 いや、それだけならいいんですけど、いまでも怪しげなカルト教団が(キリスト教の中の一部の教派もこれに近い主張をしたりすることがあります)、終末が近いとかいって、どうせお金は役に立たなくなるんだから献金しましょうとか、大学進学はやめろ、仕事はやめろと言ってるでしょう。パウロの指導はまさにこれなんです。
 はっきり言います。当時のキリスト教団は怪しげなカルト教団です。
 別の言い方をすれば、自然発生的でない創始者のいる宗教は、どこもかしこも、当初は怪しげなカルト教団から出発して、だんだん穏健な団体になっていくってことなんですけどね。
 そういう穏健な団体になってからは、当初の過激な主張っていうのは、割り引いて解釈すべきなんで、ここも割り引いて解釈すべきところです。
 清らかな生き方をしろというのは言うは易いですが、人間、生きてくためにはいろいろ汚れたこともしなきゃいけません。それに目をつぶって、清らかに生きろというのは、人生の重要な一面を故意に無視する、きわめてゆがんだ思想であると思います。
 実際、イエス様は、汚れた生き方しかできない人々、罪を犯さねば生きていけない人々の側にたってくださったのではないのですか?
 今日のところは、そういう根底の思想の邪悪さを除けば、少なくとも表面的には、紙に書いて壁に貼っておくのにふさわしい美しい教訓に満ち溢れていますから、そういう表面的な使い方にとどめておくことです。

●シラ14章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=14&mode=0
 死んだらお金も快楽もなくなっちゃいます。苦労してお金をためても、使うのは(息子かもしれませんがしょせんは)他人です。適度な範囲で楽しい人生を送ることです。

[795] ヨハネ1-2章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/16(土) 10:32:27 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&bible1=guetz&book=joh&chapter=1&mode=0&direction=0

 福音書は今日からヨハネによる福音書です。
 ヨハネ福音書は、はじめて日本語に訳された聖書ですね。ギュツラフ訳(1837)。中国で活躍したドイツ人宣教師。3人の漂流漁民から日本語を学んでヨハネ伝を翻訳、シンガポールで出版しました。
 聖書を全部翻訳するのは大変なので、旧約は後回しにしてまず新約からとか、新約全部も大変ならまず福音書からとか、重要だと思われる書から翻訳するのが普通ですが、ヨハネ伝が最初だってことは、4つの福音書の中ではこれが一番重要だと思ったのでしょうか。
 1章を読んでおわかりのとおり、光だの闇だの、非常に哲学的なんですけど、ここに出てくるイエス様は、かなりいっちゃってますよね。2章なんか、実のお母さんにむかって「おなご、おまえ、わしとともになにをせるか」(ギュツラフ訳)はないでしょう。私なんかこういわれたらばしばし平手うちしてやりますわ。
 ヨハネに出てくるイエス様は教えの権化という感じで、血が通っていない。後にいろいろ出てきますが、びっくりするほど残酷なことも平気で言ったりしたりします。
 こんなふうに非常にクセのある福音書なので、共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)のイエス様に親しんでいる人にはとてもとっつきにくいのですが、逆に、理屈をこねくりまわしたい人、オカルト・神秘が好きな人など、いっちゃってる方にはヨハネのほうが面白い。そんなふうに人を選ぶ福音書です。

 冒頭の「はじめに言葉があった」はとても有名。結局この言葉ってイエス様なんですよね。
 イエス様を神格化すると、じゃイエス様出現以前の人たちは救われないのかってことになっちゃいますけど、それに対抗して、実はイエス様は世の最初からいたという考え方があります。たとえば創世記では、一神教の神様がなぜか「われわれ」などという言葉を使っているところがありますが、それを根拠に「ほら、実は神様の隣にはイエス様もいるんだ」なんて言ったりするんですね。
 そういう考えが、ヨハネの冒頭にも反映しています。
 ギュツラフの「はじまりに、賢いものござる。この賢いもの、極楽とともにござる…」なんていうのは、日本語になってないという批判が多々ありますけど、じゃ今の訳の「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった」がわかりやすいかというと、全然そんなことはありません。ケセン語の山浦玄嗣先生は「初めに在ったのァ、神様の思いだった。思いが神様の胸にあった」と、解釈をまじえた意訳をしています。そのくらいにしないとわからないところ。それを考えれば、ギュツラフもけっこういい線いってると思うんですけどね。神様というと白いひげをはやしたおじいさんみたいな人格神をイメージしてしまう人にとっては、極楽くらいに言ったほうがむしろいいんじゃないかしら。

[794] 19世紀 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/15(金) 22:40:32 ここから閲覧

ほんとうに、19世紀の名著、偉大なものが数々ありますね。聖書関係だと、辞典・コンコルダンス・注解書・文法書などなど。

Thayerのギリシャ語辞典もコンパクトな割りに、いいですね。それを拡張・補充したのが、Bauer-Danker-Arndt-Gingrichのギリシャ語大辞典ですけれど、用例が豊富で、定義が細かいこと、広い時代の意味を扱っていることが売りです。
でも、ちょこちょこと聖書の原語をチェックするのにはThayerが手ごろですね。

ただ、気をつけないといけないのは、Thayerの後に、革命的とも言えるギリシャ語語彙の解明の進展があったということなので、Thayerの語彙の定義には曖昧なもの・推測によるものがあるらしいことです。

ギリシャ語でも、ヘブライ語でも、辞典の系譜っていうものがあるらしいので、それを知っておくと、使い方のヒントになるかもしれませんね。

ヘブライ語の場合だと: Wilhelm Gesenius -- BDB -- Koeler-Baumgartner -- William Holladayです。

[793] Re:Davidson 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/15(金) 10:53:18 ここから閲覧

 ご声援どうもありがとうございます。
 インターリニア本もいろいろ探してアップしつつあるのですが(たとえばミルトスのはこっそりアップしつつあります。そのうち修道会用に表示できるようにします)、インターリニアの機能はいろんなところで利用できます。
 むしろ私は、文法情報がわかったその先にステップアップできるように、辞書機能を提供するほうがいいのかなって思うようになりました。
 インターリニアとしても使えるように、文をまるごとコピーして先頭から一語一語ひけるようにしましたし、実際の形とはかなりかけ離れた形になることが多い語根をひけるように、検索窓をもう一つ追加するなど、工夫したつもりです。

 以前、知識と知恵の違いということで([649][663][664])ダアト(דָּעַת)とホクマー(חָכְמָה)の違いを教えてくださったとき、名尾先生の辞書だとよくわからなかった違いが、Davidsonのだと明確だったので、Davidsonはただものではないと思うようになりました。2-3000円程度で入手できる古い本ですが、20000円以上する名尾先生の辞書より使えるなんて!
 紙の本だと分厚いし、製本が固くて開きにくかったので、自炊(製本解体)してスキャンして使うのは、私にとっても使いやすくなりました。

 ギリシア語のも、Thayer's Greek-English Lexicon of the New Testament を入手してありますので、そのうち同工異曲のものを作ろうと思います。

 それにしても、19世紀ヨーロッパのこういう工具書の水準って高いですね。主人の領域ですが、サンスクリットやパーリ語やウルドゥー語の辞書も、19世紀英国のものがしっかり現役ですから。ヘンに新しいものを作るより、古いものを電子化するほうが使いやすいなんて。

 Davidsonの本って、1848年ってことは、現代ヘブライ語誕生以前ですね。Davidsonはヘブライ語が復活するなんて思ってもいなかったでしょうね。

[792] エゼキエル43-48章、シラ13章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/15(金) 07:24:37 ここから閲覧

●エゼキエル43-48章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=eze&chapter=43&mode=0
 前回に引き続き、将来に再建されるであろう神殿のイメージが書かれ、さらにイスラエル12部族にわりあてられる土地の配分表が示されます。そしてエゼキエル書はおしまいです。
 前回は書きませんでしたけど、エゼ40:5を見ると、神殿の周囲の壁というのは、高さと厚さが同じ。普通、壁っていうのは高さが厚さに比べてはるかに高いはずですから、ずいぶん奇妙ですね。HK.J.さんが[772]で教えてくださった動画ではちゃんとそうなってるようですけど、見るとやっぱりヘンです。
 そんなふうに、

 もともとイスラエル12部族(覚え方は[472])は、[435]で書いたように、北から順に、
   アシェル・ゼブルン・ナフタリ・(ガリラヤ湖の南に)イッサカル・マナセ
   マナセの残り
   ダン・エフライム・(ヨルダン川をはさんで)ガド・(その東にアンモン)
   ユダ・(死海の北岸に)ベニヤミン・(死海の東に)レウベン
   シメオン・(死海の東にモアブ)
みたいな配置をされていました。それがこんどは、東西方向に狭く南北方向に長い土地を、まるでたくあんを切るような感じで北から南に切り分けてます。
   ダン-アシェル-ナフタリ-マナセ-エフライム-レウベン-ユダ
   そしてエルサレムを含む部分を聖なる献納地として残し、その南から
   ベニヤミン-シメオン-イッサカル-ゼブルン-ガド
というわけで、イッサカル、ゼブルン、ガドはずいぶん南のほうに移動させられてしまいましたね。
 まあ、ユダとベニヤミン以外の部族は存在しないも同然ですから、何でもいいんでしょうけどね。

 そんなわけで、神殿も土地割り当ても、実際にこのとおりに出来るというものではなく、かなり理念的なものですが、きれいな調和のとれた形を作ろうとしていることと、エゼ47:22-23のように、外国人にも土地を割り当てろという精神を読み取るべきところだろうと思います。

●シラ13章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=13&mode=0
 相変わらずいろんなことわざが列挙されてるんですけど、最後見ました? 「ああ、それにしても格言を作るのは大変だ」ですって。聖書もこういうギャグをかましてくることがあるんですねぇ。

[791] Davidson 投稿者=HK. J. 掲示日=2011/07/15(金) 01:24:31 ここから閲覧

作業お疲れ様です。大昔の本って、ほんとうに気の遠くなるようなデータ作成・整理作業をちまちま手でやっていたんですよねー。

ヘブライ語のコンコルダンスで、リゾフスキーっていうのがあったのですが、めっちゃ厚いのに、なんとすべて手書きのヘブライ語!! 大学時代、神学院の図書館で見かけたとき、「見事!」と思いました。聖書の写本を作るのもとんでもない根気の要る仕事ですけどね。

そして、真理子さんの作業によって、いままで見たことのないanalytical concordance なるものを初めて何なのか知る人がいっぱい出てくると思います。それは、すばらしいです。この本、Englishman's Hebrew Concordance という名前でも復刻されているので、英語圏では重宝されているはず。こういうツールが日本にはでなかったし、これかも中途半端にPDAツールくらいしかでないでしょうから、無料で真理子さんが閲覧できるようにしてくれたことは貴重です。

[790] 箴言14-15章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/14(木) 09:20:22 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=pro&chapter=14&mode=0
内容が種々雑多なので、私が読んで面白いと思ったものをいくつか並べるにとどめます。

箴14:28「国が強大であれば王は栄光を得る。民が絶えれば君主は滅びる」。前半は、「経済が豊かなら」くらいに読んでおいたほうがいいかしら。いずれにせよ、民があっての君主なのよ。

箴15:17「野菜を食べて互に愛するのは、肥えた牛を食べて互に憎むのにまさる」これは口語訳だけど、新共同訳の「肥えた牛を食べて憎み合うよりは青菜の食事で愛し合う方がよい」のほうがわかりやすいかしら。いずれにせよ、これ笑っちゃいましたわ。

[789] 詩編90-92編、シラ12章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/13(水) 11:11:32 ここから閲覧

●詩編90-92編
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=psa&chapter=90&mode=0
 詩編は150編ずらーっと単一の詩集になっているわけではなく、1-41/42-72/73-89/90-106/107-150という5巻にわかれます。日本語訳ではこの区切りを明示していないものが多いですけどね。
 そんなわけでここから第4巻です。
 90編はモーセの祈りということなんですが、福音派ですらこれがモーセの作だと主張していません。なんで聖書無謬説の福音派がモーセの作であることを否定してるのかと思ったら、詩90:10で「私たちの寿命は70年、せいぜい80年」と言ってるのが、120歳で死ぬまでぴんぴんしていたモーセに合わないってことらしいです。はあ、あちら立てればこちら立たずですね。
 まあ、モーセの詩を読みたかったら、申33にあります。これだってホントかどうかわかったもんじゃありませんけどね。
 で、90編は、私の生まれる前から、それどころか山が生まれる前、世界が生まれる前から主は神様だ、それにくらべて人の一生はなんとむなしい、という思いを詠んでいます。
 かねがね「ヤハウェはしょーもない男だ」などの発言で神様にたてついている私も、やっぱりこういう気持ちは持ってます。その気持ちが信仰の始まりなんですね。おひげをはやしたおじいさんのような人格的な神様がいるとはこれっぽっちも思ってませんが、仏教でいう法のような、この世を動かす抽象的な法則を、神という言い方をすれば言えるんだろうと思います。

 91編の詩91:11-12は、イエス様が荒野で悪魔から試みられたときの詩です。

●シラ12章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=sir&chapter=12&mode=0
 悪人対処法。誰かれかまわず親切を行えばいいというわけではなさそうです。

[788] Davidson Hebrew Lexicon 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/12(火) 23:17:56 ここから閲覧

 ヘブライ語聖書の語彙集として昔からよく使われてきた、 Davidson : The Analytical Hebrew and Chaldee Lexicon を全ページスキャンして簡単な検索機能をつけてみました。

http://www.babelbible.net/davidson/davidson.cgi

 まだヘルプが書きかけなんですけど、とりあえず公開いたします。

[787] 南北の王を覚える歌 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/12(火) 07:25:14 ここから閲覧

 前々から作る作ると言っておきながらさぼっていた、南北の王を覚える歌。一応作ってみましたが、鉄道唱歌の替え歌で9番までできちゃったわ。長すぎる。

ソロモン王が死んだあと
国は2つに分裂し
10部族もらったヤラベアム
シケムに都をおきました

その子のナダブを打ち倒し
バアシャとエラが即位して
さらにジムリがクーデター
七日天下で殺された

オムリはサマリア遷都して
アハブの時代にエリヤ出る
アハジヤ、ヨラムと続いては
預言者エリシャも活躍す

南はユダ族、エフライム
治める王様レハベアム
アビヤム、アサ、ヨシャパテと経て
北と同名ヨラム立つ

南のアハジヤ北に行き
ヨラムを見舞ってみたものの
エヒウのクーデターに巻きこまれ
母のアタリヤ即位する

北はエヒウにエホヤハズ
南はアタリヤ殺されて
ヨアシが立ってみたものの
北もヨアシが即位する

南はアマジア、次ウジヤ
病気でヨタムに交代す
北はヤラベアム、次ヨタム
おんなじ名前になっちゃった

北はゼカリヤそのあとは
シャルム、メナヘム、ペカ、ホセア
みんな謀反で即位して
国まで滅んでしまったわ

アハズ、ヒゼキヤ、マナセ、アモン
ヨシヤ、エホヤハズ、エホヤキム
エホヤキン、ゼデキヤと即位して
南も滅んでしまったわ

 浅見定雄さんが『旧約聖書に強くなる本』で紹介しているのは、王名の一部(必ずしも頭文字とは限らない)をつなぎ合わせた語呂合わせですけど、それじゃ最初にしっかり王名を覚えてないと使えない。だから私は王名を省略せず詠み込むことにしました。なお、王名は口語訳聖書に従いました。
 それから、南だけ、北だけだと、同時代の関連がわかりにくくなるので、列王記に従って、北ちょこ、南ちょこ、北ちょこ、南ちょこ……としてみました。

[786] ユダヤ教は三度作られた 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/12(火) 07:19:23 ここから閲覧

 ヨシヤ王の時代に出てきた昔の律法の本というのは具体的には申命記。実際にはこの時代に創作されたのでしょう。
 最近、井上寛司『「神道」の虚像と実像』(講談社現代新書)という本を読んでまして、帯に書いてある「神道は三度「つくられた」」というコピーが気に入りました。その言い方を借りれば、ユダヤ教も三度作られたと言えるでしょう。一度目がヨシヤ王のとき。二度目がバビロン捕囚後のエズラの時代。三度目がイエスの死後のユダヤ戦争の敗北後というところでしょうか。
 ヨシヤ王以前はもちろんヤハウェ神への信仰はあったものの、そんなのはバアル神だの何だのさまざまいる神の一つに過ぎません。ヨシヤ王の時代にヤハウェ神の一神教が確立したのです。そしてそれに従って、いろいろな伝説が再構成されたのです。ヨシュア記~列王記も、この新しい一神教に基づいて再構成されたもの。士師記とか列王記とか読むと、イスラエルの民はよくもまあ不信仰なことばかりするという感がありますが、この時代の人が後にタイムスリップして列王記を読んだらポカーンでしょうね。ホントはヤハウェなんてたくさんいる神様の一人に過ぎませんから、彼らはちっとも罪悪感なくいろんな神様を信仰したというだけのことです。
 モーセの出エジプトの故事とか、創世記に書かれているアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフらの話は、それらしいことは実際にあったのかもしれませんが、みんなこの時代に体系化されたのでしょう。これがユダヤ教が作られた「一度目」。
 このおかげで南王国の民は、王国が滅んでも、北王国みたいに他民族と同化したりすることなく、独自のアイデンティティを持って団結し、エルサレムへの帰還がかなった後は、エズラの指揮で神殿を再建しながらユダヤ教を体系化していきます。これが二度目。
 ユダヤ教はイエス様の死後、ユダヤ戦争に敗北し、エルサレムが破壊され、散り散りにされるという危機の中で整備され、以後はほぼそのまま現在にまで至っています。聖書だってこの時代に最終確定したんです。けっこう新しいんです。

[785] 列王記下21-25章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/12(火) 07:17:16 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=2ki&chapter=21&mode=0
 南は(もう南しかありませんけどね)マナセ(南14。BC687-642)。南の王様の中では最悪の王様ということになっていますが、その詐術については後述しましょう。死後はアモン(南15。BC642-640)が立ちますが、クーデターで殺されます。しかしこのクーデターは民の支持がなく、首謀者たちは殺され、ヨシヤ(南16。BC640-609)が即位します(21章)。
 ヨシヤの時代に大祭司ヒルキヤが宮殿工事の際に昔の律法の本を見つけます。これを読むと、いかに今の政治が律法に反しているかがよくわかり、異教の神々を廃し、長らく行われてこなかった過越祭を復活させるなど、神様の心にかなうよい政治をします。
 じゃ、そんなにいい王様がいていいことをしたなら、さぞやエルサレムは栄えたことだろうと思うのですが、現実にはまもなく新バビロニアが攻めてきてバビロン捕囚が始まっちゃうわけですから、まったくヤハウェというのはご利益のないとんでもない神様ですよね。
 この矛盾を解決するカギが14代目のマナセ王というわけです。あまりにマナセが悪い王だったので、この時点でユダ王国の滅亡を神様は決定してしまったという理屈なんです(王下23:26)。
 次はエホヤハズ(ヨアハズ。南17。BC609)。ネコという名のエジプトのファラオにつかまってわずか3ヶ月で王位を退き、エホヤキム(ヨヤキム。南18。BC609-598)を立てます。そういう経緯で王位についたエホヤキムですから、エジプトに金銀を貢ぐために重税を課します(22-23章)。
 エホヤキムの時代に新バビロニア(聖書ではカルデアと呼ばれます)が攻めてきます。死後は子のエホヤキン(ヨヤキン。南19。BC598-597)が即位。名前がとっても紛らわしいので注意してください。最後がムかンかの違いだけです。そしてエホヤキンのときに新バビロニアに降伏。主だった人たちがバビロンに連れていかれます(第一次バビロン捕囚)。新バビロニアはエホヤキンのおじゼデキヤを立てます(南20。BC597-587)。(24章)
 ゼデキヤは無謀な反攻をして敗北。エルサレムは1年以上の包囲の末に落城し、徹底的に破壊され、再び主だった人たちが捕囚されます(第二次バビロン捕囚)。
 その後は新バビロニアがたてた総督ゲダリヤをユダ王家の残党が殺すなどということがあり、新バビロニアの報復を恐れて民がエジプトに亡命します。(25章)
 ちなみにエレミヤはこのとき共にエジプトに行き、そこで殺されたという話があります(聖書に根拠ナシ)。

[784] レビ記22-24章、シラ書11章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/11(月) 13:43:21 ここから閲覧

●レビ記22-24章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=lev&chapter=22&mode=0
 祭司専用の食物規定や献げ物の規定に関する22章はおいときまして、23章の祭日の話はいろいろな場面でよく出てくるので、レビ記嫌いの皆様もしっかり読んでおく必要があります。

 ユダヤ教の暦と祭に関しては、ミルトスの次のページが役に立ちます。
http://myrtos.co.jp/info/judaism03.php

 まずはイスラエルの暦。イスラエルの暦は日本や中国の暦に似た旧暦、つまり月の満ち欠けによって決まります。
 ところが開始は春分を含む月なので、3月ごろとなります。
 それから、月の日数は、奇数月が30日、偶数月が29日、ただし12月は30日、8-9月は調整で変化することがあります。また閏月は12月の次に29日間入れます。
 月の名前はバビロニア系の次のものが一般的です。1=ニサン、2=イヤル、3=シワン、4=タンムズ、5=アブ、6=エルル、7=ティシュリ、8=マルヘシュワン、9=キスレウ、10=テベト、11=シェバト、12=アダル。
 浅見定雄さんが『旧約聖書に強くなる本』で、これの覚え方を紹介しておられますが、あんまり好きじゃないので、真理子流を披露いたします。
    兄さんにやる、しわの反物。虻(あぶ)が寄るの。
    ティッシュ(で拭くの)が○ですわ。
    キスしたら手がべとべと、さあ罰が当たる。
 兄さんに反物をあげるはずが、しわになっちゃったんですね。虻までよってきました。どうしたんでしょう。たぶん反物をけがらわしいもので汚したんでしょうね。ティッシュで拭いておきましょう。
 でも、けがらわしいものって何でしょう。え、キスしたの? それで手がべとべと? いったいどこにキスしたの? あ、兄さんの性欲を処理してたのね。それで手どころか反物まで汚したのね。あらあら、それって兄妹相姦っていうんじゃないの? さあ、ヤハウェ御大の罰があたるわ。
 なんか、私らしいですね。はい。

 まずは安息日の話。これは祭日じゃありませんけど、7日ごとの安息日→7週祭→7月1日という七にまつわる祝日のシステムの基本をなしているので最初に持ってきたのでしょう。
 で、1月14日が過越祭、15-21日が除酵祭。もともと春先の血の魔よけの儀式と、酵母ぬきパンを食べる除酵祭とが、出エジプトの伝説(史実!?)とからめて祝われるようになったのです。今のイスラエルでは両方まとめてペサハと言います。
 除酵祭期間中の安息日の翌日に大麦の初穂をささげます。この日付は年によって違います。除酵祭は月のみちかけ次第、安息日は土曜日ですから、連動してませんもの。日曜日になることは確定ですが日付は年によって違います。
 あれれ、過越→除酵祭の日曜日ってことは、イエス様の復活の日でもありますね。
 ちなみにイエス様が死んだのは金曜日だというのは確定してますが、それがマタイ、マルコ、ルカでは過越祭の前日、ヨハネでは過越祭の当日ということでして、どっちであるによってイエス様の死の年が変わってきます。
 さて、この日曜日の翌日から50日目、日曜日からだと50日後が七週祭(シャブオット)。この日一日だけのお祭りです。この日に小麦の初穂をささげます。大麦で始まり小麦で終わるわけですね。
 ちなみに、これがキリスト教に受け継がれるとペンテコステになります。
 こうしてみると、ユダヤ教の祭は何やかやとキリスト教にも受け継がれているんですね。
 7月1日は新年祭(ローシュ・ハシャナ)。昔の暦では新年は1月から始まったみたいですが、今のユダヤ暦では7月から始まります。
 7月10日が贖罪日(ヨム・キブール)。曜日にかかわらず安息日になります。
 7月15-21日が仮庵祭(スコット)。イスラエル版のお盆休みです。仮庵つまり仮設住宅で過ごします。22日は律法歓喜祭(シムハット・トーラー)。これはレビ記には書いてありませんが、ユダヤ人が1年間かけて律法を通読する最終日になるのでそれを祝います。

 これ以外に重要な祭としては、9月25日からの一週間がハヌカ祭。これはマカバイ記に出てくるセレウコス朝の弾圧に対する勝利を祝う祭です。
 それからプリム祭が12月14日。あれまぁ、赤穂浪士の討ち入りの日と同じですね。もっともユダヤ暦は春分のころに始まりますから、立春のころに始まる日本や中国の暦とは1-2ヶ月ほど違いますけど。これはエステル記に出てくるユダヤ人大虐殺を免れて「やられたらやり返せ」と復讐を誓うという、その意味でも忠臣蔵的な祭です。
 もちろんこれらは後の時代のもので、レビ記に入ってるはずがありません。

●シラ書11章
http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=skd&book=sir&chapter=11&mode=0
 仕事の話、人づきあいの話、お金の話などいろいろですが、10節の「子よ、あまり多くの事に手を出すな」は、私、耳が痛いですわ。うちのサイトがまさにそう。いろんなことをやろうとして、どれもできてない。

[783] 1テサ1-3章 投稿者=真理子 掲示日=2011/07/10(日) 06:00:30 ここから閲覧

http://www.babelbible.net/bible/bible.cgi?bible0=col&book=1th&chapter=1&mode=0
 現代式の発音だとテサロニキ。古典式だと本当はテッサロニケーだからテサロニケって中途半端な表記ですけど、キリスト教業界での定着度を考えてテサロニケにしておきます。
 ギリシア北部、マケドニアの中心地で、今でもギリシア第二の都市です。マケドニアといえば、昔のユーゴが解体して今ではそういう名前の国ができてますね。だけど中心地のテサロニケはギリシア。近代のドイツ帝国の中心となったプロイセンの本拠地ケーニヒスベルク一帯はいまではロシアの飛び地。本拠地が他国に編入されているなんてことはヨーロッパでは珍しくないので、日本が北方四島は固有の領土だなんていっても、「はぁ?」ですよ。頭を冷やしましょう。もうロシア人が住んで長く、そこで生まれ育った人も多いんだから、ロシアにくれてやって、その上で日本人も住んだり商売したりする道を模索することです。
 テサロニケの話でしたわ。ローマ帝国になってからは交通の要衝として栄え、ビザンティン時代もコンスタンチノープルにつぐ第二の都市として栄えたので、今でもビザンティン時代の教会、アギオス・ディミトリオス教会なんかで有名な観光地です。
 そして、パウロがヨーロッパ初のキリスト教会を作った地なんですね。今日のところでもそんな功績を自画自賛、それをユダヤ人どもは……と例によってユダヤ人を攻撃し、お前たちががんばってこそおれたちの功績が無にならないんだと鼓舞しているという、いかにもパウロらしい手紙です。
 そう、1テサはホンモノのパウロが書いてます。ホンモノ・パウロの文章はえてしてユダヤ人攻撃や女攻撃や自画自賛が鼻につきます。
 そういうにがい部分をうまくより分けると、美しい言葉、すぐに使えそうな信仰的な言葉にもみちあふれたところです。お魚を食べるには骨やはらわたをうまくよけることが大事なのよ。